冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 マライからの秘密情報を受けて、マサキは対策に乗り出す。
白銀や涼宮と共に、各地の技術者への接触へ向かった。


諜報(ちょうほう)最前線(さいぜんせん) 前編(旧題:隠然たる力)

 昨年の夏に、種子島から打ち上げられた、火星探査衛星。

国産の液体燃料ロケット、N-1ロケットに搭載された。

マクダエル・ドグラム*1製のデルタロケットの技術提供を受けた、このロケット

 八か月かけて火星に近づいた衛星から送られてきた写真と各種資料。

それらに目を通しながら、マサキは別な事を考えていた。

 彼の関心は、火星に群生するBETA、約1億2500万匹ではなかった。

マライが明かした秘密だった。

 彼女は、ユルゲンと西ドイツの女スパイの話を残さず、聞いていた。 

盗み聞きした内容の全てを、マサキに包み隠さず、教えたのであった。 

 マライの話は、こうだった。

 戦術機の管制ユニットへ、搭載された内臓コンピューターに、秘密の仕掛けがしてある。

 管制ユニットとは、戦闘機でいうところの操縦席のことである。

米国企業・マーキン・ベルガー*2の一社による独占特許だ。

 戦術機の操縦方法の中核を担う、間接思考制御とされる装置。

この装置は、操縦者の思考や反応を読み取って、搭載する電算機(コンピューター)情報を帰還(フィードバック)させる物である。

 パイロットが着用した強化装備を通じて、個人の生体情報(バイタルデータ)や操縦記録が電算機に蓄積される。

数値化された生体情報によって、機体の操縦に影響するという特殊な仕組みである。

 つまり、簡単に言えば、搭載された電算機でロボットの手足を動かすという方法ではなく、人間の思考を間接的に利用して、ロボットを操縦する仕組みである。

故に、間接思考制御と呼ばれるのだ。

 マサキはロボット工学の専門家で、八卦ロボを開発した技術者である。

この事が、かえって戦術機に関する理解を阻害することとなった。

 マサキの肉体は、ともかくとして。

彼の精神は、すでに鬢糸(びんし)茶烟(さえん)(かん) *3に至っている節があった。

故に、この異界の高度なロボット制御技術を素直に受け取れなかった。

 管制ユニットに内蔵された間接思考制御の電算機は、非常に複雑だ。

設計上、特殊な電子機器を用いる為、高度な生産設備と素材が必要となった。

 その為に、主要先進国以外では、管制ユニットに関しては、完全な輸入に頼った。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             

