冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 マサキは、御剣たちと大津にある九條の邸宅に乗り込む。
そこには決死の覚悟をした九條たちが待っていた。


国際(こくさい)諜報(ちょうほう)(だん) 中編

「作戦時間は……」

 マサキはM16A1小銃の点検をしながら、御剣に訊ねた。

「90分以内」

 御剣は机の上に置いた九條邸の見取り図を前に話す。

彼の目の前には、7人の人員がいた。

 すなわち紅蓮(ぐれん)醍三郎(だいざぶろう)神野(かみの)志虞摩(しぐま)、鎧衣、彩峰、美久、マサキである。

「作戦遂行中は、敵に感づかれないために一切電灯の使用は控えろ。

だが万が一のために、米軍のL字型ライトを持っていけ」

「全員がですか」

 神野が尋ねてくる。

「一応狙撃手だけは、米軍のマグライトを使う。

ただし、頭上に樹木のある場所だけだ。

他の要員は、腰のベルトにライトを固定させよう」

 マグライトは、1979年に米国で発売されたばかりの新商品の懐中電灯だった。 

 アルミ削り出しの、このライトは、従来の懐中電灯より若干重かった。

だが、非常に堅牢な為、米国の法執行機関で愛用された。

 また早い時期から日本にも個人輸入され、1980年代初頭には5000円と高価であっても1ダース単位で売れたという。

後に日本は、マグライトが世界で2番目に公式販売された場所でもあった。

「了解しました」

 短く返事があった。

腰の位置に光源を固定するのは、足元を照らすためである。

そして安全上の配慮として、少しでも発見を遅らせる為でもあった。

「屋敷に着いたら」

 鎧衣が先をうながした。

「弓矢の人間が門番を倒す。

そのまま彼らが周囲の警戒を続ける」

「彼らに、ほかの武器は」

「米軍のM79擲弾発射機(グレネードランチャー)を使う。

建物の内部では使えないからな」

 M79擲弾発射機は、高温多湿というベトナムの過酷な環境下でも確実に作動する実績を持つ。

M16小銃に装着するM203擲弾発射機が一般化するまで、米軍全般で広く愛用された。

「残る5名で、屋敷の中にいる人間を片っ端から斬るか、突け。

発砲が必要になったら、迷うことなく撃つように」

 美久を含めて、全員が何かしらの刀剣類を帯びている。

刀が不得手なマサキは、M16小銃の先にM7銃剣を、美久はM1ガーランドにM1905銃剣を付けた。

 

 京都市内から大津市まで、車で25分ほどで着く距離だった。

2台のバイクを先頭にして、79年型の黒のセドリックが、深夜の県道143号線を爆走していく。

 日産・セドリックはこのモデルを最後に、フェンダーミラーを廃止する。

なので、製造から40年近くたった現在では300万円ほどで取引されるほど高騰してる車種となっている。

 九條邸は、大津市郊外にある森の中に立っていた。

屋敷全体が見える位置に来ると、車が停止した。

前後左右のドアが開き、4人が降り立つ。

 2台のバイクも間もなく止まって、降り立った運転手はそれぞれ背負っていた小銃を構える。 

音を立てないことを最優先に、ゆっくりと屋敷のほうへ向かった。

 

 大津市にある九條の別邸では、3人の男が話し合っていた。

そこではソ連工作員とスパイたちが密議を凝らしていた。

GRU少佐のアターエフ、その協力者の穂積と、貿易商の大野である。

 なぜ彼らが五摂家の九條の別邸にいるかというと、穂積が九條の親族だったからである。

九條と側室の間に生まれた娘を、穂積が正妻として迎え入れていたからだ。

 

