冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
ベルンハルト中尉の思わぬ問いかけに困惑するのを余所に彼は一人考える。
赤色帝国・ソ連への憎悪を胸に抱きながら……
マサキ達は、ベルリン市内の軍事施設に招かれた。
当初は、シュプレーヴァルトの森深くにあるグリューンハイデ基地に招かれる予定であった。
だが、様々な政治的横やりで変更になった。
その様に、大柄な陸軍中尉が語ったのだ。
一同の眼前に立つ中尉は、180センチを超える体躯を持つ美丈夫。
金髪碧眼の容姿から、さも神話に出て来るであろう精霊や神々を思わせる様な面。
年端の行かぬ頃であれば、妖精や天使を思わせる姿であったであろう……
若干訛りはあるが、聞き取りやすい英語を話す。
脇に立つ黒髪の少尉も、其れなりの目鼻立ちで背も低くはない。
吊るしであろう制服が体に合っており、胸板も見た所、厚い。ただ若干落ち着きが無い。
奥で、大使や駐在武官と話す灰色の髪の大柄な男。
記憶が確かならば、東独人物名簿*1にあったアルフレート・シュトラハヴィッツ少将。
チェコスロバキアの「プラハの春」*2の弾圧に参加した人物だと事前に教えられていた。
受け答えや態度を見る限り、共産主義を
しかし、ドイツ語を知らぬ振りをして聞いて居れば、目の前の男達は随分と物騒な話をしているのが分かる。
何やら帝国の制度について質問したくて仕方が無いのが、あの若い少尉達の様だ。
彼は、ここで一つその騒ぎに乗ってやる事にした。
自在に英語を話せたのは、あの中尉だけで、後は通訳を介して会話となった。
ロシア語教育の方が、この国では外語教育の比重を占め、エリートコースにロシア語は必須だ。
仮に西側に移った際、ロシア語教師は失職するであろう事が予想される。
その失業対策まで考えているのだろうか……
討議は終わると、簡単な茶会が用意された。
見た事のない焼き菓子やデザートが振舞われる。
味は、お世辞にも旨いとは言えないが、市中で買い求めた物よりは数段上。
紅茶は、グルジア産の茶葉で、コーヒーは共産圏寄りのインドネシア製であった。
見せ掛けだけの為に、物資不足の中で、これほどの物を用意するとは……。
その様を見て、彼は苦笑した。
幾ら政変で議長が変わろうとは言え、上辺だけを飾る共産主義の隠蔽の構造。
これが根本的に変わらぬ限り、この国には未来は無い……
『彼等の目前で、共和国宮殿を焼いてみたら、さぞ面白かろう』
どす黒い欲望が彼の中で渦巻く……
篁や巖谷と話しているとき、例の美丈夫が声を掛けてきた。
詰まらぬ話だと思って、聞き流していたら、驚くようなことを言い放った。
「あなた方の国の指導者が、誰か分かりません。
行政府の長である首相*5か、
彼は慌てて其方に顔を向けた。
脇には、
彼は、得意の英語で解りやすく答えた。
「我が国の大政を、聖上より一任されているのは殿下で御座います。
実務は宰相ですが、これは先の大戦や政治事情で変わらざるを得なかったのです」
奥で焼き菓子を頬張っていた黒髪の少尉が、皿を放って此方に走ってくる。
『面白くなってきた』
『ここ等辺で、爆弾を落としてやろう』
その様に考え、マサキのは早速行動に移すことにした。
「ではあなた方の国は二重の権威構造なのですか。王と皇帝の……。
しかも王は世襲*8ではないと、聞き及んでいます。さっぱり理解出来ません」
マサキは敢て発言した。何も考えずにドイツ語で応ずる。
「権威は
国策に
その為の
俺はそう理解してる、とだけ伝えて置く」
其の青年は納得した様子であったが、周囲の者たちの様子がおかしい。
篁は唖然としており、巖谷は薄ら笑いを浮かべている。
