冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
それは、予想外の方向に進んでいった。
場面は変わって、西ドイツの臨時首都・ボン。
マサキがバイエルン州を訪れた情報は、その日の夕刻にはすでにボンに通報されていた。
事態を重く見た首相は、緊急の秘密閣議を行う事となった。
連邦議会副議長ショルシュ・レーバー*1が忌々しげにつぶやいた。
「日本の奴らめ……
進退窮まって、ゲーレンの所に泣きついたか」
レーバーの口から、不愉快そうなうめき声が漏れる。
それは当然の結果であった。
彼は、ギヨーム事件のあおりを受け、BNDに電話盗聴をされていたからだ。
ギヨーム事件とは、1974年に発覚した東ドイツのスパイ事件である。
時のブラント首相の個人秘書が、シュタージ工作員と判明した事件の事である。
工作員の名前は、ギュンター・ギヨーム。
そのギヨームを政界に招き入れた人物こそ、レーバーだった。
レーバーは、自分の選対本部長であるギヨームを首相府に送り込んだ。
ブラントは、ギヨームの事を個人秘書として重用した。
だがギヨームは、シュタージ将校であることが露見し、ブラント首相辞任に発展した。
その為、軍事防諜局から左派的な傾向有りと疑われていたのだ。
今の首相であるヘルムート・シュミットが引き留めていなければ、違っていたであろう。
レーバーは、そのまま政界から引退するつもりでもあった。
「超マシン、ゼオライマーの機密情報が手に入るのは結構だが……
木原は、なあ……」
レーバーの問いに対し、キンケルBND長官が応じる。
「しかし、木原マサキは、ゼオライマーの開発者でもあります」
「超マシンは、たしかに、核戦力を持たぬ、この国の切り札となる。
独ソが親密度を深める以上、我々にも保険がいる」
西ドイツは、1960年代以降、ソ連の天然ガス資源のパイプライン延長を模索していた。
中近東の絶え間ない混乱によるは、石油や天然ガスの供給そのものを不安視させていたのだ。
1970年に独ソ間で結ばれた「天然ガス・ガスパイプライン交換協定」
これにより、西独の企業は、ソ連に対し、高品質の大口径鋼管を供給することを決定した。
当時、西ドイツと日本だけがこうした大口径鋼管を生産可能なためであった。
米国の横やりもあったが、ソ連からの天然ガスの割合は20年で35倍に増えた。
1980年代当時で言えば、ドイツでは30パーセントに達した。
このように、ソ連は、欧州を自国のガスに依存させた。
だが、それと同時に、急速な経済成長をもたらした。
「保険ですか……」
それに応じたレーバーの口調は、どこまでも冷酷なものだった。
「だが、木原が生きている限り、いつ奴がまたソ連へと牙をむかないとも限らん。
調略するよりは、いっそ……」
それまで、すべての発言を黙って聞いていた首相が口を開いた。
キンケル長官とレーバー副議長の言を遮るようにして、
「木原の事は頼らんでも、わが国にはすでに秘密裏にパーシング2が配備してある。
奴らは核ミサイルをモスクワに飛ばされるくらいなら、中近東の半値で石油を売ろう。
何の心配もいらん」
男は、強いいらだちを隠すようにして、吸っていた紙巻煙草を灰皿に押し付ける。
休む間もなく、新しいゲルベゾルテの箱の封を開けた。
「ゲンシャー君、キンケル君。
木原の事は逐一、私の元に報告を上げたまえ」
男は言葉を切ると、取り出した煙草に火をつけた。
「はい、総理」
ボンから245キロメートル先にあるオランダのハーグ。
そこにあるハウステンボス宮殿へ、暮夜密かに電話をするものがあった。
男の名前は、ヴァルター・シェール*2。
彼は、西ドイツ大統領で、
西ドイツ政界を左右させるほどの、陰の実力者であった。
「かかる*3
実はボンの政府が、強烈な相手に打ちのめされておりまして……
名誉と伝統のあるFDPが、壊滅の危機に瀕しているのでございます」
「さあ、続けたまえ」
西ドイツ大統領は、蘭王室の王配殿下に事細かにこれまでの経緯を説明した。
米国と合同で行っている戦術機ソフトウエアへのバックドア工作に、マサキが感づいたこと。
その他もろもろを、簡略に説いた。
「今、木原は、バイエルンに来ておりまして……」
「それで……」
「例の二つの荷物は処分できずにおります」
「何だって……」
「は、はい……。
も、申し訳ございません。
ち、ちょっとした手違いがありまして……。
よもやこんなことになろうとは……」
それまで黙って聞いていた王配殿下が口を開く。
「だから私は言ったのだ。
鎧衣と木原を二人まとめて、いますぐにでも始末するように……。
木原は何も知らないから、後でもいい。
……などと、したり顔で言ったのは、君ではないか。
早く消しなさい」
「はい」
ハーグのハウステンボス宮殿にいる通話相手は、怒りのあまり、電話機を放り投げる。
物が壊れるような大きな音とともに、電話はそこで切れた。
男は深いため息をついた後、内相の自宅に電話を繋いだ。
当時の内相は、ウェルナー・マイホーファー*4だった。
「マイホーファー君、わしじゃ、ヴァルター・シェールじゃ」