「新型のフェニックス・ミサイルは、最大射程50キロという大したものです。

このミサイルの特徴は、49キロほどは一つのミサイルで飛び、標的の100メートル前で散弾する仕掛けになっております。

50キロ先の動く標的を、確実にしとめることができるのです」 

 穂積は顔をゆがめると、九條とGRU工作員の少佐の方を向いた。

「これをイラクの革命防衛隊に流せば、ペルシャのファシスト共は手も足も出まい。

ミサイルを解析して、対策を取れば、イラン空軍は秘密兵器を失うことになる」

 帝政イランには、すでにフェニックスミサイルを搭載したF‐14の引き渡しが決まっていた。

イラン領空を侵犯するソ連偵察機を撃退する目的で、米国から購入したのであった。

「あるいはPLOに渡して、イスラエルや親米反ソの諸国を攻撃させる。

中東経由の石油が入って来なくなれば、国際的な石油価格は上がり……

やがては、ソ連は経済的苦境から脱出できる。

まさに一石二鳥の作戦よ」

 ソ連の経済は、資源価格に左右されたものだった。

史実の1980年代においてアンドロポフやゴルバチョフが冷戦を終結させたのは、石油価格の下落が一因だった。

 湾岸諸国の石油増産によって、石油価格が下落し、ソ連は天然資源の売買による利益が低下した。

収入が立たれたことによって、ソ連は過大な軍拡競争に耐えられなくなったのだ。

「その気に乗じ、中東各国の石油コンビナートを爆破し、人工的な大気汚染や石油流出を作る。

環境汚染で苦しむ水鳥や動物の写真などを取って、西側諸国にばらまいて、大気汚染の深刻さを演出するのだ」

 もう一人のソ連協力者である大野は、少佐の意見に相槌をうつ。

「それで、西ドイツのヒッピーに金を出して、緑の党を作ったのですな」

 ヒッピー思想家の多くは、過激な極左暴力路線を掲げる毛沢東主義者。

KGBは、あえて自分たちの正体を隠すためにヒッピー思想家を利用したのだ。

「ああ、西側諸国が偽物の環境汚染で足踏みをする。

その間に、ソ連は行き場の失った最新技術を格安で導入する。

やがては、極東の工場群で作られた石油化学製品で、世界経済をリードする。

我ながら、素晴らしい作戦よ。フハハハハ」

 

 1970年代のソ連は、人口2億人弱。

だが、戦車341両と装甲兵員輸送戦闘車232両からなる戦車師団を、50個ほどもつ強大な軍事国家だった。

 その他に巨大な航空戦力と海軍戦力と大量の核兵器を持ち、宇宙開発に莫大な資金を投下していた。 

 優秀な人材は、軍事関連か、KGBに採用されるのが常だった。

 兵士の食費だけでも莫大、生産物は兵器や軍事関連優先だった。

経済体制も、採算性を無視し、予算も湯水のごとく使い放題だった。

 ただし、この頃になると既に高度精密電子産業では、ソ連は西側に完全に水をあけられていた。

ICBMはおろか、通常戦で米国が率いるNATOと実際にぶつかっても勝てないと考えられていた。 

 その為、ソ連はKGBが主体となって、テロ作戦を実行していたことは以前話したとおりである。

GRUもまた、非正規戦闘に注目し、早い段階から超能力者の選別を行っていた。

 ソ連政府は、早い段階から超能力者に目を付けていたが、KGBは彼らの存在に懐疑的だった。

 KGBは、最高検察庁と共に超能力者を取り締まった。

特に検察は、機関紙である「法と証拠」の誌上で詐欺と認定し、精神病院に収容したり、実刑判決を出すほどだった。

 だが、国連を通じた米国からの依頼で、超能力者を活用する計画が持ち出されたときには飛びついた。

国連よりオルタネイティヴ3計画の予算として、1968年から500万ドルの支援を受けていた。

 これは当時の国連予算の20分の一であり、1967年のソ連の歳入*1の0.4パーセントにも匹敵するものだった。

 尚且つ、ソ連は継続戦争やコンゴ動乱を理由に分担金の支払いを止めている状態でのことだった。

 巨額の開発資金の多くは、ソ連の諜報活動の資金に編入され、残った僅かな資金の身がESP発現体の開発に使われた。

その為、ESP兵士の多くはソ連各地から徴募した超能力者や霊能力者を結婚させて、生ませた子供が基本になっていた。

 自然妊娠では、ESP能力の発現が悪いという事で、LSDやMDLAなどの向精神薬を用いる方法も多用されていた。

 ソ連科学アカデミーでは、人工子宮の実用化には成功していたが、肝心の電子部品がなかった。

ソ連のエレクトロニクスは1960年代前半で止まっていたからである。

そこで彼らは諜報活動を通じて、防諜体制の弱い日本から電子部品を輸入することとしたのだ。

 

