冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 五摂家の意向を受けた鳳家の見合い。
マサキは見合いの最中、しばし、苦悩に浸っていた。



この話は構成を変更していますので文字数が9000字超えになります。
長く読みづらいとは思いますが、ご容赦ください。



思慕(しぼ) 後編(旧題: 美人の計)

 2月も、既に第3週だった。 

 いつも通りに河崎の岐阜工場に赴いたマサキ。

城内省と陸軍、河崎をはじめとする戦術機メーカー数社の技術者とともに、試験に参加していた。

 その内容は、ゼオライマーのフレーム技術の応用した戦術機用フレームの組み立てである。

 工業製品は、芸術品とは違う。

いくら素晴らしい設計図や企画であっても、末端の作業員が組み立てられねば、製品としては通用しない。

 日本政府の計画では、年間120機の量産を望んでいた。

一方斯衛(このえ)軍は、武家の階級ごとに違う特注品の納品を望んでいた。

 機体のカラーリングだけではなく、家格によって異なる。

具体的には、操縦者の好みに合わせた装備、特殊なOS、通信機能などである。

 機体毎の違いは、共食い整備と呼ばれる、同機種からの稼働部品を移植することも困難にする。

この提案に、現場は混乱していたのだ。

 マサキは、各社合同の計画に戸惑っていた。

かつて所属した鉄甲龍(てっこうりゅう)では、マサキのイニシアチブですべてが動いた。

計画のほとんどをマサキが立てて、その通りに現場が動いたし、マサキ自身も作業に加わった。

 だが曙計画の人員に比べれば、規模は断然に小さかった。

曙計画は、200人を越す科学者や研究員、技術者が居た。

協力している軍の研究所や大学、企業など、産学官を含めれば、5万人からなる大規模プロジェクトだった。

 投入される資金も膨大で、その範囲も広大だった。

一例をあげれば、F4戦術機でさえ、光菱重工を主とする約1500社の民間会社が、その国内生産を請け負った。

 無論、ライセンスによる国産は、米国から直接購入するより割高になる。

だが、戦闘機の生産や大規模修理ができる技術基盤を持つ、というメリットの方が大きかったのだ。

 

 

 鉄甲龍というトップダウン型の組織にいたせいか、横のつながりで仕事を進める曙計画に、マサキは己の無力さを感じていた。

 若干、過労気味だった彼は、休憩所のベンチで一人うなだれていた。

これから、国防省と城内省の会議を行い、予算案作成に向かう。 

そのあとは長い国会審議だ、ちょっとうんざりする。

 この俺に、政界に太いパイプでもあればな……

美久に渡した金塊という媚薬で、どれほどの大物政治家が釣れるのだろうか。

 そんな事を考えていた矢先である。

ふと、声がかったのに気が付いて、居住まいをただす。

 

