冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
その成否とは……
ソ連が何故、巨額の資金を投じた東欧諸国を易々と見捨てたのか。
それは、ゼオライマーによる攻撃を恐れたに他ならない。
マサキが日米両政府に公開した木星と土星の核飽和攻撃は、秘密裏にKGBの手に渡っていた。
それを見たチェルネンコ議長は、木原マサキという人物の手によってソ連が核の炎で焼かれるのを恐れたのだ。
そこで、東欧諸国の反乱を放置して、独立させる代わりに、ソ連を守ろうと考えた。
30有余年前の大戦争を知る人物として、核戦争は何としても回避せざるを得ない。
彼らなりに、考えた末の結論だった。
東京サミットを翌日に迎えたこの日、中ソ国境のハンカ湖*1東岸にある別荘にKGB指導部が集まっていた。
これは狩猟好きのブレジネフのために、KGBが立てたアムール虎狩り用の別荘であった。
なおソ連では1956年以降、虎狩りは国法で禁じられていた。
「しかし同志長官、驚きましたな。
東京サミットの座上で、東独のNATO参加を認めさせ、我々を満座の笑いものにしようとは。
全く腐った帝国主義者の
「黄色い猿をなめてはいかん」
KGB長官は露骨に不快の色を示した。
「我々は、木原という日本野郎に何度も煮え湯を飲まされてきた。
今度の東独議長訪問は単なる偽装にしかすぎん」
「木原とゼオライマーの、次の動きの兆候はないか」
「今の所はございません。
ですが気になることがございます」
「どうした」
「実は……その個人的な情報源から得たのですが……」
「では話したまえ」
「実は、シベリア開発に参加していた
KGB長官の口調は、重重しいものだった。
「不幸な事件だった」
「その事件の現場近くで、木原を見たという話が持ち込まれたのです」
「すると銃撃事件は、木原が関係していると」
「或いは関係ないのかもしれませんが……」
「例のロケット発射は、いつかね」
「来週になるかと……」
男は、部下の質問に
「特別部に手配して、明日のサミットにぶつけるように指示したまえ。
木原の関心を大野と穂積に向けているときに、ロケットを飛ばせ」
「彼らは、KGBの有益な情報源です。
見捨てろというのですか……」
KGB第一局長は、諜報員の質問に答えた。
「役に立つ馬鹿は、いつでも補充出来る。
だが我等の秘密作戦が日本側に露見した事実の方が危険だ。
我らが進めている新計画が白日の下にさらされてみろ……」
男は言葉を切ると、口付きたばこのカズベックに火をつける。
「それこそ、ESP兵士の時と違って、世界各国から非難を浴びる。
穂積の件は、彼もろともその計画は廃棄する」
第一局長は、東洋学研究所の所長の方を向いて答えた。
東洋学研究所は、引退したKGBスパイが行く隠居所の一つだった。
「どうせ、アンドロポフの手垢のついた工作だ。
代が私に代わった今、そんな危険な作戦は必要なくなった」
第一局長は、吐き捨てるように答えた。
マサキに煮え湯を飲まされてきたものとしては、当然の態度だった。
「そうよのう、穂積にはサミット会場で死んでもらうことにしよう。
そうすれば日本側は警備面の失敗で、国際的な信用を失う」
再びKGB長官が口を開いた。
「すぐに腕の立つ人物を用意しなさい」
ソ連はこれまでの外交上の失点を取り戻すべく、二つの作戦を行うことにした。
一つは、東欧諸国の独立を認めることで、欧州の警戒を和らげる政策である。
この政策の真の目的は、欧州に置いた通常戦力を極東に移動し、日米との決戦に備えるための準備だった。
二つ目は、月面への核飽和攻撃の実施である。
米国に先んじて、ハイヴを制圧し、G元素をソ連の手中に収めるという物である。
ソ連は、G元素爆弾の威力を畏れ、この新兵器を一日も早く実用化したかったのだ。
G7各国が東京サミットの交渉の準備をしていた頃。
ソ連は月面に向けて、大規模な宇宙艦隊を発進させていた。
世界第二位を誇る宇宙艦隊は、実に
装甲駆逐艦22隻、装甲ミサイル巡洋艦30隻。
装甲駆逐艦という名前だが、実際は60メートルほどの大型シャトルである。
152ミリのD-20榴弾砲を2門装備し、核砲弾を1分間に6発発射可能であった。
装甲ミサイル艦は、エネルギアロケットに開閉式のミサイルランチャーを搭載した宇宙船である。
ソ連独自の武装で、40門のミサイルランチャーから9K33ミサイルを発射可能。