レンドリースの関係もあって、ソ連ではライセンス生産はしなかったようだ。

 ユルゲンの話を勘案すると。

国産化を進めていた東独でも、管制ユニットのみは、直輸入に頼っていたという。

その他の国も、おそらく同じであろう。

 今までの話を総合すれば。

戦術機とそれに対応したスーパーコンピューターは、米国内にあるサーバーとリンクしている。

 搭乗者の生体情報(バイタルデータ)や、戦術機のガンカメラからの画像。

それらが、即座にワシントンやニューヨークにあるデータセンターに情報が伝達される。

 しかし、ソ連がよくそんなものを認めたという事だった。

全く知らないのか、政治的裏取引の結果か……

これは、今回の調査の後にでも、調べよう。

 マサキは、米国がスパイウエアを仕掛けたという、今回のマライからの報告。

その話を聞いて、彼には思い当たる節があった。

 それは、ほかならぬマサキ自身が、前世において、仕掛けた陰謀によく似ていたからである。

 前の世界で、マサキは鉄甲龍(てっこうりゅう)の表の団体として、国際電脳(こくさいでんのう)という電子機器メーカーを作った。

その主な販売先は、日米を始めとする西側諸国、中共、中南米。

 事業規模は、原子力発電所、気象観測用の人工衛星などの民生部門。

イージス艦、固定式核ミサイルサイロを含む、軍事部門への電子部品の提供である。

 秘密裏に、全世界の七割をも影響下に置く、情報ネットワークシステムを構築した。

だが、鉄甲龍の首領、幽羅(ゆうら)の世界征服の陰謀により、ことごとく破壊されてしまった。

 ハイヴから回収した希少資源や金塊は、いずれにせよ、枯渇するだろう。

 前の世界で、電子部品を売って、半永続的な軍事費を得た国際電脳。

 この世界でも、今一度作り直すか。

マサキは、紫煙を燻らせながら、昔日(せきじつ)の夢を一人思い返すのであった。

 30分も過ぎたころであろうか。

マサキの部屋に、鎧衣(よろい)白銀(しろがね)が姿を現した。

「ところで、先生、この度はどのようなご用件で……」

 そこでマサキは、マライの名前を出さずに、これまでの経緯を語った。

戦術機の中には米国製のソフトウエアがあり、それには秘密があることを詳しく述べた。

鎧衣は、軽く首を振りながら、いつもの如く、諧謔(かいぎゃく)(ろう)する。

「いや、いや、困ったことになりましたな……

さしもの木原君でもお手上げとは、お釈迦(しゃか)様でも御存じあるまい……」

 マサキはロボット工学の専門家である。

だが、有人機動ユニット(MMU)から発展した戦術機に関しては、ずぶの素人だった。

 そこで、プライドを捨てて、日本国内外の専門家に頼ることにしたのだが……

今の鎧衣の一言に、マサキは内心呆れていた。

「俺がどうにかできれば、貴様らには相談はせん……」

 マサキは、他から見れば、明らかに憤懣(ふんまん)の色をたたえていた。

黙って聞いていた白銀が、やがて神妙に答える。

「もしよろしければ、方々に手配しましょう。

涼宮(すずみや)君にも、協力してもらいましょう」

 白銀の言葉に、マサキは驚いたように顔をあげた。

闇夜の中から、一条の光が差し込んだような気持であった。

「本当か……」

「僕の方で、フランスにそれとなく接触して見ます。

ベトナムやラオスでの経験上、フランスとはコネクションがありますので……

この際、いっその事、フランス企業のダッソーに、力添えを頼むのはどうです?

第一線を退いた方とはいえ、ダッソー会長なら、航空業界に明るいはずです」

マサキは疑ったが、事実、白銀の瞳は、涼やかであった。 

「分かったよ……フランス関係はお前に任せる」

こうしてマサキは、関係者への接触を、白銀と涼宮に任せることにしたのだった。

 

