冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
マサキは渋滞を予想して、
予定よりも15分早く屋敷に着くと、時間調整を兼ねて、庭でタバコをふかし始める。
アイリスディーナは身近に喫煙者のいないので変に思わなかったが、白銀には不思議がられた。
この時代は、今の様な
乳幼児期に副流煙を原因とした
マサキは、乳児のユウヤと母親のミラに、受動喫煙の害が及ばぬに考慮しての行動だった。
アイリスディーナは、マサキが屋外でタバコを吸っているのは単に軍の規則に従ったものだと思っていた。
国家人民軍は、当時では珍しく喫煙の規則が非常に厳しい軍隊だったからだ。
社会保障費の増大を防ぐ観点から禁煙を進めており、タバコは軍の配給品に含まれていない軍隊だった。
当時の米ソ軍では、糧食と共に紙巻煙草が支給されてるのが一般的だった。
西ドイツ軍では第三帝国時代と同じ軍用煙草や、日本軍でも旧三級品が配給された。
米軍では、一食ごとに箱に入った4本のタバコが支給された。
ただし銘柄は選べず、欲しい銘柄を交換したり、現金の代わりに重宝された。
ソ連の場合は、然るべき申請の手続きを踏めば、一日50グラムほどの葉タバコ・マホルカが支給された。
軍だけではなく、警察やKGBも同様で、政治犯収容所でも申請すれば、マホルカが配給された。
白銀は、喫煙習慣がなかったが、タバコは戦場で身近なものだった。
湿度100パーセントの密林の中で過ごすのに、野戦服をタバコの葉と共に煮ることが良くあったからだ。
ニコチンの溶液を吸った野戦服は、一定の防虫効果があり、蛇除けにもなるという迷信があったからだ。
ただし、下着を付けずに直に肌に着ると、接触性の
もう一本の煙草に火を付けようとしたとき、甲高い男の声が聞こえた。
篁とも違う声で、話す内容は米国英語だった。
マサキは煙草をしまうと、その声のする方に向かった。
話し声が聞こえた場所にいたのは、背広姿の小柄な白人の男と着物姿のミラだった。
「なあ、ミラ。
私は今回の件で一週間は日本に滞在しているつもりだから、連絡をくれ。
滞在先は、京都グランドホテル*1だ」
濃紺の背広姿で金髪の男は、フランク・ハイネマンだった。
日本海軍がF‐14の試験導入をしたことを受けて、技術者として来日していた。
東京とF‐14が配備される土浦海軍航空隊基地*2を訪問した後、京都にわざわざ出向いたのだ。
マサキは、ハイネマンがミラに未練を感じて、篁の屋敷を訪れていたのではないか、と考えた。
思わず、とんでもないことに遭遇したのではないかと、頭を抱えた。
「どうしたんだね。木原君」
低い声がして振り返ると、そこには第三種夏服*3姿の篁が立っていた。
「連れのお嬢さんは……アイリスディーナさんか」
ズバリと確信をついてくる篁の言葉に、マサキはたじろいだ。
「そ、そうだが……」
篁はアイリスディーナの姿を見ると、軍帽を脱いで左わきに挟む。
「
不意なドイツ語にアイリスディーナはビックリした。
「は、はい」
「君は
そこまで言うと、篁は濃厚な視線でアイリスディーナの上から下まで見まわした。
「ここじゃ、色々と不都合だろう。
とりあえず、屋敷の中に上がりなさい」
篁は、腰に差した刀を右手に持ち換える。
これは敵意のないという証しで、帯剣する人間が最初に覚えるマナーの一つであった。
「おーい、ミラ。お客人だぞ」
玄関に入った篁が見たのは、靴を履こうとしていたハイネマンだった。
2人は一瞬戸惑うような表情を見せたが、直ぐに握手を交わした。
「日本にいつ来たんだ。一言声をかけてくれれば迎えに行ったのに!」
篁が武人らしい笑みを浮かべると、ハイネマンも控えめな笑みを浮かべた。
「私も近くに用があったからな。明後日、改めて来るよ」
篁家を後にするハイネマンを見送りながら、いつの間にかタバコに火をつけていた。
修羅場に遭遇したと思ったが、取り越し苦労であったと、マサキは内心呆れていたのであった。
篁の関心は、先ほどのハイネマンの一件ではなかった。
F‐14の秘密を知りたくて、ミラに会いに来たアイリスディーナの事だった。
ユルゲン・ベルンハルトの事は、男である自分が見ても
白雪のような肌をした、こんな可憐で、
篁の何時にない不思議な顔色に、ミラは何とも言えない感情の波につつまれた。
きっと夫はこういう美人に気が引かれることがあるのだろうと、ちょっぴり嫉妬めいた気持ちを抱いた。
そういう事を知らないマサキは、茶菓子の
氷で冷えた麦茶を上手そうに飲み干すマサキを見て、アイリスディーナは変な質問をした。
「何で木原さんは砂糖やミルクを入れずに、おいしそうに飲むんですか」
マサキは変わったことを言う娘だと思って、最初相手にしなかった。
ミラが気を利かして、冷たい麦茶を用意したのだと。