彩峰は、能面の様な表情ではあったが目だけ動かしてきた。傍から見てハッキリ怒りの態度が分かる。
その場にいる帝国軍人達は、ほぼ同じ気持ちであったのを、彼は察した。
しかし、眼前の東ドイツ軍人は笑みを浮かべている。
恐らく、東洋人と違って、目から表情を読むと言う事が出来ぬのであろう。
斜め後ろの美久を見ると、心配そうな顔で、胸に手を当てている。
「事実を言ったまでであろう!」
彼は、彼女に笑い返してやった。
彩峰は、懐よりタバコを出す。
一本摘まんで、使い捨てライターで火を点けると、遠慮せず吸い始めた。
テーブルにあった使っていない灰皿を引き寄せ、椅子に腰かける。
そして、静かに言った。
「篁君、その青年にドイツ語で話してやれ。誰が国家元首かを……」
血の気が引いていた篁の顔に色が戻る。
マサキは、短い返事を彩峰に向かってする
「なあ、篁、俺が間違っているのか。俺は歴史的事実を言ったまでだぞ」
彼は冷笑しながら篁への返答する。
マサキは誤ってしまった。
此処が彼のいた現代日本であれば、それは事実である。
しかし、此処は異星種起源の怪物に蹂躙されつつある異界。
歴史も化学も文明も同床異夢の世界で、彼の言葉は危うかった。
共産圏の東ドイツであろうか無かろうが、失敗だった。
仮にアメリカでも同じ結末を迎えたであろう。
まだ「神輿に担ぐ」とでも済ませば違ったであろう。神輿ですらなく、それを構成する飾り。
しかも、『人身御供』と結論付けたのが不興を買う一因になった。
彼の言動は、その様な意味で非常に拙かったのだ……
遠くに居た大使と駐在武官が、此方の方を見ている。
脇に立つ東独陸軍少将と通訳も気が付いたようだ。
件の青年が締めくくるように言った。
「不合理な二重権威など止めて、その
政治の実態は首相が回しているのですから、英国の様に立憲君主制でも良いのでは……」
遠くで見つめる東独軍少将と通訳の顔色が一瞬変わった。
彼の君主制を肯定する発言が、不味かったようだ。
敢て気にはしなかった。彼は冷笑する。
篁が言葉を選びながら話し始めた。
「その……、
その……、歴史的重みは、簡単には捨てられませぬ故……。
貴方がたの様に、
些か古風な言い回しで、青年に返答した。
彼の言葉に、青年二人は酷く納得した様子であった。
マサキはその様を見て、
これは、上手くいけばこの
次元連結システムを応用した仕掛け道具でも渡せば、混乱させることも出来るかもしれない。
奴等の内訌を利用して、ソ連を破壊させる。
恐らく、米国は東欧の軍事力を温存せしめ、BETA戦争の次なる米ソ冷戦再開に備えている。
彼等も其れを分かって接触してきたのだ。
この若者たちを、戦場で『保護』してやって恩を売って、内訌の足掛かりにする。悪くはない。
心の奥底にある黒い野望を胸に秘め、彼は椅子に腰かけた。
同日、夕刻迫る議長公邸の一室に男が二人居た。
椅子に反り返る男は、目の前の初老の男に尋ねる。
「貴様に、通産官僚としての率直な意見を聞きたい」
新しく議長に就いた男の問いに、アーベル・ブレーメは応じた。
「先ず、海軍の戦艦整備計画は頂けん。
今更BETA対策とは言え、塩漬けにしていた戦艦を再設計して建造するなぞ、国費の無駄だ。
費用対効果を考えれば、ケーニヒスベルクのバルチック艦隊*9でも借りた方が安い」
彼は敢て、カリーニングラードではなく、旧名のケーニヒスベルクの名称を使う。
敗戦の結果、奪取されたあの東プロイセンの地に居座るソ連艦隊。
役に立たない無用の長物という内心からの不満を込めて、そう言い放った。
「俺も其れが出来たなら、お前を呼ばんよ」
男は彼の方を一瞥する。
彼の瞳は眼鏡越しではあるが血走っており、
「……であろうな。誰が……、こんな馬鹿げた青写真を描いたか……」