BETA戦争の為、30隻ほどで配備が終了したが、計画では120隻を作る予定であった。
その他に、戦術機や貨物を輸送するスペースシャトル・ブラン、24隻。
白い色をしており、スペースシャトル・オービタに酷似した形をしている。
スペースシャトル・ブランに関して、ご存じではない読者も多いであろう。
ここで著者からの、簡単な説明を許されたい。
ブランは、旧ソ連が国家の威信をかけて開発した再利用型宇宙船である。
スペースシャトルと同じ形から、ソ連のスペースシャトルとも称された。
だが、構造は似て非なるものだった。
米国のスペースシャトル・オービターと違い、燃料タンクを内部に搭載していなかった。
メインブースターがないため、自立飛行こそ出来なかったものの、誘爆事故を未然に防げた。
その為、外部ロケットを切り離した後は、姿勢制御エンジンなどを用いて自力で帰還するしかなかった。
また相違点として、操縦席に、射出座席を搭載していた。
非常時には、機内から脱出できる。
米国の宇宙船よりソ連の宇宙船の方が非常に高い安全性を備えていたのだ。
ブランは、我々の世界で紙上の計画で終わった幻の機体である。
試験機を含め、3機ほど作られたが、終ぞ宇宙に行くことなく終わってしまった。
だが、この異世界では、米ソの宇宙開発競争で、すでに実用化されていた。
ソ連宇宙艦隊の旗艦「ヤロスラブリ」
その艦内で、宇宙艦隊の幕僚たちが密議を凝らしていた。
「同志諸君、ワシントンにいるGRU工作員の話によれば、今、米国で兵士100名を訓練中だ。
その他に英国でNATO諸国の精鋭30名の選抜試験が行われている……」
「今回の東京サミットに合わせ、花火大会をすると同志議長がお申し出になられたのは、日米への牽制だ。
日本野郎が驚いているの間に、わがソ連の精鋭で月面降下を成功させる」
「まず手始めとして、核を搭載したS300によって月面の地表を爆撃した後、落下傘降下をする。
損害を考えて、
ロシアは長い歴史の中で囚人兵というのは一般的であった。
その起源は、300年に及ぶ蒙古の
12世紀に蒙古高原より打って出たジンギスカン。
彼の軍勢は、国から国を渡り歩き、殺戮と略奪を繰り返してきた。
その尖兵となったのは、征服した国々の捕囚であった。
竹崎季長などの九州武士の活躍で、有名な文永の役と弘安の役の際も、主力部隊は捕囚だった。
日本征服をけしかけた高麗ばかりではなく、蒙古に滅ぼされた南宋の兵士も多かった。
蒙古により国家の基礎を作ったロシア国家もまた、同様に囚人を重要視した。
囚人や捕虜を集めて、労働力や外国との戦争の『
30隻のミサイル巡洋艦から、一斉に1200発の9K33ミサイルが発射される。
そのすべてが特殊改造をされた核搭載型だった。
数秒後、夜空に最初の爆発が起こる。
暗い月面を連続した閃光で照らした。
30万を超えるBETAの大群は、閃光と共に弾き飛ばされ、続いてその周囲にある様々なものが蒸発する。
爆風や熱は、10万体以上のBETAを即死させた。
装甲駆逐艦22隻に搭載された152ミリ砲が、一斉に砲門を開く。
2.5キロトン*2の威力がある152ミリ核砲弾44発が、月に向かって斉射された。
最初に核攻撃の洗礼を浴びたのは、月の静かの海である。
史実のこの場所は、アポロ計画によって、人類が初めて月面着陸をした場所であった。
だが今は、ルナ・ゼロ・ハイヴがそそり立つ化け物の巣だった。
44発の砲弾の内、確実に爆発したのは38発だった。
かつての国連月面基地に、直撃弾が落ちる。
この基地では、3年間の月面防衛戦で数百名の隊員が戦死し、大きな墓標となっていた。
月面に閃光が煌めいた。
次の瞬間、静かの海にあった月面基地の一部は蒸発し、鉄骨を残して、BETAもろとも吹き飛ぶ。
衝撃波によって爆心地に生じた一時的な真空状態。
間もなく、きのこの形をした独特の爆炎が上がる。
この世の終わりのような光景。
それでも関わらず、ソ連艦隊は続けて、1200発の核ミサイルを再度発射する。
ミサイルの作動は85パーセントだったが、月面の敵を一掃することはできた。
米軍基地は跡形もなく消え去り、爆風が吹きすさぶ。
月面攻撃隊司令は口元をゆがめる。
攻撃の効果は完璧だ。
あれほど恐れられていた100万のBETAは、ものの5分で消え去った。
ただ気になるのは光線級の存在だ。
だがどれほど偵察をしても、その存在は認められない。
ルナゼロハイヴの方面に逃げだしているBETAの生き残りにも、それらしき影はなかった。
