冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 完成した米海軍の新型戦術機、F‐14。
その公開セレモニーに参加した面々の思惑は様々だった。


起死(きし)回生(かいせい) 前編(旧題:権謀術数)

 女スパイとの接触以来、留学生活に戻っていたユルゲンへ、数日前に東独からの示達(じたつ)があった。

「米海軍の新型機公開セレモニーに参加せよ」との命令である。

 西ベルリンはおろか、ボンにまで長い手を伸ばすシュタージ。

その対外諜報部門の中央偵察総局*1が、今回の事を知らないはずがない。

「自分を試すのだな」

 ユルゲンは、そう受け取った。

神妙に、その任務も謹んで承ることにしたのだ。

 さて、翌日。

ユルゲンたちは、ニューヨーク州からカリフォルニア州に来ていた。

場所は、州南部のカーン郡にある海軍兵器センターである。

 ロサンゼルスから、北に約270キロにあるモハーベ砂漠。

ハイデザート砂漠の中央部にあり、支那湖(チャイナレイク)と呼ばれる乾湖があった。

 なぜ米国内の砂漠なのに、支那なのか、という疑問を抱く方もいよう。

それは19世紀末に清から渡った苦力(クーリー)とよばれる低賃金の筋肉労働者。

彼等が、この場所で工業用の硼砂(ほうしゃ)の採掘事業に携わったからである。

「支那人が集まって過ごした湖」という意味の「支那湖(チャイナレイク)」は、これに由来する。

 20世紀の半ばになるとこの一帯は軍用地としての開発が始まる。

海軍に、支那湖(チャイナレイク)は買い上げられ、1942年以降、ここに海軍兵器試験所としてが建設された。

 戦後は、ミサイルなどの航空兵器開発の一大拠点となった。

1967年7月に、海軍兵器センターに名前が改められた。

1992年に、再度、チャイナ・レイク海軍航空基地と、変更になり、今日に至っている。

 

 今回の公開セレモニーでお披露目になる機体は、グラナン社製のF‐14。

長距離射撃を可能にする、誘導ミサイルを搭載した新型機である。 

戦術機に不足していた遠距離攻撃機能は、米海軍の長年の悲願だった。

 この新型の戦術機・F‐14は、既に完成し、量産段階に入っていた。

あとは、米議会での予算執行を待つばかりである。

「……ようやく、長年の夢が形になりましたな」

 小柄で痩身の、三つ揃えの姿の30代後半の男が、思わず言葉を漏らす。

それに応じるように、六十がらみの男が答えた。

「75年から、実に4年……

途中のつまらぬ騒ぎが無ければ、今少し早く完成出来たはずだった」

 途中、設計主任である、フランク・ハイネマン博士の設計室でちょっとした騒動があった。

彼の部下であるミラ・ブリッジス嬢が突如として、寿退職をしたのだ。

 相手は、日本の武家で、(たかむら)祐唯(まさただ)

日米合同の戦術機開発計画の曙計画に参加した折、ミラを見初(みそめ)めて、(めと)ったのであった。

 このことによって、ミラの保持する商標権。

それらは、日本に渡ることとなり、その部分の特許権交渉に時間を取られてしまった。

 最年長である老提督・ヘレンカーター中将も、つい愚痴じみた言葉になるほどだった。

だが、ハイネマン博士は、気にする風もない。

「ですが、ヘレンカーター提督、クゼ大尉。

今こうして形となったのだ。 新たなる剣として……」

 米軍全体の戦術機運用計画の見直しにあたって、米海軍はそれまで輸出を見合わせていたF‐14の海外販売を一転して認めることとなった。

新型機の披露を兼ねて、各国の軍関係者に販売や供与を含んだ説明会を実施する事になったのだ。


 

 基地にある滑走路上で、数十名の男女が双眼鏡を片手に、上空を飛ぶ新型機を見つめていた。

 その多くは海軍関係者で、白色夏季勤務服(サービス・ドレス・ホワイト)*2の詰襟姿だった。

背広姿の人物たちは、グラナンやノースロップなどの航空機メーカーの技術陣である。

 中でも、ひときわ目を引いたのは、全く違う軍服を着た二人の偉丈夫であった。

 一人は、帝国海軍の白の詰襟の軍服姿で、胸に目いっぱいの勲章を付けていた。

帝国海軍から派遣されていた駐在武官である、田所海軍大尉であった。

本来、彼は艦艇勤務要員なのだが、米側の申し出にふさわしい人物として参加していた。

もう一人は、北欧系の血を引く金髪碧眼で、ヒトラーが理想としたアーリア人の手本とも言うべき、美丈夫であった。

ユルゲン・ベルンハルト大尉である。

 ユルゲンの服装は、いつもの陸軍の折り襟服ではなく、空軍の略装であった。

青みがかった灰色の開襟の上着に、揃いの生地で出来た乗馬ズボンに、膝下までの長靴。

胸には、ブリュッヘル勲章の他に、勲五等(くんごとう)双光(そうこう)旭日章が輝いていた。

 

