冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
西ドイツに戻った彼女は、
マサキたちが、後を追っている謎の女、アリョーシャ・ユング。
連邦情報局員の彼女は、どこで、今何をしているのであろうか。
例の女スパイは、姿をかき消すようにしてニューヨークを去った。
不敵にも、外交旅券を使って、JFK空港から出国し、西ドイツに帰国していた。
1946年2月という戦後間もない時期に、ゲーレン機関を
ラインハルト・ゲーレン少将を首班とするゲーレン機関とは何か。
それはソ連の勢力拡大を恐れた米軍によって、秘密裏に準備された情報機関であった。
戦後のドイツは、わが日本と違い、主権はおろか、政府さえも失っていた。
軍はおろか、司法権や外交権も失っており、占領軍が実権を握った。
実際の行政の運営は、各地を占領する政府の高等弁務官によって行われていた。
特にソ連占領地のドイツ東部などは、ソ連政府のなすがままであった。
KGBの暗躍によって、数千から数万の住民が秘密裏に処刑されていた。
反共志向の強いトルーマン*1は、このスターリンの行動を危険視した。
米軍占領地のナチス関係者を集めて、極秘裏にドイツ再建の組織を準備するように命令した。
そういう経緯で成立したのが、前出のゲーレン機関である。
同機関が、政府機関として認められるのは、西ドイツ政府成立後まで待たねばならなかった。
1955年5月11日の政府決定で、連邦情報局と名を改め、正式な政府機関となった。
4月22日の午下。
バイエルン州プラッハ・イム・イーザルタールにある連邦情報局本部。
このボンから450キロほど離れた本部では、なにやら秘密の会合が開かれていた。
「いいかね、我らの目的は一つなんだ、それ以上の事を望むんじゃない。
目的を遂げたら、対象者との関係をうまく持続させるんだ。
どんな手段を用いてもいいが、派出所に駆け込まれるような事は避けろ。
そうさせないのが、腕の見せ所だな」
「長官……」
20代後半と思われる最年少者のユング。
彼女が、先ほどから話し続ける上品な顔立ちの
「なんだ?」
「我々の仕事は、そこで終わりですか」
「おそらくな」
そこに、バルク大尉が駆け込んできた。
部屋に入ってくるなり、その話に割り込んできた。
「副長のヨーク・ヤウクにあって参りました」
彼は英国留学中のヤウクと接触したことを告げる。
すると、長官は満足げに問い直した。
「感触は……」
「上手く行きそうです」
「では、今日の会合は解散だ」
首相府外局の情報局を監督する首相府長官*2は、間もなく情報局を後にする。
ボンの情報局を出た車は、そのままケルンに向かい、郊外にある植物園へと入っていった。
長官は、その植物園で待っていた男と、野外にある庭園を歩きながら、密議を交わしていた。
その男は、連邦軍や情報関係者から閣下と呼ばれている老人で、旧国防軍の高級将校だった。
「そうか……
シュトラハヴィッツの一派と同盟を……行くところまで行くかね!!」
「はい……」
老人は、ホンブルグに漆黒のローデンコートという春先には似合わない格好であった。
「そうか……」
老人は天を仰いだ。
「諜報の世界だけではなく……このドイツ民族が再び動く時が来たのかもしれない」
長官は、男の言葉に驚きと焦りの色を見せる。
「ドイツ民族が……」
「強く大きくなれば、前に立ち塞がる壁も、また大きく、強靭になる。
もう逃げて、許してもらえる小国ではない……
このドイツにも、大きな変化が必要な時が来たのだよ……」
老人の言葉は、この時代にあっては非常に危険視される物であった。
米ソの二大国は、かつての帝政ドイツや第三帝国の事を心より畏れた。
再びビスマルクやヒトラーのような傑物が現れれば、ドイツは一つにまとまる。
そして、我らの前に立ち塞がるであろう……
畏れを抱いたのは、米ソばかりではない。
第一次大戦で数多くの成年人口を失ったフランスや、イギリスも同じであった。
ドイツ再統一という老人の言葉は、彼らから危険視されるのには十分だった。
ここで、史実の世界はどうであったかを、簡単に振り返ってみたい。
英仏が、統一ドイツに対してどう考えていたかを、である。
先ごろ公開された、1990年のフランス政府の外交電報によれば。
1990年当時の首相だったサッチャー*3は、同年3月、フランスの駐英大使にこう語った。
「フランスと英国は、手を取り合って新しいドイツの脅威に向かうべきだ」
そして、こうも述べたともいう。
「ヘルムート・コール*4は、別人になってしまった。
彼は、もはや自分というものを知らない。
彼は自分を
またサッチャーは、敵国ソ連のゴルバチョフに対しても、次のように語った。
当時のゴルバチョフの立場は、統一ドイツを容認していた。
東独にかける費用がソ連経済を圧迫していたので、切り捨てざるを得なかったのだ。
「英国も西欧もドイツの再統一を望んではいない。
戦後の勢力地図が変わってしまうことは、容認できない。
そんなことが起こったら、国際社会全体の安定が損なわれてしまうし、我々の安全保障を危うくする可能性がある」
サッチャーは、敵国ソ連をして西ドイツの勢力拡大を阻止しようとさえ企んでいたのだ。
フランスのミッテラン*5も同じであった。
ミッテランは、1990年1月にパリで行われた夕食会で、サッチャーに次のように漏らした。
「統一ドイツは、アドルフ・ヒトラー以上の力を持つかもしれない」
