冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
党体制の揺らぎを感じたKGBは、問題解決を図るため、秘計を案じる。
KGBの狙いとは……
米国がソ連軍月面攻略作戦失敗を知ったのは、6月30日の深夜だった。
最初にその詳報を知ったのは、青森県
通称、象の檻と呼ばれるもので、通信設備を囲う様に円形上のアンテナが設置されていた。
また
ワシントン時間、深夜3時。
東京サミットから帰国した米大統領は、国防長官から電話を受けた。
「大統領閣下、かかる夜分に申し訳ありません。
今しがた三沢からの秘密電報によれば、ソ連の月面攻略隊が失敗したそうです」
国防長官は、開口一番そう告げてきた。
「ソ連がどうしたって?」
大統領の頭は、まだ寝ぼけている様子だった。
国防長官は、男の状態など関係なしに続ける。
「どうやら核弾頭を使用した模様ですが、その際、BETAの反撃にあい、撤退した模様です」
「そうか……緊急閣議の準備をしたまえ」
場面は変わって、米国バージニア州ラングレーにあるCIA本部。
一人の分析官が資料を携えて、長官室を尋ねていた。
「長官、見てください」
分析官は、さきほどNASAから届いた資料を長官に見せた。
「先日、NASAがバーナード星系方面から、太陽系への怪電波を観測しました。
詳しく解析したところ、ソ連の月面攻略作戦とほぼ同時刻でした」
長官は、話のあらましを聞いて、表情が変わった。
「なるほど、とても偶然とは思えんな」
彼は米国の首脳陣の中で、ゼオライマーがもたらしたひと時の平和に
「バーナード星系は、たしか地球と似た環境の星が存在する惑星だ」
「地球と似た星?」
「そうだ。
地球から6光年*1先にあるヘビつかい座にあるバーナード星系からは、生物が発生する条件がそろっているという。
フォン・ブラウン博士が進めていた、例のバーナード星方面への移住計画で、そういった分析結果が出されている」
「まさか、6光年の距離を?」
当然そうだという口調で、長官は続けた。
「火星にいたBETAは、
彼等の恐るべき能力なら、バーナード星系が拠点と考えてもおかしくはないだろう」
長官の横にいる補佐官の推測は、鋭かった。
彼はハーバード大在籍中にCIAにリクルートされた人物だった。
「もしや、今回のバーナード星系からの奇妙な通信は……」
「増援部隊の要請かもしれない」
長官は言葉を切ると、セーラムの箱からタバコを取り出した。
紙巻煙草に火をつけると、
「数光年の距離を自在に移動してくるとなると、手ごわい相手になる」
長官は、そう言葉を結ぶ。
意外な話に、分析官はビックリしていた。
太陽系外、ましてや数光年先から生命体が飛来するなどとは信じられなかったからである。
ここまでの話を見て、読者諸賢はソ連の宇宙開発に疑問が生じているであろう。
ソ連は何故、BETA戦争で国力を減退した状態であるのに宇宙開発を続けたのかと。
理由は実に明快である。
米国の覇権主義に対抗するには、覇権主義で応じるという態度を、ソ連が取っていたからだ。
この際、我々の世界のソ連の宇宙開発がどういうものであったか。
史実を元に、振り返ってみることにしよう。
ソ連は、1940年代前半に米国内で核爆弾の研究が開始すると同時にスパイを送り込んだ。
内部にいる工作員を通じて、技術提供を受けたソ連は、核技術の実験装置とノウハウを手に入れた。
結果として、ソ連は1948年に核分裂に成功し、1949年に核実験を完了した。
その際、ソ連は、核弾頭とその運搬手段である戦略爆撃機の数が米国に比して劣っていた。
重爆撃機の数とその質はソ連時代を通じて、
その為、フルシチョフ政権下のソ連は、大陸間弾道弾の開発を最優先課題とした。
ロケット学者であるセルゲイ・コロリョフに全権を渡して、新型ロケットの開発を進めた。
