冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
その歓迎の宴の席で、日本に関する質問をキルケの友人より受ける。
マサキは、日本の歴史を語りながら、一人
辛くも窮地を脱したマサキ達は、ベンドルフ郊外にいた。
キルケの紹介で、彼女の女友達であるドリス嬢の屋敷に立ち寄るためである。
キルケが来訪のベルを鳴らした後、古びた洋館から一人のうら若い乙女が出てきた。
淡いエメラルド色の袖なしのワンピースに、奇麗に後ろに撫でつけられたプラチナブロンド*1。
初陽*2に浮かび上がる奇麗なあごの線に、微笑が浮かび上がる。
ノースリーブから出ているドリスの腕を見た時、マサキはある種の感動を覚えた。
彼女の皮膚そのものが、今までに出会ってきた女とは違う事に気が付いた。
――本当の貴族の
マサキの様な影の世界に生きてきた者にとり、まさしく高貴な香りだった。
ドリスは貴族令嬢というのに、本当に飾り気のない人物だった。
ざっくばらんとした口調で、キルケに話しかけてきた。
「ひさしぶりだな、元気にしていたか」
「もちろん!そっちはどう?
たしか、第44戦術機甲大隊に赴任したって聞いたけど……」
「半年前に除隊した」
マサキは、その言葉を脇で聞いた瞬間、何とも言えない感情に襲われた。
同じような境遇のアイリスディーナやベアトリクスは、簡単に除隊させてもらっていないのだ。
人不足の東独で、尚且つ技術者の少ない東側という事もあろう。
西ドイツ軍は、本心では女性兵士などお荷物と思っているのではないか。
あるいは、ドリスという人物が結婚でもして、それを機に除隊させられたのか。
この時代のフランス軍などではそうだから、恐らくそういう内規があるのであろう。
「そう。私は前と同じよ」
キルケとドリスは、お互いに相好を崩した。
まるで、女学生の頃に戻った様子である。
マサキは、タバコに火をつけながら、その様子を漫然と眺めていた。
キルケとドリスが何事もなかったのかの様に、平然としている姿に感心した。
女とは、かくも
間もなくドリスは、キルケとの再会もほどほどに、邸宅の大広間に案内してくれた。
そこには、杖を突いた六十がらみの男が立っていた。
男はドリスの祖父で、ザイン=ヴィトゲンシュタイン=ザイン家の当主。
老ザイン候は、坐骨神経痛という病身であったにもかかわらず、威厳と落ち着きがあった。
マサキよりも背が高く、豊かな灰色の髪に、引き締まった体つきであった。
「木原博士、まずこれをご覧いただけますか」
マサキの頼みに応じて、老ザインは、机の引き出しから一つの書状を取り出した。
「30年以上前の名簿と写真だが……」
それは、突撃隊の隊員名簿と集合写真であった。
エルンスト・レームとともに写る50名以上の青年隊員。
1930年代初頭に撮影された、突撃隊幹部の写真であった。
マサキは、自分の推論が正しかったことに安堵した。
貴族であるドリスの祖父が、西ドイツ政界の闇を知っているのではないか。
その推測からの行動であり、まったく当てのない行動でもあった。
結果から言えば、マサキの読みは正しかった。
老ザイン候は、彼自身もヒトラーユーゲントに参加した経歴の持ち主だった。
彼には戦死した兄がおり、若い頃親衛隊に所属して、空軍パイロットであった。
これも、パイロットを祖父にもつキルケにとってドリスとの縁の一つであった。
「こいつは預からせてもらうぜ。
美久、例の物を出せ」
そして、後ろに立つ美久に、持って来た鞄を机の上に置くように指示した。
1億マルク*3が入ったジュラルミン製のアタッシェケースだった。
「これは一体なんですか……」
マサキは、手の切れそうな紙幣の