「この辺で、周囲を困らせる色恋沙汰はお終いにしてくれると助かるのだがね」

 声をかけてきたのは、鎧衣(よろい)だった。

マサキは、自分の生き方にケチを付けられたかと思ったのだろう。

食って掛かるような剣幕で、反論した。

「貴様、言っておくがな。

俺は、むやみやたらに生娘(きむすめ)人妻(ひとづま)にちょっかいを出しているわけじゃないぞ。

この間のキルケの件も、一時的なものと了解しているはずだ」

 無論、アイリスディーナとベアトリクスを除外しての発言だった。

「君がどう生きようと、私には関係ない。

だが、殿下と政府首脳の目には否定的に映るんだ」

 鎧衣から、諫言(かんげん)の言葉という表現方法ではない。

心臓の喚くような鼓動が、マサキの胸を苦しいほど強く圧迫してくる。

彼は唇を湿らせると、鎧衣から圧迫に答えた。

「どうしろというのだ。

あらゆる煩悩を断って、坊主のような暮らしをしろというのか」

 誰に頼まれたのかは知らないが、いつまでも見合いの話を引きづっているのか。

俺は、さんざんに断ったではないか。

「アイリスディーナさんや、キルケ嬢のようなことが続く様では、斯衛軍の威信にかかわる」

 今の鎧衣の報告で、一時剃刀の刃のように鋭くとがったマサキの緊張。

それは、次の瞬間、脆くも崩れ去った。

「殿下は、君に結婚を命じた」

「はぁ?将軍が直々に……」

自分の痛い部分へ、自分で触るように、マサキは口しぶりながら、鎧衣へ訊き出した。

「すると、これは上意(じょうい)*1か」

 マサキは、深い諦めのため息をついた。 

「そいつはなんとも、封建的な話だ」

 別な女を紹介されれば、問題が起きるかもしれない。

問題が起きたら、起きたで、また新しい縁が生まれるであろう。 

「どんな女だ。

どうせどこぞの武家か、素封家の娘だろう」

 一転して、居直ったように冷たいせせら笑いを浮かべる。

鎧衣は、ぬっと、その右手をマサキの前に突き出した。

「これが身上調査書だ」

 鎧衣から見せられた写真には、15・6歳の少女が写っていた。

白黒写真だが、セーラー服に長い黒髪。

上半身しか映っていないため、身長はわからないが、肉付きはよさそうだ。

「五摂家、崇宰の姻戚(いんせき)にあたる(おおとり)家の娘さんだ。

今度の土曜日に会う約束になっている」

 鎧衣は悪びれもしないで、マサキに言い返した。

だが、マサキは憎々しげに口をゆがめる。

「ほう、情報省では結婚案内所の仕事もしているのか。

先進技術の海外進出事業推進の他に、見合いの手配までしてくれるのか。

フハハハハ、考えておこう」

 

 

 

 木原マサキの扱いは、日本政府にとって頭痛の種だった。 

核戦力のない日本にとって、天のゼオライマーの登場は福音だった。 

そして、木原マサキ自身が望んで、日本政府に帰順したことは天祐であった。

 だがマサキ自身は、毛頭そんな事を考えていないのは、公然の事実。

おまけに美女や美丈夫に弱く、東西ドイツの計略に乗せられそうになったこともあった。

そんな折、マサキを揺るがす話が帝国議会で持ち出される。 

 

 事の始まりは、週刊誌に載った記事であった。

斯衛(このえ)軍将校が外人女性と外地で入籍した」

その報道がなされると、間もなく衆議院の予算委員会での野党からの国会質問で行われた。

政府および城内省は、「事実関係の確認に勤める」という形で逃げ切った。

 「篁の事が掘り返されるのではないか」

事態を重く見た城内省は、独自の調査を始める。

 調査結果は、驚くべきものであった。 

野党議員に話を持ち込んだのは、ソ連大使館の参事官。

 おそらくGRUかKGBの工作員。

彼らの狙い。

それは、篁を離婚させ、曙計画の次の計画である次期戦術機開発計画を遅らせることではないか。

 篁の元からミラが去ったりすれば、日米関係は悪化する。

ではどうすべきか。

 篁のスキャンダルを、マサキの話しにすり替えればよい。

マサキとアイリスディーナの件ならば、日本政府の損害は少なくて済む。

その様に、城内省は考えたのだ。

 

 では、真相はどうだったのか。

野党の下に情報を持ち込んだのは、外交官に偽装したKGB工作員だった。

 この非公然工作員は、野党ばかりではない。

出版社や新聞社などのマスメディア、官界におけるソ連スパイ網、財閥などと接触をした。

 その際、マサキに関する根の葉もないうわさを流して回ったのだ。

以下のような内容であった。

 

「木原マサキは、東独軍将校の妻と不倫関係にある」

或いは、

「マサキは、西ドイツ軍のシュタインホフ将軍の孫娘と極秘入籍している」

もっとひどいものだと、

「木原マサキは、東独に隠し子がいる」

などである。

 

 無論、これらの話は、事実無根のうわさ話であった。

マサキにしてみれば、ベアトリクスの事は好きだった。

だが、まともに手すら握ったこともなかったし、ましてや不倫など考えたこともなかった。

 たしかに頭の中では、口にも出せぬ猥雑な事を思い描いた。

それとて、美久にすら話したことがなかった。

 キルケの件も、確かにシュタインホフ将軍に騙されかけた。

密室につれこまれ、キルケが花嫁衣装で近づいてきたが、咄嗟の機転で脱出したことがあった。

そして、この話を知るのは、指折り数える物しかいなかったのだ。

 東独に隠し子などという噂は、人を食う様な話だった。

マサキはこの世界に来てから、この世界の女と戯れる事はなかった。

 せいぜい、アイリスディーナと数度キスをしたようなものである。

確かにアイリスディーナは、今すぐ抱きしめたい存在であった。

だが、マサキ自身が自分の前々世の年齢を気にして、躊躇していたのだ。

 それに彼自身が、あの可憐な少女をおもんばかって、美久以外の人間を近くから排除していたのも大きかった。

 かつて、鎧衣の前で大言壮語した様に。

マサキはこの世界に来てから、まったく童貞と同じような生活をしていたのである。

 

