冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

133 / 210
 ゼオライマーの活躍によって、スリランカでの騒擾事件は一旦の解決を迎えた。
他方、マサキは英国に出向く。
夜霧の漂う魔都で、彼を待つものとは……



禪位(ぜんい)

 ソ連の爆撃隊が通過して、間もなく。 

マサキの駆るグレートゼオライマーは、単騎、ジャフナ要塞上空に現れた。

 ジャフナ要塞は、ポルトガル人が16世紀にたてた要塞である。

オランダや英国の植民地時代を通じて、その当時を形を残す貴重な史跡であった。

だが、今は匪賊の手に落ちて、一大軍事拠点へと改造されていた。

 グレートゼオライマー接近を察知した匪賊は、自身の持てる航空戦力のすべてを、敵に向けた。

 だが、天下無双のマシンであるゼオライマーにとって、それは無意味な攻撃であった。

指にあるビーム砲で、追いすがってくるCOIN機*1や、武装ヘリを難なく撃ち落す。

 両足に搭載した精密誘導ミサイル、およそ100発。

それらは、要塞や市街にある対空火器に向けて、順次発射されていった。 

 対空陣地にある機関砲は、狼狽を極めて、急に防戦してみた。

だが、敵機は、一気に高度1万メートルの上空に飛び上がった。

 何もかも、間に合わない。

グレートゼオライマーから発射されたミサイルによって、彼らは戦塵(せんじん)に消えていった。

 

 イーラムの虎(LTTE)の首領・プラバカラン*2は、その晩も、部下と共に酒をのんでいた。

美妓(びぎ)を呼び寄せ、深更(しんこう)まで(たわむ)れている最中。

ところが、基地の諸所にあたって、ドドドと異様な音がするので、慌てて斥候を送り出してみた。

 斥候の報告よりも、早く基地一体は、火の海と化していた。

硝煙の光、ロケット弾の火光などが火の渦となって入り乱れている間を、轟音が響く。

その音は、たちまち、耳も(ろう)せんばかりだった。

「あっ、夜討だっ」

 首領は、ピストルだけを持て、わずかな手勢を引き連れて、脱出を試みようとした。

車庫にあるジープにさえ行けば、大丈夫だろうと思っていた矢先である。

 そこに、一台の戦術機が立ちふさがった。

虎縞模様のサーブ35とは違う、見あげるばかりの大きさの、白い戦術機。 

「邪魔だ!その戦術機をどかせ!」

 白人の護衛は、バズーカ砲を取り出すと、白い機体に向けられる。

間もなく、機体から深緑の戦闘服を着た、東洋人の男が下りてくる。

 その両方から、同じような迷彩服姿をした仲間がおよそ十数名、じわじわ詰め寄って来る。

そこに、インド系の男が両手を広げて、止めた。

「待て、撃つな……」

 銃を突き付けられながらも、不敵の笑みで見返す、戦闘服姿の東洋人。

首領が、彼に、向き直って訊ねた。

「うぬは、何者か!」

 それを横目に、M16小銃を持つ男は、からからと笑う。

ひるみかけた兵をしり目に、こう名乗った。

「俺は、木原マサキ。

天のゼオライマーのパイロットだ!」

「き、木原マサキだと……」

男は輪の中へ割って入って、急に押し黙った面々を見まわして、彼から訊ねた。

「どこに依頼された!

言え、CIAか、KGBか、それともシュタージ、あるいはBNDか……

いくら貰った!いくら貰ったか言えば、俺がその報酬の倍を出してやるッ」

 