「おそらくハイネマンを連れ出した件は米国にも漏れるでしょう。

ですが手を打っておきました」

「ほう、どんな手だね」

「福井にある越前海岸の洋上45キロの地点に、ソ連の原子力潜水艦を待機させています。

小型の高速艇に乗せて、浮上した潜水艦にランデブー*2し、ハイネマンを引き渡します」

 領海等に関する用語として、了解、接続水域、排他的経済水域、公海の言葉がある。

 まず、領海は、低潮線から12海里(かいり)*3の線までの海域で、沿岸国の主権は、領海に及ぶ。

 次に、接続海域は、領海の外側にあって、24海里(かいり)の線までの海域である。

沿岸国が、自国の領土又は領海内における通関、財政、出入国管理又は防疫に関する法令の違反の防止及び処罰を行うことが認められた水域である。

 3つ目に、排他的経済水域は、領海の基線から、その外側200海里(かいり)の線までの海域並びに、その海底及びその下の事を指す。

排他的経済水域においては、沿岸国に天然資源の探査、開発、保存、海洋の科学的調査に関する管轄権が認められている。

 最後に、公海は、全ての国家に開放されていて、あらゆる自由が享受されている場所である。

「それで」

「そのまま潜水艦で、ナホトカか、北鮮(ほくせん)清津(せいしん)港に入港するつもりです。

如何に米軍の人工衛星が上空から見張っていても、接続海域を超えれば、手出しは出来ますまい」

 自信満々に話すアターエフに、穂積は一抹の不安を感じた。

日本国内には、安保条約に基づいて、大小さまざまな米軍基地があるからだ。

 米軍基地の他に、国家安全保障省(NSA)の通信傍受施設もある。

恐らく乱数表を用いた暗号電文も、解読されているだろう。

「米軍が、黙って見ているかね……」

 一方のアターエフは安心しきっていた。

在日米軍の中には、多くのKGBやGRUの協力者が潜り込んでいたからだ。

 彼等からの通報で、米軍の動きは逐一察知で来ていたのだ。

だから今回の作戦も、米軍は行動を起こさないと予想で来ていた。

「接続水域の外側に、ミサイル巡洋艦を待機させてます。

手を出す馬鹿はいないでしょう」

「警備艇が接近したら……」 

 穂積はそう言うなり、表情を曇らせた。

だがアターエフは皮肉な微笑を浮かべて、穂積の懸念を軽く一蹴してしまう。

「万が一に備えて、北鮮の元山(げんざん)空軍基地から、mig-21を飛ばす予定です。

向こうの大首領の許可はとっております」

 九條はその話を聞いて感じ入ったように、ワイングラスをつかむ。

じっと中に注がれたコニャックを眺めながら、こう漏らした。

「そうか……

ゼオライマーの出撃は出来ないのだな」

「はい。

この状況では、軍も出撃を許可しないでしょう……」 

 九條は、内心にある何かを押し隠しながら、グラスを口に運ぶ。

「後は木原だけですか」

 深い憂慮を浮かべながら、穂積が漏らす。

それまで黙っていた大野が、口を開いた。

「これだけの事をしても奴が動き出さんのは、五摂家の後ろ盾に怖気(おじけ)づいたんでしょう」

 代議士の大野は、政権与党幹部の孫で、KGBの色仕掛け工作で簡単に寝返った人物だ。

アターエフは、この唾棄(だき)すべき売国奴の男に、笑みを浮かべて答える。 

「そういう男だったら、苦労はないんですけどね……」

 アターエフは言葉を切ると、口つきタバコの「カズベック」に火をつけた。

立ち上る紫煙と共に、トルコ葉の何とも言えない香りが部屋中に広がる。

煙草嫌いで知られる大野は顔をゆがめて、いかにも臭そうに紫煙を手であおいだ。

 その瞬間、部屋のドアが突如として開け放たれた。

「わ、若旦那、は、早く離れのほうへ」

「どうした」

 慌てて入ってきた警備員の方を向くなり、穂積は尋ねた。

「門番が全員殺されて、監視カメラも全部壊されています」

 続けて、別な警備員が穂積たちに注意を促す。

「まさかとは思いますが、とにかく離れの方に移ってください」

 穂積の顔色は、その途端、驚愕の色を浮かべる。

 