すべて、当時の西ドイツ最高額面の1000マルク紙幣で、なおかつ新札であった。
「金の件だが……全部1000マルク紙幣で、一束10万マルクほどある」
さらに、鞄から新しい紙幣の束を出して、目の前に山と積む。
額面としては、およそ5000万マルクほどであった。
「欲しければ、倍も3倍もやろう」
「金は要りません」
「エッ!」
「私が引き受けたのは、シュタインホフ将軍が兄の戦友だからです。
そして、この国をめちゃくちゃにした共産主義者を憎んでいるからです」
「義侠心というやつか」
「左様、木原博士。
貴方は、非常に優秀で、なおかつ志操堅固な科学者でいらっしゃる。
私の方が、貴方を買いたいくらいですよ」
マサキは、警戒心もわすれた。
正直、百倍の力を得たよろこびだった。
「フハハハハ、よかろう」
「私は、いつか、あの変節漢に一杯食わせてやろうかと思っていたのです。
ありがとうございます。博士。
まあ、食事ぐらいしか、もてなせませんが……」
ドリスに案内されて、キルケとマサキは、屋敷の別棟にある食堂を兼ねた炊事場に来た。
ドリスの家族で、料理好きの物が立てたという。
見た感じ新築で、炊事場は、ほとんど使った様子はなかった。
一般的なドイツ人は、火を使う食事より軽食が好きだからである。
キルケやドリスも、その例から漏れなかった。
ドアを開けると、テーブルの上には、すでに豪華な食事が用意してあった。
酒の方も、モーゼルワインの他に、シーバス・リーガルなどのウイスキーが揃っている。
「お嬢さん、初めまして。
私は第44戦術機甲大隊で、中隊長を務めておるもので、ドリスの夫です」
マサキ達より先に部屋にいた男は黒髪の白人で、ドイツ軍人だった。
見あげるばかりの、実に立派な偉丈夫であった。
黒く短いダブルブレストの上着に、黒のズボンに黒革の長靴。
意匠こそ戦時中のドイツ戦車兵制服に似ていた。
だが、色合いと言い、徽章や勲章の配置と言い、武装親衛隊の黒い制服を思い起こさせた。
ソ連の政府機関紙「イズベスチヤ」紙上において、「武装親衛隊の再来」と評されるほど。
ソ連のプロパガンダ宣伝のも、仕方のない事であろう。
西ドイツ軍では珍しく、短剣やサーベルを帯びていることが許された部隊であった。
戦後の西ドイツ軍では、ナチス時代の反省として、銃剣、サーベルなどの刀剣類はすべて廃止。
精々許されるのは、バターを切るための十徳ナイフぐらいで、格闘用の短剣さえ忌避された。
その為、プロイセン王国の騎兵を手本とした第44戦術機甲大隊の文化は、極めて異質。
現代人として、ナチスにさほど忌避感のないマサキでさえ、黒の制服には驚くほどであった。
「まず……お掛け下さい」
ドリスの夫を名乗る男は、胸の前で、サラリとパイプを出して、火をつける。
ラムリキュールと柑橘の香を放つ紫煙を燻らしながら、徐々と語りだした。
男の話では、彼は代々地方貴族の出で、爵位は男爵。
半年前に、第44戦術機甲大隊に配属になったドリスと知り合い、結婚したのだという。
1972年以前は、オランダのライデン大学で日本研究をしてたと言う人物だった。
BETA戦争が起きてから、新設されたドイツ連邦軍大学に入り、正規の将校教育を受けたという。
自己紹介を終えた後、自然と話は、日本に関することに向かった。
BETA戦争での日本の事やら、富士山や松島と言った景勝地に関するなどである。
その内、黙っていたドリスが、マサキの気になるようなことを言った。
日本の帝室に関してのことである。
「前の戦争で負けた後、皇帝はどちらにいられますか。
退位されて、どこか外国にお逃げ遊ばされたという話を、寡聞にして知りませんので……」
欧州では、いや世界では敗戦国の君主の扱いは、惨めだった。
