冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 情報を得たマサキは、ゲーレンの元を後にする。
一方その頃、西ドイツ当局はマサキたちの動きを察知していた。
 



飽経(ほうけい)風霜(ふうそう) 後編(旧題:忌まわしき老チェーカー)

 ゲーレンの邸宅では、マサキ達への別れの宴が行われていた。

参加者は、マサキ達の他に、ゲーレン、ココット。

 その他に、キルケ・シュタインホフである。

彼女は、先ほどボンから車を運転し、屋敷に着いたばかり。

運転手役として、秘密裏にマサキが呼び出したのであった。

「これからの木原博士の旅路と、その成功を願って……」

 屋敷の主人であるゲーレンが、乾杯の音頭(おんど)をとる。

続いて、一同が一斉に杯を上げる。

乾杯(ブロースト)!」

 一気に、モーゼルワインを(あお)った。

銘柄は『リースリンク』で、色は白だった。

口当たりは良いものの、一気に流し込むと酒が全身に回り、血が騒ぐ。

「ありがとう」

 珍しくマサキから出た感謝の言葉に、一同は驚きの色を浮かべた。

脇にいる鎧衣は思わず失笑を漏らした。

「フフフフ」

 マサキは気にする風もなく、席に着く。

ナイフを取ると、湯気の出る肉料理に、食指をのばした。

「変わったアイスバイン*1だな」

 隣の席に座ったマサキを改めてみると、ココットは戸惑いを覚えた。

意外なほどの体の大きさ、(たくま)しさを感じた。 

 マサキは決して、驚くべきほど長身ではない。

平均的なドイツ人男性に比して、むしろ小柄である。

 それなのに、間近(まぢか)で見ると(たくま)しく、大きく見えてしまう。

これが、若い男の、若い軍人のつよさなのだろうか。 

「シュヴァイネハクセといいます」 

 いつか機会があった時、殺してやりたい。

夕方まで感じていた気持ちの高ぶりが、嘘のように消えているのに気が付いた。

 BND本部襲撃の時、マサキは多数の特殊部隊員に囲まれていた。

そういう状況下でも、マサキがあまりにも堂々としていた。

 ココットは、思わずマサキの様子に息をのんでいた。

そこにはまぶしいばかりの男がいたのだ。

 単に若い男、それだけではない。

爽やかな若さとほとばしる様な精気が漲っている。 

「バイエルン州の郷土料理で、骨付きの豚肉のローストよ」

 (ほお)火照(ほて)りは、消えない。

全身に宿(やど)ったような、この不思議な熱さは何なのだろうか。

「こういう料理を、たまに食うのも悪くないな」 

 日本人と言えば、不気味なにやにや笑いをして、決まりきった様な挨拶をしてくる。

こう言う男もいるものだろうか。

 ココットは、自分の気持ちが分からなくなっていた。

内心のドキドキを隠すように、マサキに早口で返す。

「の、望むなら、ま、毎日作ってあげるわ」

 何気ないココットの一言。

マサキは、意外な思いでココットを見つめた。

 白のエプロンドレス*2の下に、柄物のワンピースを着たココット。

自宅の台所で煮炊きをする彼女の姿が、頭の中に浮かんだ。 

「ねえ、木原。

すべてが終わったら、ここに戻ってきて……」

 気が付くと、ココットが体を密着させて来る。

今の言葉も、ほとんど耳を押し付ける様な形で、真っ赤な唇から出た。

 豊満な胸の柔らかさと弾力が、左腕に押し付けられる。

明らかに体温が上がっていくのが感じられた。

「そして……バイエルンのこの屋敷の主人になって、お願い」

 そんな事を口走りながら、ココットは自分自身を叱りつけたい気持ちだった。

私は何を考えているの、全く馬鹿馬鹿しい。

 ただの日本人の、戦術機のパイロットよ。

今日会っただけの、これから二度と会う事もない、そういう(たぐ)いの相手なのよ。  

 ココットのそんな考えは、間違っていない。

しかし、一目見たときのときめきは、間近で感じた(うず)きは……

 そうだ、気のせいだったのだ。

ココットは、そう思う事にした。

「わかった。考えておこう……」

 問題が重大なので、マサキは息を飲んだ。

難かしい顔を示すと、ホープをすぱりと燻らしながら答える。

 彼は、ココットの心の揺れ動きを、うすうす感じ取っていた。

気にする風もなく、静かにワインでのどを潤し、肉料理を口に運んだ。

肉料理は、シュヴァイネブラーテン*3と呼ばれるバイエルン州の郷土料理であった。

 