「あ、大統領閣下!」
マイホーファー内相も、またFDPの幹部だった。
彼はヴィリー・ブラント内閣で、連邦特命大臣と連邦首相府長官を歴任。
政治家でもあると同時に、法哲学の学者でもあった。
「BNDのキンケル君から連絡があってな。
しくじったそうではないか……」
当時のヘルムート・シュミット内閣の閣僚の重要ポストの殆どはFDPで締められていた。
副首相、内相、外相、BND長官、経済相、農相。
これらは、政界で影響力を持つシェール大統領とゲンシャーのおかげでFDPの意のままになった。
「申し訳ありません。
それでこちらからは、国境警備隊の精鋭100名を送りました。
木原の写真を持たせて」
「殿下と私たちの関係が、公表される前に始末できるかね」
「ご安心を。
空港、駅、タクシー、バス、みんな張り込みしました。
勿論ホテルもです。
今日明日中には片が付きましょう」
「危険な男は殺すのが一番。
世界の政治の歴史は、倒すか倒されるかの戦争の歴史。
マイホーファー君、吉報を待っているよ」
マイホーファーの捜査手法は荒っぽかった。
反政府的な言動のある原子力技術者を、スパイと疑い盗聴させている事件があった。
トラウベ*5博士という男で、ジーメンスの子会社のインターアトムの技術者だった。
彼が、左翼弁護士と交友関係にあるという憲法擁護局の報告が、事件の発端だった。
東ドイツの影響下にある、ドイツ赤軍派と関係しているのではないかと睨んでの事である。
その際、雑誌デア・シュピーゲルなどにも報道され、トラウベ博士は辞任に追い込まれた。
この1976年に起こったトラウベ事件は、世人を騒がせた。
西ドイツの警察国家化の危険が議員はおろか、知識人の間でも叫ばれるようになった。
だが、西ドイツ政府は、BETA戦争を理由に事態のうやむや化を図った。
そういう経緯があったので、マイホーファーはシェール大統領に頭が上がらなかった。
西ドイツの捜査機関が、なぜ友好国である日本人のマサキをマークしたのか。
それは、当時の国際情勢と切っても切り離せない理由があったからだ。
1970年代以降、西ドイツ国内では
この団体は、KGBから資金援助とシュタージの支援の下、西ドイツ国内での犯罪を繰り返した。
有名なのは、1977年のドイツ工業連盟会長シュライヤー暗殺事件であろう。
ドイツ赤軍はシュライヤー会長を誘拐し、身代金を要求したがBNDは応じなかった。
ドイツ赤軍は、
その日のうちに、刑務所に収監中の首領ら数名は、拳銃自殺という不審死を遂げた。
犯人グループはハイジャック事件の失敗と同時にフランスへ逃亡。
ミュルーズ郊外で、シュライヤーを暗殺し、その遺体をアウディの乗用車に捨てて逃亡した。
後にドイツの秋として知られる一連のテロ事件の結末であった。
事件を起こした
アラブ民族主義による社会主義国家の建設を目指して作られた極左暴力集団であった。
PLFPの共同創設者であるワジ・ハダド*6。
彼はアンドロポフKGB長官の信任が厚く、ナショナリストというコードネームの工作員だった。
KGBはブレジネフの裁可を得て、ハダトへ三度の武器貸与を実施していた。
ハダドは、1960年代後半から1970年代末までの国際ハイジャック事件を敢行した極悪人。
PLFPのみならず、日本赤軍、ドイツ赤軍を
1970年代当時、日本国内でのテロ活動で国民の支持を失っていた極左暴力集団。
彼等は海外に逃亡し、遠いパレスチナやレバノンの地にいるPLFPを頼った。
その際、国際的なテロ集団である、日本赤軍を結成し、幾多の国際テロを敢行した。
改めて、1970年代に日本赤軍とPLFPが合同で行った国際テロに関して、説明を許されたい。
ドバイ日航機ハイジャック事件*7。
ロイヤルダッチシェル石油精製施設爆破事件及び船舶シージャック事件*8。
シンガポール事件に呼応して起きた在クウェート日本大使館占領事件*9。
この一連の赤色テロリズムの影響は、すさまじかった。
西側の世人を恐怖のどん底に陥れ、相互の国家間の不振を抱かせることに成功した。
さて視点を再びマサキの方に移してみよう。
夜陰に紛れて、マサキ達はシュタルンベルクを北上した。
警備の手薄な一般道を通って、ミュンヘン市方面に向かう。
ミュンヘン近郊に着くと、鎧衣が懇意にしているという一軒の家に案内してくれた。
「あんまり走り過ぎても、国境警備隊の網に引っかかることもある。
ここで、少し時間を置こう。タイミングを外す事も必用さ」
南ドイツによくある、二階建ての白い百姓家。
外には、何やらドイツ語で書かれた看板がかかっていた。
「空き部屋あります」
「地酒・ワイン販売中」
ワイン用のブドウを栽培する農家なのだろう。
予約無しでも泊まれるのだろうか……
マサキがそう懸念していると、奥から、その家の妻らしき人が出てくる。
鎧衣は、家人に一言二言尋ねてみると、二つ返事で家に上げてくれた。
マサキたちが民宿に入る際、鎧衣はこう告げて外に立ち去って行った。
「2部屋取るから、気兼ねしないで休み給え。
私は私で、情報収集に行ってくる」
鎧衣は、なぜ民宿を選んだのか?