後に、ミッテランは、自分の側近をソ連に派遣し、統一ドイツに対する姿勢を非難するほど。
統一ドイツを阻止できなかったことを反省してであろう。
ミッテランは、自分の最側近を欧州復興開発銀行総裁の地位に潜り込ませた。
そして半ば公然と、東欧の経済を
視点を再び、
我々の世界と違う歴史を進む、この異世界でも英仏の態度は同様であった。
この異界では、先次大戦において連合国は、ベルリンに4発の原子爆弾を投下した。
どのような理由かは、実は不明である。
本来の原爆投下予定は、日本であった。
だが日本が、1944年に米国との講和条約を結んだため、作戦が中止になった。
このままでは、新型兵器の市街地での実験が出来なくなる……
そのことを恐れた、トルーマン大統領が決めたという説。
あるいは、戦後を見据えて、東欧を支配下に置きつつあるソ連を牽制する説。
そのために、ベルリンに原爆投下したという説が一般的であった。
いずれにせよ、ドイツは核爆弾4発の為に、政府機能が消滅。
終戦間際で、第三帝国が崩壊し、なし崩し的に占領軍の直接統治を受け入れることになったのだ。
政府のない国の国民の末路は、最悪だった。
勝者たる連合軍のほしいままにされ、あらゆる恥辱を受け入れざるを得なかった。
これ以上の事は、今回の趣旨から外れるので、別な機会を設けて話をしたいと思う。
場面は変わって、西ドイツの臨時首都・ボン。
ユルゲン・ベルンハルトと接触した西ドイツの女スパイは、ぼんやりと空を
ボン市内にあるカフェテリアで、アリョーシャ・ユングは、思い悩んでいた。
それは、ドイツ国家の将来ではない。
ふと、ユングの脳裏に浮かぶのは、一瞬の出来事。
忘れようとしても、勝手に思い浮かんでくる。
彼女は、
何をやっても集中できず、思い浮かぶのは、例の美丈夫の事ばかり。
今の自分は、情報部員としての職責を果たしていない。
こんなことではいけないと思いながら、ぼんやりとしてしまう。
ユルゲン・ベルンハルト大尉か……
ユングはユルゲンの顔を思い浮かべながら、ふとため息をついた。
それは、官能と情熱のため息であった。
ユングは、今まで世の男たちに、雰囲気があるなどと思ったことはない。
西ドイツ官界の若い官僚たちの中には、美顔で仕事のできる人間は大勢いた。
仕事がら参加した政財界のパーティーの中にも、素敵だなと思える人物はいた。
しかし誰一人として、ユルゲンの持っているような雰囲気の人物は、いなかった。
ベルンハルト大尉は、確かにハンサムだけど、それだけじゃない。
なにか、特別なものを、あの青年将校はを持っている。
ユングは
なぜ、こんなにユルゲンの事を思い、ため息などをついたのだろう……
やはりおかしい。
だけど、それだけでは割り切れない感情が、自分を支配している。
どんな理由があるにしろ、積極工作の対象者に諜報員が惚れこんでいい理由があるわけがない。
そこでまた、胸の内側にもやもやとした感情が広がっていく。
本当にそれでいいのだろうか。
たとえば、二人が軍人と
ユングは混乱していた。
これは、運命的な出会いかもしれない。
胸を、かきむしられるような痛みだった。
彼女は、その痛みさえもどこから来るものか、理解できなかった。
米ソ対立という冷戦構造化で、東西に分割されたドイツ国家。
双方の国民の多くは、統一を望んでいたし、それに向かって行動を起こした。
また東側のSEDも、西側のSPDも統一を理念に掲げていた。
だが統一という夢は、実のところ、同床異夢であった。
SEDの望んだ統一。
社会主義による統一ドイツであり、統制経済をそのまま存続させることであった。
SPDの望んだ統一。
西ドイツによる併合で、最終的に欧州における経済超大国を作り上げることであった。
また、米ソの狙いも違った。
米国は、統一ドイツをNATOの一構造に巻き込み、対ソ防衛権の一翼を担わせるつもりであった。
他方、ソ連は、統一ドイツの非武装中立化を望んでいた。
NATOとワルシャワ条約機構との間での、緩衝地帯化を狙っていたのだ。
ドイツを管理する4大強国の狙いは、全く違うものであった。
米ソの狙いは、最初から統一ドイツの存在を両勢力の緩衝地帯にすることであった。
英仏の狙いは、分割に乗じて、二度と統一ドイツという存在を復活させないことであった。
すでに1970年代後半から人口減少期に入り、少子高齢化の始まっていた西ドイツ。
移民労働者を入れなければ、その経済規模も、人口規模も維持できないところになっていた。
東ドイツも、既にその傾向は見え始めていた。
だが、出産を奨励する制度や母子家庭への援助で、何とか人口数を1600万に維持していた。
英仏の狙いとしては、西ドイツを今のままにしておけば、いずれ人口減に陥る。
やがて、欧州の責任ある立場は果たせなくなるという考えであった。
特にフランスなどは、西ドイツ憎しのあまり、日本を擁護するような姿勢さえみせた。
当時の日本は、飛ぶ鳥を落とす勢いで経済復興を成し遂げ、世界のGDP2位になったばかり。
もちろん、日仏間での
先次大戦での仏印進駐の経緯は、講和条約の際にもめる原因となった。
だが、それ以上に、ドイツ国家の拡大を心から畏れたのだ。
故に、マサキの今回の提案を、仏首相は
異界に天のゼオライマーという超マシンを駆って、
彼もまた、ユルゲンと同じように、望まざる国際政治の世界に巻き込まれることとなったのだ。
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