 穂積たちは、長い渡り廊下を通って、離れに避難していた。 

屋敷の主人である九條を護衛しながら、移動している最中である。

 九條は、不意に立ち止まった。

心配した護衛は、九條に声をかけた。

「いかがなされましたか」

「よい」

 庭の植え込みの方を向くと、暗闇に声をかけた。

「隠れていないで、出てまいれ。

遠慮はいらぬ」

 護衛たちの目は、一斉に庭の方に向いた。

「臆したか。

姿は隠しても、素破(すっぱ)の匂いは、すぐわかる」 

 草むらの中から、長い鍔の中折れ帽を被った男が立ち上がった。

一斉に護衛たちは腰にある刀やピストルに手をかける。

「フハハハハ」

 不意に、季節外れであるトレンチコートを着た男は笑みを浮かべた。

手には、消音器付きのMAC10短機関銃。

「貴様!正気か」

「この九條家の屋敷に、一人で乗り込む馬鹿がどこにいる」

 渡り廊下の上より男の方にピストルを向け、一斉に射撃を開始する。

いくつもの銃口から、赤い線が闇夜を切り裂く。

 鎧衣は、MAC10を引き金を引く。

連射しながら、横に向かって飛んだ。

 射線上から体を右方向に向かって体を移動しながら、何かを投げつけた。

ちょうどその時、護衛の多くはピストルの届く距離に接近しようとして階段を下りる最中だった。

 MK3手投げ弾が、階段の所に飛び込む。

閃光が広がり、爆音が響くと同時に、周囲にいるものの鼓膜を痛めつける。

 護衛の多くは、九條に覆いかぶさるようにして動かなかった。

一瞬の出来事のため、何が起きたか、理解できなかったようだ。

 鎧衣は、続けてM26手榴弾を彼らの方に投げ込む。

手投げ弾は壁に当たると、跳ね返って九條たちの真後ろに落ちる。

 息をのむ瞬間、爆発が生じる。

 その場にいた護衛の3人ほどが、爆風で吹き飛ばされた。

細かいワイヤーが飛び散り、周囲で立っていた人物の体を切り裂く。

「だ、旦那様!」

 手榴弾の破片は、九條の太ももを傷つけていた。

「心配ない、かすり傷だ」

 一方の穂積は、急襲に対して信じられない様子だった。

がくがくと震えながら一人ごちる。

「なんだよ……ま、まさか……」

 これが現実に起こったとは信じられない。

おぞましい悪夢を見ているかのようだった。

 穂積は、手りゅう弾の破片で頬にかすり傷を負っていた。

痛みにすさまじい生汗を滲ませつつ、後悔した。

 ああ、俺は何のために、国を売り、ここまで逃げてきたのか。 

穂積は、胸をかきむしりたい思いだった。

 ソ連人のアターエフは、GRUの工作員と共に一目散に逃げ去っていた。 

警備兵の多くは、事態に混乱し、抵抗の意志をみせなかった。

 

「旦那様、ここは一旦引き下がりましょう」

 護衛の言葉より先に、穂積は逃げていた。

だが、九條は護衛の提案を断った。

「先に行け」 

 階段に近づくと十数人の男たちが、血まみれになって重なっていた。

鎧衣が顔を向けると、探し求めていたソ連人の姿はない。

 鎧衣が周囲を伺っていると、間もなく彩峰大尉が来た。

顔には疲労の色が見られたことから、何人か斬ってきたのだろう。

「どうした」

「ソ連人の姿が見えない」

「グズグズしていれば、逃げられる。

急ごう」

 鎧衣は、素早くMAC10の弾倉を交換する。

彩峰も、愛用するブローニング・ハイパワーの弾倉に弾を込めた。

 