 その日のうちに白銀は、一路ニューヨークからパリに飛んだ。

フランスを代表する軍需エレクトロニクス企業、サジェム社の関係者に逢うためである。

 白銀はサジェムやダッソーの社長との懇談にあたって、仲介役としてある人物を頼った。

件の人物は、フランスの首相*4

彼は、知日派として知られ、相撲(すもう)歌舞伎(かぶき)、古典に造詣(ぞうけい)が深い人物であった。

 ある時、大統領が博物館での日本展にに出向いた際、土偶(どぐう)埴輪(はにわ)の違いを熱心に説明した。

そのような日本文化への理解が非常に高い事を、外交界隈(かいわい)では知らぬ人がいないほどであった。

 また、彼には、日本国内に没落した武家の若い女を、囲って、妾にしていた。

妾との間に出来た二人の隠し子は、日本人として暮らしており、日仏間の公然の秘密だった。

 フランスは、王侯貴族や政治家の愛人に関しては問題視されなかった。

対岸の英国や新教徒の多い米国と違って、公人の私生活にはマスメディアは関心を持たなかった。

公金横領ならばともかく、他人の個人情報を探れば、自分の痛くもない腹を探られる恐れがある。

そういう事から、フランスのマスメディアは愛人問題に口を突っ込まなかった。

 フランスは、12世紀に生まれた騎士道恋愛物語を中心とした不倫を公然と認める文化が栄えた。

一例をあげれば、太陽王ルイ14世や、皇帝ナポレオン1世、ミッテラン大統領など。

近代になってからも、多数の愛人を抱えた権力者は、比較的多かった。

 そういう文化圏である。

男の方は、気に入った相手が人妻であろうが、未婚の生娘(きむすめ)であろうが、お構いなしに声をかけた。

 口説かれる女の方も、また同じであった。

相手が美丈夫(びじょうふ)貴公子(きこうし)や金満家であれば、また喜んで、公然と愛人になったりもした。

 公職にあるものは、公的な援助をせず、また離婚さえしなければ。

複数の異性と恋愛関係になるのは、あくまで個人の自由。

その様な生き方も、また良し、とされる中世以来の気風が残っていた。

 白銀は、この作戦を行うにあたって、仏首相の妾が書いた手紙を持参し、首相の下に出向いた。

 実は御剣(みつるぎ)雷電(らいでん)からの、公的な手紙を用意する案もあった。

だが、外交上の話し合いになると、色々今回の件は不味(まず)い。

 それ故に、首相の個人的な件で、白銀が会いに行く。

一切の、公的な記録が残らない形を取ったのだ。

 白銀から手紙を受け取った首相は、妾の手紙を何度も目を通した後、

「一体、どこで、どのような経緯でお知りになられたのですか」

と、マサキの明かした話を信じていない様子だった。

「ムッシュ白銀。今回の話は、本当なのですか。

しかし、米国と西ドイツが絡んでいるとなると、話は別です」

 首相はフランスの政治家として、西ドイツの国力を恐れていた。

10年前の1969年当時で、西ドイツの人口は、5870万人。

 これは、フランスの5032万、イタリアの5317万や英国の5553万とほぼ同数。

いや、それ以上であった。 

 統一ドイツの出現は、欧州の各国間の政治的均衡(きんこう)を崩しかねない。

西欧諸国やソ連、或いは東欧と足並みをそろえて、ドイツの影響力を抑えてきた。

そのような政策が、水泡(すいほう)()してしまう。

そんな懸念(けねん)を、首相に(いだ)かせる様な、内容の話でもあった。 

 白銀も、首相の警戒心をうまく利用した。

西ドイツの対マサキ工作を実態以上に大きく説明し、彼の関心を誘ったのだ。

 キルケの祖父・シュタインホフ将軍と西ドイツ軍が企んだ計画など。

それらを、針小(しんしょう)棒大(ぼうだい)に話した

 そして、白銀は、マサキは、罠にはめられたことも話した。

計略に乗せられ、シュタインホフ将軍の孫娘との結婚の間際まで行ったことも伝えたりもした。

 首相は、一頻(ひとしき)り思案した後、ダッソーとサジェムの関係者の紹介を約束してくれた。

かくして、マサキは労せずして、フランスの軍産複合体との関係を持つこととなったのだ。

 

 