それは司直の手が及び辛いという面もあるが、単純に予約なしで泊まれる安宿だったからだ。
当時の西ドイツでは、国策で農村休暇という物を行っていた。
農家民宿という物に補助金を出して、都市住民の余暇を推奨していたのだ。
近代ドイツでは、都市部の知識人や貴族層が村落に出向いて夏の余暇を過ごす習慣があった。
その慣習は19世紀末から20世紀に、都市労働者や一般庶民にも伝播し、夏の風物詩となった。
東西分裂した両ドイツでもその慣習は維持され、このような避暑地の開発が進められた。
このことは、逃避行を続けるマサキたちにとっては、好都合だった。
司直の影響が及んでいない村落で、金さえ払えれば安く泊まれるからだ。
またドイツ人のキルケを同伴していたことも行動をしやすくさせた。
傍から見れば、マサキとキルケは若い夫婦にも映ったからだ。
案内された部屋は、ユースホステルともホテルとも違う、小奇麗ながらも一般的な民家の一室だった。
百姓家の妻は、マサキの事を訝しむふうでもなかった。
西ドイツは従前の労働力不足から、外人の季節労働者が多数入っていたからである。
ワイン農家などは、トルコ人や韓国人の出稼ぎ労働者などもいたので、気にしなかったのである。
マサキは、シャワールーム付きの部屋に案内されると、旅装を解いた。
軽くシャワーを浴びた後、着替え、ベットに倒れ込むようにして横になる。
そして、靴を履き直すと、拳銃を抱いたまま、ひと時の安らぎに着いた。
鎧衣は、その村に一件しかないガソリンスタンドに出向いた。
そこで電話を借りると、ニューヨークの国連日本政府代表部に電話を掛けた。
30分ほどのち、日本政府代表部の電話交換手に繋がった。
「もしもし……こちら、鎧衣左近です。
情報省外事2課の……」
手持ちの硬貨を次々に入れる。
電話料金がどんどん上がっていくが、鎧衣は気に出来るような状況ではなかった。
電電公社*10を、例に出す。
当時の区域外通話料の代金は、昼間の時間台でも2.5秒で10円ほど。
ちなみに国際電話は、それ以上であった。
1981年当時の国際電信電話株式会社*11の例だと、英国までで6秒90円と非常に高価だった。
「さっそくですが、御剣閣下をお願いしたいのですが……」
「御剣は、今不在でして……」
「打ち合わせで、出ている?
それでは戻られたら、西ドイツのミュンヘン総領事館まで電話をくださるよう伝えてください」
電話を切ると、両切りタバコのロス・ハンドル*12に火をつけた。
普段愛用してる葉巻を切らしてしまったので、仕方なくドイツ煙草を買ったのだ。
「うむ、間が悪いな……」
初めて買う銘柄ではあるが、三級品の「しんせい*13」に似た風合いである。
二口ほど吸った後、足元に捨てると踏みつぶした。
「もしもし……中央情報局本部ですか。
いますぐ長官をッ。
日本の鎧衣左近からとお伝えください」
日本代表部と違って、交換手は即座にCIA長官に繋いでくれた。
長官のさわやかな声が、鎧衣の
「鎧衣くん、わたしだ」
「長官、ご無沙汰しております」
「私は元気だよ。
どうだね。無理をしているんじゃないかね」
「昨日のインドの件は、大変お世話になりました」
「そんなのは、礼には及ばんよ。
最重要友好国の日本のためにした事さ。当然の事だよ」
「実は、ハウステンボスの老主人から、私と木原君が追われていまして……」
ハウステンボスの老主人という言葉に、長官の表情が険しくなる。
これは蘭王室の国婿殿下を示す暗号だったからだ。
「ウンッ、それより何があったんだ……」
「まあ、聞いてください」
鎧衣は、これまでの経緯をおもむろに語りだした。
彼が語り終えて、一息つくとまもなく長官が口を開いた。
「少し待ってくれ、君の家にファックスを送るから」
君の家とは、日本の諜報機関の総元締めである内閣調査室である。
これは、情報省の幹部とCIA長官周辺だけが知る暗号であった。
一言でもいただければ、励みになります。
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簡単な諜報機関の組織図に関して
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KGBやシュタージの組織図が欲しい
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挿絵や図表は不要
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