マサキは、(うそぶ)く。

「依頼主などいなければ、報酬も貰ったわけではない」

土匪の首領は、なにか怒っていた。

「な、何ぃ」

「国際テロリズムにつながるやつらを……

特に共産主義に関わる人間を狙って、俺の意志で始末に来たのだからな……」

マサキは、あわれむような深い眼差しを、じっとこらして、

「そこの白人の二人は、コンゴ動乱に関わったワイルドギースの兵隊だろう……

ミスター・プラバカラン、俺の狙いは、英国人傭兵グループだ。

だから、そのおびき出し役としてアンタを標的に絞った。

もうアンタは(かご)の鳥だ」

首領は、体のふるえを堪えながら、努めて冷笑して見せようとした。

「フハハハハ、籠の鳥は、お前ではないか。

ハハハハハ、何ができるというのだ、ハハハハハ」

 今度は、首領からいった。

マサキは、笑みをつつみながら、反論した。

「俺は、この基地を自由に爆破できる」

「何ッ」

「もうじき、俺の仲間の忍者(鎧衣)が、この基地もろとも爆破する手はずを取っている」

シーンとした闇の中で、マサキのはっきりとした声が、皆の耳朶(じだ)を打った。

「お前が、戦争ごっこのために集めた秘密資金や有価証券、金銀財宝……

全てが、灰になり果てるのだ!」

 答えは、唇の端に(ゆが)めた微笑をもってした。

低い一声、静かな呼吸の一つも、もういたずらに費やすことはできないものになっている。

 銃を握って佇んでいた護衛たちの顔は、途端にさっと蒼ざめた。

いかに勇猛な者どもも、こうした破綻を目の前に立つと、日頃の顔色もない。

「待ってくれッ、よし、分かった。と、取引をしようじゃないか」

 首領は急に動顛したのであろうか。

ふいに横からいった。

「アンタらの本当の狙いが、英国のMI6というのならば、私がその全容を明らかにしよう。

それでどうだッ、ソ連兵の誘拐の件からも手を引こう!」

 その瞬間、プラバカランは、後ろに立つ白人傭兵に脳天を狙撃された。

首領の影が、ただ一発の弾音に、地上へころげ落ちると共に、タミル人戦闘員たちは、もとの道へ散っていった。

 後に残ったのは、ワイルドギースの傭兵メンバーと、そのリーダーのみだった。

リーダーのマッドマイクは、談笑でもしている様に、こんな露骨な言い分をも、さも気軽(きがる)げに口にした。

「フォッフォフォ、結構、結構。

さすがは木原マサキ。悪の科学者だけは、あるな」

 白人の男は、自動拳銃をホルスターにしまうと、

「お前たち、下がっていいぞ」

部下たちにその場から引き下がるように命じた。

「このマッドマイク、君たちの冒険心に敬意を表し……

木原博士と、戦術機での一対一の決闘を申し込む」

 

 

 傭兵たちが引き上げて、間もなく、マイクは強化装備に着替える。

虎縞模様に塗装されたミラージュⅢ戦術機に乗って、マサキの前に現れた。

「部下は全て帰した。私一人だ……さあ、どこからでもかかって来い!」

 マッドマイクは、すでにゼオライマーの前に、その運命をさらしていた。

マサキが、ゼオライマーに乗った瞬間。

男は、もう自分の運命がわかったような気がして、体がさっと冷たくなった。

「いくぞ!」

 さっと、形相を変えるやいな、男は、マサキの駆るゼオライマーに躍りかかった。

マサキは、ゼオライマーの両腕で受け太刀ぎみに、だだだと、踏み退がる。

「いつまで、俺の剣から逃げられるかな」

 そう言いながら、ミラージュⅢは、ゼオライマーのまわりを走り歩いた。

剣を数回、打ち合わせ、激しい格闘が、なお続いた。

 ガキン!

