冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
壁の中の囚われ人の暮らしから、彼は社会主義政権の先行きを想う。
マサキは、他の日本人達と共に東ベルリンに入った
国境検問所、俗に言う、『チェックポイント・チャーリー』を抜けて、入市。
入市する際に、西ドイツの国境警備隊とちょっとしたいざこざが起きた。
自動小銃を担ぎ、弾納を帯びた状態で検問所を通り過ぎようとした際、止められる。
最終的に将校に限り、拳銃や軍刀は
小銃と弾薬納一式は、名札を書いて検問所で預かる事になる。
帽章以外は、同じように見えるが細部が違う*1そうだ。
自身も似た制服を着ているが、気にはしなかった。
美久も、彼等が用意した婦人兵用の制服を着ている。
ただ『風紀』*2に関わるとして、腰まで有る髪は、『シニヨン』*3という方法で結った。
ネクタイの制服は、何時もの野戦服や詰襟より疲れる。
1961年10月の事件*4の影響で、国境を行き来する際は、軍人は制服着用厳守が課されている。
それ故に、軍に所属する彼等は軍服で移動させられたのだ。
向こうの案内役という人物が付いた。
たどたどしい日本語が話せるのが数名居るくらいで、会話はほぼ英語で行った。
世話なので黙っていたが、何かと探りを入れる様子が分かる。
恐らく、悪名高い
部隊を指揮する
見た感じ、ドイツ語も出来るのであろうが、知らない振りをしている様だ。
敢て聞かなかった。
彼は暫し想起する。
資本主義の諸問題を『解決』する名目で、ソ連共産党は政権簒奪を成した。
恐慌や生産過剰の問題を回避する為、独裁的な計画経済を実施する。
しかし、実態はどうであったか……
元の世界でもそうだが、BETAに蹂躙されつつあるこの世界では凄惨さを極めた。
流通や分配の手段が不十分な為、深刻な飢饉と、死屍累々という結果。
元の世界では、1972年に畜産用の穀物飼料不足を原因にソ連は米国から穀物輸入に頼った。
その結果は、世界的な穀物価格の高騰で、食糧危機を招いたのだ。
元の世界だと、地球上の穀物の2割強をソ連一か国で輸入していたのだから、この世界はどうであろうか。
彼等が言う様に、対BETA戦による核飽和攻撃による放射能汚染と光線級を阻害する重金属雲による土壌及び水質汚染。
其ればかりではないであろう……
東ドイツの政権は盛んにBETAの害と核汚染を喧伝している様だが、違うように思う。
未だ、後方には健在な米国、豪州、アフリカが控え、十分な穀物生産量がある。
フランスやイタリアなどの南欧、トルコも陥落すらしていない。
重金属の土壌・海洋汚染があるとはいえ、其れとてソ連近辺のみであろう。
そもそも高緯度で寒冷、降水量も少なく穀物収穫が不安定な不毛の地……。
やはり、考えられるのは計画経済による物流遅滞や需要への不十分な対応。
現実の社会は、象牙の塔*5に住まう
個別具体的な経験と知識が必要で、それを反映した政策決定。何よりも費用対効果が最重要課題である。
共産党の計画経済では、それを一切無視するという重大な欠陥。
それ故、恒常的な食料や日用品に代表される耐久消費財不足が起きる。
この悪循環を改善せぬ限り、彼の地に安寧は訪れぬであろう。
二月下旬とはいえ、東ベルリンは寒い。
あの日本の様な高湿度で底から冷える物は違い、乾燥しきった何とも表現できぬ寒さ。
厚く重い膝丈の外套は、薄いキルティングのライナーが付いているが、其れとて不足する。
通信販売で買った米国製の
ヒマラヤ・カラコルム山脈登頂成功を謳い文句にして居り、大仰な頭巾が付いて嵩張るが、軽くて暖かった。
私服でなかったのが悔やまれる……
観光案内とはいえ、退屈であった。
彼は、端の方に居て、終始受け身で押し黙って過ごすことに努めた。
この訪問の真の目的は、ゼオライマーのパイロットの洗い出し、及び接触。
そう思い、極力関わってくる東ドイツ側の人員を避けた。
細々な対応は、美久に任せた。彼女は、そつ無く
推論型AIによって、人間の表情や動向から適切な判断を下し、言語も内蔵する機能によって意思疎通に問題は無かろう。
勘の良い人間なら言葉に何処か違和感を感じるかもしれないが、外国人だという先入観で緩和される筈……
退屈な観光の合間にカフェに寄った。
市街地は、ざっと見た所、終戦後の古い街並みと新築の共和国宮殿ばかりが目立つ異様な風景。
廃墟のようなレンガ造りの市街は薄暗く、人の気配も疎ら。
囁くような話声で、この国を支配する総監視体制の強固さを実感させる。
給仕によって出された大ぶりなケーキは、生地もクリームも見るからに粗悪、言葉に出来ぬ様な不味さ。
コーヒーも、紅茶も、水で増した様な薄さであった。
思えば、途中で頬張った焼きソーセージも、西ドイツの西ベルリン市街で食した物より質が悪く、ゴムを噛む様な、表現出来ぬ不味さであった。
一生忘れ得ぬ味であろう事を、彼は思うた。
この国にあって、高級幹部や党中央、司法、教育関係者であれば相応に良い暮らしは出来よう。
見た所、整備された高層住宅なども市街の一部には見える。
しかし、その他大勢を占める一般市民にとっては暗く厳しい環境。
ソ連の衛星国として、自由な表現、際限なき個人所有、司法からの保護も怪しい。
この地獄の様な国に住まう軍人とはどの様に心構えを持つのであろうか……
脇目で、見ると流暢な独語で、篁が向うのガイドと話をしている。
技師とは言え、矢張り貴族の出。独語等を出来る素振り等見せずに話す様を見て、感心した。
