冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
一方、絶え間ない東西間の軍拡競争に、アイリスディーナは不安を覚えるのであった。
今回のサミットは、日本で初開催という事もあり、大規模なものだった。
大企業の社長や国会議員では足りなく、学者や軍人まで動員した。
その為、本来なら事前審査で弾かれるような人物までもが入り込むという異常事態になっていた。
こういう事情を大いに利用する人種も、またいた。
スパイや諜報員という闇の世界の住人である。
鎧衣は、会場外にある報道センターにいた。
各国の報道陣に紛れ、さも関係者の様な顔をして、会場の中を映す大画面のテレビジョンを見ていた。
見ただけで分かるスパイがかなりいることに、彼は内心驚いていた。
CNNの特派員をよそおった顔なじみのCIA工作員や、「デイリーテレグラフ」記者の名目で入ったMI6。
フランスの日刊紙「ル・フィガロ」や、イタリアのTVクルーまでもが工作員と察知できた。
極左で知られる、南ドイツ新聞の記者もいるのか!
あの男は、シュタージと近いとされている話は本当なんだなと、一人考えていた。
なぜなら、南ドイツ新聞の記者は、シュタージ中佐のダウムと喫煙所でロシア語で話していたからだ。
日本にはロシア語を見聞きできる人間がいないと思って、油断したのだろう。
思わぬ収穫だった。
話の内容は、ハイネマンやミラ・ブリッジスの名前からすれば、F‐14関連であろう。
ほかに、戦術機に搭載する新型ロケットというのがはっきり聞こえたからだ。
ロシア語では、ロケットという意味はミサイルも含まれる。
だから、フェニックスミサイルであることは間違いなかった。
それまで黙っていた東ドイツの議長が口を開いた。
話しかけた相手は、米国の大統領ハリー・オラックリンである。
「
先のハンガリー動乱の件といい、12年前のチェコ事件といい、中途半端に妥協なさる点がある」
その場が、氷で包んだような冷え冷えとした空気で支配された。
傍目で見て、男の脇で通訳を務めるシュタージ中央偵察局の職員の顔色も優れないほどだった。
西ドイツの首相代理であるヴィリー・ブラントが、男を
「サミットに招待されて、その言葉はないでしょう」
「ブラントさん。
貴方が運よく、首相に返り咲いたのは、我が東ドイツにとっても幸運な事と思っております」
男の言葉に、ブラントは押し黙った。
彼が一度辞職せざるを得なかったのは、シュタージスパイのせいだからである。
こういう公式の場で、誤解を招くような事を言われては、さしものブラントも言葉がなかった。
「不幸な事件でした。
作戦を指揮したミルケも、アンドロポフも役職から離れましたから終わった話ですが」
なぜ、一度辞職したブラントが、首相に返り咲いたのか。
それは蘭王室事件の連座を問われ、ヘルムート・シュミットが内閣の総辞職させたからだ。
そして首相指名選挙が行われるまで、ブラントが代理の立場で、首相に返り咲いたのである。
「
あなた方の国は、どうしてユダヤ人や
男は、そういって話を元に戻すことにした。
「いくら票の一つとは言え、大多数の一般民衆の事を無視し過ぎではありませんか」
東独議長は皮肉たっぷりに、オラックリンに聞いた。
男の言葉に、米大統領は
「そ、それは……」
「
それなのに、ユダヤ人に
そのようでは……これから先、あなた方との関係がどうなるのか不安なのです」
ハリー・オラックリンが、ジェラルド・R・フォードとの選挙で勝った要因の一つに、少数者の票田の開拓があった。
それまで注目されていなかった東欧系ユダヤ人や、社会から疎外されていた
そのことが、半年間の選挙戦を勝利に導いた要因だった。
そういう経緯もあって、1977年1月20日の政権獲得以来、ユダヤ人票と
1978年にマサキがゼオライマーと共に、突如として共産支那に現れるまでBETA戦争が遅れる原因の一つだった。
「それは、我が国の内政問題です」
押し黙る大統領に代わって、大統領補佐官のブレジンスキーがロシア語で口をはさんできた。
ブレジンスキーのロシア語に、議長は一瞬
ブレジンスキーは、虎の尾を
義息ユルゲンの、預け先の男の言葉。
何か裏があるはずだ。
この言葉を警告として受け取った。
「そもそもドイツは、ユダヤ人への戦後
東ドイツがイスラエルに多大な
会議に同席していたヘンリー・キッシンジャー博士が、バイエルン
キッシンジャーは、ユダヤ系ドイツ人としてバイエルンに生まれ、1938年に米国に移住した人物。
1945年の終戦後、短期間だけ米軍下士官としてドイツに諜報員として滞在したことがある経験の持ち主だ。
そういう環境のせいか、
「すでに我が国における戦後賠償は、すべて解決済みであります。
ドクトル・キーシンガー」