男は、口つきタバコのカズベックを取り出すと、火をつける。
とりあえず、あとは、G元素の確保だけだ。
戦術機に乗った囚人兵300名をハイヴの中に送り込ませるという簡単な仕事だ。
男は紫煙を吐き出すと、安心したかのように不敵の笑みを浮かべるのだった。
ソ連艦隊の旗艦、ヤロスラヴリ。
その艦内では、攻撃の中核を担う戦術機部隊の会合が開かれようとしていた。
「総員集合!」
中隊長の掛け声の元、300名の特別攻撃隊隊員が一斉に整列する。
皆が真新しいM69野戦服を着ているが、軍人のそれには見えなかった。
北ベトナム製の、粗悪な縫製の制服というのもあろう。
染料の問題で、上着とズボンは著しく色が違く、迷彩効果はほとんどなかった。
「ずいぶん無理をして、編成したようだな」
カザフ帰りの中隊長は言った。
ロシア人らしくほぼ無表情のまま、兵士たちを見つめる。
「ええ」
アルメニア人の伍長は、表情を崩さずに答えた。
彼が対面している兵士は、恐るべき第7親衛空挺師団の兵士とはどうしても思えなかった。
ロシア人だけあって体格は大きいが、表情はあきらかに子供だった。
男は、着古しの
ハンガリー動乱とチェコ事件を制圧した、あの第7親衛空挺師団でも、この体たらく。
もし
ソ連政府がG元素という物に固執するのも分かる気がした。
ソ連赤軍の内、精鋭は激戦が伝えられたカザフに送り込まれ、空挺師団からも少ない数が出された。
その多くはカザフに行って、二度と帰ってこなかった。
その欠員を埋めたのは、
「
力強い命令と共に、300名の特別攻撃隊は一斉に動き始めた。
月面の平原にある静かの海を、20台の月面探査車が進む。
車に
この船外活動ユニットを兼ねた宇宙服は、既製品でも、基本的に体に合わせた装備である。
重さ100キロに達し、地上の6分の一の月面でも歩行は非常に労力のいる服だった。
宇宙服の他に、RPK軽機関銃と500発の弾薬、その他にRPG7などの対戦車砲を個人装備としてつけていた。
ハーディマンなどの強化外骨格も検討されたが、武器弾薬を多く運ぶ都合上、除外された。
静寂に包まれた月面を、100の機影が北に向かっている。
彼らが目指すのは、アポロ計画で月面着陸をした静かの海の近くにある大空洞だ。
ソ連赤軍の灰色の塗装をしたバラライカは、10機ずつ、2列の
その後方から、新型のMIG-23が、ゆっくりとした速度で部隊を追いかける。
この新型機は、ミグ設計局で作られた試作機で、KGBとスペツナズ向けに特別配備されたものである。
「中隊長、敵はどうですか。
自分は、まだ心構えが……」
副官を務める少年団員の一人が、不安げな表情のまま、中隊長の男に訊ねた。
男は、網膜投射に映る少年兵の方に力ない瞳を向けながら、答えた。
「大丈夫、すぐに慣れるさ」
「はあ……」
少年兵はいささか力の抜けた返事を返した。
「すぐに慣れるさ……」
間もなく彼らは、例の大空洞に近づいた。
ここはルナ・ゼロ・ハイヴの構造物があったところで、事前の砲爆撃で構造物の8割が吹き飛んでいた。
前方には火焔煙や巻き上げられた土埃がわだかまっている。
炎の下は視認できず、何が起きたかわからない。
だが、これまで得られた対BETA戦での戦訓から、はっきりした事がある。
地獄さながらの砲爆撃を浴びても、それだけで敵が壊滅するという事はない事だ。
殊に、BETAは頑強であり、地中に隠れる術に長けている。
ソ連は、中央アジアで血みどろの撤退戦を経験したことがある為、BETAのしぶとさはよく理解している。
不意に前方の丘から土煙が上がった。
丘やクレーターの窪みの中から、多数のBETAが出現した。
その多くは戦車級だが、要塞級や、突撃級が相当数混じっている。
それらが、足を駆り、体を揺すって、土煙を上げ、全速で突進してくる。
距離は近い。
先頭のF4Rと要塞級の距離は、すでに1000メートルを切っている。
「全車、停止!」
この直前まで移動していた戦術機の部隊は停止した。
突っ込んでくる戦車級や突撃級に、57ミリ支援突撃砲の標準を合わせる。
バラライカの20ミリ突撃砲が、突っ込んでくるBETAに狙いを定める。
「火線を開け!」
「
号令と共に、各機のパイロットが引き金を引く。
57ミリ砲の砲口に閃光がほとばしり、強烈な砲声が大地を響かせる。
月面探検車に、跨乗する特別攻撃隊員の全身に衝撃が走る。
外れた弾は地面をえぐり、殷々とした砲声が木霊する。
57ミリ弾の直撃を食らった要塞級は、血しぶきを上げて、爆砕された。