  

 マサキの事を恨んでいるものや、嫉妬している関係者は多かった。

親ソ反米を掲げる、陸軍の大伴一派ばかりではない。

 ソ連・シベリアでの資源開発に参加している河崎重工や大空寺財閥系の総合商社などであった。

ソ連ビジネスを生業とする彼らにとって、マサキは目の上のたん瘤。

この報道やいかがわしいうわさを機会に、潰す気であった。

 政府が一枚岩でない様に、業界団体も一枚岩ではなかった。

マサキに今、失脚されては困るグループもいた。

 政府高官では、御剣(みつるぎ)雷電(らいでん)(さかき)政務次官である。

マサキをうまく利用して、BETA戦争を終わらせようと考えている集団である。

 次に、業界団体では、恩田技研や反・大空寺系の総合商社である。

彼らは、マサキの交友関係を軸として、北米や西欧諸国のコネクションを増やそうと計画していたからである。

 マサキを陰謀から、一時的に遠ざけるにはどうしたらいいか。

本当に結婚させてしまえばいいだけである。

そういう訳で、マサキの見合い計画が、ひそかに始まったのであった。

 

 岐阜基地司令の見合い話や、富嶽重工業の専務の娘の縁談を断ったマサキ。

そんな彼の様子を鎧衣から聞いて、城内省はあれこれ考えていた。

 マサキはアイリスディーナと引き合わされたとき、露骨に、思うさまな感情を示した。

どんな深窓の女性を、彼の目の前に出せばよいのだろうか。

 それも豪農商家の類は、問題でない。

彼が欲していたのは、いわゆる上流社会の女性で、貴種でなければならなかったのではないか。 

 そういう経緯から、崇宰(たかつかさ)姻戚(いんせき)にあたる(おおとり)家の娘に狙いが定まった。

彼女をマサキと引き合わせることにしたのだ。

 


 

 ここで、視点を変えてみよう。

(おおとり)中佐は、マサキと引き合わせる娘に会うために妾の邸宅に来ていた。

娘の名前は鳳栴納(せんな)

年は、まだ16歳になったばかりの瑞々しい娘だった。

 その娘の栴納は、晩餐を終え、居間で過ごしていた。

メラミン色素の薄い茶色の髪は、彼女の母親譲りで、癖がなく太い髪質だった。

腰まである長い髪を結わずに伸ばし、リボンや髪飾りの類は着けていなかった。

 それは質素を旨とする武家の娘、という事ばかりではない。

変に飾り付けるより、光り輝く髪の艶だけで、十分見栄えがするためである。

 瑞々しい柔肌は、色もまるで雪化粧を施されたように、飛びぬけて白かった。

目の色は、明るい茶色で、若干吊り上がったようなシャープな瞳。

 飛びぬけて端正な顔立ちに加え、その体つきも年相応の物であった。

たっぷりとした双丘と、それを強調するように括れた腰付き。

臀部は、たわわに実った白桃を思わせた。

離れてみれば、はっきりとした陰影を作るほど、見事な体つきであった。 

 しかし、栴納にとって、その冴えた美貌は非常にコンプレックスの元でもあった。

事あるごとに男たちから淫猥な目線を向けられ、女学校の同級生たちから羨望と嫉妬の入り混じった視線を感じるからである。

 彼女の母は、鳳家の側室の一人、一般社会でいう妾である。

いつもは母と二人で過ごしているのだが、今日は珍しく父が来ていた。

 父は正室、婚姻関係のある正式な妻と同居しており、本宅で過ごすことも珍しくなかった。

これは、武家社会の子孫繁栄のためのシステムである。

 武家に限らず、貴人の血を引く家や豪商、素封家の常として、血筋をまず残すことを求められたためである。

妾腹であり、女の身空の自分が、文句を言ってもどうしようもない。

  

