冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 ロスアラモスに伝わったゼオライマーの情報。
それはアクスマン少佐が、自分の利益のために売り飛ばした情報だった。
彼の今までの悪行の数々とは……


迷走(めいそう)する西(にし)ドイツ
瀆職(とくしょく)


 荷電粒子。

それは、電気を帯びた高速の粒子のことである。

一般的には、電子や陽子、または原子から電子をはぎ取ったイオンなどを指す言葉である。

けして我々にも縁の遠いものではなく、太陽から出る太陽風を通じて、地球に降り注いでいる。

 太陽風の影響する距離は、太陽系も超える。

はるか150億キロメートル先にある、星間ガスとの間に球状の終端衝撃波を形成するまで吹き渡るほどである。

 荷電粒子は、この強力な太陽風ばかりではなく、人工的に再現できるものでもあった。

超大型の加速機を使ったレーザー実験設備や、ガン治療に使われる粒子線治療装置ですでに実現された技術である。

 では、なぜ兵器転用がされていないのか。

それは膨大な電力を消費し、巨大な加速器と言われる粒子にエネルギ-を与える機械が必要だからである。

それ故に、現実世界ではいまだ艦船はおろか、軍事基地にさえ、設置できるレベルではない。

 そして、荷電粒子の特性として、磁場により容易に偏向するので、地磁気の影響を受けやすい。

故に実用化しても、地球上では発射することが、簡単ではないのだ。

 ただし、天のゼオライマーのように、次元連結システムによって、あらゆる次元や時空間を超越することが可能ならば、荷電粒子砲は容易に発射可能である。

またエネルギーの問題も、全宇宙のエネルギーを集めることが可能な次元連結システムを用いることが可能ならば、実に簡単に解決するのであった。

 エネルギーの問題が解決しても、他の問題が立ちはだかっていた。

それは粒子加速器の小型化である。

 例えば、艦船や航空機に搭載するにしても、最低でも人体並みに小さくすることが出来ねば、荷電粒子砲は武器として使えない。

要塞や重要拠点に設置するにしても、最低でもプレハブ並みに小さくする必要がある。

 現実世界にあるガン治療の粒子線治療装置でさえ、数メートルから数十メートルの加速器が必要である。

兵器として基準を満たすものは、どれほどの大きさになることやら。

そういう経緯もあって、現実世界は未だに空想の域を出ない兵器であった。

 ロスアラモス研究所のムアコック博士は、荷電粒子砲の実用化を急いでいた。

それは、宿敵と一方的に決めつけた木原マサキ。

彼の作ったマシン、天のゼオライマー及びグレートゼオライマーを打倒するためである。

 ゼオライマーがいかに危険なマシンであるかは、ロスアラモス研究所は早くから情報で手に入れていた。

 それは、FBIやCIAを経由した情報ではない。

シュタージのハインツ・アクスマン少佐が作ったとされる、一冊のファイルが始まりであった。

 アクスマンはどのようにして、ゼオライマーの情報を手に入れたのだろうか。

それはアクスマンが、鎧衣から貰った私的な文書を基に、想像で書き上げた偽造資料であった。

 鎧衣は、私文書を作り、アクスマンに渡した。

彼から、東独の国家機密である、東独政府の財政状況の秘密を手に入れる為である。

そして、アクスマンは、その私的文書を基にし、針小棒大にゼオライマーの性能を書きなぐった。

 その文書は、アクスマンが東ベルリンに滞在している西ドイツ常設代表部の職員に渡した。

そこから連邦情報局(BND)のアリョーシャ・ユングを経由し、米国に渡ったものである。

 東西ドイツ間では、1972年12月21日の東西ドイツ基本条約以降、奇妙な外交関係が樹立された。

両国ともに、常設代表部というという非常設の外交使節団を、それぞれの首都に設置した。

 1961年のウイーン条約とは別に、独自の外交ルールに基づいて、双方の常設代表部は運営された。

双方ともに代表は、東ドイツ外務省と西ドイツ国務省の職員であったが、連絡は相手政府に行くような仕組みになっていた。

 では、双方の常設代表部の簡単な説明をしてみたい。

 西ドイツの常設代表部は、正式名称を連邦共和国常設代表部と称した。

東ベルリンの建設アカデミーの元校舎に、1974年から1990年まで存在した事実上の大使館の事である。

世人は、「白い家」と呼んだが、シュタージは「監視対象(オプイェクト)499」と呼んで忌み嫌う場所であった。

そして、公式の外交使節ではないので、大使や公使とは呼ばれず、代表と称した。

 また、東ドイツ側も同様に、西ドイツの臨時首都・ボンに常設代表部を設置した。

正式名称を民主共和国常設代表部と言い、4階建ての白い建物で、全ての窓枠には金網がはめ込んであった。

周囲を高いフェンスで守られ、西ドイツ警察の選りすぐりの部隊が、24時間体制で警備をした。

 ほかに職員用の住宅が隣接されており、代表用の邸宅もヘーゼルにはあった。

代表の邸宅は、1960年代に作られた別荘を改修したもので、これは2024年現在、取り壊されている。

 