 ユルゲンは、今回の行事に、妻役としてマライ・ハイゼンベルクを同伴していた。

 意気揚々としているユルゲンの脇にいたマライは、傍目に見ても陰々滅々とした状態であった。

それは、予期せぬ妊娠によるホルモンバランスの乱れによる軽い鬱症状であった。

 マライにとっての当面の悩みは、不義の結果による、予想外の妊娠の事であった。

東独にいたころから月経不順で悩んでいた彼女は、経口避妊薬としても知られる低用量ピルを服用していた。

東ドイツでは日本より早く、1960年代には低用量ピルの処方が許可されていた為である。

 ユルゲンとの関係は、今回の留学からではなく、昨年から続いていた物であった。

マライは、低用量ピルを服用していれば、他の避妊を併用しなくても大丈夫だと過信していた面もあった。

 3月末に体調不良を訴えて、密かに私立の病院で内科を受診したときには、すでに妊娠12週を超えている状態であった。

どうするか思い悩んでいて、アイリスディーナの所にそれとなく電話を入れた時には、遅かった。

すでに、東独で認められている人工妊娠中絶の許可対象から外れた状態であった。

 父と母の関係を見てきて、色恋沙汰を遠ざけてきたアイリスディーナ。

彼女は、昔気質のボルツ老人の方針もあってか、色々と男女の事柄に疎かった。

ユルゲンに、蝶よ花よと育てられた面もあろう。

 マライの話にショックを受けたアイリスディーナは、そこで相談することにした。

それは、ユルゲンの妻であるベアトリクスではなく、知人の木原マサキに連絡を入れた。

マサキは、アイリスディーナの話から、マライがユルゲンと男女の過ちを犯し、妊娠したことを悟った。

 ここで、マライの計算に違いが生じた。

まず一番最初に相談したアイリスディーナ。

彼女は、東ドイツでは少数派であるが、敬虔(けいけん)なキリスト教徒であった。

 東ドイツ地域は、宗教改革の父とされるルター*3の出身地。

かつては、ドイツの中でも、一番信心深い地域だった。 

 東ドイツの独裁党、SEDは、その宗教政策として、宗教は『人民の阿片』という対応を取った。

だが西ドイツの反応や、ソ連の助言に基づいて信仰だけは認める姿勢を見せた。

その為、就職や進学で差別を公然と受け、年々信者は減る傾向になっていった。

 クリスマスや、イースターの祭りは、厳然と残った。

しかし、教会税*4も廃止されたので、宗派を問わず、教会の多くは廃墟のまま放置された。

 アイリスディーナの答えは単純だった。

理由の如何を問わず、堕胎は悪という考えである。

 次に話を聞いたマサキは、やや複雑な考えであった。

やはり彼は、現代の日本人である。

 マライの言うところの、婦人の自己決定権という物を理解していた。

その上で、遺伝子工学の専門家として、堕胎という物には否定的であった。

 明らかな胎児の異常や母体の危機ではない限りは、堕胎とは忌避されるべきである。

ましてや、経済的理由などはもってのほかという、持論の持ち主であった。

 また、不用意な堕胎は、女性の肉体と精神に修復不可能な傷を残してしまう事を熟知していた。

なので、ユルゲンはおろか、ベアトリクスまで巻き込んで、この不義の子を産ませたいと考えた。

 それにマサキ個人としては、以下のような打算があった。

ユルゲンとマライの子が生まれれば、ユルゲンとベアトリクスの間に何らかの問題が起きる。

 そして、ベアトリクスの気持ちがユルゲンから離れるかもしれない。

そのような(よこしま)で、自分勝手なというべき打算があった。

 上手くいきさえすれば、ユルゲンに絶望したベアトリクスを慰められるかもしれない……

そのような卑しい考えさえも、彼の脳裏に浮かんだり消えたりした。

 そして、ここで半端に堕胎を認める立場をとれば、どうなるか。

仮に、これから先、アイリスディーナやほかの女と結ばれた際に、出来た子供を失う恐れもある。

 普段から堕胎に対して、否定的な立場を取っていれば、自分の子供も守れるはずだ。

そんなマサキの深謀遠慮によって、マライは結果的に、堕胎するチャンスを失ってしまった。

 

 マライは今回の件に関して、(ばち)があった様な気がしていた。 

しかし、脇にいるユルゲンはそのことに関しても気が付いていない様子だった。

 基地の滑走路には、大勢の駐在武官夫人たちがいた。

この中には、自分と同じ境遇の人はいるのだろうか……

 男女の仲は複雑すぎる。

考えてみるとおかしかった。

そうこうする内に、一人の男が近づいてくるのに、マライは気が付いた。

 

こんにちは(ズドラストヴィチェ)同志(タワリシチ)ベルンハルト大尉(カピタン・ベルンハルト)