ドイツのカイザーは、ともかく。
オーストリーハンガリー帝国、イタリアやルーマニアの王室もみな、追放の憂き目にあった。
敗戦こそしなかったオランダ、デンマーク、スエーデンの王室は、占領に際して海外に避難した。
だから、米国に7年の間占領されている日本の皇室は、滅びたものばかり。
そう思って、ドリスは尋ねたのだ。
「
ドリスは一瞬、驚きの表情を浮かべ、口を開ける。
欧州の歴史では、世界の常識では考えられない。
キルケは何気なく、マサキに帝室の歴史について聞いた。
それは全く歴史を知らない子供の質問だったが、マサキを興奮させるには十分だった。
「今は、何個目の王朝なの?」
その言葉は、マサキの次の行動の発火点だった。
変に上ずった声に、東洋人の興奮の度合いが強く表れていた。
「日本は、
俺たち、日本人は、ずっと帝室と共に生きてきた」
そしてマサキは、
彼の口調は、学者というより老人が孫に歴史を語って聞かせる態度に似ていた。
いきなり近代の話をするのではなく、古代から江戸時代までの大まかな事を教えた。
ドリスが出した赤ワインも、マサキを饒舌にするのに手を貸したようだった。
キルケも、ドリスに勧められて、ワインを飲んだ。
マサキの話が終わるころには、目が回るぐらいに酔っていた。
それまで黙っていたドリスの夫である男爵は、何と思ったか。
われから先にマサキの杯に酒を注いで、愛想よくこう話しかけた。
「今までのご説明は、よくわかりました。
ただ一つ、疑問が残るのです。
貴方は何者で……狙いは何だと」
男爵が手酌をしたのを見ては、マサキも杯を受けないわけにゆかなかった。
またその愛想笑いに対して、にべもない宿意を以てむくうほど小心にして正直な彼でもなかった。
「俺は日本人の科学者さ……
全てが嫌になって、ゼオライマーを作ったといえば信用してもらえるかな」
しかし、マサキの表情はこれまでよりも更に冷徹だった。
科学者というより、戦士のそれに近かった。
「日本は、万世一系の皇帝を頂く王制の国だ。
戦争で勝てぬと見ると講和を結んだのは、この国体を守るためだ。
完全な武装放棄とともに、国体を守ることを米国から許された」
初めのほどは、ドリスもキルケも余り良い顔はしていなかった。
しかしマサキが、まったく他意はない様子で、ひたすら今夕の事情を
やがて、ドリスの夫である男爵は、ぷッつり言った。
まるで、話に飽きてきた様に。
「過去の事を聞いても、始まらん。
貴方の考えは、どうなのだ」
これが何より、男の言いたかったことかも知れない。
マサキは、キルケの横顔を見てから、またドリスの面をじっと見入っている。
「フハハハハ」
マサキは、他人事みたいに笑った。
言葉を切ると、タバコに火をつける。
「この木原マサキという男が、何を考えて、何をしようとしているのか。
マサキは、こういって、2、3
自分のゼオライマー建造の動機やら、昔の思い出を、むしろ愉しげにである。
「日本という極東に、ちっぽけな国が経済という力で膨れ上がった。
いつの日か、必ず、日本は世界中の標的にされる。
平和ボケをした今の日本には、その抵抗力はない」
マサキはまた、こうもいう。
「この世界とて同じこと……
今の日本なら一気に攻め込める」
彼の眼には、やがて、マサキの
「俺は起こるべき事態に備えて、いくつかの布石を打つことにした。
秘密裏に核戦力を保持することと、核に比類する兵器の開発だ。
原子核破壊砲と、次元連結システムの開発だ」
ドリスは、その仰々しい武器の名前からして、何かふッと、胸が騒いだ。
「原子核破壊砲……?」
「原子核破壊砲は、文字通り、相手の原子核を根底から破壊する兵器だ。