ソ連の弱体化を受けて、人民海軍は嘗て国防軍時代に計画されていたフリードヒ・デア・グロッセ級の建造を実施しようとしていた。
地域海軍というより、沿岸海軍に近い人民海軍にとって、戦艦は扱いに困る存在。
経済規模や人口比から考えて、軽武装の哨戒艇や
アーベルは、この無計画な軍拡を危惧した。
幾ら、米国の援助が見込める可能性が出てきたとはいえ、捕らぬ狸の皮算用にしか過ぎない。
あの1970年代初頭までのソ連からの潤沢な支援を受けて居た時であっても、軽武装の海軍の維持は困難を極めた。
戦艦運用のノウハウや人員、今から新艦建造などをすれば、国内経済にどの様な影響が出るか。
ただでさえ、国有企業のトラバントは何年も納期を待たせている状態。
10万の国家保安省職員が1600万の住民の不満を抑え込んではいるが、何時どの様に爆発するか、解らない……
保安省、前衛党、其の物の力の裏付けは、駐留ソ連軍有っての物だ。
それが完全撤退した際、この国の国民が食料品や日用品などの耐久消費財不足に何時まで我慢できるであろうか……
ソ連国内の物不足は著しく、ソ連の大都市では無計画のデモや暴動が多発していると聞く。
我が国の場合は、人口も少なく、国土も手狭だ……
何より同じベルリンの中に、離島の如く西側社会の西ベルリンがあるのだ。
壁を挟んだとはいえ、住民はその生活実態をよく知っている。
幾ら、統計や数字を操作しても、その事実は変えられない。
現に、ドイツマルク*10一つをとっても東西で交換レートが5倍の差が開いている。
高々、市民が日常生活や食事の際に25マルク使うだけでも苦労するような経済規模でしかないのだ……
アーベルの口から
「私も、君が言う様に国家保安省の連隊強化と謂う形で第四軍*11を手に入れても、ドイツ経済にとっては何の利益も無い。
それをこの様な形で実感するとは、情けない事になった物だ」
議長は、その言葉を肯定する。
タバコに火を点けながら、呟いた。
「な、解っただろう。俺も、あの馬鹿共には手を焼いてたんだ。
連中に近いお前さんが諦めてくれれば、大勢は動く」
ガラス製の灰皿を、彼の前に差し出す。
懐より赤白の特徴的なパッケージのタバコを取る。
黒文字でマールボロ*12の文字が見える。資本主義の代名詞の様な商品……。
コカ・コーラやマクドナルド等と同様に商業広告で世界中に販路を広げた。
『カウ・ボーイのタバコ』などと喧伝して西側では売られていたのを彼は思い起こす。
「君は、是を何処で……」
男は、悪戯っぽく笑う。
「何、食料購入の際、米国の連中が茶菓子と共に俺に置いてたのさ。
段ボール10箱程在るから、その辺にばら撒けってことだろう」
段ボール10箱……。それを聞いて唖然とした。
一箱1万本だと計算すれば、標準的な20本入りで50カートン。
マールボロは、ソ連国内では通貨代わりに闇で流通している人気商品。
モスクワ辺りで交通警官に捕まった際は、このタバコ一箱で軽い訓告やお目こぼしで済む『商材』。
それを挨拶代わりに持ち込む、米国の厭らしさと物流の凄さ……
彼は改めて、その国力差に打ちのめされるのであった。
「お前さんは、保安省の馬鹿共が経済界を牛耳ってこの国を回そうなんて絵空事を倅*13に話したそうじゃないか。
だいぶ感化されていて、真剣になって俺に聞いてきたんだ。
この間、来た時、シュトラハヴィッツの小僧*14と一緒に言ってやったんだよ。手前等の父親を蔑ろにするなとな」
アーベルは、右手を頬に当てる。
「シュトラハヴィッツに妙齢の息子がいるとは初耳だ。奴には10歳にならない娘だけだと思ったが……」
男は破顔し、部屋中に笑い声が反響する。
「お前さんと同じだよ。奴も『青田買い*15』して、先々に備えてるんだ」