火花とともに鳴り響く鋭い剣の音。

そして、その体勢をまだ持ち直さぬ間に、

小童(こわっぱ)洒落(しゃれ)真似(まね)を」

マッドマイクの(あざ)笑う声がどこかで耳を打った。

 マサキは、男が一瞬気が緩んだ瞬間を計って、飛び込んだ。

飛び込んだと思うと、ゼオライマーの指先から出るビーム剣が、戦術機の管制ユニットを突き通していた。

 男の脾腹(ひばら)から、ぱあと鮮血がほとばしり、操作盤に、煙の様に降りかかった。

一面の鮮血を見ても、男は案外、平然としていた。

「フォフォフォ、これで目的は達した」

 差された腹を抑えながら、笑い止まないのである。

むっとしてマサキが、

「どういう事だ?」

かというと、その男は、なお笑って、

「知れたこと。お前は偽物に引っかかったのだ」

「偽物だと!」

男は、それに答えていう。

「今頃、本物のマイクは、センチュリーハウスのMI6本部に逃げ帰っているであろうよ」

 この当時のMI6は、今日の様に、テムズ川の川沿いのヴォクソール交差点にある新庁舎ではなく、 ランべスにあるセンチュリーハウスという庁舎に本部を構えていた。

「地獄で待っているぜ!」

 そう言い残すと、男は懐中からブローニング拳銃を取り出す。

勝ち誇ったように笑みを湛えて、この世から別れ去ったのである。

 脱出するついでに、ゼオライマーは両腕から火焔を放出する。

ナパーム火炎放射である、フレア・ランチャーで、この場を燃やすことにしたのだ。

燃え盛る要塞をよそに、ゼオライマーはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 イーラムの虎(LTTE)の本部が、ナパームで燃え盛るころ。

角を曲がり、また角を曲がり、おそろしい勢いで、市外へ向って、疾走して行った車がある。

 普段なら、何事かと、すぐ人々の注目をうけるところだが、この(よい)*3からの騒動中である。

あれも出撃する部隊か。

或いは、各地の味方へ、伝令に行く密使か。

 誰あって、怪しむものはなかった。

いや、怪しんでいる(いとま)もない空気だった。

「どけ、どけッ」

 まるで、敵中へ、斬りこんで行くようなわめきだった。

夜ながら、白い排気ガスを立てて、数台のジープが基地の守衛へ、ぶつかって来たのだった。

 ここは、要塞の入り口だ。滅多に通すべきではない。

だが、助手席から降りた一人が、いきなり門の鍵を勝手に外した。

非常事態だと、さっと押開いて、すぐまた助手席に跳び乗るやいな、まるで弾丸のように駆け抜けて行った。

 もちろん、警備兵は、(とが)めることも(おこた)りはしなかった。

しかし、次々と、関門を駆け抜けてゆくジープの運転手は、

「敵襲だっ、敵の襲撃だ」と、怒鳴って行った。

(とき)しも*4非常時なので、警備兵も、無下(むげ)なこともやりかねて、ついその後の闇に仄白く()いている前照灯を見送っていた。

 ところが、また再び、同じような車の音が、町の方から聞えて来た。

ぞくぞくと、かたまり合って、駆けて来る軍靴のひびきも耳を打つ。

 忽ち、眼に見えたのは閃々(せんせん)たる銃剣の刃。

軽機関銃、自動小銃、それから対戦車砲なども入り交じった100人ほどの軍隊だった。

「警備兵、警備兵ッ。

たった、いま敵国のスパイが、基地から逃亡した。

市街を警備する全部隊をもって、追撃するよう命令を出せ!」

 

 警備を突破したのは、総勢100名の、米軍特殊部隊(デルターフォース)であった。

彼らは白銀が参謀総長たちを救出している間、脱出できるよう準備をしていたのであった。 

そして、行きがけの駄賃として、町中に爆弾を設置し、立ち去った。

 突如の敵襲に、虚を突かれた「イーラムの虎」は、上を下へと混乱を極めていた。  

そのあげく、潰乱(かいらん)*5してくる途中、運悪く時限爆弾にぶつかってしまった。

ここでは、徹底的に叩かれて、要塞にいた5000の兵士のうち生き還ったものは、100にも足らなかった。

 

 

 

 