屈強な体付きで、剣術も其れなりに出来ると言うから、文武両道を兼ね備える様務めたのであろう。
話していても、身分を
人に好かれるというのも米留学の選考基準を満たしたのであろうと、彼は考えた。
マサキ達のベルリン訪問より、時間は
場所は、ベルリン市内のリヒテンベルク区にある国家保安省本部。
その一室に関係者が集められた。
プロジェクターの前に立つ男は、灰色の勤務服に長靴。
髪の色は赤みを帯びた茶色で、それなりの美丈夫であった。
年の頃は40前後であろうか。
ドアが開き、数名の男達が入ってくる。
年齢はバラバラで、階級は一番高位の物で大尉、下は曹長であった。
男は改まった声で言う。
「諸君、今回の作戦は、謂わば要人護送と同じだ。
準備期間も短い中で、各人とも適切に対応してほしい」
プロジェクターが回り、スクリーンに映像が映る。
少佐の階級章を付け、指示棒を手に、映像を説明している。
白色の大型ロボットの画像が表示された。
「先ず、諸君等も知っての通り、支那で日本軍が新型兵器のテストをしたのは記憶に新しい。
この大型戦術機のパイロットであるが、未だ詳細は不明な点も多い。
それ故に、今回の作戦を通じて、いかに正確で確実な情報を得るかが重要視される」
映像が切り替わり、新しい画像が映し出される。
「判明しているのは、二点……。
先ず、新型戦術機は50mを優に超える点で、操縦席は複座であると類推されること。
そして、男女混成のペアである事だけだ」
彼はスクリーンから、顔を士官達の方に向ける。
「また標的以外に、注意すべき点がある。
大使、駐在武官は考慮の他と考えてほしい。其方は外務省、人民軍に一任させる」
二人の画像が映り込む。
「この右の黄色い服を着た男が、篁祐唯。日本の貴族で王の血筋を引く人物。
相応の態度をもって、任務に当たらせよ。
左の黒服の男が、巖谷榮二。技師でもあるが、パイロットとしても優秀な人物。
両名とも、王の身辺を護衛する親衛隊の隊員である事を付け加えて置こう」
プロジェクターが止まり、室内に明かりが点く。
男は指示棒を畳み、全員の顔を見回す。
「他に質問は、あるかね」
小柄で金髪の少尉が、勢いよく挙手する。
「KGBはどう動くでしょうか」
彼は、眉一つ動かさずいう。
「良い質問だ、同志ゾーネ少尉。KGBとモスクワ一派は、本件に対して策謀を図る事が予想される。
それを考え、交通警察に助力を仰ぎ、我が方の協力者で周囲を固める様、要請した」
交通警察とは内務省傘下の警察組織で、人民警察の一部門である。
この様な発言は、保安省の他省庁への浸食の一端を示す事例であった。
「了解しました」
彼は、頷く。
顔を動かし、周囲を窺う。
「言い足りないことがあれば、申しても良いぞ」
壮年の曹長が挙手し、質問した。
「ベアトリクス・ブレーメの件ですが、如何致しましょうか」
男は、真剣な顔つきで彼に答えた
「同志曹長、その件であるが、目ぼしい女学生を潜入工作員として採用してある。
彼女と……、ベルンハルト嬢を穏当な手段で篭絡せしめれば、この件は最良であろうと考えられる。
極力我々は、関知しない」
「アスクマン少佐、彼女等の愛国心や民族愛に沿う様な自発的行動を待たれると言う事ですな」
指示棒で、手袋をした左手を叩く。
「そうだ。通産官僚と外務官僚の娘。
下手に粗暴な手段を使えば、党や他省庁からの信用失墜に繋がる。
それに、ベルンハルト嬢の背景は、すでに私の方では、把握済みだ」
曹長は、身を乗り出して尋ねた。
「如何様にして知り得たのですか」
彼は腕を組んで、背中を後ろに倒す。
「貴様等には特別に話してやろう。実はな……ベルンハルト嬢の生母・メルツィーデス女史。
彼女は既に、わが方の協力者として篭絡させている」
一同に衝撃が走った。
アスクマン少佐は、不敵な笑みを浮かべながら続けた。
「10年ほど前、
その際、外交官であった彼女の夫を、酒漬けにさせ、精神分裂病と言う事で収監させた。
彼女は体制批判をしたと言う事で通報してきたが、本心でダウム君に惚れ込んだと私は考えている。
それ故に、かの
ゾーネ少尉が、問うた。
「詰り、遠くから丸裸の姿を覗き見ていると言う事ですか」
彼は冷笑を浮かべる。
「その通りだ。
そして、アーベル・ブレーメは我が方を利用しているつもりでいる愚か者故、自在に奴の動きが判る。
あの天香国色の
我等が手の上で弄ばれている状態である事を奴は知らなんだ。
我等は、その天女の舞を特等席で楽しみ、愛でているという状態なのだよ。諸君!」
狭く静まり返った室内に男の嘲笑が響き渡る。その眼光は鋭く、まるで獲物を狩る獣の様であった。
脚注やフリガナに関して
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脚注やフリガナは必要
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脚注の数が多すぎる
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脚注の数が少なすぎる
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フリガナが多すぎる
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フリガナが少なすぎる
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現状維持のままでよい