冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
その秘密のヴェールに包まれたマシンとは……
季節は既に、6月に入っていた。
10月の月面降下作戦まで残すところ、三ヵ月となっていた。
場面は、米国東部最大の都・ニューヨーク。
マンハッタン島にある摩天楼の一つで、今まさに密議が行われていた。
「対人戦を念頭に置いた戦術機だと……」
黒縁の眼鏡をかけ、濃紺の三つ揃えのスーツに身を包んだ男が、周囲のものに訊ねた。
「はい、副大統領。
これは今、先進戦術機という計画が国防総省内部の研究グループで持ち上がっていまして……
ロックウィード*1やノースロック*2に新型機を作らせる……。
5年以内に試験機を、10年以内には実戦配備をしたいと考えております」
国防長官の言葉を遮るように、男は幾分怒気を含んだ言葉で返す。
「待ちたまえ。
先の閣外での協議では、合衆国政府は対BETA戦に関してはG元素爆弾のみで行くという案が決定したばかりだ。
舌の根の乾かぬ内に、戦術機というオモチャに、国家予算は出せん。
第一、議会の大多数も裏工作で、G元素爆弾推進に舵を切っている……
それを、いまさら君たちの都合で……」
米国では、月面降下作戦を前に、大規模な軍事方針の転換が打ち出されていた。
東側を含む、最前線国家への軍事支援の停止である。
それまで、米国は武器供与の一環として、マクダエル*3社のF-4ファントムの特許を公開していた。
ノースロックから世界各国に、F‐5フリーダムファイターの提供も進めていた。
しかし、1978年の中間選挙によって、上院の過半数が野党である共和党に議席を奪われた。
政府が民主党、議会が共和党のねじれた状態になり、増大する連邦予算へのメスが入ることとなった。
国民は1963年のベトナム介入以降、長らく続く戦争にうんざりし、連邦政府の方針を否定するようになった。
膨大する軍事費と削減される民生予算。
国民健康保険のないこの国で、貧民層の最後の救いの手とされる
非常時という事で切り捨てられた。
また傷痍軍人の扱いも、ひどかった。
BETA戦争に参加した兵士はおろか。
ベトナム戦争や朝鮮戦争、第二次大戦の復員兵にすら、恩給の支払いは微々たるものであった。
月額48ドルの軍人恩給。
20日の労働として割れば、一日2ドル40セントの金額は、彼らの受けた被害に対しては安すぎた。
ニューヨークやロスアンゼルスの街中で、軍服姿で乞食行為をする傷痍軍人などが現れるほどであった。
早くから、社会問題視されてはいたが、連邦政府は各州ごとの自治を理由に州政府に丸投げした。
傷痍軍人や復員兵を見る社会の目も、また冷たかった。
彼等はベトナム戦争での反戦運動のせいか、定職にすらつけず、一般社会になじめなかった。
下士官兵は言うに及ばず、高級士官、パイロットですら、タクシーの車夫をするほど零落した。
恩給で生活する復員兵の事を、世人はニコヨンとよんで蔑むほどであった。
ニコヨンとは、2ドル40セントの事で、ドル紙幣2個と10セント硬貨四つから出た言葉であった。
そんな厭戦的な風潮である。
戦術機産業に関わる人物は、人殺しの道具を作る人間と陰ながら揶揄され、技師たちも開戦当初の熱意が失われ始めていた。
この米国の世論変化の影響をもろに受けたのが、ハイネマン博士であった。
彼は、F‐14の後継機となる戦術機開発に邁進していたのだが、折からのねじれ国会の影響をもろに受けた。
議会は新規戦術機の配備数を、500機から100機にまで減らすように提案し、その予算案が上院を通過した。
これにより、ハイネマン博士が望んだ道は、絶たれることとなったのだ。
議会の方針を政権側が受け入れたのは、国内対策ばかりではなかった。
既に、米国政府としてはG元素爆弾の配備による、新たな国際秩序の形成を秘密目標としていたのだ。
米国一国による世界支配体制を維持する存在としての核戦力は、その意義を急速に失われつつあった。
ソ連の諜報活動と、核物質を扱う国際金融資本家の策略によって、全世界にそのノウハウが流出してしまった為である。
米・英・仏・ソ・中共の常任理事国ばかりではなく、南アジアの大国・印パ。
