冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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深夜の京都でうごめく怪しい影。
ハイネマン誘拐事件の裏には、KGBがいる。
この事を察知した御剣雷電は、マサキにハイネマン救出を依頼するのであった。


国際(こくさい)諜報(ちょうほう)(だん) 前編

 ふたたびマサキたちがいる日本に視点を戻してみよう。

 米ソの陰謀をよそに、極東の日本は静かだった。

ニューヨークとの時差が14時間ある京都では、6月30日の夜半を迎えつつあった。

 

 夜も更けた京都市内。

闇夜の中から、4ストロークのエンジン音を響かせたCB750Fが姿を現す。  

 バイクは(たかむら)邸の前に止まると、運転手の女が降り立った。

ライダースーツを着た運転手は突如として、2メートル近くある塀を飛び越えた。

女は、空中で奇麗なバク転を描き、音もなく庭に着地すると、屋敷の母屋に駆け寄った。 

 屋敷の主人である篁は、庭の向こうにかすかな気配を感じた。

篁が押っ取り刀で障子を開けるより早く、ライダースーツ姿の人物が入ってきた。

「どうした、美久!」

 マサキの呼びかけが遅れていたら、美久は切りかけられている所だった。

篁の右手には、すでに抜身の真剣が握られていたからである。

「お迎えに上がりました。(さかき)次官がお呼びです」

 昭栄(しょうえい)化工*1の黒いs-12フルフェイスヘルメット*2を脱ぐなり、美久はそう言い放った。

「何だって!!」

 マサキの怒りで真っ赤になった顔を、美久は平然と見ていた。

その表情があまりにも平坦なので、後ろで見ていたアイリスディーナは奇異に感じた。

 篁に抜身の打刀を向けられているのに、まるで人形のように見えたからである。 

 普通なら顔をゆがめたり、悲しそうな表情になるのではないか。

それがまるでそんな気配はなく、当たり前だという表情をしていたからだ。

眠っているユウヤを抱きかかえていたミラは、拍子抜けした。

「とにかく時間がありません。

バイクで祥子さんのスナックに行きましょう」 

 いきなり話が飛躍したので、マサキは一瞬ポカーンとした。

すぐに、マサキの表情に狼狽の色が現れ、いっぺんに落ち着きを失った。

 しばらくすると、何かが飲みこめたようだった。

マサキは、いかにも仕方がない感じで、美久の顔を見た。

「わかったよ。

だがアイリスディーナは……」  

「私が帰ってくるまで面倒を見ますわ」

「ミラ……」

 ミラの話ぶりには、人の良さと誠実さを感じた。

「博士、後のことはお任せください

何かあっても、僕と篁さんがいますから」

 自信たっぷりな白銀のいいように、マサキは納得した。

この男は、鎧衣(よろい)と共に3000名ものPLFPゲリラから生還した男である。

 敵陣の中から、手負いのデルタフォースを無事に救出したのを知っている。

マサキは白銀にうなずくと、黙って美久の後についていった。

 バイクは深夜の府道37号線を疾走した。

帝都城の目の前の幹線道路であるが、深夜なので通る車も人もほとんどいなかった。

 ヘルメットをかぶったマサキは、強い力で美久の背後から抱き着いた。

バイクの2人乗りで走行中に抱きつくのは、実は危険なのは、マサキも知っていた。

 運転手の重心が変わり、操作性に影響するからである。

だが、美久を慰撫する意味もあって、彼女の背中に抱き着いたのだ。

 美久は自分が作った推論型AI搭載のアンドロイドである。

高度な学習システムで人間のような感情を持つのは知っていたが、秋津マサトに好意を抱ていたのは本当だったのだろうか。

 マサキは自問自答していた。

もしマサトが最初から躊躇(ちゅうちょ)なく人を殺せる人間だったら、美久が人情を持つことは無かったのではないか。

 人間の愛は、心を持たぬアンドロイドをも動かすことができる。

ならば、人間と機械の間の壁は、決して越えることは不可能ではない。

 壁がある者同士が絆を結んでいくというアイリスディーナの考えも間違ってはいないのではないか。

共産圏の人物でありながら、アイリスディーナへの未練を断ち切ることのできない、愚かな人物という意見もあろう。

マサキは、理想と現実と、心と体の葛藤に一人悩まされていた。

 