「待て、小童(こわっぱ)ども!」

 九條は、朱塗りの柄のついた長巻きを持っていた。

ちょうど屋敷の奥に通じる渡り廊下の入り口で、通せんぼをする形で立っていた。

「私を斬ってからではないと、先には通さんぞ」

 長巻きとは、室町時代以降に発展した長柄の刀剣である。

3尺の日本刀に、3尺の柄を付けた武器で、主に騎乗する武士が使った。

 似たような形状の薙刀と違って、先()りが浅く、柄が短かった。

その為、間合いが短く、振り回すよりも勢いをつけて切る方が向いていた。

 長巻きを持った九條が、いきなり斬りかかって来る。

暗がりに空を切る音がして、鎧衣と彩峰は引き下がった。

 問題は九條の身分だった。

五摂家当主で、スパイ事件の首謀者の一人であるから、簡単には傷つけられない。

 彩峰は素早くピストルをしまうと、右手に軍刀を構えた。

九條は、長巻きを煌かせながら、間合いを詰める。

「えぃ!」 

 次の瞬間、九條の持つ長巻きが白い流れとなって、襲い掛かってきた。

同時に、彩峰の軍刀も唸りを上げて、相手に向かった。

 長さがすべてを制する。

長巻きが彩峰の軍刀に当たり、弾き飛ばされた。

 

 九條は再び長巻きを振り上げようとして、上段の構えを取った。

その刹那、甲高い声が響き渡った。

「彩峰!」

 やや後方から黒い影が押っ取り刀でやって来た。 

無紋の白の着物に、黒の袴姿の御剣であった。

「待て」

 立ち止まって打刀を、腰に(かんぬき)差しにする。

まもなく、鎧衣と彩峰の方を向く。

「わしが、後は引き受けよう」

 鎧衣と彩峰は、一瞬にして御剣の意図を理解した。

彼等は足早に、その場を後にした。

 

「どうしてお前が……」

 御剣は九條に問いかけた。

問いかけながら、腰の刀を抜くタイミングを計っていた。

「何故だ……

日本を裏切れば、どうなるか解っているはず」

 御剣の持つ打刀は、標準的な刃渡りだったので、70センチほどしかなかった。

一方の九條の長巻きは120センチ以上の刃渡りだった。

 柄も含めれば、240センチを超える長巻きとの間合いは、難しかった。

下手に飛び込めば、長巻きによって、切り殺される恐れがあったからだ。

「私はソ連人と同じ夢を追いかけていたのだよ」  

「夢?」

「そう……夢!

夢に殉じなければ、巨大な権力には立ち向かえない」 

 御剣は、腰にさした刀を素早く抜き出す。

九條は、だんだんと間合いを詰めてきた。

 一瞬の出来事だった。

長巻きが振り下ろされるよりも早く、剣を握った御剣が懐に飛び込む。

 賭けだった。

70センチの刃渡りのある打刀は、九條の肺腑をえぐった。

 まもなく九條の動作が止まった。

脾腹に刺さった刀は、生命活動に必要な内臓をことごとく傷つけていた。

 御剣は、九條を助け起こす。

 九條は御剣の腕の中で、意識を失ないかけていた。

一目見ただけで、助からないことが分かるほどの出血量だった。

「御剣、心残りはな……」

 九條は、一瞬意識を取り戻した

血で激しくせき込みながら続けた。

「末の息子の……立派な姿を見れんことだ……」 

 御剣は遺体を横たえると、血に染まった長巻きを九條の手から奪った。

計画を実現させるまで、彼は死ねなかった。

 