ユダヤ人国家イスラエルや、最近では南アでも核の研究が始まっている。
そして、一番の原因は、天のゼオライマーという存在であった。
無限のエネルギーを、異次元より供給する次元連結システムと、それを最大出力で放つメイオウ攻撃。
核を凌駕し、惑星一つさえ軽々と消し去る、この超マシンの存在を、彼らは身震いした。
日本の一科学者が作ったマシンによって、この東西冷戦の構造は簡単に消え去るであろう。
異次元の力をつぶすには、異次元の力のみだ。
そういう事で、強力な重力偏重を起こすG元素爆弾の配備を急ぐことにしたのだ。
一頻り悩む副大統領に、声をかけるものがあった。
彼の弟で、石油財閥の当主であった。
「ハハハハ、兄さん、これはわたくしたち財界の都合なのです」
彼は、副大統領はあしらって、
「現在、我々の仲間が、韓国や台湾といった西側後進国に、格安で半導体の製造装置を販売をしている。
その事を、ご存じですね」
「ああ。欧州や日本に対抗するために、輸入規制の法案も準備したからな……」
「近いうちに、新型コンピュータと連動した高性能のソフトウエアが完成します」
国防長官は、ちらと顔いろを変えた。
このごろ彼の耳へも入っていたことがある。
通信傍受装置の噂だ。
石油財閥が、新規戦術機開発に熱を上げるのは、この不正侵入装置を仕掛ける為だ……
ワシントン官衙にいるスズメたちの間では、その様に取り沙汰されている。
「このソフトウエアは現在流通している管制ユニットに搭載されたソフトの改良型で、面白い仕掛けを追加したものになります」
「面白い仕掛け?」
「戦術機の管制ユニットに仕掛けられたソフトウエア経由で、相手方の機体の情報をハッキングし、
レーダー装置を混乱させ、相手のパイロットにこちらの機体の接近を気づかなくさせるものです」
「目隠しみたいなものか」
「おっしゃる通りです。
我々としては、血を流さずに全世界の戦術機を操作することも可能となります」
副大統領のひとみに、ちらと
「では、ソ連の衛士のバイタルサインやデータも盗み放題だと……」
「GRUが熱を上げていたESP兵士やスペツナズ*4部隊……
KGB直轄のアルファ部隊も丸裸に出来るのです」
副大統領は、ちょっと、考え込む。
あらぬ方へそらした目は、何か、いちばい目的への希望に燃えたふうだった。
「それで、君たちは、戦術機のソ連への供与を、議会承認の前に進めたのだね……
だが、KGBがそれに気が付かないとは思えぬのだが……」
「はい。
この新型の集積装置は、ソ連などの、田舎の整備工場などの検査ではわかりません。
SPECTは、1977年に米国で実用化した核医学における断層撮影装置の事である。
簡単に切開手術のできない脳の断面などを撮影することを目的に開発された。
「ほう、そいつはすごいな」
「強化装備を着てれば、その衛士のデータは自動的に蓄積されます。
一たび、戦術機に乗れば、そのデータはマンハッタンの地下にあるデータセンターに送信される仕組みになっています。
また、開発中のGPSとの連動も含めれば、相手側の位置情報がほぼ盗み見することが可能になります。
位置情報ばかりではありません。
思考・状態・軍事作戦の全容も、管制ユニットを通じて、読み解くことも可能です」
「ソ連の思惑が筒抜けになれば、我らの積年の夢も叶う日も近い」
「そうです」
「新世界秩序の実現もな……」
場面は変わって、米国の首都ワシントン。
ホワイトハウスにある執務室から、一人の男が、窓外の沈みつつある夕陽を様子を眺めていた。
「私は、男としての、
男は、まず権力だ。
権力を持ってこそ、自分の夢を実現できる……」
男の名前は、ハリー・オラックリン。
この異界の米国において、ジェラルド・R・フォードの後を継ぎ、第38代米国大統領になった人物である。
「いくら荒稼ぎした新興成金でも、権力の力の前には平伏せねばならない。
暴力も、国家権力の前には、弱い。
どんなやくざ者でも、国家権力の前にはひざまずく……」
オラックリンは、名実ともに米国の覇者であった。
ニクソン大統領の辞任を受け、副大統領から昇格し、選挙の洗礼を受けていないフォード。
彼を、経済界からの膨大な選挙資金協力という一刀のもとに下し、勝利した。
