冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
混乱する市内で蠢く策謀……
大部隊を引き連れてシュトラハヴィッツ少将達は帰ってきた。
一か月ぶりのベルリン市内は交通警官が多数配置されている以外、変わりはなかった。
一旦基地に帰った後、 官衙に呼び出される。
数名の将校と最先任曹長に部隊を任せて、幕僚と共に共和国宮殿に出向く。
道すがら、議長が辞表を出した事は
名目は病気療養。
出国先は、最先端の医療設備のある米国ではなく、隣国メキシコ。
共産主義に親和的な政権がある国故に、違和感は少なかった。
だが、あの右派冒険主義者トロツキーの終焉の地。キューバ革命の過激派学生の訓練場……
良い印象は彼の中にはなかった。
新任の議長代理に、形ばかりの挨拶と報告を済ませると、男は彼に人払いを命じた。
ハンニバルやベルンハルト達を、室外に送り出す。彼に腰かけるよう指示する。
「座れよ。多少時間が掛かる」
彼が座った後、ひじ掛けの付いた椅子に座る。
男の口からあることを告げられた。
「KGBと保安省の一部過激派が集まり始めた。
どうやら「作戦」の事で、ボン*1に動きがあったらしい」
彼は、内ポケットから潰れたタバコの箱を出すと、2本ほどタバコを摘まむ。
そして目の前の男に差し出し、マッチを擦る。二人で火を分け合う様にしてタバコに火を点ける。
深く吸い込み、勢いよく紫煙を吹き出した。
「フランスか、イギリスの部隊でも来たのですか」
「違うな。連中の話だと日本軍の一個小隊が来たそうだ」
連中とは、保安省内部にある現政権に近い一派の事で、彼等からの情報提供を暗示させた。
男は続ける。
「貴様らがBETAと戦っている時に、茶坊主共が急に騒めき出してな。俺の方で探ってみたんだ。
なんでも入れ違いに近い形で先発隊がドイツ*2国内に入ったらしい。
ハンブルグで、飛行訓練をしている写真を見た」
男は、タバコを叩きつける様にして、灰を捨てる。
「それで、ハイムの所に鉄砲玉*3を準備しているということを耳にしてな。
奴に先に動いて、卓袱台返し*4させたのさ」
彼は、男の言葉に驚愕した。
昨年末以来、ハイムの事は避けていたが、奴等は事前に察知していたのだ。
もし自分が青年将校達と行動をしていたら……恐らくこの国の軍事組織は内部崩壊していたであろう。
「後、鉄砲玉は、俺が預かってるよ。アイツは、お前さんたちが扱うのには危ない人材だからな」
男はタバコをフィルターの近くまで吸うと、ゆっくり灰皿に立て、火を消した。
「万に一つの事かもしれないが……、お前さんの家族はボンなり、ハンブルグに行かせる準備はしておけ。
いくら優秀な飼い犬でも、所詮
餌付けする人間の方を好きになるなんて話も、良く聞く」
餌付けする人間……、恐らくKGBか、GRUであろう。
彼等のスパイ工作網は、優秀。大戦前から秘密裏に米国内にスパイ網を構築。
原子爆弾のノウハウを我が物にした事実は、今でも語り草だ。
「なあ、俺の事は構わないが、隊内の小僧共がなあ……」
彼が言った小僧達とは、ベルンハルト達のグループ、『戦術機マフィア』の面々*5であった。
党内はおろか、軍内部にも彼等を目の敵にする人物は多い。
「今しがた、アベールにその事を話したんだが、奴は首を振らなかった。
見上げた忠誠心だが、
そうでなくても、目立つ存在だから、俺自身も困っているのだよ。
まあ、目を付けている連中の事は、十分把握しているのだがな」
男は、彼にそう
「話は変わるが、お前さん達が、西側部隊との通信連携の話を持ち込んだ件。
あれが、国防評議会*6で揉めた。
《おやじ》からダメ出しを喰らって、廃案になりかけたが、検討課題で残した。
俺が代行をやってるうちに通してやるよ」
彼は、背広の胸ポケットから新しいタバコの包み紙を取り出す。
封を切ると、シュトラハヴィッツに差し出し、好きなだけ取らせた。
彼の手に包み紙を戻すと数本抜き出し、机の上に並べる。
新たに火を起こして、タバコを吸い始めた。
「いずれにせよ、東西ドイツの再統合は避けて通れぬ問題だ。米ソも、やがては折れる。
工業力に欠け、
おまけにポーランドの連中も信用できん。そうすると同胞に頼るほかあるまい。
米国の圧力で、戦術機の工場を移転させたが、俺はあんな
どうせ、この戦争が終われば役立たずになるのが、目に見えている。
多少は安く、中近東やアフリカにでも売れるだろうが、其れとて米ソや販路を持つ英仏には負ける。
支那辺りでは、細々に分解し、研究しているそうだが、時間も金も掛かり過ぎる」
タバコを深く吸うと天を仰ぎ、紫煙を吐き出す。
「だから、俺は、お前らの計画に乗ることにした。これを足掛かりにして、西側との連携を進めたい。
《おやじ》も様々な方法で駄々を捏ねて、西側から金をせびった*7。