 場面は変わって、ここは英国の南東部に位置するバッキンガムシャー。

ここにある邸宅、『ワデズドン・マナー』*6の豪奢な屋敷の一室で、密議を凝らす男たちがいた。

屋敷の主人と、英国首相、MI6部長などである。 

「木原の暗殺は、失敗したか」

「申し訳ありません」

「今日限りで、MI6長官の職を()したまえ」

「分かりました……」

 MI6部長は、屋敷の主人に問いただした。

「男爵様、ただ、一つお尋ねしたいことがございます」

「うん」

「なぜ、そこまで執拗(しつよう)に木原を狙うのですか」

 男爵様と呼ばれる、このユダヤ人の男は、英国一の金満家。

総資産は、1(けい)円とも、9000兆円ともいわれ、米国の国家予算をはるかにしのぐ規模であった。

その為、ロンドンのシティはおろか、英国政界のみならず、王室さえも自在に操れた。

 彼の祖先は、ドイツのフランクフルト・アム・マインにあったユダヤ部落(ぶらく)*7の出身者であった。

赤札通りといわれる地域の出身者であった為、屋号を「赤札屋(ロート・シールト)」とした。

「奴は、我らが宿敵となったドイツ民族の統一を望んでいる」

「まさか……」

「奴は、東ドイツのシュトラハヴィッツを支援して、KGBの影響力を東ベルリンから()いだ」

「それがどうして……」

「シュトラハヴィッツは、その見返りとして木原の行動を手助けしている。

このまま放っておけば、東西ドイツは再び手を結んで、EUに加盟する。

彼奴(きゃつ)らは、EUを隠れ蓑に第四のドイツ帝国を築く」

 酒蔵から持ち出した年代物のワインを、グラスに注ぐ。

秘蔵の酒は、帝政ロシア時代にクリミアで作られたスパーリングワインであった。

「ナポレオンの力をもって、崩壊させた神聖ローマ帝国。

戦争まで仕掛け、引きずり込んだ米国の手で、ようやくつぶした、第二帝国、第三帝国。

それの牽制(けんせい)をしのぐ、EUを後ろ盾にした第四帝国が出来てみろ!」

 ワイングラスをくるくると回したあと、口に含む。

100年前の豊潤な白ブドウの味が、口に広がった。

「我らが血のにじむような思いをして作り上げた、ロンドンの富も……

この金融の世界も、危うい……。

故にあのアジア人のパイロットを殺し、ゼオライマーというマシンを破壊することにしたのだ」

 憮然(ぶぜん)とする男爵に、首相は平謝りに詫びいった。

「大変、申し訳ございませんでした」

「首相、形ばかりの謝罪などどうでもいい。

私はすでに200億ポンド*8の金を払っているのだ、君の選挙のために。

その金額に見合う働きを、してもらわないと困る」

 男爵が、選挙に多額の資金を使った話をした直後である。

その刹那、部屋へ、黒の詰襟姿の男が入ってきた。

「それで俺の命を狙ったのか」

「貴様!」

 突如としてあらわれた不気味な東洋人。

彼は、不敵の笑みを満面にたぎらせて、

「お前たちは、俺の世界征服の後にいいように使ってやろうと思っていたが……

気が変わった!」

 首相たちが、自動拳銃を取り出すよりも早く、男は拳銃を向ける。

男の持つ武器は、スミスアンドウエッソンの8インチのM29回転拳銃(リボルバー)であった。

「ここで、俺のために死ね」

 その瞬間、部屋の電気が消えた。

続いて、火花と銃声が数回響く。

「馬鹿な奴等よ。

目先の利益のために、この俺に喧嘩を売るとは……」

暗い室内に、不気味な笑い声が広がった。

「フハハハハ、人間の欲ほど(おろ)かなものはないな。

それがある限り、戦いは終わらないという事か」

 そういうと、男は屋内へ、持ってきたガソリンをぶちまける。

マッチを擦り、火を放つけた。

 邸宅は見るまに、燃えあがった。

男は、紫煙を燻らせながら、屋敷を後にした。

 