「お父様、これはどういうことですか」

斯衛(このえ)軍騎兵連隊長を務める(おおとり)祥治(しょうじ)中佐は、娘の反応を当然のように受け流した。

 騎兵連隊という名称であるが、その実態は戦車と自走砲で編成された戦車連隊である。 

航空戦力として、少数の米国製のUH-1ヘリコプターと戦術機を有していた。

 鳳中佐は、渋面のままの娘を見据える。 

そして、呻く様に漏らした。 

「栴納、妾腹とはいえ、お前も弓箭(きゅうせん)の出の者だ。

かしこくも、殿下の思し召しに背くような振る舞いは、するまい」 

 父は型通りのことを言うも、娘の栴納には受け入れがたかった。

16歳になったばかりの少女とはいえ、彼女もまた、現代の女である。

 敗戦後の価値観の変容の影響を、もろに浴びた世代である。

映画・小説などから、自由なアメリカ文化を知らぬわけでもない。

 マスメディアや、その他の影響もあって、恋愛結婚こそすべてであった。 

見ず知らずの男の下に嫁ぐ古風な習慣など、受け入れがたかったのだ。

 

 

 

 

 さて土曜日になると、マサキは京都にいったん戻った。

市内の()る屋敷に招かれ、そこで見合い相手の女学生と引き合わされた。

 あった娘は、年のころは16歳で、清楚な美少女だった。

確かに顔のつくりも、背丈も平均的で悪くはない。

 ただ話していて、気が強そうなのと、思ったより体の線が平坦なのにはショックを受けた。

この辺は、マサキの好みの問題もあった。

 栴納は、振袖そのものの美を重視するあまり、体型を犠牲にする着付けにした。

自身がコンプレックスに思っている大きな胸を晒しで巻いて、平坦にしていたのだ。

括れた腰や豊かな尻も補正下着をつけて、なるべく平坦に作っていた。 

 無論、マサキは、そんな事は知る由もない。

彼は、美久や八卦衆の女幹部を作る際に、グラビアモデルを参考にして造形した節があった。

卑近な言い方をすれば、出る所が出て、締まるところが締まっている体つきを目標とした。

 マサキは美久を豊満な方とはみなしてはいなかったが、それは設計者としての面が大きい。

彼女の体格は、非常に均整の取れたもので、1970年代の日本女性の水準では十分な巨乳の部類だった。

体のラインを強調する、鉄甲龍のボディコンシャスな支那婦人服(チャイナドレス)の幹部制服を着ても、恥ずかしくない様に女性の黄金律である「1:0.7:1」の比率で作り上げていたのだ。

 

 