 マサキのほうも、その日のうちに、チェコスロバキアの首都プラハに飛んだ。

プラハ東地区にある、オドレナ・ボダのアエロ・ヴォドホディ本社に来ていた。

 本社前の守衛所に立つと、若い男がマサキの顔を見て、すぐに声をかけてきた。

「木原博士、良くいらっしゃいました。すぐにお待ちを」

 マサキは、その男が、プラハ初訪問の際、最後まで世話をしてくれた人物だったことを思い出した。

若い男が引っ込むと、すぐにアエロ・ヴォドホディの総裁がでてきた。

「これは、これは。木原博士」

そして、総裁は相好(そうごう)を崩すとつづけた。

「今日は、遊びにいらしていただいたのですか」

 マサキは、この半年の間に、数度プラハに来ていた。

暇を見ては、アエロ・ヴォドホディを度々訪れる間柄だった。 

「いや違う、貴様に折り入って頼みがある」

 その気配から、総裁はただならぬものを感じた。

表情を引き締めると、マサキにこう告げた。

「わかりました。

ではお通しするのは、事務所の二階ではなく、貴賓(きひん)室のほうがよろしいですな」

「そうしてもらえれば、ありがたい」

 社屋に入ると、奥に(しつら)えてある貴賓室に案内された。

マサキは総裁が進めてくれた椅子に腰を下ろすと、技術的な問題であることを告げた。

そして、戦術機部門の設計主任を呼んでほしいと、単刀直入に申し込んだ。

 総裁は、室内電話を使って、設計主任を呼び出すと、彼を部屋に招き入れた。

設計主任は、黙って一例をした後、マサキの話しを進める様、先をうながした。 

 マサキは、今自分が抱えている問題に関して、手早く述べ伝えた。

米国が企んでいる戦術機の仕掛けに関するあらましと、自分が置かれている厄介な立場である。

全てを聞いたうえで、設計主任は、申し訳なさそうに言った。

「正直に申し上げて……

間接思考関連の電子制御系は、我々の専門の埒外(らちがい)です」

 戦術機部門の設計主任の言葉に、マサキは苦虫を嚙み潰したよう表情を見せる。

そして、嘆息するように、こう続けた。

「それに、チェコスロバキアには戦術機開発の専門家はいても……

半導体関連のノウハウが、育っていないのです」 

 彼の話は、こうだった。

中欧に位置するチェコスロバキアは、戦前から高い工業力を持ち、半導体の生産地としての可能性がある。

だが、政府の政策措置や長期戦略、海外の資金支援が欠かせないとの見方を示した。

 マサキはその話を聞いて、チェコスロバキア側が接触した理由が見えてきたような気がした。

それまでは日本人である自分は、中欧において、どこか中立的な立場とばかり考えていた。

 だが、彼らは、日本人であるマサキの立場を通じて、日本から支援を引き出す糸口になってほしいのではないか。

でなければ、日本人である自分に、話を持ってはこまい。

「我々としては、木原博士と知り合えたのは、輸出依存度の高い国内製造業を成長させる良い機会と考えております」

 チェコスロバキアは、戦前から続く中央の工業国である。

戦後共産革命によって、各種産業が国営化された後も、その地位はゆるぎなかった。

 シュコダの輸送機器やタービン、タトラのトラック、アエロ・ヴォドホディのジェット練習機。

チェスカー・ズブロヨフカの自動拳銃、機関銃等々。

 チェコスロバキア製品は、社会主義圏内では先進工業国という不動の地位を有している。

そして、ソ連や東側諸国、第三世界では、一定の評価を得て、それを維持してきた。

 しかし、今後西側の自由市場に戻った際は、国際水準に劣るそれらの企業は存続は危うい。

30有余年の社会主義経済は、国際競争力を奪い去るに十分な時間だった。

「日本企業の先進技術と豊富な資金をもって知って、チェコの工業国としての矜持を再構築したいのです」

その上で、こうも付け加えた。

「私たちの後に、まさか、イタリアへ、行かれるつもりですか。

特に、フィアット自動車などを頼るのは、お止しになられた方が良い」

「どうしてだ!」

「フィアットは、ソ連国内で合弁事業を行っています」

 第二次大戦終結後、敗戦国であるイタリアでは長らく左派政権が政界を牛耳っていた。

米英や西ドイツが進出をためらう東欧市場において、イタリアの財界は進出していった。

その際、フィアット社は、ソ連・ポーランド・ユーゴスラビアに販路を広げる戦略を取った。

 ワルシャワ条約機構から距離を置いていたユーゴスラビア。

その地に1853年からある複合企業、ザスタバ。

フィアットは1954年という早い時期から、ザスタバ*5とライセンス契約を結び、生産設備や技術を提供していた。

 そして、共産ポーランドとも、同様であった。

世界大戦をはさんで中断していたフィアット・ポーランド工場(ポルスキ・フィアット)*6

共産政権の求めに応じて、1965年に再稼働し、1991年の自由化までの間、ポーランドの国営企業が同工場の運営を行っていた。

 また、ソ連でも1966年よりサマーラ州において、ヴォルガ自動車工場を立ち上げた。

その関係上、フィアットはイタリア政府の依頼に応じて、124というセダンをソ連に提供した。

 無論、マサキもイタリアとソ連の関係をうすうす感づいていた面があった。

イタリアは、ソ連海軍の為に戦艦建造のノウハウを提供したことがあったからだ。

「どうせ、自動車だろう。

戦術機に大きな影響は及ぼすまいよ」

「いいえ、大ありです。

ソ連でライセンス生産されているフィアット・124の主任設計者は、誰とお思いですか」

 どういう意味なのか。

マサキが先をうながすように、設計主任の顔を見ると、こう言った。

「ほかならぬ、ジアコーザ博士。

彼が、ソ連へのライセンス生産を許した張本人なのですよ!」

「本当か!」

 今度は、マサキが大きく驚く番だった。

マサキは、ジアコーザ博士と一度会っているので、彼が容共主義者ではないのを知っていた。 

 おそらく、ジアコーザに、これといった政治信条はない。

純粋に自分の作った自動車を、全世界に広めたいだけなのだろう。

 同じ技術者として、その気持ちは痛いほどわかっているつもりだ。

 容共姿勢のあるイタリア政府と販路を拡大したいフィアットの思惑。

自動車設計技師・ジアコーザの、工業技術者としての面と芸術家としての面。

 それらが重なって、今回の件になったのであろう。

そうでなければ、ソ連での生産を許すはずがない。

 思想信条がないことは良い面もあるが、今回の件ではマイナスに働いた。

いや、逆にソ連とのつながりのあるフィアットを通じて、奴らの出方を見るという方法もある。

「貴様らの貴重な話は、参考になった。

今後も、俺の手助けを頼む」

 マサキはそんなことをつらつらと思案しながら、設計主任に感謝の意を伝えた。

その夜の内にチェコを後にし、ふたたびニューヨークへと向かった。

 