門前の小僧ではないが、俺も備にその様を見て知っている。俺が立ち会ってやるから、上手くやって呉れ」
少将は、腕を組みながら冷笑した。灰皿に載せられた吸いかけのタバコは
「随分勝手な話だな。今更認めるなんて自分勝手な話ではないか……」
右手でタバコを取り、咥えた。マッチを擦り、左手で覆う様にして火を点ける。
強く吹かした後、紫煙を吐く。
「議長の指示だ、協力も
例の鉄砲玉の件だけ、どうにかして呉れるなら……、動く。ただ、今はこの混乱を収めるのが先だろう」
更に二口ほど吸うと、右手で揉消す。
「最も、俺たちの仕事ではないがな……。その辺は、あんた等に任せるよ」
そういうと、少将は立ち上がる。
男も立ち上がり、返答した。
「ああ、任せてくれ」
室外で待つベルンハルト達の前に、少将が出てきた。
ドアを開けると疲れ切った顔をしており、白い襟布がかすかに湿っていた。
顔の汗は拭きとった様子であったが、軍帽の下から見える幾らか灰色がかった髪には汗が
ハンニバル大尉が敬礼をすると、続けて他の将校も同様の姿勢を取った。
少将は挙手の礼で返すと、ゆっくり歩きながら話し始めた。
「今夕、幕僚会議をしようと思っている。18時までに諸業務を終わらせた後、会議室に集合。
以上」
一同が返答する。
「同志将軍*8!了解しました」
最後方を歩くベルンハルト中尉は、横目で周囲を見た。
少将は、黙って列の先頭を歩く。
多少遅れて、副官が後からついて来る。列の真ん中にいるハンニバル大尉は、相変わらず正面を向いた侭、堂々と歩いている
あの
昨晩の事が
この様な場に来る機会が無いカッツェとヴィークマンは、物珍しさから忙しなく辺りを見ている。
士官学校時代から同じ釜の飯を食う仲間とは言え、ここまで差が開くとは思っても居なかった。
まるで、この数か月間は夢の中にいる様な感じがする。
カッツェとヴィークマンは優秀なパイロットになり得たはずだ……。衛士としても申し分ない。
やはり、
愛すべき人の父が、 偶々特権階級であった事が人事や縁故に反映されるとは……
彼は将来の妻を思い、歩みを進めた。
一団の将校が列を組んで歩いて来る。
長靴の歩く音が、宮殿内を響き、周囲から反響する。
衛兵や案内係の人間も、然程いない。
やがて出口まで来ると、小銃を下げた衛兵が見える。少将が敬礼すると直立し、
銃を下げると、扉を開ける。
戸外にある2台の乗用車に分乗すると、昼下がりの宮殿を後にした。
翌朝、ドイツ首脳部はソ連への連絡を入れる。
議長辞任と内閣総辞職を伝えたが、ソ連政府の反応は冷淡で、むしろ彼等自身が驚いたほどであった。
其の事は彼等にある事を確信させた。
「ソ連は東欧情勢に構う余裕すらない」
今の国力を半減させた状態では、東欧の社会主義圏の維持など重荷でしかない。
だが、首脳部とKGBの考えは違うようだ。
KGBは自らの障壁として東欧諸国を考えて居り、如何に活用するかを重視しているように見える……
アスクマン少佐は、宮殿に呼び出された。
早朝の
ある部屋の前まで来ると、室外からノックをして入る。
室内には平服の男達が数人座っていた。
見慣れぬ人物もいるが、今回の新閣僚達であろう……
「お呼びに預かり、参りました」
静かに敬礼すると、直立の姿勢を取る。
書類挟みを持った男が、直立するアスクマン少佐に声を掛ける。
新任の国家評議会議長*12であった。
「一つ尋ねる。シュミットの事をどう思うかね……」
彼は不敵な笑みを浮かべる。
「それなりに優秀な上司だと、個人的には考えて居ります」
男達は頷く。
「まあ、良い。君には一つ頼み事がある。
例の個人票を3つほど複製して、各所に隠匿してほしい。まだ利用価値の十分にあるものだ。
若しもの時、外に持ち出されたりすれば……事は重大だ」
アスクマン少佐は、不敵の笑みを浮かべた侭、答える
「外と申されても、それは場所によります。国外であるか、国内か。
対応が全く違ってきます故……」
「まあマイクロフィルムか、磁気テープに複写して持ち運び出来る様にするのも方策かもしれぬな。
KGBの分だけでも先に、仕上げ給え」
「BND*13の動きはどうかね。
対外諜報の専門家の率直な意見を聞きたい」
彼は直立したまま、答える
「彼等は、この混乱に乗じて浸透工作を行っているの事実です。
ですが、それ以上にCIAやMI6*14等が、多額の秘密資金を国内に持ち込んだとの未確認情報が持ち上がっております。
想定される事態ですが、《パレオロゴス作戦》を通じて我が国に進駐する準備なども成されるかもしれません」
左端の男が、眼鏡を右手で上げる
「ほう、君の言い分だと西側の軍隊がハンガリーやチェコに進駐する可能性があると……」
「否定出来ません」
「その件は後日決めさせてもらう。所で、衛兵連隊強化の話ではあるが……却下とする。
あんな
アスクマン少佐は焦った。
彼は議長に抗議の声を上げる。