しかし、軍艦建造費や戦車等の軍事予算を削って、ロケット開発に入れ込むフルシチョフは1956年の第20回党大会で軍部の批判を浴びることとなった。
フルシチョフは、翌年に中央幹部会で罷免決議をされるも、そこからまき直し、反対派を一掃した。
足場を固めたフルシチョフは、改めてコロリョフに新型ロケットの開発を命じた。
そしてコロリョフは、最新鋭のR7ロケット開発を進めた。
だが、R7ロケットのノーズコーンの耐熱不足という技術的な問題で、ICBM*3開発で行き詰ってしまった。
もしこのロケットが成功しなければ、自分を推薦してくれたフルシチョフともども失脚しかねない。
そう考えたコロリョフは、R7ロケットをICBMではなく人工衛星打ち上げロケットとして発表した。
1957年当時、国際地球観測年*4に合わせて世界各国で様々な行事が行われた。
米国はこの機会に乗じて、地球観測衛星を打ち上げる予定であったが、失敗する。
その年の10月4日に、ソ連は突如として人工衛星の打ち上げを発表した。
衛星の名前はスプートニク1号で、その事実は全世界に衝撃を与えた。
後の世に言うスプートニクショックとは、このソ連の人工衛星打ち上げの事であった。
ソ連当局はさほど大事件と考えていなかったが、西側の狼狽ぶりを見て、考えを改めた。
翌11月7日の革命記念日に、ライカと名付けたメス犬を載せ、宇宙に送り出した。
ライカは打ち上げの途中で高温に晒されて死亡してしまい、実験は失敗した。
だが生命体を宇宙に送り込むという実験は、全世界に衝撃を与え、その後の宇宙開発の方針を決めてしまう事となった。
このように、ソ連の宇宙開発は核ミサイルが未完成という事実をごまかすための
だが西側の反響を見て、ソフトパワーとして使えると認識したフルシチョフによって、宇宙開発は重要視されることとなったのだ。
ソ連は米国とは違い、宇宙開発専門の部局がなく、戦略ロケット軍の管轄下だった。
それは国際共産主義運動の連絡網構築と軍事支援を行っていた観点から、宇宙開発を軍事作戦と認識していた為であった。
人工衛星は高高度偵察機に代わるものであり、衛星による有人飛行は是非とも行わなければならないものだった。
そんな中行われた、1961年のガガーリンの有人飛行の影響力はすさまじかった。
西側のみならず、世界を震撼させたハンガリー動乱の負の記憶を払しょくさせた。
これらの結果は共産主義の優位であると喧伝し、ソ連は膨大な国費を弄しても宇宙開発を進めることとなったのだ。
視点を再び、BETA侵略に苦しむ世界に戻してみよう。
今回の月面攻略作戦の第一報を受け、ソ連政府は事態の重大さに驚いていた。
虎の子の第7親衛空挺師団の大半を失い、貴重な宇宙空間の戦力を減らした結果だったからだ。
ウラジオストックの共産党本部で行われた秘密会議では、その責任の所在が問題となっていた。
「同志ウスチノフ、今回の責任はどうなさるおつもりか。
君の誇大妄想の為に、貴重な宇宙艦隊の戦力が3割も失われてしまった」
ソ連第二書記のミハイル・スースロフが、口を開いた。
彼は、ソ連政権の中で、スターリンに次ぐ長期政権を維持したブレジネフの懐刀だった。
「今や我が国に残された戦力は、
スースロフは、言葉を切ると、口つきタバコに火をつけた。
「お待ちください、同志スースロフ。
本作戦を軍の反対を無視して推し進めたのは、貴方ではありませんか!」
ウスチノフは、スースロフの後釜的存在とクレムリン界隈では見られていた。
実際、史実ではスースロフの死去後、ウスチノフが政界のキングメーカー的役割を担っていた。
「私が今作戦の責任を認めるというのかね」
ソ連最高検事総長のルジェンコ*5が、スースロフに書類の束を渡した。
それはスースロフを失脚させるべく、KGBと最高検察庁が書き上げた調書だった。
ルジェンコは、スースロフの進退をあえて問いただした。