議長は、皮肉たっぷりに訛りのないドイツ語で、キッシンジャーに言い返した。
東独政府は、1953年の協議でソ連との間では賠償放棄が確約していたからである。
またポーランドやハンガリー、チェコスロバキアとの個別交渉でもすべて解決済みであるとして、双方が賠償を放棄していた。
これは、ワルシャワ条約機構軍内のいさかいを抑えるためにソ連が行った措置であった。
そしてその立場は、1970年代初頭の西ドイツの東方外交でも維持されることとなり、賠償問題は解決を見ていた。
もっとも東ドイツの場合は、デモンタージュと呼ばれる過酷な現物賠償によって、すでに相応の金額を戦勝国に支払い済みだった。
工作機械や資材は勿論の事、有能な技術者や労働力をソ連に十二分に提供した後であった。
「では」
キッシンジャーは、デモンタージュなど知らぬとばかりに、開き直る。
大統領補佐官の彼も東独議長の言に、引けるに引けなくなっていたのだ。
「貴国への援助を止める方向で、考えるしかありませんな」
「そうなるとソ連赤軍が再びエルベ川を越えてくる事態になりますな。
三度、ジンギスカンの悲劇をご覧になりたいのですか!
そうなると困るのはあなた方ですよ」
大統領の傍にいる空軍将校の一人が、こう議長を
米国随行武官の中で、ただ1人70歳を超えており、最高齢の人物だった。
「そうでしょうか。
我が国は持てる空軍力をもって、あなた方の国土に出入りする
西ドイツ政府さえもたじろいだ、究極の戦術展開によって!」
男の名は、カーチス・エマーソン・ルメイ*2。
ドイツ全土に
後にケネディ政権下で国防長官を務めるロバート・マクナマラは、ハーバード大学助教授時代にこう評した。
「ルメイは、異常に好戦的で、多くの人が
そしてそのことを裏付けるように、世人は彼の事を、「
退役したルメイを呼び戻したのには、理由があった。
新型のG元素爆弾の
ルメイは、陸軍航空隊出身で、ケネディ政権下で空軍大将を務めた人物である。
そこで退役済みであったルメイに、白羽の矢が立ったのだ。
彼は、最後の御奉公として、喜んで軍服を着こみ、中央政界に戻ってきたのだ。
「では長期戦も
押し黙る東独議長に代わって、西ドイツ首相のブラントが、ルメイに問いただした。
ルメイは、悪魔的な笑みを浮かべ、こう答えた。
「地上兵力を送らず、爆撃を繰り返せば、短期間でカタは付きます。
BETAも同じです。新兵器さえ十分な数が揃えば、わが軍は労さずして平和を手に入れられます」
ルメイの空爆に対する考えは、一貫していた。
それは空軍力の独立と強化*3であり、先の大戦での絨毯爆撃の推進もその一つだった。
ルメイの思想的な父とされる人物に、ヘンリー・アーノルド*4元帥がいる。
彼は陸軍元帥になった後、空軍元帥になった唯一の人物である。
アーノルド元帥は、あの過酷なドレスデン空爆の提案者の一人だった。
そして日本家屋への
アーノルド元帥を過激にさせたのは、戦略爆撃という思想だった。
アーノルド元帥は、ビリー・ミッチェル*5こと、ウィリアム・ミッチェル准将から陸軍航空隊に根強くあった空軍独立運動を引き継いだ人物だった。
ビリー・ミッチェルは、米空軍の父と呼ばれる
第一次大戦前から航空隊に参加し、大戦後に今の戦略爆撃論の基礎を作った人物である。
イタリアのドゥーエ陸軍少将の影響もあって、盛んに独立した爆撃機集団の設立を説いた。
一方、1920年代後半という早い時期から戦艦不要論を説き、海軍関係者から疎まれていた。
時の大統領、カルビン・クーリッジ*7からの
不満をかこったまま、ミッチェル大佐は、56年の生涯をバーモンドの寒村で終えた。
つまり、大都市への絨毯爆撃は、アーノルドの空軍独立の為の政治的な実証実験だったのである。
そういう人物から
彼は1961年のキューバ危機の際、キューバ軍のミサイル基地に大規模な空爆を検討した人物であった。
この提案はケネディによって否定され、キューバ危機は回避されるのだが、詳しい話は後日ご紹介したい。
首脳同士の結論の出ない話を聞いていたのに
人目をはばかるようにしてアイリスディーナを連れ出し、中庭に来ていた。
周囲に誰もいないことを確認した後、アイリスディーナに声をかけた。
「アイリスディーナ、どうしたんだ。浮かない顔をして」
「ええ……」
アイリスディーナは、一瞬
しかし、
「平和のためとはいえ、大量の核戦力が必要なのでしょうか」
アイリスディーナの表情に、たくらみは見えない。
まるで子供が、
そんな風だった。
「戦争に勝つためには、仕方がないという事で作ったんだろう」
「国土を守るためなら、BETA由来の超兵器も仕方がないというんですか」
アイリスディーナの
マサキは彼女のそんな表情を見ながら、少し動揺した。
「おい、おい、何をそう怒っているんだ?