 ニューヨークにいる涼宮総一郎も、白銀の要請に基づき、早速動いた。 

涼宮がまず頼ったのは、米国国防長官府の官僚*7だった。

彼は、グラナン*8に勤めた後、ワシントンに入った人物であった。

 日本と違い、米国では、民間企業にいる人間が、簡単に中央官庁の奥底に出入りできた。

政権交代と共に、数千人の官僚が下野し、それと入れ替わる形で大量の民間人が官衙(かんが)に入った。

そのことをさして、世人は一連の中央官庁の人事異動を、回転ドアと称した。

 彼は、米国防長官*9の信任厚い人物であった。

彼の提案によって、サンダーボルトA-10の基本設計は、決まったと言っても過言ではない。

 涼宮は、ブレジンスキーに算段を付けてもらって、国防総省の官僚と会う事となった。

マンハッタンの老舗中華料理店、(ノム)()(ティー)(パーラー)に、30分もしないうちに姿を現した男。

涼宮は、彼にそれとなく、今回の件を尋ねてみたのだ。

「お忙しいところ恐縮ですが、わざわざありがとうございます……」

 涼宮がいくらか、肩ひじを張った物言いで頭を下げると、男も軽く首を振った。

そして砕けた口調で、涼宮に訊ねてきた。

「いやいや、日本の学生さんが、来るとは思ってもいませんでしたよ」

男は笑みを浮かべながら、言い添えた。

「ところで、どのような要件で……」

「日本としては、戦術機のソフトウエアに改良の余地があると考えて、手を入れています。

ですが……どうも今一つなのです。

もしかして、ソフトウエアに重大な欠陥が……」 

 半ば疑うように、男は涼宮の顔を、やや暫し見まもっていた。

突然、声を上ずらせて、身を前へにじり寄せた。

「どこで、今回の件をお聴きなさった」

「先日、マンハッタン界隈(かいわい)であった国際会合で、小耳に……」

 博士は、涼宮のその言葉を聞いた瞬間、持っていた紹興酒(しょうこうしゅ)のグラスを落とした。

「では、博士、我々の情報解析に協力してくれますな」

「とてもとても、私は、戦術機の設計から引退しましたので……

それに、コンピュータ関連の解析では、荷が勝ちすぎます」

博士の断りの言葉を聞いた涼宮は、途端(とたん)に困惑の色を示した。 

「じゃあ、誰が良いのですか。

優秀な方を、紹介してくれませんか」

 博士は、新しいグラスに注いだ紹興酒を(あお)る。

しばし思案した後、重い口を開いた。

「イタリアの、ジアコーザ博士。

ミラ・ブリッジス女史は……彼女は、この前、グラナンから寿退社したか……

それに、もう一人、ソ連のスフォーニ博士*10……

あ、ソ連は、対象外でしたな……」

言葉を切ると、男はタバコに火をつけた。

「となると、残る一人は、グラナンのフランク・ハイネマン」

「な!」

 涼宮は、人形のように立ち尽くした。

ハイネマン博士といえば、戦術機を一切知らない涼宮でも、知っているほどの著名人。

 篁祐唯(ただまさ)中尉とミラ・ブリッジスを巡って、鍔迫り合いを演じた人物と聞き及んでいる。

例の一件もあるが、日本政府や各種メーカーも、彼の事を嫌がるであろう。

 それに、マサキが、直言を(はばか)らないハイネマンを、どう思うかだ。

男女の三角関係を非常に嫌うほど、女性関係に潔癖で、清廉な人物とも聞く。

正直なところ、涼宮は、気が重かった。

 

 

 