 スナックで待っていたのは、榊といつもの彼の取り巻きだった。

「こんな深夜になんだ」

 言葉を切るとタバコに火をつけた。

「ハイネマン博士が何者かの車に乗って、失踪したとの匿名のタレコミがあった」

 警保局長の瀧元(たきもと)は、簡単に事件のいきさつを述べた。

超高性能ミサイルを搭載可能な戦術機の設計技師の誘拐は、それ自体が国際問題である。

 日本警察は、なにをしているのだろうか。

マサキはおもわず失笑した。

「これを見たまえ」 

 そういうなり、瀧本は上着の内ポケットから、封筒を取り出した。

黒髪に緑色の瞳をした壮年のスラブ人が写った数葉の写真を、机の上に並べる。

「ワシリー・アターエフ。

この男は、75年から続くモザンビーク内戦に参加しているGRU将校とされる。

今年に入ってから、イラクの共和国防衛隊の軍事顧問団に参加したと内務省では見ている」 

 写真には、それぞれカーキ色のイラク軍の軍服とモザンビーク解放戦線のトカゲ迷彩服が写っていた。

「この男は、ソ連戦略ロケット軍の少佐で、ヤンゲリ設計局の将校だったという話がある。

60年のネデリン事件の後、GRUにスカウトされて、工作員に転身した様だ。

今夕(こんゆう)、アエロフロート機で伊丹(いたみ)国際空港に来たという情報を得た」 

 ネデリン事件とは、1960年10月24日にバイコヌール宇宙基地で発生したR-16ミサイルの自爆事故である。

ソ連の科学者サハロフによれば、ミサイル技術者が150名近く死に、ビデオカメラでその光景が録画されていたという。

「そろそろ京都市内に入って、GRU工作員と接触するとの情報を得た。

ハイネマン博士は、おそらく彼らに監禁されているのだろう」

 マサキは、吸っていたホープをもみ消した。

「敵は外交官旅券を持つ連中だ。

日本国内に居るうちに処理になければ、我々も迂闊(うかつ)に手を出せない」 

 

 仮にハイネマンが日本国外に連れ出されれば、司直の手が容易に伸ばせなくなる。

 そしてソ連の誘拐を成功させてしまえば、日米関係の悪化を招く事にもなる。

そうすれば、マサキの思い描く、世界征服の夢もまた一歩遠くなる。

故に、マサキには時間がなかったのだ。

 捜査官の話し声によって、マサキの意識は再び現実に引き戻された。

いつの間にか来てた御剣(みつるぎ)雷電(らいでん)に対して、捜査官がこのと経緯を説明している最中だった。

「そういう訳でして、警官が現場に着いた時、もぬけの殻でした。

ハイネマンを乗せたと思われる自動車は、宇治(うじ)川の河川敷に乗り捨てられてました」

 御剣は思案の末、瀧本を問いただした。

「瀧元君、警察出身の君はどう思う」

「ハイネマンの宿泊先や滞在日数を完全に知られていることから、内部の者が関係していると思われますが」

「その裏切り者は、誰か、直ぐにわかるんだろうな」

「いや、ハイネマンの護衛は警備部が行っていたが、その日は博士の指示で引き上げています。

とはいっても彼の訪日は週刊誌で報道されていて、周知の事実。

複数の尾行があれば、今回の襲撃は可能なのです」

 瀧元の発言は、官僚らしい要領を得ない物だった。 

マサキは苛立ちを隠すために、煙草に火をつけた。

「特定の人物を絞るには、かなりの時間が……」

 御剣は、思わず苦虫(にがむし)()(つぶ)したよう顔をした。

マサキは驚きのあまり、吸っていたタバコをもみ消す。

「それにしても、こんなことは初めてだ。

将軍のおひざ元で、堂々と人(さら)いをするとは良い度胸だ!」

 

「失礼します」

 その時、どこからか現れた鎧衣が、複数の写真を彼らの前に示した。

それはハイネマンが誘拐される屋敷の写真だった。

「これは情報省が、仕掛けた監視カメラで密かに捉えたものですが……」

 写真には黒覆面に作業服姿の男たちが、銃で武装した姿が写っていた。

マサキは我慢が出来なくなって、脇から口をはさむ。

「AK47や、SKSか……

東側の軍隊用の武器……

日本の武家社会では、こういう物が出回っているのか?」

 この異世界の日本では、刀剣類はおろか、拳銃の個人所有が免許制で認められていた。

事情を知らないマサキは、思わず口に出したのだ。

 御剣は少し思案した後、口を開いた。

「ふむ……言われてみれば。

五摂家(ごせっけ)の私兵である斯衛(このえ)軍以外に、本格的に武装した組織は聞いたことがないな」

 瀧元は鎧衣の方を向く。

「鎧衣君、君の意見は……」

「闇社会でも、こういった武器を手に入れれば、普通は噂になるはずです。

外国政府のスパイか、自分の軍隊を持つ五摂家なら別ですが……」

 マサキが納得したかのように呟いた。

「正論だな」 

 