原子を構成する中性子と陽子のバランスを崩し、放射性崩壊を引き起こさせる兵器だ」
「私には難しい科学の事はさっぱりだ。
もっと簡単に説明してくれ」
ドリスは、重ねて原子核破壊砲の説明を求めた。
マサキは、ひるみなく答えた。
「よかろう。
この光線を浴びたものは、その場で目に見えない原子単位で分解してしまう。
その気になれば、敵対する国の人間だけを消して、相手の国土を無傷で手に入れられる兵器だ」
男爵は吠えるように、マサキに問いただした。
「そんな恐ろしい兵器を何処で使おうというのだね」
そうした危惧を、心理を、マサキも充分知って知りぬいていたろう。
すると、笑って言った。
「使うのではない。
持っていることこそが、それだけで力になる」
マサキの態度は、一歩も譲っているのではなかった。
男爵は、黙るほかなく、しばし首をたれてしまった。
悪の天才科学者の、
ドリスには、そう聞えた。
「中ソがなぜ国民生活を犠牲にして、核保有を急いだのか。
英仏が、強大な軍事力と引き換えに、核配備を進めたのか。
それは、核という武器があってこそ、初めて独立国として振舞えるからだ」
マサキは、胸の奥底にはある
この時、語気にちらと、掻き立ててみせた。
「敗戦の恥辱にまみえた日本が何故、その国体を維持できたか。
米国が君主制に憧憬を抱き、わずかばかりの仏心をみせたからではない。
日本という、不沈空母を欲したからだ。
世界の中における、極東最大の自由国家という場所に、軍事拠点を置きたかった」
聞きてのキルケには、まんざら、そうばかりとも思えない。
日米間のあつれきも、相当ひどいものと聞いている。
多分にそれらの感情もあるだろう。
「日本が真に自立するためには、相手に左右されない戦力を持つ必要がある。
そこで、俺は天のゼオライマーを建造し、来るべき時に備えることとしたのだ!
こう、結んでマサキは、持っていた煙草に火をつけた。
「そのかぎりでは、俺が、危険な科学者と呼ばれても致し方あるまい」
マサキの言も、初めは、ちょっと
だが、キルケは、彼の無造作な言葉の
彼女の中に久しくいじけたままで眠っていた、本来の自分。
それが、マサキの声に、呼び醒まされていた事にも気がついた。
歓迎の宴は深更まで続き、キルケは酒に酔いつぶれて、眠ってしまった。
白人種のキルケは、決して酒に弱い方ではない。
今までに経験したことのないような連日の逃避行の疲労から、深い眠りについてしまった。
マサキは、このような歓待に乗じて、旨酒に媚薬や眠り薬を入れる手段を想定した。
そこで、密かにビタミン剤を飲んで、酔いを緩和していたのだ。
敵の陰謀や暗殺隊という物は、決まって深夜に動き出すものである。
前の世界での、KGBによるアフガン書記長暗殺事件*4も夕方から夜半だった。
ザイン城の近くに、渋いブルーグレーの車が止まった。
車種はメルセデス・ベンツの280SEセダン。
運転していたのは東洋人で、運転席と、助手席にそれぞれ一人づつ乗っていた。
「私は、大使館に連絡する。
君は、あの城の中に潜入して、偵察を頼む」
「分かりました」
そうして外套姿の男は、自動車電話をとった。
受話器を取り、ダイヤルを回す。
「もしもし、私です。
これから白銀君と、ザイン城をあたります」
受話器の向こうの相手は、短く返答した。
「そうか。
気を付けて、木原を確保しろ」
「では大尉殿、了解しました」
午前2時ごろ、ザイン城の邸宅にある呼び鈴がなった。
ドリスがドアを開けると、そこには東洋人の男が二人立っていた。
「あの失礼ですけど、こんな夜更けに、どちら様ですか」
目の前に立つ男は、真夏の夜というのに、分厚いトレンチコート。
後ろの若い男は、半袖のシャンブレーシャツに、裾がラッパのように広がったズボン。