 食事の間、鎧衣はよくしゃべったが、マサキはほとんど口を利かず、ただ相槌を打つばかり。

ココットの思わぬ言葉に、口をはさんだのは、同席していたキルケだった。

「いいえ、木原はこんな片田舎に留め置くのには、惜しい男よ」

 キルケは、ココットと楽しげに笑いながら、食事をするマサキを(なが)めていた。

見知らぬ若い女と歓談しながら、マサキの酒はどんどん進んでいく。

 そんなマサキの様子に、キルケは、チリッと胸の痛みを感じた。

それは嫉妬(しっと)から来ているのは、間違いなかった。

 最近、マサキに近づく女の事を見ると感じることが多い。

そんな自分自身に自己嫌悪を覚える。

 目の前にいるくのいち*4や、東独の田舎娘に、マサキを取られてしまった。

そんな事実はないのだが、どうしてもそう思えてしまう。

 マサキがココットと仲良くしているからって、何故嫉妬するのか。

キルケには、自分の気持ちが理解できなくなってきた。

 こんな気持ちなら、迎えに来なければよかったではないか。

何度も、そう思った。

 しかし、ここで自分が迎えに行かなければ、取り残されてしまう……

そんな気持ちが(もた)げて、二つ返事でマサキの送迎を承諾したのだった。

 隠し切れない嫉妬の色と怒りを(たた)えながら、キルケは続けた。

「ボンやハンブルクに住む方がふさわしいわ。

それはゼオライマーのパイロットとして、当然の事よ」

 間もなく、ココットとキルケが口喧嘩を始めた。

二人とも、負けていない。

 マサキは、ココットと見較べる様にキルケの顔を(なが)めて、ため息をつく。

晩餐(ばんさん)の席で、マサキはつくづく思った。

 ――女とは、本当に図々(ずうずう)しいものだ――

 最初にあった時は、キルケもココットもマサキに敵意むき出しだった。

なのに、何事もなかったかのように平然とマサキと会食をしている。

そういう姿を見ていると、マサキは今までの事が夢の中の出来事のように感じた。

 

「わかっていないのう。

木原博士が西ドイツから離れるという事は、彼に危機が迫っているからじゃ」

 軽くたしなめるようなゲーレンの口調には、彼女たちの苦悩を理解している気配があった。

ゲーレンは椅子から立ち上がって、開け放しにしておいた窓から外を見つめた。

「ハーグの奥の院にいる男は、何を欲しがるか。

もうゼオライマーは、どうでもよい……。

木原博士の命を欲しがるのじゃ」

 ココットは、細面(ほそおもて)には不似合いなほど大きな目に、冷めた光を浮かべた。

無敵の超マシンを駆る男が、そんな連中に負けるのかしら。

「今まで、一度も傷つけられなかった欧州人としての誇り。

それを傷つけた、天のゼオライマーと木原マサキ……」

 マサキは、口元に楽しげなものを浮かべていた。

 今回の西ドイツ訪問、それなりに楽しく過ごせそうな事がわかったからだ。

つくづく普通とは正反対の考え方だ。

 マサキは気分を変える為に、普段はあまり吸わないハッカ煙草を手に取る。

ココットの吸っているセーラムが、どんなものか吸ってみたくなったのだ。

 静かに机の上にあるセーラムの箱を取ると、一本ぬきだす。

タバコに火をつけると、部屋の中に、ゆっくりと紫煙が立ち上っていく。

「それこそ死に物狂いで、木原博士の命を狙おう……」

 ゲーレンは、冷酷にすら聞こえる声になって言った。

「とにかく、木原博士は我々を巻き添えにしないために、ここから去るのであろう」

 

 