「福井県沖の排他的経済水域(EEZ)に、ソ連の船!」

 マサキは、鎧衣が持って来た航空写真を見て、声を上げた。

それをマサキの肩越しに、美久がのぞき込む。

 鎧衣の持ち込んだ資料の中には、米軍の偵察機でとらえた写真が複数あった。

そこには、日本近海を遊弋(ゆうよく)するソ連海軍の軍艦2隻が写っていた。

「船影から類推するに、キンダ型巡洋艦……」

 鎧衣は写真の説明を続けた。

美久はうなずきながら、答えた。

「確か、ソ連太平洋艦隊所属の最新型ミサイル巡洋艦です」

 鎧衣は、美久の言を補足した。

「恐らく、近くに潜水艦でもいるのだろう」

 マサキは、瞬時に敵の狙いを理解した。

ハイネマンの事を潜水艦に乗せて、ソ連へ誘拐する。

 スパイ事件とは言え、即座に海軍が動くとは考えにくい。

こう言う事件の場合は、普通は沿岸警備隊が先に動く。

 しかも原子力潜水艦にミサイル巡洋艦では、日本政府も手出しできないだろう。

なぜなら短距離の核ミサイルなどを撃ち込まれたときには、もうお手上げだからだ。

 この時代の日本の地対空ミサイルは、確かナイキミサイルだ。

湾岸戦争で活躍したパトリオットミサイルでさえ、命中率は40パーセント前後。

 パトリオットは、ナイキの2倍の射程で、一度に4目標の迎撃が可能なミサイルだ。

パトリオットに比して性能が劣るナイキでは、大都市へのミサイル攻撃を防ぐことは難しい。

 日本政府は、その事を考えて及び腰になるはず。

何としても、日本国内に居るうちに事件を解決させねばなるまい。

 こうなったら、事件を引き起こした人物を徹底的に抹殺するしかない。

中途半端な結果では、連中は報復してくるのは見えている。

 マサキは不安な気持ちを押し隠すように、タバコを取り出した。

その瞬間、何者かが火のついたダンヒルのライターをマサキの前に差し出す。

 慌てて振り返ると、御剣雷電だった。

「み、御剣……」

「余計なことに構う事はない……

穂積(ほずみ)を潰しなさい」

 御剣の口からそうきいて聞いて、マサキは驚いた。

穂積は、九條(くじょう)の娘婿、つまり義理の息子だからである。

「だが、九條は五摂家だろう……」

「私には、五摂家よりも大事なものがある」

 一瞬、誰の(おもて)悽愴 (せいそう)に変ったが、静かにただ見守り合う目であった。

御剣の言を聞いたときに、ここに居る全員もまた御剣と同じ覚悟になっていた。

 御剣は、床から布で包まれた棒状のものを拾い上げると、テーブルの上に置いた。

 濃紺の包みを取ると、朱塗りの鞘に納められた打刀が現れた。

それは御剣家に代々伝わる宝剣・皆琉神威(ミナルカムイ)であった。

「これから大津にある九條邸に乗り込む。

おそらくそこにハイネマンがいて、穂積もいる」

 


 