「何故ですか。これ以上亡命者を増やすおつもりですか」
書類挟みを持った男が薄ら笑いを浮かべる。
「違うな。戦力の分散を避けるためだよ。
二重の指揮系統は、前衛党には不要であろう……」
議長は、書類挟みを膝の上に立掛ける。
「無論、従来通りの党が決めて軍が動く、単線型の組織運営では問題が多いのも事実。
先ずは手始めとして政治将校の権限縮小を考えている」
暫しの間、沈黙が訪れる。
周囲を確認した後、一人の男が口を開いた。
「国連のオルタネイティヴ3計画が中止になったのは知っておろう。
今回の作戦とやらは、其れの実証実験だった線は無いのかね」
彼は、その男の方を向いた。新任された外相だ。
外務省で、国連の
「いえ、私にはその様な
唯、予定にはない、第43戦術機機甲師団が組織され、近々ホメリ*15に配備されると聞き及んでおります」
再び、書類挟みの男が彼に声を掛ける
「詰り、連中は我々を
男は顎を右手に置いて考え込む。そして顔を上げる。
「そこで君に頼みたい。君は独立派の主要人物と看做されている。
危険を承知で、CIAの工作員と接触して欲しい」
彼は姿勢を崩して、前のめりになる
「お尋ねしますが、党の見解としてでしょうか。私も簡単に……その様な危険な橋は渡れませぬ故」
「今更党の見解などという必要もあるまい」
例の男は、彼に向かって言い放った。
「ぶちまけて言えば、この国を守る為の方便さ。
社会主義なぞ真面目に信じてる幹部がどれほど居るかね」
「どうにかして、この国と体制を軟着陸させたい。
米国は自由民主の国とは
自国内の根深い民族問題すら解決出来ぬ国が、自由だの平等をいうのは可笑しくないかね」
彼は、男の
「俺等は暫定政権にしか過ぎない。ある程度道筋を示したら、表舞台から去る。
だから道筋をつけるまでには利用出来る物は利用する。何でもすると言う事だよ」
唖然とする彼を差し置いて、話を続けた。
「実はな、ハイヴの情報は、昨晩遅く持ち込まれたのだよ。
USTR*16の人間が、食料購入の件と一緒に開示したのさ」
右端の男が同意する。
「驚きましたな」
「俺もだよ。詰り、ミンスクハイヴに
だから君はKGBに気にしないで、遣りたいことをやって呉れれば良い」
眼前の男は
「
もっとも君の態度も、中々の
男達は、一斉に笑い出した。
笑い声に我に返ると、彼は自分の立場を改めて思った。
これは、ある種の自己批判の場ではなかろうか……
目の前の閣僚達は、要請を理由に嘲笑しているのではなかろうか。
一頻り男達は笑った後、彼にこう告げた。
「この件と並行して、日本から持ち込まれた大型戦術機ゼオライマーのパイロットに接触してほしい。
彼をベルリンにまで誘い出せれば、上出来だ」
アスクマン少佐は思わず顔を
「何故その様な事を……」
「何、そいつを上手く使って、兵達に楽をさせたいのさ。
高々、総動員したところで40万しかいない兵だ。無駄死には避けたい……」
例の男の右隣に座る人物が、彼の方を向く。
右手を頬に当て、ひじ掛けに寄り掛かりながら言う。
「支那での言動を見る限り、
例の男が言葉を繋ぐ。
「並の策、女や金で転ぶ様な人物ではないことは確かだ。
上手く扱えるのは君ほどの男でなくてはならん」
彼は姿勢を正す。
「詰り、人類の為や己が使命感に訴えかける様にして協力させろと……」
隣に座る男は、右手を顔から離す。右の食指で彼を指示した。
「その線で行き給え」
例の男は、上着の内ポケットから一枚の名刺を差し出す。
「これは、通商代表の担当者の電話番号だ。
ここに電話を入れれば向こうで都合して呉れるやもしれん」
内務省の副大臣、次の大臣候補が言う。
「実は、ベルリン観光に、連中を招待しようという案が出ている。上手く先方と折衝し給え。
民警*18や、内務省には私から話を通す」
自らの上司となる男が、声を掛ける。
この男は
「なるべく手荒な真似は止めろ。上手く誘い込んで、その気にさせるのだ」
彼は、敬礼で応じた。
脚注やフリガナに関して
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脚注やフリガナは必要
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脚注の数が多すぎる
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脚注の数が少なすぎる
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フリガナが多すぎる
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フリガナが少なすぎる
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現状維持のままでよい