 御剣と彩峰達が正面から乗り込んでいる最中、マサキは屋敷の中に潜り込んだ。

マサキは暗闇の中から、殺気を感じた。

「何だ、お前は!」

 目の前には坊主頭をした小柄の男がいた。

 背広を着ていても分かるほどのでっぷりと太った腹に、細い手足。

その姿は、まるで株に棒を指したような不格好な姿だった。

 ここで騒がれては不味い。

そう考えたマサキは、板張りの廊下をすり足で距離を詰めていく。

 大野は、ズボンの中から60センチほどの刃渡りの大脇差を取り出した。

やくざ映画に出てくる長ドスのように椋木の鞘で覆われていた。

 刃先を向けて来る直前、マサキは切り合いは不利と見て、安全装置を解除した。

ほぼ同時にM16の槓杆を引き、引き金を絞る。

 しかし、それを察知したのか、大野は近くにあった障子を盾に避けた。

――しまった、一発目を外したか――

 マサキは内心焦った。

取り外した障子を盾にした大野は、一転して攻勢に出る。

 長脇差が一閃し、鋭い音で空気を切る。

牽制の意味での攻撃だったが、十分だった。

 マサキは距離を置きながら、冷静に大野の動きを見る。

脇差を右手だけで振るっているので、左側ががら空きだ。

 ここで大野を揶揄って、冷静さを失わせよう。

上手いタイミングを見て、銃剣で左胸の心臓を突けばいい。

「おまえは、大野だな」

「なんだ」

 マサキは、不敵な意図のもとに、大野の顔が見える辺まで近づいた。

「お前のような奴は、宦官(かんがん)と呼ぶのがふさわしい」

 大野は、怪訝な顔をする。

「宦官?」

 マサキは笑みを含むと、納得したようにうなずいた。

「ソ連の様な悪の帝国に媚びを売り、小遣い稼ぎをするような奴は、機能無しの男女だろ。

確固たる信念を持たぬ男である貴様は、目先の利益しか考えない宦官以外に考えられるか」

 

 宦官(かんがん)とは、古代支那や中近東の王朝に見られた皇帝の身辺の世話をする後宮仕えの男である。

男女の過ちを防ぐため、男性機能を去勢させた男にあらざる男であった。

その代わり、国を傾ける様な富と権力を築くことに異常な執念を注いでいた存在であった。

 

 大野は、たちどころに憤怒した。

マサキの一言は、大野の尊厳を破壊したと言っても過言ではなかった。

 漁色(ぎょしょく)*4としてのプライドのある彼にとって、宦官と同一視されるのは屈辱だった。

「くそ、てめえ、ぶっ殺してやる」 

 大野は、発狂したような声を上げた。

すっかり人相の変わり果てた顔が紅潮し、すさまじい表情になる。

「ムキになるところを見ると、どうやら間違いではなさそうだな。

やはり……、肥満体のお前は、機能不全(ED)*5だったのか」

 マサキは口元をゆがめ、凄味のある表情で大野を見る。

肥満は、今日でも男性不妊や機能不全(ED)の深刻な原因の一つである。

 大野は、肥満が原因で、早い時期から機能不全(ED)になっていた。

それ以来、加虐思考(サディズム)に走り、自分を慰めていた男だった。

ソ連から提供されたESPに変質的な行為をして、自らの獣欲を満足させていたのだ。

「畜生ッ……うう」

 大野はどうにもならず、呻くばかり。

脇差を振って、大立ち回りをするも、銃剣を付けたM16小銃を持つマサキの前では、リーチの差から不利だった。

 柳生新陰流を自在に操る大野でも、生命をやり取りする場では冷静さを欠いていた。

怒りによって、視野狭窄になっていたのだ。

「おい、非国民(ひこくみん)!」

 マサキは、小馬鹿にするようにして問いかけた。

大野の狼狽ぶりを見て、愉快そうに満面の笑みを浮かべる。

「気が変わった。

お前には生きて売国奴(ばいこくど)として、惨めな姿を晒して、死刑になってもらう方がいい」

 そういうとマサキは、M16小銃を逆さまに持ち換える。

銃の台尻を棍棒の様に、大野の足めがけて振り下ろした。

 膝に当たると、鈍い音と共に何かが割れるような音がした。

 大野は刀を取り落とすと同時に、絶叫が轟く。

さらにもうひと振りをして、片方の足に台尻を振り下ろす。

 大野は、両足を砕かれた激痛で、気を失った。

マサキは、伸びきった男の事を細引きで柱に縛り付け、その場を後にした。

*1
参考までに言えば、1967年のソ連の国家歳入は1102億ルーブル、国家歳出は1100億ルーブル。1961年から1981年まで、1ルーブル=1ドルの固定ルートだった

*2
rendez-vous.仏語で、特定の場所での集合や人と落ち合う言葉。そこから発展し、男女の逢引きを指す言葉になった

*3
1海里=1852メートル

*4
次々に女を追い求めて情事にふけること。猟色(りょうしょく)

*5
男性の性機能障害の一つ。いわゆるインポテンツ。陰萎(いんい)とも




 誤字報告ありがとうございました。
200話近い話数なので、正直誤字や誤表記に気が付かない時が多いです。

 なにかしらの間違いや疑問があった時はコメント欄に書いていただければ結構です。
全て目を通しておりますので。
 
 ご意見、ご感想お待ちしております。

ソ連の今後に関して

  • 核不使用の軍隊
  • 体制そのままに資源50パーセントオフ
  • 一億総懺悔
  • クーデター
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