 ソ連がハイネマンの作ったF-14を欲しがったのにはいくつかの理由があった。

 まず、新開発のフェニックスミサイルである。

精密誘導の可能なクラスター弾に関して、ソ連には魅力的に見えたのだ。

 次に、F‐14に搭載されたAN/AWG-9レーダーである。

この全天候型火器管制レーダーは、F-111に搭載する目的で開発されたものであった。

 レーダーの最大探知距離は200kmを優に超え、戦場で24の目標を自動追尾、補足し、6の目標を同時に攻撃できる他に類を見ない物であった。

 だが、F-111Bの開発計画が頓挫(とんざ)した後、宙に浮いていた物であった。

それをフェニックスミサイルの運搬を主目的とするF‐14に転載したのであった。   

 このレーダー探知機は、米海軍の他に採用したイラン空軍で別な運用をされていた。

それは一種の早期警戒管制機(AWACS)としてである。

 イランは、その国土の多くが高原に挟まれた地形であることが原因だった。

ペルシア高原と呼ばれる盆地状(ぼんちじょう)の高原が、東のイラン中部からアフガニスタン,パキスタンにまたがる。

北部はエルブールズ山脈、ヒンズークシ山脈、南西部にザグロス山脈が連なる。

 これらの山脈の為、ソ連やアフガンからのソ連重爆撃機や偵察機の侵入を警戒するための固定式のレーダーサイトが設置しずらいという過酷な環境であった。

 その為、早期警戒管制機の導入が急がれたが、BETA戦争での情勢悪化を理由に取りやめになってしまった経緯があったのだ。

以上の理由から、F‐14はイラン空軍で簡易早期警戒管制機(AWACS)として運用され、地上攻撃機としても使用され始めた。

 

 ソ連のKGBの関心は、フェニックスミサイルではなく、F‐14に搭載された電子計算機。

この技術を盗んで、より優れたスーパーコンピューターを作ることが目的であった。

ソ連では電子技術(エレクトロニクス)の致命的な遅れにより、フライ・バイ・ワイヤーが制作できなかった。

その為、F‐14の主任技師であるハイネマンを狙ったのだ。

 一方、GRUの目的は、F‐14に搭載されたAN/AWG-9レーダーであった。

このレーダーを改良し、ESP専用の特殊戦術機を量産化する事であった。

BETAの行動や目標検知追尾装置を兼ね備えた、無敵の超マシンを開発することが最終目的だったのだ。

 

 場面は変わって、大阪府豊中市にあるソ連領事館。

そこの一室では、ある男が深夜にもかかわらず長電話をしていた。 

「GRUが飼っている猿どもが、ハイネマンを()っしたらしい。

で、……どうする」

 電話の相手は、ウラジオストックのKGB第一総局だった。

第一総局長はタバコを吸うのをやめ、男の問いに答える。 

「話は分かった。

GRUの奴らと手を組むことには異論はない。

だが……信用できるか」

 ソ連人、いやロシア人は、決して見知らぬ人間を信用しないという意識が厳然として残ってた。

互いに同国人同士を信用せず、異国より支配者を招き入れ、(いただ)ていたロシア社会の宿痾(しゅくあ)は、ソ連になっても解消できなかったのだ。

 しかし、ひとたび身内となれば、ロシア社会では冠婚葬祭の互助はおろか、退職後の面倒まで見るのが一般的だった。

役所の部署は、自分の子飼いの部下や身内で固めて、上司の異動ごとに芋づる式に連れて歩くのが一般的である。

今日のロシア社会でもそういった慣習は引き継がれ、社会の腐敗や汚職の温床となってしまっている面がある。

「お互いに信用などしていない。

だが、同じ目的の為ならば、裏切りはしまい」

 GRUには、イワン・セーロフを始めとしてKGBの人員が1953年以降、高級将校として採用された。

だが、KGBの前機関であるNKVDでは、GRUの名だたる幹部を粛正した歴史を持っていた。

 またKGBは1918年以来、ソ連指導部の命により、ソ連赤軍を監視し、スパイ活動を行っていた。

そういう経緯があったので、GRUとKGBは相互不信の間柄でもあったのだ。

「俺たちは急がねばならん。

死に掛けの老人に、この国を潰されるような真似は……」

 チェルネンコ議長の病気は、KGBでの公然の秘密だった。

病弱だったチェルネンコは、長年の不養生がたたり、慢性疾患である肺気腫に苦しめられていたのだ。

 その時、第一総局長室のドアを叩く音がした。

男は受話器を置くと、カズベックの箱に手を伸ばす。

「同志局長!」

 入って来た兵士を後目に、男は口付きタバコに火をつけた。

「本日の閣議は、同志議長のご不例より延期となりました」

「また、お倒れになられたか」

「はい!」

 男は、壁にかかった歴代書記長の肖像の方を振り返る。

じっとチェルネンコのポートレートを睨みながら、つぶやいた。

「たしかに、急がねばならん!」

*1
1954年創業のヘルメットメーカー。1992年以降はshoeiに社名変更した。各種官公庁へオートバイ用や四輪車ヘルメットを、その他に自衛隊に航空機用ヘルメットも納品している

*2
1967年から1970年代末まで生産されたフルフェイスヘルメット




どのような形でも構いません。
ご感想お待ちしております。

ソ連の今後に関して

  • 核不使用の軍隊
  • 体制そのままに資源50パーセントオフ
  • 一億総懺悔
  • クーデター
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