 西ドイツの諜報機関の全てを知る男、ラインハルト・ゲーレン。

なぜ彼が、東ドイツ人のベルンハルト兄妹と懇意な木原マサキに近づいたか。

 まずマサキがKGBとの対決姿勢を公然と見せる人物だからである。

ユーリー・アンドロポフKGB長官に決闘を挑み、一撃のもとに葬り去った事ばかりではない。

PLFPや日本赤軍などの過激派を向こうに回して、その根城であるレバノンを焼き払った。

この事を、ゲーレンは高く評価していた。

 当時のBNDは、東ドイツのシュタージ同様に、中近東への秘密工作を進めている最中であった。

それは、1973年の石油危機の影響の為である。

 BND現長官のクラウス・キンケルも、同様の策を進めていた所である。

だがゲーレンら古参幹部とキンケル長官は、非常に不仲であった。

 キンケル長官は、元々軍人や諜報畑の人間ではなかった。

内科医の父を持ち、司法試験に合格した法曹の専門家であった。

郡役場の吏人(りじん)*5を起点にし、1968年に内務省へ入省、中央の官界の門をくぐった。

 当時内相であったゲンシャーによって見出され、彼の個人秘書を務めた。

その際、憲法擁護局から接触があって、情報の世界に入った。

 親*6であるゲンシャーが外相になると、外務省に移って、企画部長を務めた。

そして、BNDと外務省企画部の人事交流を進める方針を示した。

 1979年1月1日、ゲーレンの信任が厚かったヴィッセルに代わってBND長官となる。

弁護士出身ということもあり、人権の観点から東ドイツへの積極的な工作を進めることとなった。

 だが彼の方針は、ゲーレンら長老閥との折り合いが合わなかった。

キンケル長官のあまりにも情熱的な人権外交とやらに、辟易していた面があったのも事実である。

 東ドイツでの諜報作戦が失敗していたのも大きい。

彼の長官時代はKGBやシュタージの間者が堂々と暴れまわっている時代でもあった。

 

 マサキたちは、ゲーレンの邸宅を後にすることにした。

この場所をかぎつけた官憲が、いつ乗り込んでくるかわからない為である。

「さあ、行こうか」

 マサキが出発をうながすと、鎧衣とキルケが立ち上がる。

鎧衣は、慇懃に頭を下げた後、謝辞を述べた。

「ゲーレン翁、お世話になりました」

「わしとしては、これ以上、何もしてやれんが……」

 続いて、キルケがゲーレンの手を取って、お礼の言葉を言った。

「本当にご迷惑をおかけして……」

 ゲーレンは、マサキ達に忠告を告げた。

入らぬ親切とは思ったが、道に詳しくない三人のために述べたのだ。

「95号線を通って、オーストリーに駆け込むか……。

あるいは、南に下って、スイスに行く方法もある。

ただ、国境検問は厳重じゃ」

 マサキと鎧衣が外に出ようとしたとき、さっと懐から一枚の書類を取り出す。

ラミネート加工のされたB7版ほどの大きさの書類だった。

「キルケ嬢、これを持っていきなさい」

「これは!」

 それは、バイエルン州の身分証だった。

ゲーレンが、バイエルン州長官から融通してもらったものである。

「バイエルン州発行の特別許可証じゃ。

これがあれば、州警察や州の役人は手出しできん。

何かあれば、この鑑札を差し出せばいい」

 もたもたするキルケに、マサキは声をかけた。

「急げよ」

キルケはゲーレンに一礼をすると、マサキ達の後をすぐに追いかけた。

 

 闇夜に紛れて、BMWの白の2002ターボが駆け抜けていった。

1973年に作られた2ドア・サルーンは、世界初のターボチャージャー搭載の市販車。

 新たに搭載した高性能ターボエンジン、M31ユニット。

それはBMWが戦前から蓄えた航空機エンジンのノウハウを、量産車に転用した。

 今までのターボ技術を応用し、既存のM10エンジンを改修したのが、M31である。

この最新型のターボエンジンによって、レーシングカー並みとなった。

 1.9リットルを誇るM31ユニットの最高時速は、211キロメートルに達した。

これは1973年当時、世界最速の市販用自動車だった。

 最高出力は、KKK製ターボチャージャーによって170馬力/5800回転毎分まで上昇。

最大トルクは、24.5重量キログラムメートルを発揮するほどである。

 だが、今日のようには電子制御もされていない機械式インジェクションシステムであった。

その上、インタークーラーも付いていなかったため、省燃費エンジンとは程遠かった。

 同年に起きた第一次オイルショックの影響で、わずか1672台で生産が終了となった。

まさに幻の車と呼ぶべき、希少な車である。

 以前、マサキが西ドイツを訪問した際に中古販売店で見つけて、買っておいたのだ。

キルケに預けておいた車を、彼女に運転させて、持って来させたのだ。

 