「私は、200万のアメリカ合衆国軍の全てを握る、最高司令官だ。
中近東の土侯や、南米の独裁者たちも、私には、おべっかを使い、恐れおののく……
私が守ってやらねば、彼らは、すぐにも生命の危機に曝されるからな」
前任者のフォードが、各州での選挙戦を全敗した理由は、東欧に対する認識であった。
フォードは1976年の選挙戦の最中、『東欧はソ連の占領下にない』という失言を発した。
それは、民主党系のネオコングループ*5に属するユダヤ人たちを激怒させるに十分だった。
この事によって、世論は、民主党の支持者ばかりか、無党派層まで、反発を招いた。
ソ連の強権的な支配にあえぐ、東欧の実情を報道を通じて知っていた良識派の市民たち。
彼等は、対ソ対決姿勢を鮮明にする民主党のタカ派に、票を移す結果となった。
「私は、苦労に、苦労を重ねてきて、この地位まで上り詰めたのだ。
当然、その苦労も、報われねばなるまい……
私は夢は、核をはるかに超える、世界最強の超兵器の所有だ」
米国のロスアラモスで開発された核爆弾。
この新兵器の独占をもって、世界平和を実現するという米国の夢は、国際金融資本の陰謀とソ連の諜報活動によって、脆くも崩れ去った。
FBIやマッカーシー議員らによる啓発によって、米国内のスパイ摘発運動を行うも、すでに時遅し。
核開発技術は、KGBの諜報作戦によって、堂々と、モスクワに持ち出された後だった。
ソ連を通じて、中共などの共産陣営に渡り、優れた核技術者も米国から流出した。
「生産設備も、ノウハウも、何もかも手に入れたが、最大の夢である超兵器が手に入らない。
何百という科学者と引き合い、試作品を見てきたが、私の
だが、見つかったのだ。
ついに、その材料が……」
男は、興奮した面持ちで、コイーバの葉巻を燻らせる。
ハバナ産の高級銘柄で、キューバの急激な共産化以後、容易に手に入らない珍品であった。
「あのBETAが作った、G元素という物質が、世界最強と、にらむ。
この目に、狂いがあろうはずがない!
私は、自分の夢の実現のために、あの原材料を手に入れねばならない」
1979年に入って、米国の対BETA戦略は岐路を迎えた。
それは大型船外ユニットを起源とする戦術機ではなく、G元素を由来とする新型兵器開発である。
G元素とは、1974年にカナダのアサバスカ湖で、グレイ博士が発見した新元素。
ムアコック・レヒテの両博士が発明した新型タービン、通称、ML機関。
この新装置によって、発生させる重力操作は、既存の兵器は、ほぼすべて無力化させる。
また、同機関は、稼働の際、余剰電力として、原子力発電所を優に超える電力を発生させる。
それまで空想とされていたレーザーによる荷電粒子砲の実現の可能性が見えてきた
その事によって、BETAとの戦争に勝利し、地球の全覇権を握るのが、米大統領の夢であった。
翌日。
ラスベガスのラスベガスの北西約130キロにあるアメリカ空軍ネリス試験訓練場。
ネバダ核実験場の近くにあるグルーム湖と呼ばれる場所。
公式には何もないことになっているが、地民たちは、そこに基地があることを知っている。
その基地は、パラダイスランチやレッドスクエアなど数々の異名をもつ、秘密基地エリア51である。
元々は銀や鉛の採掘場であったが、第二次世界大戦前、米陸軍によって接収された。
そして、冷戦期になると、CIAのスパイ偵察機の開発基地となった。
1955年、時のCIA長官リチャード・ビッセル・ジュニアは、ここを本部とした。
また、ロッキード社も計画に参画し、航空機設計者ケリー・ジョンソンを始めとするスタッフが常駐するようになった。
その基地に佇むウイリアム・グレイ博士。
木原マサキを
「あの忌々しい、
おのれゼオライマーめ、如何に機体を強化しようとも、必ず血祭りにあげてやる。
フフフフ……」
彼は自身の勝利を確信し、不敵の笑みをたたえた。
G元素を利用して重力操作を可能にする「ムアコック・リヒテ機関」。
その装置を転用した、大型戦略爆撃機XB-70。
設計メーカーは、米国の航空機メーカー、ノースアメリカーナ*6。
戦術機開発に後れを取った同社は、この大型機で巻き返す心づもりであった。
