冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 マサキたちは、九條邸から脱出しようとしたソ連スパイを拿捕する。
一方のGRUは、マサキ達の裏をかくべく、ミラ襲撃作戦を実行するのであった。


国際(こくさい)諜報(ちょうほう)(だん) 後編

「そっちはどうだ」

 マサキは、同じ部屋に入ってきた鎧衣と彩峰に声をかける。

「どこをどう探しても、ハイネマンの姿が影も形も見当たらない」

 鎧衣が応じる。

少し遅れて、御剣と紅蓮が姿を現した。

「やはり、ハイネマンはすでにソ連に……」

 彩峰が、苦り切った表情で問いかけてきた。

 マサキは、その言葉に耳を疑う。

ソ連が潜水艦を日本海に遊弋させているのはすでに把握していた。

 しかし、これほど短時間で、日本側に気が付かれずに浮上させることができるのだろうか。

領海内に入らなければ、安全に回収は出来ないはずだ。

「ソ連まで移動する時間は、どう考えてもない。

おそらく彼は、ソ連の船が自由に出入りできる港がある福井方面に向かうだろう」

 御剣がそう返答した。

メンバーを安心させるのは、司令塔である彼の役割だ。

けっして不安にさせてはならない。

「私たちは、陸路から重点的に探してみる。

鎧衣君、彩峰大尉、木原君……

君たちは、近くにあるヘリが下りられそうな場所をあたってくれ。

GRUの工作員をピックアップする為に、ヘリが来るはずだ」

 御剣は、素早く指示を与える。

ハイネマンは、まだ敵の手の中という点を考えれば、一刻の猶予もない。

一つ間違えれば、取り返しのつかない危険性が十分あった。

 

 GRUのアターエフは、他の工作員と共に、屋敷の裏庭にあるヘリポートに来ていた。

そこにはソ連製のKa-25艦載ヘリが、メインローターを回して待ち構えている。

「少佐!ここの安全は確保されております。

さあ駆逐艦へ、あちらで同志大佐がお待ちです」 

 GRU工作員たちは、カーゴドアからヘリに乗り込んだ。

まもなくヘリの機体は浮上し、大津にある九條邸を後にした。

「同志少佐、災難でしたね」

 GRU工作員の一人が、離陸したヘリの機内でわめいた。 

「まさか木原に襲われるとはな……」

「待機していた部隊の半分がやられました」

「木原は、例の作戦は知るまい」

 アターエフは、部下に訊ねた。

ヘリは、爆音を響かせながら、若狭湾沿岸の上空を飛ぶ。

「敵の注意を我らに向けておきましたからね。

今頃は、篁もさぞ泡を喰っていることでしょうよ」

「フハハハハ。

木原の奴も、気付いたときにはすべてが終わっているという訳か。

こいつは傑作だ」

 アターエフは相好(そうごう)(くず)し、部下から渡されたウイスキーを飲む。

口からこぼれた酒を拭うと、満足げに答えた。

「あの黄色猿め、ソ連を散々コケにしおって。

ざまあみろだ……どんな面をしてるのか、楽しみだわい」

 アターエフは窓から機外を見る。

ヘリは不思議な事に、日本海側ではなく、福井市内に向かっていた。

 ソ連の艦艇から段々と離れていくことに気が付いたアターエフは、慌てた。

機体は急速に高度を下げると、ビルの屋上をかすめるように超低空飛行に入っていく。 

「どこへ向かう!」

 ヘリは強引に、福井城跡の公園に着陸した。

福井城跡の本丸部分には、福井県庁、県会議事堂、県警察本部などが設置されている。

その他の大部分は、公園としても整備されている。

「何をしている、ヘリを飛ばせ!」

 アターエフは、トカレフ拳銃をもって叫んだ。

ソ連赤軍の深緑の軍服を着た男が振り返る。

「お前たちにふさわしい場所に届けただけだ」

「誰だ、貴様。ソ連人ではないな」

 件のソ連兵は、ヘルメットを外し、深緑の制服を脱ぎ捨てた。

出てきたのは、薄いカーキ色の日本軍の夏用制服を着た人物だった

「ソ連に恨みを持つ科学者さ」

 男たちは、マサキの登場に度肝を抜かれた。

数名の者が、自動拳銃をマサキに向ける。

 その刹那、飛行帽を被り、革のブルゾンを着た副操縦士も振り返り、MAC10を乱射した。

突然の銃撃に、アターエフたちは伏せる。

 ヘリパイロットの正体は、変装した彩峰と鎧衣だった。

彩峰は元々衛士になる前は陸軍のヘリパイロット出身だったので、なんとかソ連製のヘリを動かせたのだ。

 マサキは口元に凄味を浮かべ、GRU工作員たちを見やった。

「どうした、貴様ら!まるで幽霊でも見たような顔をしおって……

木原マサキは、この通り、ぴんぴんしておるぞ、フハハハハ」

 ロシア人たちは、何か思うところがあったのか。

応対に出た警備の警官に、アターエフたち一行は観念し、あっさり武装解除されてしまった。

 