 さて、話をムアコック博士の所に戻したい。

彼は、アクスマンのファイルを見て、ゼオライマーの武装である次元連結砲が、荷電粒子砲であると勘違いしていた。

 それは、アクスマンがCIAから30万ドルの大金をせしめるために作った全く根拠のない文書ではあった。

それらしい科学的な考察を、シュタージお抱えの科学者に書かせたのである。

 実際は、マサキの作った次元連結システムも、それを応用した武器も全くの謎ではある。

だが、ムアコック博士は、その論拠を偽造文書に求めることにしたのだ。

 

 ベルリン訪問中のCIA長官からそのことを聞いて、東独当局は慌てた。

 情報の流出元は、真実であるのか。

急遽、事実関係の調査という事で、中央偵察総局(HVA)の関係者に対する査問会が行われた。

中央偵察総局は、アクスマンが生前勤務していた部署で、シュタージの対外諜報機関である。

 議長を始めとする閣僚、シュタージ長官や内務大臣*1、国家人民軍情報部。

党幹部や治安関係者を前に、中央偵察総局のダウム副局長が、質疑応答に応じた。

ダウムは、ユルゲンとアイリスディーナの母、メルツィーデスの再婚相手でもあった。

「アクスマンが、BND経由でCIAに文書を渡したという記録は残っているのかね」

 内相の問いかけに対して、ダウムは視線を議長に向けた。

上座の議長は、いつもの如くゴロワーズを上手そうに燻らせている。

「彼は、極めて変質的な人物として、私たちの中では有名でした」

 アーベル・ブレーメは、確認するかのように言った。

ダウムは、茶色いレンズのサングラス越しに、アーベルの顔を見る。

「変質的とは、どういうことかね」

 アーベルの問いに対して、ダウムは理路整然と応じた。

「BETA戦争で、ポーランドやハンガリー経由で逃れてきていたドイツ系ロシア人の事を……

西側に、高値で売っていたのです。

特に見目(みめ)(うるわ)しい子供などは、養子斡旋(あっせん)の取り組みを通じて、西ドイツの素封家(そほうか)などに……」

「本当か」

 議長は、青年のように驚異の声を放った。

まるで、強盗に入られた銀行の頭取の様な表情を浮かべる。

「気に入った人妻などは囲っていたそうですが……

東ドイツ国籍に書類を偽造して、横流しをしていました」

 

 ダウム少佐の証言は、以下の通りだった。

アクスマンは、何時の頃からか高圧的に指導するKGBの事に嫌気がさして、西との密貿易に関与するようになった。

それは物品や国家財産ではなく、シュタージが捕縛した外人や不法移民であった。

 西ドイツの囚人買い取りプログラム*2を悪用したものだった。

ポーランド経由で、東ドイツに亡命してきたドイツ系ロシア人。

彼等の身分証を偽造し、人身売買に手を染めた。

 中には志願して、ロメオ工作員になった男性や、ハニートラップ要員になった女性もいた。

だが、大部分は彼が西ドイツにいる金満家に売り払った被害者だった。

変質的な性欲解消を求める顧客に対して、眉目(びもく)秀麗(しゅうれい)な男児や美少女を選抜して送り込んでいたという。

 時々、KGBの連絡員の機嫌を取るために、大々的な接待をしていたという。

また、人身売買の売り上げ金の2割を上納し、モスクワへの連絡をさせないなどの裏工作を行っていた。

 

 その話にあっけを取られた議長は、タバコをもみ消した。

まだ信じられない面持ちで、堅い表情を崩さずにいる。

「実はアクスマン君に一度、なぜ、その様な取引しているかと聞いたことがあります。

そうしたら……」

「もうよせよ。みなまで言うな」

 議長は、ダウム少佐の話をさえぎった。

話の途中から、アクスマンが狂ったのは、この国の体制に原因があると気がついていた。

それにしても、対西ドイツ諜報で手柄を上げた人物が、西ドイツの闇社会とつながっていたとは。

悪行を目の当たりにしても、中々信じられなかった。

 非は、東ドイツ政府と、SEDの指導部にもある。

そのことは、議長に重くのしかかった。

 過ぎたこととはいえ、どうすればいいのか。

米国の諜報機関までを巻き込んでいて、余りにも問題は大きくなり過ぎていた。

だが、一刻も早く解決の糸口を見つけねば、ならないことは確かだった。

「同志ダウム少佐、いらぬ心配をかけたな。

それにしても、アクスマンとシュミットのやり口は、酷い。

ともかく、今回の件は、我々に任せてほしい」

そういったものの、不安は広がるばかりであった。

 