F4Rには、土埃と共に、BETAの血煙がパアっと吹きかかる。
少年団の兵士が
光線級の姿が見えないことから、存在しないと過信したための行動であった。
105ミリ砲弾を雨霰とBETAの大群に浴びせかけ、BETAの進撃を足止めしようとする。
ナパームを食らって火だるまになる要塞級を無視するかの如く、突撃級は遮二無二にソ連軍に迫る。
BETAは、爆砕されても、叩かれても、距離を詰めてくる。
どちらが優勢なのか、少年兵にはわからない。
突然、大空洞の中から火線が上がった。
閃光が闇を切り裂いて、空中に駆け上がり、爆音が轟く。
「ま、まさか光線級!」
空洞から姿を現したそれは、巨大だった。
パッと見たところ、要塞級の倍ほどの大きさがあり、三本の突起からは高速でレーザーを発射してくる。
チャージ時間は、見たところ、1秒もない。
中隊長の男は、乗機のバラライカを岩陰に移し、機内にある敵識別のカタログを取る。
太ももの上で、カタログを広げると、急いで目の前のBETAを確認した。
その本は、ブルジョア
目の前の敵の事を探したが、どこにも載っていない。
「こいつは、新種だ!」
男の態度は、少年兵たちに絶望感を抱かせてた。
数台の戦術機が機首を後方に向けると、跳躍した。
一本の光線がバラライカに照射される。
閃光が通り抜けた直後、機体に火焔が起こった。
炎が広がった瞬間、爆音が響き、火の粉が飛び散る。
「馬鹿野郎!なんてことしやがる」
男は大音声で叫んだ!
「総員!転進」
こうなった以上、軌道上にある駆逐艦から核ミサイルを撃ち込んでもらう以外方法はない。
火器を動員して、この場から切り抜けるだけだ。
「中隊各機へ、ありったけの弾をくれてやれ。
緊急避難先に転進だ。以上」
「了解。これより転進を開始する。以上」
各機から一斉に返事が返ってくる。
それぞれの機関砲から、火山弾のように砲火をまき散らしながら、中隊は反転した。
後退する機体に対して、巨大なBETAは水兵射撃をして来た。
撤退中の何機かはレーザーの直撃を食らい、
続いて、57ミリ砲を持ったF4Rに爆発光が走り、火災によって暗闇の中にその姿を浮かび上がらせる。
「全機!出力最大で逃げろ」
各機が機体の出力を上げ始めた瞬間、前方から新たな大型BETAが突っ込んできた。
突撃級に砲身の様なものを付けたもので、堅い物体で出来た弾の様なものを飛ばして来る。
男が目を大きく見開いた瞬間、これまでにない衝撃が機体を襲う。
男は意識を失う直前、微笑を浮かべた。
1人の
これで、あの世で待つ息子と妻に顔向けできる。
次の瞬間、その五体はバラライカの管制ユニットと共に爆砕され、炎に焼き尽くされた。
中隊長の機体が燃え盛るころ、生き残った部隊は必死の行動に出た。
戦闘で損傷した機体が盾になって、無事な戦術機を脱出させようと抵抗を続けた。
砲撃の間隙を縫って、数台のバラライカがMIG-23を庇う様に駆け抜けていく。
それを見送った機体は、自爆装置を起動させる準備をした。
この新型のBETAもろとも、小型核の爆薬で吹き飛ばせば、仲間は逃げられる。
機体を操縦するアルメニア人の伍長は、腰にある雑嚢から折れ曲がった紙巻煙草を取り出す。
もしもの時にとっておいたフィルター付きタバコで、銘柄はウィンストンだった。
伍長は戦闘の間我慢していたタバコを咥えると、火をつけた。
最期の一服とはこんなものかと考えながら、核ミサイルの点火装置に指を置く。
残存したバラライカは、急いでエネルギアロケットに乗り込むと、月面を後にする。
その直後、大平原の静かの海は、核の火焔によって赤々と照らされ、真昼のように明るくなった。
上空では、待機していたロケット部隊や駆逐艦が一気に戦域から離脱し始めた。
こうして、ソ連の特別攻撃隊は、MIG-23と数機のバラライカを残して、全滅した。
ご感想お待ちしております。
ソ連の今後に関して
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核不使用の軍隊
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体制そのままに資源50パーセントオフ
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一億総懺悔
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クーデター