 十数時間に及ぶドイツ滞在は、マサキを疲労困憊させるに十分であった。

後部座席にいる彼は、シートベルトを締めると同時に転寝をしてしまうほどだった。 

尾行(つけ)てくる車はいないみたいよ」

 ハンドルを握るキルケは、終始不安げだった。

気まずい沈黙が、狭い車内の空気を(よど)ませているのではないか。

そう思った彼女は、日本政府の密偵に話しかけることにしたのだ。

「いずれ追ってくるだろう……彼等も必死だ。

我々を殺せば、ゼオライマーの秘密が手に入るのだから……」

 鎧衣とキルケの会話で目が覚めたマサキは、瓶詰めのコーラの栓を開ける。

瓶のコーラを呷った後、懐よりタバコを取り出す。

それは餞別(せんべつ)代りにココットから貰った、新品のセーラムだった。

 カーラジオがかかっていたのに目が覚めなかったのは、熟睡した為であろう。

米軍放送の内容からすれば、深夜12時ぐらいか……

「これで、BND、国境警備隊、みんな敵にまわしちゃったわね」

 それまで黙っていたマサキは、脇から口をはさんだ。

「四面楚歌だが、まだ手はある」

 セーラムの封を開けると、煙草を取り出す。

言葉を切ると、タバコに火をつける。

「ミュンヘンの日本総領事館に、助けを求めるの?」

「いや、ゼオライマーだ。

美久に来てもらう」

「でも、自動車電話も傍受されている、こんな所から連絡を取るなんって」

 キルケは、ルームミラーに映るマサキに目をやる。

東洋人は異なる提案をほのめかし、キルケの愁眉(しゅうび)を開かせようとした。

「仮に美久が駄目でも、対策はしてある」

 キルケは運転に集中しようと、前方に顔を向けた。

だが、どうしても視線の端には、窓に反射するタバコの火が写ってしまう。

「ミュンヘンは深夜12時だが、東京は朝の6時*7だ。

そろそろ彩峰や白銀が役所に出向くころさ」

 そういって、キルケの顔を覗いたとき、彼女は少し汗ばんでいた。

キルケは内心の狼狽を知られた気がして、額の汗をハンカチで拭い去る。

「これで行ける所まで行こう。

夜のとばりにまぎれて、逃避行も悪くはあるまい。フハハハハ」 

マサキは、不安な顔をする二人をよそに、不敵の笑みを浮かべて、平然と言った。

 


 

 連邦憲法擁護庁。

それは西ドイツの、国内諜報機関の事である。

 ワイマール共和国時代の帝国治安監視委員会*8に起源をもつ。

憲法擁護庁は、1950年9月27日に制定された連邦憲法擁護法に基づき、設立された。

諜報機関の一つとして、連邦情報局(BND)軍事防諜局(MAD)とともにその一角を担う組織である。

 憲法擁護庁に捜査権はあったが、逮捕権や武器の使用は制限されていた。

これは占領軍が、西ドイツ内に強力な秘密警察の復活を恐れての事であった。

 我が国における、公安調査庁と同じとみてもらえばよいだろう。

公安調査庁は、法務省外局で、職員には警察権もなければ逮捕権もなかった。

 憲法擁護庁も同様に、西ドイツ内務省の管轄下におかれ、憲政保護がその主目的である。

当初から、共産主義者や極右による西ドイツ国内の破壊活動の監視を行っていた。

 だが初代長官のオットー・ヨーン*9を始めに、その多くが東側のスパイの浸透工作を受けた。

(ゆえ)に捜査情報が長官室に上がった時点で、KGBに通達されるという馬鹿げた事態に陥っていた。

 1968年の学生運動「5月革命」以降、世論に迎合し、旧軍やナチス関係者を追放した。

新聞社向けのパンフレットなどを発行し、積極的な情報公開を行い、世人への透明性を高めた。

また1972年以降は外人過激派、極左過激派対策も任務に加わり、その存在意義をを表明した。

 

 さて、ケルンの連邦憲法擁護庁(BfV)本部では。

夜半というのに、長官執務室に数名の男たちが集まっていた。 

「何、サラリーマンを名乗る怪しい外人が、堂々とBND本部に乗り込んだだと!」

 リヒャルト・マイヤー*10長官が訪ねた。

明るい灰色の背広の胸ポケットから、緑色のタバコを出す。

「乗り込んできたやつらは……」

 銘柄は、エクスタインのNo.5*11

長官は言葉を切ると、タバコに火をつける。

(けえ)りやした」

 書類を持って来た職員は、バイエルン訛りで答えた。

ミュンヘン生まれの男の機嫌を取るために、あえて国言葉*12を口にする。

(けえ)すな、この大馬鹿野郎(オオバキャロー)