若い男が履いていたのは、ベルボトムと言われるジーンズ。
米海軍の作業服が起源で、ラッパズボンという名と共に、1970年代に流行した。
主にヒッピーなど若者が好んで身に着け、良識ある人々の眉を
「私が主人ですが、要件は何ですか」
男爵は、煙草入れからパイプに煙草を詰めながら、外套姿の男にこう尋ねた。
男は右手を出しながら、答える。
「要件はただ一つ。
ここに滞在している男を、私たちに引き合わせたまえ」
あまりの言葉に、ドリスと男爵は驚愕した。
姿と言い、言動と言い、まともな男ではない。
これはおそらく薬物中毒か、ヒッピーだと、彼らは結論付けた。
「藪から棒に、何を言い出すんだ。
君たちは、
外套姿の男は、机の上にある1000マルク紙幣の束を取る。
弄ぶようにして、金額を数えながら、
「ふむ、500万マルクか。
こいつは大金だな……まあよかろう」
男は、不敵の笑みを浮かべながら、男爵の方を向く。
「木原君は、この家のどこかだな。
よし家探しをさせてもらおうか」
男爵にも、これは、ちょッと
本気か、
「冗談を言うな。
勝手な真似はさせんぞ!」
男爵は、ちょっとイライラした様子で返した。
外套姿の男は、不気味な笑いを浮かべつつも、男爵の目をねめつける。
「私が冗談を言っていると思うか!
本当に怪我をしたいのか」
飛び出した男の手には、箒の柄に似た木製の銃把が付いたブルーイング仕上げの自動拳銃。
モーゼル・シュネルフォイヤーで知られる、M172自動拳銃である。
「何時までも、勝手な真似はさせんぞ」
男爵は、腰のホルスターに手を書けようとする。
そしてもう一人の男の動きを見て、手をホルスターから離した。
「あッ……」
後ろに立つもう一人の男の手には、フォアグリップとドラムマガジンのついた短機関銃。
シカゴ・タイプライターといった通称を持つ、M1928トンプソン・サブマシンガンである。
男爵は、自分の妻に危害が及ぶのを恐れ、止む無く銃を持つのを諦めたのだ。
「手荒いのは我慢してもらおう。
それが、我々の務めだからな」
その内、物音に気が付いたマサキがドアの向こうから出てきた。
途端にあきれ顔になったマサキは、こう言い放つ。
「よせ、そいつらは俺の仲間だ」
その時、ドリスと男爵は顔を見合わせた。
場所を大広間に移して、話し合いが行われた。
マサキの話は、こうだった。
外套姿の男はマサキの仲間で、所要があって自分たちと別行動をしていた。
そして、マサキとキルケの事を迎えに来たという。
事情を知らないドリスと男爵は、彼らを左翼系の過激派だと
マサキが来なかったら、流血の事態は避けられなかったとも……
「ハハハハ、そういう訳だったのか。
そいつは、どうも気の毒にな!」
マサキは、腹を抱えて笑い止まないのである。
むっとした男爵が顔を向けると、マサキはなお笑って答えた。
「さっきは、相当手荒いやり方で入って来たらしいな」
マサキが
「いや、どうも申し訳ございません。
実は事情があったのです」
男は、平謝りに詫びいった。
「改めて紹介しましょう。
私は鎧衣左近、東京から来たビジネスマンさ。
こっちの彼は、白銀君だ」
「
こんどは、ドリスの方がほんとに怒ってしまう。
そしてマサキを、普通の礼儀を知らない馬鹿者と見なした。
「以後、こういう事がないように気を付けてください!」
ドリスの怒りも、もっともである。
興奮して言う彼女に、笑って答えた。
「まあ、夜に機関銃を持ってくるのは強盗か、左翼のテロリストぐらいだからな。
用心には越したことはないか。フハハハハ」
CIAからの電報は、即座に内閣調査室から帝都城に伝えられた。
急遽そこで、五摂家および政府首脳による臨時の閣議が行われていた。