彼も追従した。
「あの男がそんな事を……。随分と速い婿探しなどをして……」
男は、彼の姿を見てさらに笑った
「なあ、可笑しかろう。
若い娘を持つ父兄の所に出向いては、娘の顔写真を見せるあの親莫迦が……
傑作だよ」
一頻り笑った後、男は語りだした。
「このBETA戦争は、体制強化や統制で乗り切れるものではない。
如何に西側から金を無心するか、どうかだ。ソ連の連中はそういう意味で手際が良い。
もうアラスカくんだりに遷都する心算で居る」
箱より、茶色いフィルターのタバコを取り出す。
慣れた手つきで、オイルライターの蓋を親指で開け、着火。
縦型の細いライターをゆっくりとタバコに近づけ、火を点ける。
静かに吸い込むと、目を瞑り紫煙を、吐き出す。
「奴等がどんな手を使ったが知らないが……。
手前の国一つ満足に管理出来ねえ癖して、あれやこれや指図する様には俺も腹が立った。
だから、お前さんも引き込んで、《おやじ*17》を追い出した。その茶坊主*18も俺は近々手入れする積りだよ」
彼は、目の前の男に恐る恐る尋ねた。
「私に、その様な事を話して大丈夫なのかね」
男は、左手の食指と中指にタバコを挟み、彼の方を暫し見る。
不敵な笑みを浮かべる。
「お前さんは、娘と息子という人質が居るから、自分の手駒だと連中は考えている。
御目出度い連中だよ」
深々とタバコを吸いこむと、灰皿に立てて消した。
「党の代紋*19背負っている以上、手前の子飼いの部下すら守れねえ様じゃ情けねえ。
新しいタバコに火を点けながら、男は彼に向かって言った
「話は変わるけどよ。お前の
彼は、組んでいた両手を解く。
眼前の男は、娘の誕生日を正確に答えたのだ……
詰り、全て内情を知っていると暗に彼に答えている。これは遠回しな脅しとも取れた。
「どうだ、この際、あの小僧に本当の家族になって貰うのはどうだ。
牧師*20でも呼んで、盛大な祝言でも挙げさせるか。
作戦がどうなるか解らねえが……。何時までも責任を取らねえのは、なあ」
彼は、再び右手を頬に当て、考え込む
「その、ミンスクを落とせば一段落着くと……」
男は左手に持った煙草を下に向け、灰皿の上に置く。
再び手で摘まみ、口元に近づけると、二口程吸う。
そして、天を仰ぎながら、呟いた
「甘い見立てかもしれねえが、化け物退治は、一段落は付く。
結末がどうであれ、どっちにしろ米ソの陣取合戦が再開するのは目に見えてる。
後片付けの方が恐ろしい。
今は形振り構わず金をばら撒いているが、それが終わった時、現状のままだったら何が残る。
不味い飯を喰って、
ボンの連中が流すTV映像*21を見てる市民が納得するか。満足出来ねえのは
男は灰皿にタバコを押し付ける。
「東西の協力というお題目を形ばかりの物ではなく実現させて見せる。
仮に党が吹っ飛んでも、その実績があれば、俺やお前さんの事を、ボンの連中は軽視出来ねえだろう」
男は、立ち上がるとアベールに首を垂れた。
「お前さんが引退するのは、暫く先に為りそうだ。少しばかり老骨に鞭を打って走ってほしい」
彼は、立ち上がって言った。
「仮にも議長の任に有る者が、簡単に頭を下げるではない。
私もそうもされては、断るものも断れないではないか……」
男は居直ると、彼に向かって言った。
「そう言う訳だから、お前さんは今まで通り頼む。
俺が言ったことを上手く利用して、連中を誤魔化せ」
彼は、深く頷く。
「邪魔したな」
そういうと、ドアを開け、部屋から去っていった。
脚注やフリガナに関して
-
脚注やフリガナは必要
-
脚注の数が多すぎる
-
脚注の数が少なすぎる
-
フリガナが多すぎる
-
フリガナが少なすぎる
-
現状維持のままでよい