 その夜半。

 バッキンガム宮に来た英国王は、パンチェン・ラマ10世*9との会見の場に急いだ。

支那から来た高位のラマ僧は、ダライ・ラマと並び称される活仏である。

インドに亡命したダライラマとは違い、共産支那に恭順するも、次第に自立の姿勢を見せ始めた。

 1962年、1959年のチベット動乱後の窮状を憂い、7万字の諫言(かんげん)を、北京(ペキン)へ上奏した。

毛沢東のチベット抑圧政策を非難した事によって、彼は追放の憂き目にあう。

 昨年*10まで、支那の奥深くにある労働改造所と呼ばれる暗黒監獄に押し込められていた。 

改革開放を(うた)う新政権に出国を許され*11、世界各国の要人との面会に出かけたのであった。

 宮殿の奥の間に、黄色い立帽子(たてもうす)*12緋恩衣(ひおんえ)*13を付けた僧形の男がみとめられた。

彼は、後ろ向きの格好で、曲彔(きょくろく)*14に座っていた。

 部屋には、様々な供物(くもつ)が並べられた祭壇が用意してある。

数個の掲げられている遺影に移るのは、英国首相、MI6長官、ユダヤ人男爵。

マサキを暗殺しようとした人物たちの、生前の姿であった。

観自在菩薩(かんじざいぼさ)行深(ぎょうじん)般若(はんにゃ)波羅蜜多時(はーらーみーたーじー)

照見(しょうけん)五蘊(ごうん)皆空(かいくう)度一切苦厄(どいっさいくやく)……」

 何やら香のような物が()いてあり、黒羽二重(はぶたえ)紋付(もんつき)を着た女が座っていた。

茶色の髪を結った東洋人の女は、悲しみのあまり、しきりにハンカチで顔を抑えていた。

椅子に座る仏僧は、木魚(もくぎょ)を鳴らしながら、霊験(れいげん)あらたかな真言(しんごん)を唱えていた。

「パンチェン・ラマ猊下(げいか)*15、遅れて申し訳ありませんでした」

 その瞬間、読経(どきょう)が止まると、黄帽を被った僧が振り向いた。

目を隠すように、レイバンのミラーレンズのサングラスをかけていた。

「貴様!パンチェン・ラマではないな!」

 その瞬間、若い仏僧は、両手で立帽子とサングラスを取った。

たしか、パンチェン・ラマは、四十がらみの男だったはず。 

大分、聞いた話より若い男で、僧形にふさわしくない黒々とした有髪だった。

 龍顔が、さっと曇った。

王は、口を極めて怒りをもらした。

「お前は誰だ!」

僧形の男は、満面に喜色をたぎらせる。

「俺は、木原マサキ!

お前の葬式をあげに、地獄から来た男さ」

 笑いながら話していることだが、元々、マサキのそのことばには、寸毫(すんごう)の嘘もない。

やましさのない真実の力は、微笑の内にも充分相手を圧して来る。

「今頃、本物のパンチェン・ラマは、BBC*16のスタジオさ。

そこで、単独インタヴューに答えている頃よ……

忙しい坊様から、ちょっと代役を頼まれて、今宵(こよい)通夜(つや)をしたという訳よ」

 龍顔からは、血の気も失ってしまった。

威圧といえば、こんな酷い威圧はない。

「王よ、貴様の宝算(ほうさん)*17は幾つだ」

「84だが」

「一般社会じゃ、引退している年齢だな」

 さっと、緋色(ひいろ)羅衣(らい)(たもと)からホープの箱を取り出す。

言葉を切ると、タバコに火をつけた。

「王よ、お前は政治を(もてあそ)ぶより、孫と遊んでいるほうが似合う年齢(とし)だ」

「どういうことだ!」

 いつにない激色である。

マサキは、冷静な眼で、相手の怒りを冷々と見ている。

「何、貴様の支配地をそっくりいただくという事さ」

突然、マサキは身を反らして、仰山に笑い出した。

「フハハハハ、お前たちは、釈迦の手の平で暴れまわる孫行者でしかない。

俺が望めば、何時でも潰せるのだ。

今回のユダヤ人男爵のようにな……」

 孫行者とは、西遊記の主人公孫悟空の支那風の呼び方である。

マサキは、己の立場を孫悟空を懲らしめた釈迦如来と重ねて、そう脅したのだ。

「これは、せめてもの慈悲だ。

英帝室を存続させてやる代わりに、お前は譲位しろ。

そうすれば、この一件は水に流して、俺は英国と事を構えることを止めてやる」

瞬間、激色は激色ながら、龍顔の怒りは、ふと眉の辺に、すこし晴れたかの如く見えた。

「ひとつだけ、お前に聞きたいことがある」

「なんだ」

「なぜ、天才科学者の貴様は、ゼオライマーというマシンを作って戦いの中に身を投じた」

「普通の人間が50年かかってやることを……1日で為せるからよ」

 マサキは煙草をもみ消すと、黄帽を被り、サングラスをかけた。

「あばよ」

 彼は、紋付き姿の美久の肩を叩くと、その場を後にした。

般若心経(はんにゃしんぎょう)を唱え、金剛鈴(こんごうれい)というベル形の仏具を鳴らしながら、消えていった。

『これほどな大事を、一人の男を動かされるなどとは……』

王は、しばらく呆然(ぼうぜん)としていた。

 