「同志スースロフ、単刀直入にも仕上げます。
今回の作戦の結末は、どういたしますか」
ルジェンコは、1937年の大粛清時にNKVDのトロイカ裁判の主要メンバーであった。
トロイカ裁判とは、1930年代のソ連で行われた法廷外の秘密裁判である。
NKVD支部長、共産党書記、検察官で、トロイカ*6という三人組をつくり、運営された。
トロイカ裁判は、公開裁判や捜査を経ず、上訴権なしに迅速かつ極刑を下す権限を有していた。
反ソ分子を迅速に処罰する任務を負っていた彼らは、事実上の死刑執行人として機能した。
1930年代の富農撲滅運動、続く大粛清の時代には、被告の多くが即決で処刑された。
1953年のNKVD統計によれば、1921年から1938年までに、75万人あまりが銃殺刑となった。
またルジェンコは、ニュルンベルク裁判で、ソ連側の検察官を務めた経歴の持ち主。
戦争中、ドイツ人がスモレンスク郊外のカティンの森で2万3000人のポーランド兵の遺体を発見する事件が起きた。
ドイツ軍や国際赤十字、カトリック教会などはソ連の犯行と推定していた。
だがルジェンコは、カティンの森事件はナチスドイツによるものであると告発した人物だった。
後に露見することになるが、カティンの森事件はソ連NKVDによる虐殺だった。
1940年3月5日にNKVD長官べリヤの提案で虐殺が建議され、スターリンを含む政治局全員が承認したものであった。
長らくこの秘密命令は隠されていたが、1980年代末に自体が動く。
国際的な批判の流れに沿って、ゴルバチョフはしぶしぶNKVDの犯行であることを認めた。
そしてソ連崩壊後の1992年に文書が公開され、NKVDの悪行が白日の下に
「この私が辞任すると思うのか。
もし、共産党第二書記長の私が辞任をすれば、ソ連という国家は崩壊する」
スースロフの言に、ルジェンコはたじろいだ。
脇で黙って聞いていた赤軍参謀総長も、困惑の色を浮かべる。
「……と言いますと」
検事総長は、第二書記に問うた。
スースロフは、紫煙を吐き出しながら答える。
「このスースロフが辞職に追い込まれ、政界を退いた場合、ソ連はどうなると思うのかね」
それまで黙っていた参謀総長が、口を開く。
「現在の若手党員らの提唱する世界融和が進むと思いますが」
「絵空事だ!」
スースロフは、途端に嚇怒の色を表した。
「起こるのは、有象無象の輩による新たな権力闘争だけだ」
その場が、まるで雪山のように冷え冷えとした空気に包まれる。
シーンとした静謐の中、スースロフは口を開いた。
「いいかね。
政界に限らず、社会のシステムという物は大きな権力があってこそ、はじめて機能する。
今の小童どもに、そこまでの権力を維持する力はない……」
スースロフは確信をもって、なお続けた。
自分の様なキングメーカーが、ソ連を密々に政治局会議を動かしているということをである。
検事総長は、顔色を変えだした。
「すなわち、このスースロフの失脚はソ連共産党そのものの混乱と瓦解を意味するのだ!」
スースロフは愛用する口つきバタコを取り出すと、火をつける。
およその時間を計りながら、2、3服煙草を吸って、次の話を進める機会をうかがっていた。
スースロフは吸いつけたその煙草を斜めに持って、参謀総長の方を向く。
「同志参謀総長!
貴様がちょろちょろと動き回っているのを、この私が知らんと思うか」
そのとき、彼は語気つよく参謀総長へ言い放った。
小賢しい奴めと、腹のそこから怒ったとすら聞えるほどな語気だった。
「それほどまでに権力が欲しいか」
第二書記は、目の前に立つ男に、まず、訊ねた。
「い、いえ」
参謀総長は、濁りのない声で、言いきった。
「欲しいなら、くれてやってもいいぞ」
「エッ!」
「だがな、お前のような尻の青い小僧っ子に国家が動かせるか」
蒼白な顔の内に、スースロフは、抑えがたい怒りを燃やしていう。
「世界の現状を見ろ!