感激の極みです(オーチン・ラード)この様にお会いできて(スヴァミ・パズナコーミッツァ)……」

 不意のロシア語に、ユルゲンは思わず振り返った。

そこには、東洋系の海軍将校が立っていたからだ。

 件の男は、米海軍の夏季航空勤務服(サービス・ドレス・カーキ)の上下を身に纏っていた。

戦前に配備が始まったこのカーキ・ジャケット*5は、1975年に廃止されたはずだった。

 だが、海軍操縦士(アビエータ―)の証しであることには変わりがなかった。

なので、米海軍の飛行士や衛士たちは、好んで身に付けていた。

 ユルゲンは、男の方に振り返ると、教本の様な陸軍式敬礼で応じた。

こちらこそ、お会いできてうれしいです(ムニェー、トージェ プリヤートナ)

 咄嗟に、ロシア語で挨拶を返すユルゲン。

米海軍の軍服を着た男は満面の笑みを浮かべた後、改めて、英語で自己紹介をした。

「初めまして、合衆国海軍大尉のクゼです。どうかお見知りおきを」

 海軍式の敬礼をした男は、日系人のクゼ大尉だった。

クゼは、またあらためて、ユルゲンへ頭を下げていた。

「先ほどのロシア語でのお呼びかけ。さぞ不振に思われたでしたでしょう。

何とぞ、平にお許しを……」

 ユルゲンは、即座にこの男が日系人であることを察した。

そして、クゼ大尉へ日本風のお辞儀をして応じた。

「いや、こちらも先ごろまでソ連麾下(きか)のワルシャワ条約機構にいた身の上。

致し方ないことと、思っております」

 二人の青年将校は、声を合わせて笑った。

一気に雰囲気が打ち解け、東西の壁が一瞬にして取り除かれた。

 クゼ大尉とユルゲンは、一頻り自分たちの身の上話に花を咲かせた。

やがて、ユルゲンが言った。

「一つお尋ねしたいことがありますが……」

 ユルゲンの話はこうだった。

ソ連では光線級に対して、ミサイル攻撃を繰り返したが、大して効果がなかった。

 戦闘ヘリや戦術機に搭載した突撃砲で対応した。

その経験から、大型ミサイルを搭載した

 F‐14の有用性が理解できないという。

ユルゲンの疑問に対する、クゼ大尉の意見は簡単だった。

「海軍戦術機に求められる事は、まず一番に戦域制圧能力です。 

海岸線上陸作戦、その支援が海軍戦術機の存在理由と、小官は考えております」

 確かに、米海軍はそうなのだろう。 

しかし、東ドイツのような陸軍国が有する弱小海軍の場合は、どうであろうか……

クゼ大尉の答えに、若干の疑問符が付く。

「もっとも、合衆国海軍の場合ですが……。

戦術機による戦域制圧能力を突き詰める必要性は、必ずしもありません。

戦艦による大口径艦砲の射撃、ミサイル巡洋艦による地対艦ミサイルの飽和攻撃。

面制圧は、それをもってすれば、事足ります。

戦術機は近接航空支援、むしろ海兵隊の様な運用へと変化しつつあります」

上陸後の近接航空支援という言葉に、ユルゲンはいささか不安を覚えるほどであった。

「あまり飛行高度が高いと、撃墜される可能性が……」

「それは今から見せる新兵器をご覧になれば、納得できるはずです」

 ユルゲンは素直にうなずいてみせた。

しかし一歩も、自分の考えを譲っているのではなかった。

「つまりは、上陸後の支配戦域拡大の為。

つまりは、地上で正面切って敵部隊と戦う為と……」

 それ以外の目的はあるだろう。

だが、今はむやみに聞き出さない方が良い。

 どういう形で、自分に米海軍の関係者が近づいたのだろうか。

 いや、待てよ……

 この日系人の大尉は、どこまで知っているのだろうか。

よもやアイリスディーナが、ゼオライマーのパイロットとの恋愛関係になっている。

 自分の妹や妻のことまで、知っているかもしれない。

そう思うと、今回の米海軍基地訪問は、新たな陰謀に巻き込まれていく予兆。

そういう気持ちが芽生えてくるのであった。

*1
Hauptverwaltung Aufklärung.ソ連KGBの第一総局をモデルに作られたシュタージの対外諜報部門。KGBで訓練を受けたマックス・ヴォルフが34年間長官を務めた

*2
ドレスホワイトは勤務服であったが、第二次大戦後は略礼装として、近年は礼装として取り扱われる傾向にある

*3
マルティン・ルター。1483年11月10日 - 1546年2月18日。ドイツの神学者、聖職者

*4
ドイツではキリスト教徒やユダヤ教徒が所得の9パーセントを支払う義務がある。帝政時代の終わりごろから始まった制度は。今日も存続し、仏教徒やイスラム教徒は免除の対象である

*5
カーキ色の上着は、1913年に海軍航空隊の創設時に夏季飛行服として採用されたのを嚆矢とする。1975年に廃止されるも、2008年に復活し、2012年に再び廃止された




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