 マサキたちが福井に向かっている頃、篁亭の周辺で動きがあった。

屋敷を見通せる場所に、黒い目出し帽に黒い服を着た十数名の男たちが集まっていた。

 アターエフの指示を受けたGRUスペツナズの別動隊の面々だった。

「あの屋敷を見てみな」

 そういって隊長格の男は、双眼鏡を部下に差し出す。

ソ連では個人用の暗視装置が存在したが、小型化には失敗していた。

 小銃に装着可能なNSPU暗視装置は、2.2キログラムの重さがあり、取り回しに難があった。

また、稼働時間が6時間と短く、戦闘視界を確保するには月あかり程度の光が必要だった。

 最新式のБН-2暗視装置は、大型の一眼レフカメラほどあり、携帯には向かなかった。

既に採用から40年近く経ているが、今もロシア軍の一部で使われている装備だ。

「今回の仕事は、ある女を誘拐して、その女の持っている秘密を盗み出すことだ。

その女は、あの屋敷の主人の妻をしている」

 男の一人が隊長に聞いた。

「その女を誘拐することが、そんなに大変なのか」

 隊長の男は、顔を歪めて答えた。

「その女は、ミラ・ブリッジスといってな、F‐14の開発に携わっていた女だ。

米海軍関連の仕事をしてきた女だが……

どういう風の吹き回しか、ゼオライマーの木原に近づいた」

「ゼオライマー?」

 隊長は、大げさに肩をすくめてみせる。

「そうよ、あの憎むべき日本野郎(ヤポーシキ)の超マシンの強化に乗り出した。

それをみすみす逃すことはない。

それにミラ・ブリッジスの技術が木原に渡るとなると、同志議長がお困りだ。

世界平和の邪魔になる……」

 ようやく事態の重大性に気付いた部下たちは、腕を組んで考え始めた。

「それをこっちに取り上げようというのだが……おや?」

 

 その時、篁邸の前に止まった車に、二人の人物が乗り込むのが見えた。

1人は腰まである長い金髪の若い女で、もう一人は小袖を頭からかぶっていた。

 近代までの貴人女性は、家族以外の人間に顔を晒すことを嫌う慣習があった。

その為、虫の垂れ衣が付いた市女笠や、被衣(かずき)と呼ばれる小袖を頭からかぶる習慣があった。

 我々の世界では、明治以降急速に廃れたが、武家社会が残るこの異界では生きた習慣だった。

 

「こいつは面白いことになったぞ。

ドイツ野郎(ニメーツキ)のベルンハルトの妹がいる」

 隊長が笑いながら指示を出す。

「こうなったら、ベルンハルト諸共、ミラ・ブリッジスを誘拐しろ……」

 全員が手に持ったVz 61短機関銃のボルトを引く。

「諒解!」

 篁亭を出た車は一路、名神(めいしん)高速道路へむかって進んだ。

大阪伊丹(いたみ)にある関西国際空港に行くためである。

 途中、鴨川にかかるの鳥羽大橋に差し掛かった時である。

目の前を走ってる幌付きのトラックとセダンが行先を遮るように停止していた。

 事故なのだろうか、双方の運転手が車外に出て何か話し合っている様子だ。 

アコードを運転する白銀はそう考えて、車を急停止した。

 目の前で話していた男たちは、白銀たちの様子を伺うと一目散に走り去った。

その直後、闇夜を裂くように甲高い音と共に赤い線が通り抜ける。

 銃弾は、全て車のタイヤに当たる。

 これで奴らは、袋のネズミだ。

そう考えたGRUの特殊部隊の隊長は、指示を出す。

「全員、表に出ろ」 

 道路の左右の繁みの中から、スコーピオン機関銃を持った男たちが目の前に現れる。

全員が黒い目出し帽に黒服姿だった。

 