 その日の夜、ザ・ホテル・サン・モリッツ*11に、涼宮は向かった。  

国防長官府の官僚と会った涼宮は、これまでの詳しい事情を、マサキに話した。

「ジアコーザ博士は、フィアット自動車お抱えの設計技師です。

自動車開発の技術部長を務めてらっしゃりますから、急な依頼は無理でしょう。

篁夫人のミラさんは、いま臨月でお答えできる状態じゃありません」

 マサキが、眉を(ひそ)めた。

射るような視線で、涼宮の顔を見つめる。

「となると、技術者は一人しかいません。

グラナンのフランク・ハイネマン……」

 途端に、マサキは嚇怒(かくど)の色を示した。

彼は、ハイネマンという人物を一語の下に否定した。

「駄目だ!」

 天才技術者、フランク・ハイネマンの事を、マサキ自身が内心嫌っていたのも大きかった。

 ハイネマン自身は、戦術機の事を一から設計できる、世界で数少ない技術者である。

だが小柄で、はなはだ風采(ふうさい)()えない人物であった。

 マサキの悪い癖の一つに、美男美女を好むきらいがあった*12

米国人でありながら、165センチ弱のこの天才学者の事を、マサキは遠ざけた。

 彼の話を聞いた当初は、直接会ったことはなかったので、マサキの方は接触を試みていた。

だが、彼の人となりを知って以来、その姿勢は変化した。

 誰であっても直言を憚らず、目上の立場とも言い争いになる。

そのような話を聞いて、疎ましく思もうほどであった。

 同業者としての嫉妬もあろう。

 それ以上に大きかったのが、日本政府の方針であった。

鎧衣はことある事に、篁とミラの件を持ち出して、ハイネマン博士との接触を遠ざけたのだ。

そういう経緯から、マサキはハイネマンとの直接の接触を諦めている節があった。

「奴は、篁との件で、日本によからぬ感情をいだいているそうではないか」

 それまで、黙っていた白銀が初めて言葉を出した。

マサキの顔色を、うかがうような口調だった。

「しかしですがぁ、木原先生。

色恋沙汰は、後からいくらでも決着をつけることが出来ます。

西ドイツ側に感づかれる前に、技術解析を頼むのは、今しかできません」

 白銀は、やや機嫌を損ねたように口元をゆがめる。 

彼の表情を見たマサキは、ふとため息をもらしった。

「ほ、他の奴を探すんだ」

「相手は、諜報関係に関して百戦錬磨のゲーレン機関です。

ソ連の脅威を誇張し、米国を煽って、西ドイツの再軍備をすすめた連中です。

手ごわい相手になるでしょう……」

 白銀は、ため息交じりに言った。

マサキの顔には、諦めの色が浮かぶ。

「……」

鎧衣は、うな垂れていたが、やがて神妙に答えた。

「すぐにグラナンに、連絡だ。

ハイネマン博士との、面会の手配を!」

 それだけのやり取りを終えると、一同は下階にあるレストランに降りていった。

去り際に鎧衣は、こう付け加えた

「それに木原君、ハイネマン博士は日本人じゃない。

使い捨てにしてでも、いいじゃないか……

ここはひとまず、我々の利益を優先させようではないか」

 ――この男は、日本国のために、これほど冷徹になれるのか――

一人、ホテルの部屋に残されたマサキは、しばしマンハッタンの夜景を眺め続けた。

*1
現実世界のマクドネル・ダグラス

*2
現実世界の英国企業、マーティン=ベイカー・エアクラフト

*3
年老いて、青春の思い出にふけること。晩唐の詩人、杜牧(とぼく)の漢詩「題禪院」から

*4
ジャック・ルネ・シラク。1932年11月29日 - 2019年9月26日

*5
ザスタバの自動車部門は、後にフィアット傘下となるも2018年に破産手続きに入り、2024年3月にブランド自体が競売にかけられた

*6
同工場は、フィアット傘下のフィアット・オート・ポーランドとして、1993年より再出発している

*7
ピエール・マイケル・スプレイ。1937年11月22日 - 2021年8月5日。仏系ユダヤ人。F-16戦闘機の戦闘機設計研究とシステム構築担当者。晩年は音楽レコード会社を立ち上げた人物だった

*8
現実世界のグラマン航空機

*9
ロバート・ストレンジ・マクナマラ。1916年6月9日 - 2009年7月6日。米国の政治家、実業家。ケネディ、ジョンソン政権で国防長官を歴任

*10
パーヴェル・オシポビッチ・スホイ。1895年7月22日 - 1975年9月15日。ソ連の航空機設計者。スホイ設計局の設立者

*11
1930年から1999年の間、ニューヨークのセントラルパークに存在したホテル。1999年にマリオット・インターナショナルが買収し、ザ・リッツ・カールトン・ニューヨーク・セントラルパークとなった

*12
好ましくない傾向。懸念(けねん)




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