 何か問題があるとそれに追従するように、問題は起きる物である。

査問会で、アクスマンの忌まわしい話を聞いた翌日、今度はソ連からの外交秘密文書が届いた。

 その内容は、ソ連が占領中のケーニヒスベルク*3をポーランドに割譲する。

その代わりに、ポーランドが戦後自国領に編入したポメラニアを含む西プロイセンとの交換の提案であった。

 仮にポーランドがこの提案を受け入れたとしても、問題は、東独とポーランドだけで済む話ではなかった。

 ポーランドとドイツの国境策定は、両国の意思を関係なしに、戦勝国が決めた。

連合国が、一方的に、オーデル・ナイセ線を国境として策定したのが始まりである。

 東独政府の頭越しで、1950年にソ連が決めただけではなかった。

東方政策を進めるヴィリー・ブラントが、1970年に西ドイツ政府を代表して、ポーランドと平和条約を結んだ後であった。

ゆえに、この問題は東独とポーランドでは決められない問題となっていたのだ。

 

 早朝からの閣議で、この話が持ち出されたとき、出席者の全員がきょとんとするほどの事態であった。

 時期も悪かった。

来月からの東京サミットには、オブザーバー参加として東独の議長が呼ばれることになっている。

そして、時を同じく、ポーランドのダンツィヒ*4で米軍・NATO軍との合同演習にも東独軍は参加することになっていたからだ。

「どうする」

議長の声は、詰問調になっていた。

「同志議長、米国と日本の誘いです。

両方とも受けましょう。

そして、この機会を利用して、全世界にソ連の秘密外交の手段を暴いてやればいいのです」

参謀次長のハイム少将の答えに、アーベル・ブレーメは待ったをかけた。

「私としては、ソ連の提案に応じて、オーデル・ナイセ線の問題を解決したい。

ポーランドに編入された土地が戻ってくれば、戦後のわだかまりは、いくらか軽減される」

「ケーニヒスベルクを諦めろというのですか」

 声を荒げて反論したのは、シュトラハヴィッツ中将だった。

「同志ブレーメ。

私は戦争中に戦車兵として、東プロイセンにいましたが、あそこで大勢の仲間を失ったのですよ。

それを簡単にソ連の国内の都合であきらめろというのですか。

絶対にそのような反論が出ることは間違いないでしょう。

それに西ドイツが絡んだとなると、先々の統一交渉にも影響しますし……

また、オーデル・ナイセ線の問題は、ポーランドとの友好関係も悪化します。

どうも今回の件は、ソ連の独自の思想に基づいた遠交近攻(えんこうきんこう)政策に思えるのです。

同志議長、どうか、熟慮を……」

 議長は、何も言えなかった。

(まさ)に、青天(せいてん)霹靂(へきれき)とは、この事である。

議長よりも先に、外相が口を出した。

「そのことに関して、私も同様の事を危惧しています。

かつてソ連は、建国当初、日米間のシベリア出兵に苦しめられていました。

そこで、カムチャッカ半島を米国に譲るふりをして、千島列島を近くに持つ日本の権益を脅かすようなそぶりをみせました。

この提案の結果、日米の外交関係は一時的にぎくしゃくし、米軍はシベリアからさっさと引き上げる事態になりました。

今回の領土交換の件は、50年前の日米離間の計略に似ております」

「難しい問題ですな」

先程から何か言いたげにしていたハイム少将は、ようやく割り込んだ。

「内々に、木原博士にでも相談なされては、どうでしょうか。

彼ならば、裏のルートで日本政府や米国政府筋に連絡を取ってくれるでしょう」

「そいつはいい」

外相は、にっこりとうなずいた。

 閣僚たちの会話が続いていたが、議長の耳には入らなかった。

ソ連が、さりげなく最後通牒をポーランドと東独に突きつけてきたのだ。

 そう思うしかなかった。

解決したかに思えた領土問題を蒸し返して、統一交渉やEC加盟を遅らせて、東独を国際的に孤立させるのだと。

「君も賛成してくれるね」

 アーベル・ブレーメからいきなり言葉を振られたので、我に返った議長は、反射的にうなずいた。

だが、アーベルのその言葉は、

『東ドイツに降りかかった災難を、今すぐにでもどうにかしなければならない』

という、男の気持ちに拍車をかけることとなった。 

*1
事実上の警察庁長官。シュタージ創設後の東独内務省の権限は警察消防のみで、内務行政は実質シュタージの権限だった

*2
1964年から1990年にかけて、西独は東独の亡命希望者を1人あたり1万マルクで購入していた

*3
今日のカリーニングラード

*4
今日のグダンスク




 匿名でも、構いません。
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簡単な諜報機関の組織図に関して

  • KGBやシュタージの組織図が欲しい
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