 今回の見合いは、彼の寂寥(せきりょう)をなお濃密なものにした。

驚きと、寂しく長い鬱勃とした追想の中にである。

 勝負とは、孤独なものだ。

いや逆に孤独だからこそ、勝負できる。

何も失うものがないから。

 誰にも慮ることなく、一人ただ栄光を追いすがることが出来る。

この心の渇きと飢えは、勝利の栄光を求めたものではないのか。

 一連の色恋(いろこい)沙汰(ざた)も、愛に逃げて、心の渇きを満たす逃避ではなかったか。 

一人の戦士として、戦闘マシーンとして、勝利してこそ己の本願は成就するのか。

だとすれば、その意欲も集中力もそがれる原因ではなかったか。

 ただ言えることは、栄光をつかみ取ってからこそ、俺は初めて人間になれ、自分の道を選べる。

一たび、敗亡(はいぼう)(りょ)となれば、何も語る価値はなく、資格すらないのだ。

 マサキ自身、この見合いに乗り気ではなかったのもあろう。

内心ではそんな風にマサキは考えていたのだが、流石に口には出さなかった。

 それのみでない。

マサキは、自分の不人望を知っている。

 昨日まで友と頼ったものに裏切られ、己の信じた正義も、ある日を境にすべてが悪に変わった日々を。

 愛など、夢など、希望だのはとうの昔に捨て去ったのに……

人間を超越する存在になるべく、無敵のマシン・天のゼオライマーを建造し、世界征服を企んだのに。

 なぜだろう。

マサキは、心の中で自問自答していた。

 全世界を征服し、冥王となるべくしてこの世界に復活した自分が……

どうして、アイリスディーナという少女にだけ、やさしくなれるのだろうか。

 人間が、人間の女など汚らわしいだけの存在であり……

肉欲を充足させるだけに、あればいいとしていた。

事実、自分は前世において、そうやってふるまってきたではないか。

 彼女が、愛というものに苦しんでいたからかもしれない。

その苦しみを、自分の力で取り除いてやったからではないか。

それこそ、美久のようなアンドロイドに、魂を入れてやったように……

 マサキは、その苦しみを自分一人の胸に噛み締めつつ、顔を上げる。

夢から()めたように、茫然としたものを脱しきれない顔でもあった。 

 ただ。臆測すれば。

ひょっとしたらこの娘は、その陰謀によって、自分のような人物を、狙っていたかもわからない。

 マサキは、人のいない池の方へ、栴納をさし招いた。

そしてただ二人きりで、赤い水面の(はえ)を面に向かい合って。

「娘御」

と、何かマサキは、あらたまった。

「愛し、悩み、苦しみ悶えるのが人間の(さが)だ。

当たり前の人間の感情だ」

「えっ……」

「すべてを超越して生きてみろ。

俺のように、生きてみろ!」

マサキは、水を得て泳ぎ出したように呟いた。

「そうすれば、どんな男とも上手くいく。

例え、軍人であってもな……」

「…………」

「軍人と思わず、人間と思え。

そうすれば、軍人にも受け入れてもらえる」

 それにても、わからぬのはマサキの心だ。

会話の間、息をこらしていた栴納は、なにか不審なと感じていたらしい。

彼女は、おそろしさやら、なさけなさやらで、つい涙をつつみ、俯くばかりだった。

 そしてこの後、この二人は、会話らしい会話をしなかった。

マサキはやがて、(おおとり)家を去って、自宅へ帰って行った。

 

 結果的に、見合いはよからぬ結果で終わってしまった。

しかしマサキは、どこか安堵した様子だった。

 彼は、日頃の疲れをいやすために、京都からほど近い有馬温泉に来ていた。

露天風呂付きの旅館を取って、美久と一緒に一泊二日の小旅行をすることにしたのだ。

 深夜、露天風呂から見る月は、ちょうど満月であった。

マサキは、露天風呂のへりに寄りかかりながら、腰のあたりまで湯につかっていた。

後ろにいる美久も、同じように湯船につかっている。

 ふと、マサキは振り返り、美久の裸身をまざまざと見た。

こうしてみると、全く人間と変わらない。

 風は冷たいが、温泉からは限りなく湯気が立っている。

湯けむりが立ち込めて、真冬の寒さを緩和してくれている。

 温泉の熱さと、降り積もった雪による冷たさを堪能していると、不意に入り口が開く音がした。

こんな深夜に、来るやつがいるのだろうか……

 いくら11時過ぎとはいえ、ここは旅館。

とりあえず温泉につかる客は、いるだろう。

貸し切り状態でなくなってしまうのは、残念な話だ。

相変わらず愚かな考えよと、思わずため息が漏れる。

 