日本は、常に敵国から狙われている。
何時、強力な兵器を持った侵略者が攻めてきてもおかしくない……
そういう時のために超兵器の一つ、二つがあった方が、まず心配がない」
アイリスディーナは、マサキにじっと眼を
目が
彼女の
「侵略者がそれ以上の武器を持っていたら……」
マサキは、そっと煙草を灰皿に置くと、両手で彼女の両手を包んだ。
体から火山流が
「それを、
全身を
アイリスディーナの視線が、マサキを
「それでは、キリがないじゃありませんか。
まるで、終わりのないマラソンを続けているようで……
いつかは、血を
アイリスディーナは、じっとマサキの目を見つめながら言う。
その瞬間、マサキには彼女の目がきらりと輝いた気がした。
「そんな事を続ければ、
アイリスディーナの
何とも言えない、
こんな表情のアイリスディーナを見るのは、初めてだった。
マサキは、年下の恋人の顔を見るだけで、高ぶってくるのが実感できた。
「だが……」
そう言おうとした瞬間、視線がぶつかった。
一瞬、マサキはひるんだような表情を、アイリスディーナに見せる。
しかし、何か確固たる意志を目に浮かべ、顔を近づける。
「超兵器の開発競争だけが、国土を守る手段ではないのかもしれないな……」
マサキが突然、顔を近づけてきた。
迷いが一瞬のすきになったのであろう。
アイリスディーナは避けることが出来なかった。
唇が重なり合う。
アイリスディーナは、唇を離した。
マサキの口の間から、行き場を失ったかのように舌がこぼれ出る。
「アイリス、反戦平和の思想もお前の口からきくと、
たまにはこういう哲学的な話も、違う刺激になって楽しいものよのう」
アイリスディーナの体に、マサキの腕が回された。
マサキは、痛いほどきつく、アイリスディーナの体を抱きしめた。
アイリスディーナは、マサキの胸に顔を埋めた。
淡茶灰色の夏用一種*10から、仏教寺院で焚かれる線香のような香りがして来た。
古来より武士が愛用した
アイリスディーナは
多分、マサキ以外にされたら、嫌悪感を感じて、悲鳴を上げたであろう。
「俺は、やはり冷戦構造の中での軍拡競争というひと時の平和という方法しかないと思っている。
いずれにしても、この終わりなきマラソンを続けていれば、ソ連の方から根を上げてくるだろう。
優れた科学技術さえ見せれば、根が
マサキの言葉に、アイリスディーナはビックリしたかのように顔を上げた。
マサキの目に、冷たい目の輝きが浮かぶ。
「どうして、そんなようなことを……」
マサキは、意を決して、アイリスディーナの目を見据えた。
「俺は、自分自身と所属する国家の幸せを追求するのに、
アイリスディーナは、明らかに
マサキは、頬の端に毒のある笑みを浮かべた。
「わかってほしいな、アイリスディーナ。
俺はBETA教団の
アイリスディーナは、マサキの言葉を受けて精神的なショックを受けてしまった。
そんな気持ちを察しながらも、マサキは、己の不安を隠すかのように哄笑を漏らすのだった。
匿名でも構いません。
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