では、大型戦略爆撃機XB-70について、簡単に説明をしてみたい。
全長120メートル、総トン数は3000トン。
乗員は、11名。
機長、副機長、飛行技術士、各1人、航測及び爆撃士2名、計5名が将校。
整備士兼銃手4名、無線手、レーダー係各1人、計6名が下士官兵という編成である。
この機体には、30ミリ機関砲のMk.44 ブッシュマスターII、計12門が、くまなく配置された。
その他に、ミサイル垂直発射装置が、大小、計52セル搭載されている。
その内訳は、以下のとおりである。
まず、全身の12か所に搭載されたMark41垂直発射システムは、36セル。
RIM-66スタンダードミサイルの他に、AIM-7スパローミサイル。
技術的には、核搭載型のトマホークミサイルの搭載が可能である。
だが、まだこの時代には未完成であった。
その他に、原子力潜水艦用のMark45垂直発射システムが2か所設置され、計16セル。
搭載武器は、艦対地巡航ミサイルであるRGM-15 レギュラスIIが搭載された。
このミサイルはRGM-6 レギュラス艦対地ミサイルの改良型で、核弾頭装備可能。
飛距離は1800キロメートルであった。
その頃、ワシントンの国防総省本部ビルには、米国政府の主だった面々が集結していた。
「議会対応で、遅くなりました」
上院議長が慌てて入ってくると、国務長官が、
「今、
そう話すと、間もなく操作盤にある大型モニターの画面スイッチを入れる。
テレビモニターには、自由の女神像に匹敵する物陰が映し出された。
「おお!」
一斉に、集まった閣僚から驚きの声が上がった。
「今のは、なんだ!」
薄暗かった倉庫の中に、一斉に照明が付けられる。
戦術機のおよそ数倍はある大型ロボットの姿が、闇の中から浮かび上がったのだ。
ネリス試験訓練場にいる米国大統領は、満面に笑みを浮かべながら、
「遂に完成したぞ。
これでサンタフェ計画も、最終盤だ」
ついに姿を現した戦略航空機動要塞XB-70。
格納庫のハッチが開くと、そのまま、基地の上空に飛びたつ。
機体は、戦術機形態から、航空機形態となり、国防総省本部へと発進した。
「こ、これは……」
「す、凄い。
これが、グレイ博士の戦術機か……」
感嘆する閣僚や三権の長をよそに、CIA長官は冷めた一瞥をくれていた。
(「グレイ博士の戦術機……悪魔のマシンが完成してしまったか」)
CIA長官は、BETA由来のG元素を警戒する数少ない人物であった。
これで、核戦力以上の暴力兵器が、全世界に拡散するのではと、ひとり懸念をしていた。
「大統領閣下を、お迎えするぞ」
「おお!」
一時間もしないうちに、戦略航空機動要塞XB-70は、
機体のすぐわきにタラップ車が横付けされ、搭乗ハッチが開く。
間もなく、濃紺のパイロットキャップに、赤い航空機要員のつなぎ服を着た大統領たちが下りてきた。
この機体は強化装備なしでも運用が可能なため、搭乗員たちは、米軍共通の
「大統領閣下、ワシントンへ、ようこそ」
「G元素爆弾の準備は、どうなっている」
タラップの上から大統領の下問に対して、階下の国防長官は、最敬礼の姿勢のまま、答えた。
「合衆国の三軍ともに、準備は万全です」
ここでいう三軍とは、米国の陸海空軍の事ではなく、米軍全体の事を指す表現である。
米国の武官組織は、陸海空軍、海兵隊、沿岸警備隊の5大軍事組織からなっていた。
通常は、三軍といえば、陸海空軍ではあるが、国防長官の言葉の意味は違った。
古代支那の「上・中・下・軍」に由来する言葉で、政府が管理する軍事組織を意味する代名詞である。
国防長官の一言に、大統領のほおが緩む。
「よし。フハハハハ」
大統領は、悪魔の哄笑を漏らした。
誤字報告やご指摘でも構いません。
一言いただければ幸いです。
ご意見、ご感想お待ちしております。
簡単な諜報機関の組織図に関して
-
KGBやシュタージの組織図が欲しい
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挿絵や図表は不要
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著者に一任する