 翌日の新聞では、一面に英国王の譲位が報じられた。

英国王室史上初の退位に、英国の国内は混乱し、世人は先を憂いた。

帝室の永続を危ぶんで、自決する者も少なくなかった。

 三面には、一昨日の晩に起きたワデズドン・マナーの火事が小さく載った。

首相及び情報部長の逝去は、英国王退位の報道にかき消されてしまった形となった。

 マサキは、スチュワーデスから手渡されたデイリー・テレグラフを受ける。

1日遅れの記事を読みながら何食わぬ顔で、国際線の機内にいた。

 今回の日ソ会談では、何の成果もなかった。

手に入れたものは、精々、アイリスディーナに手渡す土産。

それと、インド旅行の、どうでもいい話ぐらいである。

 ただ、世界を二分する金融資本家の一人を抹殺したことが成果と呼べるものであった。

これで、アイリスディーナが夢と描くドイツ統一の邪魔になる勢力は、いくらか減らせた。

『アイリスに、このことを話しても信じまい』 

マサキは、年下の恋人の事を夢想しながら、相変わらず紫煙を燻らせるのであった。

*1
Counter-insurgency aircraft,対反乱用に用いられる低速度のプロペラ機などを指す言葉。戦闘機と比すると低価格なため、後進国や大規模なテロ集団が用いている

*2
ベルピライ・プラバカラン(1954年11月26日 - 2009年5月18日)。スリランカからの分離独立を図り、武装闘争を行ったタミル・イーラム解放のトラ の指導者

*3
日が暮れて間もない頃

*4
ちょうどその時

*5
組織がバラバラになって崩れてしまう事。敵に敗れ秩序を失って、まとまりがつかないこと

*6
ロスチャイルド家邸宅

*7
比較的少数の民家が集まっている地区や集落のこと。行政区の単位を示す言葉

*8
1979年当時の英ポンド・円レート、1スターリングポンド=418円

*9
(1938年2月19日 - 1989年1月28日)。チベットの化身ラマ。1949年の国共内戦時に国民党によって即位させられ、その後は中共政府に帰順した。1989年に自己の中共への帰順を批判をするも、その5日後に急逝した

*10
1968年から1978年2月25日

*11
史実では1982年まで出国は許されず、半軟禁状態であった

*12
仏教の僧侶、特に禅宗の僧侶が儀式の際にかぶる帽子。元々は防寒用であったが、今は緋恩衣以上の衣を許された者が被ることが出来る

*13
大僧正のみに着用が許された緋色の袈裟。元々は天皇の勅許が必要だったため、緋恩衣と称された

*14
仏教の僧侶が使う、折り畳み可能な背もたれ付きの曲がった椅子

*15
もとは高僧のそばを意味する言葉、そこから転じて、高僧や碩学 (せきがく)に対する敬称となった

*16
英国公共放送

*17
天子や君主の年齢。聖寿(せいじゅ)




 暁の方の連載は6月から奇数週の隔週連載にさせていただきます。
読者の皆様には不便をおかけしますが、ご海容のほどお願いいたします。

 次回以降は、第10章に入ります。
ご意見、ご感想お待ちしております。
コメントは必ず拝読させていただいてますので、どんどん頂ければ嬉しいです。
誤記や誤字報告も頂ければ、幸いです。

やってほしい原作キャラ関連のイベント

  • ヴァルターとシルヴィアの結婚式
  • ベア様とマライさんの修羅場
  • ハイネマンのソ連への技術漏洩
  • 気にせず好き勝手に書けや
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。