 すると、入ってきた人物が声をかけてきた。

「いや、先生。探しましたよ。

何処に行くかぐらい、連絡が欲しいですな」

 湯けむりが立ち込める中、現れたのは護衛の一人である白銀だった。

しかも手ぬぐいで体を隠さず、その青年の逞しい肉体を誇示していた。

 後ろにいた美久は慌てふためきながら、両手で乳房を隠しながら湯船に肩までつかる。

ところが白銀は裸身を晒しながら、ゆっくりと湯船に入り、マサキの方に近寄った。

「氷室さん、そんなに慌てて、どうしたのかな」

「だって……ここは貸し切りにしたはずですよ」

 白銀は美久の言葉が分からないかのように首を傾げた後、ぽんと手を叩いた。

「な、何を……」

「この旅館はもともと混浴ですし……

僕の方で事情を話したら、旅館の人にOKをもらいました」

「えぇ!ええええ――」

「はぁ、ああああ、馬鹿か!」

 マサキと美久が驚愕の事実に声を上げた瞬間、白銀は柔和な笑みでつぶやく。

「いくら僕たち以外に客がいないからって、深夜に大声出すのは問題ですよ」

「で、でも、だからって、あの……」

 単純に、マサキはあきれていた。

とにかく驚かされたのは、白銀が堂々と入ってきた挙句、旅館側も躊躇することなく入浴を認めたことだった。

護衛と説明したのもあろうが、前世ではこんなことあっただろうかと、訝しむほどだった。

「もう、先生も事前に連絡くださいよ。こんな遅くになっちゃったじゃないですか」

「そ、そういう問題じゃないと思うんですけど」

困惑する美久をよそに、白銀は、ため息を吐きながら、肩にお湯をかける。

「ああ、いいお湯ですね。景色もきれいで最高だ」

 マサキと美久は、眼と眼を見あわせた。

二人は、白銀のあまりの空気の読めなさに、心から呆れていた。

だが、彼の手前、口には出さない。

「……」

その内、白銀がマサキに声をかけてきた。

「先生、話は変わりますが……」

「どうした」

「アイリスさんの事が忘れられないんですか」

「何を……」

「この際です、僕と裸の話し合いをしてみませんか。

先生の本心が聞いてみたい」

 一瞬困惑するマサキに、寄り添う美久。

彼女は、後ろから滑らかな素肌を背中に寄せてきた。

柔らかい体がぴったりと密着してきて、思わず何も考えられなくなる。

「私に遠慮せずに、どうぞお話しください。

それに、人間は裸の方が真実を話すと言いますから……」

 今度は白銀のほうが意外そうな顔をする。

余計な事を口走ってしまったみたいで、情けなく狼狽した。

「い、いやっ……別に深い意味は……」

 短いため息を漏らしながら、目の前に広がる雪化粧を見つめるマサキ

その表情には、暗い影が見え隠れし始めた。

「アイリスディーナが、俺を愛していないかって……そいつは愚問だな。

相手がどう思うか知るまいよ、この俺が愛したんだ」

 マサキの問わず語りに、白銀は何と声をかけてよいか思いつかなかった。

マサキが落ち込んでいるとは思わなかったが、あえてこの2か月ほど結婚に関して聞かなかったのだ。

「片思いで結構。愛されてなくて結構。

俺が愛したんだからな」

 しかし部外者である白銀が心配したところで、問題が解決するわけではない。

何かできるわけではないと、これまで触れてこなかったのだ。

「東ドイツという国籍も、東ドイツ軍将校という身分なんて関係ない。

年齢の差なんってのも関係ないさ。

愛するってのは、己の心を一人の女に捧げることさ。

相手の心を知るとか、確かめるとか、そんなのは必要のない事よ」

 そういって、マサキは湯船から立ち上がる。

白銀の正面に来ると、深々と湯けむりの中に体を沈めた。

「だが、それだけの心を、それだけの愛を男から奉げられてみよ。

その男を憎む女がいるか、どうか。

その男を愛さぬ女がいるか、どうか」

 かける言葉が見つからないと、意気消沈する白銀。

そんな反応を見ながら、マサキは苦笑した。

「俺自身にためらいがあるとすれば……

本心から、アイリスを愛していないからこそそういう恐れを抱くのではないか。

俺が作ったマシンも、財産も分けてやるつもりだ。

それで捨てられたら、それはそれでいいのではないかと……

本当に愛したんだからよ、満足できるではないかと……

そう思えてくるのだよ」

 美久は、まるで気が詰るかのような動機に似た感情を覚えた。

かつてないほどの、鮮烈な感情の衝撃であった。

「俺が疑心暗鬼になればなるほど、彼女にも伝わるはずだ。

そして、それは俺に帰ってくる。

もし、アイリスが俺を愛していないのなら、それは俺の不甲斐無さのせいさ」

 白銀は、マサキが本気でアイリスディーナの事を思っていることを内心ビックリした。

というのも、彼はマサキがキルケの時のように遊びだと思っていたからである。

遊びではなくて、本気で恋をしたというのなら違う。

 マサキが悶々と悩んでいたのは……そういう弱みがあったからと、納得した。

それにしても許せないのは、東側の人間である。

アイリスディーナ嬢の純情を弄んだのだから。

 白銀は、マサキの見合い話を思いながら、彼の純情さに思わず小さな笑みを浮かべた。

*1
貴人の命令の事。マブラヴ本編では将軍の命令を勅命としているが、本来は誤用で、勅命が許されるのは天子のみである




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