ドイツ人のアイリスディーナにとって、大麦を煮出して作る麦茶は非常識な飲み物だった。
大麦の代用コーヒーは、ドイツで貧困の代名詞とされ、客に出すのは失礼なものだった。
薄い出がらしのコーヒーを出すのと同じ意味合いで、場合によっては喧嘩になることもあった。
アメリカ人の女学者とは、風変わりな人が多いのだろうか。
そのことに関して怒ることはなかったが、ミルクと砂糖がないことが気になったのだ。
彼女の理解では、マサキが飲んでいるのはブラックのアイスコーヒという認識だった。
その為、机の上に置いてあるスティックシュガーとコーヒーミルクを入れ始めた。
「アイリスディーナ、お前は何をしている?」
アイリスディーナは顔を起こし、マサキの方を見る。
困ったような表情だった。
「アイスコーヒーですよ?何か問題でも」
何かが吹っ切れたのか。
アイリスディーナは、砂糖とミルクを入れた麦茶で唇を濡らした。
「どう、感想は?」
困惑しきったアイリスディーナの表情を、ミラが見て満足そうに聞いた。
彼女にしてみれば、生半可に知ったかぶりをされても可愛げがない。
だがアイリスディーナのように正直に告白したり、表情に表してくれると、同じ外人女性ではありながら母性本能が刺激され、色々と導いてあげたくなる気持ちになるのだ。
「少しは、感想があると思うんだけど……」
返事をうながすと、アイリスディーナは感じ入ったように答えた。
「困りました。
何が何だか、さっぱりわからなくて……」
「確かにそうよね。初めて麦茶を目にした人は驚くわよね。
私もそうだったから……」
マサキはその言葉が引っ掛かった。
ミラはアイリスディーナの事を揶揄うために麦茶を出したようだった。
アイリスディーナの事をなめるように見る篁の視線が、気に入らなかったのだろう。
マサキは、それにしても女とは貪欲なものだと思った。
その貪欲さが、ミラの雰囲気にはふさわしくないだけに、動物的なものを感じ取っていた。
厚化粧をし、薄絹の服を着た、
だがミラは、どう見ても淑やかさや清楚さを感じさせる
こと男女関係になると、男がたじろぐほど欲張りになるのだろうか。
そういう物は理解するのではなく、頭からそういうものだと割り切ることも必用なのだろう。
マサキは、自分自身が、人間関係に不勉強であることを恥じるのであった。
夕飯が出来上がるまでの間、アイリスディーナは篁夫妻と歓談を続けていた。
一緒に来ていたマサキは、自分中心の話が出来ないので、途中から転寝をするほどだった。
「どうして、ミラさんは将来が約束されていたグラナンの研究職を捨てたのですか?
あそこに残っていれば、今よりもずっと自由な暮らしが出来たでしょうに……」
とりとめのない雑談が2,30分続いた後に、アイリスディーナは、ミラの退職について問いただした。
アイリスディーナの関心は、ミラの仕事に関することではなかった。
大企業グラマンの設計師の一人である彼女が、なぜ結婚を機に引退したという事であった。
大学院卒でキャリアウーマンのミラが、いとも簡単に仕事を捨て、家庭に入ったのが受け入れられなかったのだ。
人不足の東ドイツでは、1960年代半ばから婦人の労働参加が積極的に進められていた。
1980年代末の統計では、婦人の9割近くが何かしらの労働についている状態だった。
大体の職業婦人は、既婚か、離婚歴のある場合が、一般的であった。
公務員も同じで、警察などの法執行機関や軍隊でない限り、女性は出産後も元の職場に残って働いていた。
東独政府は人口維持の観点から、出産を推奨しており、一時金を払う制度を設けていた。
そして企業などにも託児所や保育施設の設置を義務化しており、家庭に居なくても子供を育てられるようにはなっていた。
主婦はいることはいたが、大体が家庭内で内職をするような自由業者か、小規模な自営業者だった。
有閑マダムの様なものは、前近代の遺物とされ、ある種の偏見が生まれていたのだ。
ミラの表情は一瞬
その直後、笑い飛ばしながら、アイリスディーナの疑問に答えた。
「面白いことをいう子ね」
ミラは、あいまいな笑みを浮かべながら続ける。
「私が単純にタダマサと一緒になったのは、自分の将来を考えての事よ」
それに対してアイリスディーナは何も言わず、真剣に聞き入っている様子だった。
マサキは、その話を聞いて、ふと前の世界の事を思い出していた。
婦人解放運動で、本当に女性は幸せになったのであろうかと。
女性が充実したキャリアを持つには、高校は無論のこと、大学や大学院に進む必要がある。
大学を出た後、企業や公的機関に就職し、そこから結婚をして、子供を設ける。
それが日米を代表とするG7諸国の一般的なキャリアウーマンの道だ。
ただそれを行うとどんなに早くても、女性は24歳以上になってしまう。