今からのソ連は、誰が書記長になっても、
BETA戦勝利のためとはいえ、ゼオライマーに肩入れする参謀総長。
味方とはいえ、ソ連の秩序を乱すものに対し、スースロフは必然な憤怒をおぼえるのだった。
「近い将来に戦争が終わった後、必ずや世界的な大不況にソ連も飲みこまれる」
じっと、参謀総長は、第二書記の顔色を見つめた。
「その中で、お前は何ができる!
ソ連という国家を、ロシア民族を存続させる明確な意思を持っているのか!
政権を握るものとして、強固な理念や自信があるか。
明確な意思表示ができるか」
スースロフは一旦言葉を切って、立ち上がる。
参謀総長の顔を
「政権を、ただの甘い役職と思うんじゃない!」
そういって、スースロフは政治局会議の場を後にした。
第二書記がいなくなったのを見計らって、検事総長が言い放った。
「
ルジェンコは、無意識に天辺が禿げ上がった頭を撫でる。
「いずれにせよ、
参謀総長は、
「私たちの様な青二才の小僧も、あの老獪な第二書記に……」
そして言葉を切ると、タバコに火をつける。
混紡サージ生地製の、深緑色の
KGB本部では、毎週定例の幹部会議が行われていた。
スースロフに辞任を迫った検事総長と参謀総長の行動を見て、新たな対外工作をする提案が幹部たちより出されていた。
「同志長官、我が国が月面で敗北したことは、おそらく数日のうちに露見しましょう。
その情報を伝え聞いた時、
木原が動くのは間違いありません。
問題は、木原の事件の調査を、どう妨害するかです」
KGB長官は、黙って幹部の発言を聞いていた。
顔には満足そうな笑みを浮かべ、静かに相槌を打つ横で、幹部たちが思い思いのことを言う。
「木原に、アルファ部隊の精鋭を差し向けましょう」
「いや、近しくしている者を攫って、木原にゼオライマーの秘密を明かすように脅すのです」
「日本野郎を動揺させるために、過激派を使嗾して、都市部で連続爆破事件を起こしたい」
「私は、モザンビーク政府に工作員を送り込み、南アフリカに軍事侵攻をさせ、米国の関心をそらすべきだと思う」
幹部たちの言葉を遮ったのは、モスクワの東洋学研究所の職員の男だった。
東洋学研究所は、その名前とは違って、アジア方面でのKGB工作員の養成所である。
全教員・職員がKGB将校で、生徒の75パーセントがKGB工作員という場所だった。
「フハハハハ」
男は大げさな笑いをして、周囲の関心を集める。
幹部たちは一斉に憤懣を湛え、その60がらみの男の方を向く。
「そんな事では、日本野郎の木原に勝つことは出来ぬわ!」
一斉に幹部たちは立ち上がり、腰に手をあてた。
「人の事を笑うのですから、何か良い考えがおありでしょうね」
「もちろん」
男は軽い笑みを浮かべながら、応じた。
「人間という物は、肉体的に痛めつけるよりも、精神的に痛めつける方が
幹部の一人が詰め寄ると、真剣な表情で尋ねた。
「早くお話しください、その戦略とやらを!」
東洋学研究所の男は鼻で笑った後、概要を語り始めた。
「まず訪日中のハイネマンを言葉巧みに誘惑し、ソ連の戦術機開発計画に参加させる。
人類のためなどと言って、我らの協力者に仕立て上げる。
ハイネマンは、日本貴族の篁とその妻、ミラ・ブリッジスと昵懇の仲だ……
そういう人物がソ連の工作員だった……その事実は木原に衝撃を与える」
東洋学研究所の男は、第二次大戦中から対日工作の現場で働いていた
ウラジオストクの国立極東総合大学東洋学部の在学中にKGB第1総局にスカウトされ、モスクワの東洋学研究所の外部生になった。
「人間関係の弱い木原が、信頼する人物に裏切られてみろ!
その事でノイローゼになって、ろくにゼオライマーも動かせまい。
そうすれば、諜報機関も惰弱で、核戦力もない国の世論など簡単に動かせる」
KGB長官は、男の提案を受け入れた。
「その線で行きたまえ」
ご意見、ご感想お待ちしております。
ソ連の今後に関して
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