「西ドイツ滞在中の二人がな……」
「ああ……CIAがファックスを突然送付してきた」
「西ドイツ政府の動向は!」
「ドイツ連邦検察庁が逮捕状を請求したとの、ミュンヘン総領事館から報告が上がっております」
「
口々に好き勝手な事を言う閣僚たち。
そこに、首相が口をはさんだ。
「西ドイツ大使には、連絡しておいたのか」
外相が、短く答えた。
「はい、近くの観光ホテル*5に待たせております」
官房長官は紫煙を燻らせながら、ぼやいた。
「いずれにせよ、西ドイツで、何かが、起こっているわけだ」
「あとは、殿下にお任せするしかないか……」
翌日の早暁、駐日・西ドイツ大使が帝都城に招かれていた。
二条城の
事実上、日本帝国六十有余州を差配する征夷大将軍と面会するという事は非常時である。
その様に、彼が認識していた為であった。
「日本
駐日・西ドイツ大使は、呼びかけと同時に畳に平伏した。
元枢府では、江戸幕府の行儀作法がそのまま継承されることとなった。
そのため、将軍からの声掛けがあるまでは、如何に大臣と言えども顔を上げてはならなかった。
「殿下の、お成り~」
入室を知らせる太鼓の音とともに、畳の上を衣擦れする音が聞こえる。
大使は、一旦平伏し、両手で畳をついた。
着席する気配があると、そこから声が聞こえた。
「面を上げるが良い」
聞き覚えのある若い男の声。
将軍の声掛けで、大使は顔を上げる。
まもなく日本語で、大使は型通りの挨拶を伝えた。
「殿下には、ご機嫌
「西ドイツ大使も変わりなく、何よりだ」
将軍の格好は、紋付き袴姿であるが、夏用の
これは、前政権である江戸幕府の慣習を踏襲したものであった。
「これもひとえに、殿下の御配慮のおかげかと。
日独友好の観点から、
将軍は、たどたどしい大使の受け答えを受けて、一度、相好を崩した。
再び険しい表情に戻ると、詰問調で大使に呼びかけた。
「さて大使。
すでに聞き及ぶと思うが、わが国の軍関係者が、貴国で害されてのう。
正に
「はい。
車中で耳に致しておりますが、一体どこの何者による仕業かと、驚きいる次第にて……」
「どうやら、バイエルン州で遭難したという情報省の報告が届いておる。
ハンブルクの西ドイツ領事の推測によれば……
襲撃者の一団は、もしや、政府機関の一部らしいではないかと申して居る」
大使は立ち上がると、将軍の方を向いて、
「しばらく!」
将軍は彼の方を向いて、真剣に話を聞き入った。
「これは、殿下のお言葉とは思えませぬ。
連邦政府の職員が、どうして友邦の日本に弓引きましょうか!
それに、ドイツ連邦軍は木原博士の件を通じて、帝国陸海軍に全面的に協力をしている所存です。
その連邦政府の名を名乗るものは、不届き千万!
お許しを
将軍は、感心したような声を上げる。
「ほほう、西ドイツの手で成敗を!」
大使は、内心の不安を隠しながら、平然と続けた。
「
また当然の事かと」
将軍は、満足したかのように答えた。
「西ドイツを代表する駐箚大使のおこと*6がそう申されるのも、無理からぬところ。
よかろう、存分になされい」
大使は、恭しく武家の棟梁の前にかしづく。
「ありがたき幸せに、存じ上げまする」
大使と将軍の面会は、問題なく終わった。
今回の話はPCゲーム「シュヴァルツェスマーケン 殉教者たち」の初回特典小説を参考にして作った話です。
ドリスは特典小説の「幸せでありますように」にしか出てこないキャラクターです。
今回、試験的に地図を入れてみることにしました。
これに関するご感想いただければ、幸いです。
簡単な諜報機関の組織図に関して
-
KGBやシュタージの組織図が欲しい
-
挿絵や図表は不要
-
著者に一任する