就職して2,3年すれば、27、8歳だ。
そうすると今度は子供を持つのが必然的に遅くなる。
前の世界では30歳前後の出産が一般化したせいで、高齢出産の年齢が5歳引き上げられたほどであった。
30歳前後でも健康な子供は生めなくはないが、生める子供の数は限られてくる。
仮に就職から結婚の期間が短くても、育児資金をためるために妊娠の時期を遅らせることが考えられる。
そうすると、今度は子供より親の介護や自分自身の老後を考えるしかなくなってくる。
必然的に子供を持つ数が減ってくるという負のスパイラルに入ってくる。
先進国の
アイリスディーナがその辺に疎いのは、ソ連東欧圏という早婚の文化の中に育ったためであった。
ロシア人などは、婚姻可能な18歳前後で結婚し、若いうちに子供を産んでおく文化が一般的だ。
ただ近年は社会の変化で少子化の傾向も出てきており、第一子と第二子の年齢が10歳ほど離れているのが一般的である。
そしてある程度の年齢になると結婚していないのを異常ととらえる習慣も大きいだろう。
その為、20歳前後で結婚し、二人ほど子供を持った後、離婚するのザラだった。
ソ連や東欧の結婚制度では、余計な裁判や手続きなしに簡単に離婚できたためであった。
そして婦人の社会進出が進んでいたので、現金収入の手段が西側より多かったのもあろう。
ただしソ連の場合は、都市部の話であって、僻地や寒村では19世紀の様な状態が続いているとも聞く。
マサキは、篁とミラの結婚年齢の事は気にならなかった。
30歳の夫と27歳の妻というのは、平均的な日本人の婚姻年齢であり、また米国人の婚姻年齢であったからだ。
ただそれは2020年代の感覚である。
1970年代では、アメリカ人男性の平均結婚年齢は24歳、女性は22歳が一般的だった。
篁はともかくとして、ミラが婚姻年齢を気にしていたのはそういう事情があったのだ。
また東独では最も新しい1987年の統計でも夫25歳、妻22歳であり、世界的に25歳前後で結婚するのが普通だった。
だからアイリスディーナは、ミラが2年ほど前に結婚したと聞いて、驚いていたのだ。
早婚の文化圏に生まれ育った彼女の感覚からすれば、篁もミラも遅い結婚だった。
マサキが子供のおままごとと言っていたユルゲンとベアトリクスの結婚はよくあるもので気にならなかったのだ。
むしろ、25を超えて独身だったマライ・ハイゼンベルクなどは、東独社会では異質だった。
20歳を過ぎた女性が独身でいると、いろんな意味で変人の扱いだった。
逆に西独では初婚年齢が遅れる傾向にあった。
1989年の統計によれば、夫28歳、妻26歳だった。
妙齢のココットなどがマサキに粉をかけてきたのにはそういう理由があったのである。
東独と違い、西独では専業主婦が一般的だったので、職業婦人といえば独身が基本だった。
その為、国家公務員のキャリアウーマンなどは独身が多く、シュタージのロメオ工作員の餌食になった。
人生の大半を自己実現に使ってきた彼女たちは、シュタージ工作員の手練手管に圧倒され、簡単に協力者になった。
中には結婚詐欺に近い状況や、スパイになった事を恥じて命を絶つという事態になることも多かった。
だが大多数は自己保身のため、事件化せずに、シュタージやKGBの暗躍を許してしまう事になった。
そういう時代だったので、BND対ソ部長を務める女性がシュタージ工作員であるという悲劇が起きる遠因となった。
自由社会であった英米もまた、婦人解放運動のあらしが吹き荒れた。
それまで既婚女性の雇用が禁止されていた公務員にも雇用が認められ、男女間の不当な格差は排除される傾向にあった。
婦人参政権は1920年代にすでに実現していたが、医師や弁護士、建築士や設計士などの知識層に門戸が開かれたのは遅かった。
1970年代にはいると雪崩を打って女性がそれらの仕事に就いたが、性差別や猥褻行為は無くならなかった。
だが時代が進むと男女平等が徹底され、それまで認められていた扶養控除や出産手当が性差別とみなされるようになった。
そして、欧米の行き過ぎた性解放運動は、プロ野球やサッカーのリーグまで及んでいる。
男性のみのプロサッカーチームはおかしいとか、プロ野球に女子選手がいないのは差別といった具合である。
この流れは、
白く化粧をした共産主義である婦人解放運動を何処かで止めねば、この世界の女性の多くは不幸になるだろう。
キブツという共産主義的な共同体での実験を行ったイスラエルでさえ、職業の性差は解消できなかった。
恐らく女性が家庭に入って、家族のサポートをするのは脳の本能であると、なぜ気が付かないのか。
マサキは深い憂慮の念とともに、ため息をついた。
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