手がかりが無くなっちまうじゃねえか」 

 マイヤーは、露骨に不快の色を示す。

紫煙を吐き出すと、バイエルン訛りで返した。

「そのサラリーマン、只者(ただもの)じゃねえな」

 彼等の後ろで、ワルサー社の自動拳銃P1*13を組んでいた別な男が、(さえぎ)るように言った。

その男の口元に、微かに笑みが浮かぶ。 

 男は、連邦国境警備隊*14からの出向者。

連邦憲法擁護庁には、BNDやMADを始めとして、治安関係者が出向してくるのが常だった。

マイヤー長官*15も、BND出身の官僚だった。

「こいつは、面白くなってきたぜ……」

 間もなく後目(しりめ)に振り向いて、冷たい声で言った。

「電算室に繋いでくれ」

 それを聞いて、若い幹部が驚きの声を上げる。

連邦国境警備隊の男からの急な提案に、面食らっていたのだ。

「エッ!」

「憲法擁護庁本部には、電算室があるだろう。

そこにはホストコンピューターがあって、ドイツに入国した外人の全データーがあるはずだ」

「はいッ」 

 それとは別に同じケルンには、外人中央登録所(AZR)*16という連邦政府所管の施設があった。

ここではドイツに入国した全外人のデータが保管され、逐一記録されていた。

 後の1991年に露見することになるが、保管所の管理者はシュタージの工作員であった。

西ドイツに入国する人間の情報は全て、その日のうちに東ドイツに漏れていた。

 

 地下一階の電算室では、謎の東洋人に関しての情報分析が行われていた。

操作卓を叩く音が部屋中に響き渡る。

「解析結果は出たか」

「へえ……」

電算室の事務官は、男にプリントアウトした紙の束を渡す。

「木原マサキ……。

日本帝国斯衛(このえ)軍第19警備小隊所属。

ほう……天のゼオライマーのパイロットか……」

男は資料をめくりながら、もう一人のサラリーマンに関して問いただした。

「この鎧衣左近とかいうサラリーマン風の男が臭い。調べてくれ」

「はい」

 ブラインドタッチで操作卓を打つと、ブラウン管に画像が映し出された。

そこには鎧衣の顔写真と、英文による個人情報が表示された。

NAME:SAKON YOROI

NATIONALITY:EMPIRE OF JAPAN

DATE OF BIRTH:16TH FEBRUARY 1945

 

 男は、英文をドイツ語に言い直した。

これは外来語を嫌うドイツ人特有の癖だった。 

「何々……

氏名は、鎧衣左近。

国籍は、日本帝国。

生年は、1945年2月16日……

データは、これだけか」

「はい」

「臭いな。よし長官に相談だ」

*1
Eisbein.ドイツの家庭料理の1つ。香辛料と一緒に塩漬けした骨付きの豚すね肉に香味野菜を合わせた、煮込み料理のこと。

*2
英:Pinafore.近現代以前からある前掛け型の婦人用仕事着。東欧や旧ソ連圏の民族衣装にその名残があり、19世紀以降、婦人服の他に子供服として広まった。旧ソ連圏では今日も女児用の学生服として一般的である。

*3
Schweinebraten、ドイツ風ローストポーク

*4
諜報活動で働く婦人の事。元々は単に女の意味だったが、現代のように女忍者の事をくのいちと表現したのは、1964年の山田風太郎の小説『忍法八犬伝』が始まりである

*5
()とは、古代支那で現地採用された平民の下級役人の事である。そこから転じて、地方公務員の事を指す言葉になった。今日の六法全書でも吏員という言葉は地方公務員全般を指す法律用語として有効である

*6
この場合の親は、親分子分の親という意味である

*7
ミュンヘン・東京間の時差は通常は7時間だが、3月末から10月末までの期間は、夏時間の影響により1時間早く、6時間の時差になっている

*8
Reichskommissar für Überwachung der öffentlichen Ordnung.1920年から1929年7月1日まで存在したワイマール共和国の調査機関。ゲシュタポや憲法擁護庁の前身機関である

*9
Otto John,1909年3月19日 - 1997年3月26日。ドイツの弁護士、諜報機関員

*10
Richard Meier.1928年1月6日 - 2015年6月19日。ドイツの官僚、弁護士

*11
Eckstein No.5. 1879年から2015年まで、ドイツで発売されていた両切りタバコ。帝政時代、ワイマール共和国、第三帝国、西ドイツ、統一ドイツの時代を超えた唯一の紙巻きタバコだった

*12
ある地方で話されている言葉。方言の事

*13
カール・ワルサー社の拳銃・P38のドイツ連邦軍での制式採用名。P1拳銃は1957年から2004年まで採用され、生産が続いていた

*14
今日のドイツ連邦警察

*15
マイヤーは、1975年9月16日から1983年4月26日まで連邦憲法擁護庁長官を務めた

*16
Ausländerzentralregister.1938年に出来た外人中央登録局を存続する形で作った西ドイツの政府機関




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