「フフフフ……白銀、ベルンハルト。

貴様らの負けだ。

早速だが、ミラ・ブリッジスを渡してもらおうか」

 そう男が英語で話しかけた時、止まっていたセダンのドアが一斉に開く。

前の席から白銀とアイリスディーナ、後部座席から被衣(かずき)で身をすっぽり包んだ人物が出てくる。

「不意を突いて、攪乱させれば、我らが手の中に、ミラ・ブリッジスは入る。

木原のほえ面が目に見えるようだわい。フハハハハ」

 白銀の後ろに立つ女は、顔を隠すため頭からかぶった衣を投げ捨てる。

女の正体は、ミラ・ブリッジスではなく、色無地姿の美久だった。 

「引っかかったな、ソ連人」

 白銀の一言で騙されたことを知ったGRU工作員たちは、一斉に彼の方に顔を向ける。

「ど、どうして氷室、貴様がここに……」

 九條邸に居た穂積から向こうの状況を逐一聞いていた隊長は、驚きの声を上げる。

どうして、わずか15分足らずで、30キロ以上離れた大津から、京都市内まで来れようか。

 男が混乱している最中、ブリヤート人の副官が声をかけた。

「遠くから、サイレンの音がします」

 誰もパトカーのサイレンには気が付かなかった。

副官は、シベリアの原野で育った男だけあって、聴力も違うのだろう。

 男がそう考えている内に、副官は続けた。

「台数は、2から3台です。どうしますか、隊長」

 男の混乱するさまを見て、白銀は助手席に隠してあったM72グレネードランチャーを取り出す。

砲身を伸ばすと即座に方に構えて、黒い発射ボタンを操作する。

「伏せてください」

 その言葉よりも早く、アイリスディーナは身をかがめる。

砲身からロケット弾が飛び出し、折りたたまれた金属の羽が伸びる。

 弾頭は間もなく止まっているトラックのボンネットにに命中し、近くに止めてあったセダンを巻き込んだ。

爆風とともに強烈な爆音が上がり、セダンが宙を舞う。

 まもなく燃料に引火し、炎を吹き出す。

ガソリンを浴びた工作員数名は、引火した体を消し止めようと必死に地面を転がった。

 隊長の男は、火だるまになる部下をよそに、アイリスディーナの方に駆け寄る。

せめて彼女だけでも人質にと、考えての行動だった。

 その瞬間、閃光が認められた。

アイリスディーナの放った.32ACP弾が、男の持つスコーピオン機関銃に当たる。

 彼女はワルサーPPK/Sを握っていた。

 それは東独製の違法生産品ではなく、米国のインターアームズ*1社でライセンス生産されたものだった。

 西独製のPPKが500ドルなのに対し、米国製のPPKは265ドルだった。

半値近かったが性能と仕上げは、西独製と遜色はなく、人気商品だった。

 この拳銃は、篁がミラに護身用に誕生日プレゼントで送ったものである。

ミラはもしものことを考え、アイリスディーナへ借していたのだ。

 

 額からにじみ出る汗の為に濡れた目出し帽に触れた後、男はスチェッキン拳銃を取り出す。

アイリスディーナの方ににじり寄りながら、安全装置を半自動の位置に操作する。

 小娘と思って、侮っていたのが間違いだった。

女とはいえ、相手は、一通りの軍事教練を受けた人物ではないか。

 車を盾にするアイリスディーナに向け、9×18ミリPM弾を数度放つ。

アイリスディーナは乱脈に逃げまどいながらも、PPK/Sで応戦した。

 男はアイリスディーナの方に気が向いていて、周囲の状況を見落としていた。

既に銃声を聞いた近隣住民により通報されたパトカーが来ていたことに、気が付かなかったのだ。

 アイリスディーナは、PPK/Sの引き金を落とすが、弾が出なかった。

敵の襲撃に興奮しており、なおかつ反撃するのに夢中で、弾切れに気が付かなかった。

 男は口元をゆがめ、恐怖でおののくアイリスディーナを見やった。

彼女は近くにあった小石を投げて、必死に男を牽制しようとする。

 男は腰のベルトに横差しにしたカフカス風の短剣を抜き出した。

後ろで燃え盛る炎の光が反射して、闇夜の中に鈍い煌きが浮かび上がる。

「うへへ。さっきの威勢はどうした、お嬢ちゃん。

後は俺が可愛がってやるぜ」

 アイリスディーナは、一閃の光を見た瞬間、血の気がスゥーと引いた。

「へへ、うへへ。貴様のようなドイツ人は危険だ。

やはりソ連がしっかりと教育せねばならんのだよ」

 アイリスディーナは、おびえ切っている。

すっかり、元の気弱で優しげな少女に戻ってしまっている。

 アイリスディーナに歩み寄る男の眼前を、小太刀が通り抜ける。

 反射的に男が振り向く。

男は一瞬にして、振り下ろされる刃の輝きを身に受けた。

 60センチの刀身は、男の左肩から胸を引き裂いた。

袈裟懸けに切られた男は、握っていたキンジャールを落とす。

 ゆっくりとスローモーション撮影の様に、男は前のめりに崩れ落ちた。

白銀は、止めとして、倒れた男の両手足を持っている細引きで縛り上げた。

 これは戦いの鉄則である。

長い実戦経験を持つ白銀はこれを忘れなかった。

 遅れてきた警察に一部始終を話すと、生き残った工作員全員を引き渡す。

警察と消防の事情聴取が終わる事には、すでに夜が明けた後だった。

 


 

 場面は変わって、ハイネマン救出作戦が行われている同時刻の京都。

五摂家の一つである斉御司(さいおんじ)の邸宅では、密議が凝らされていた。

 薄暗い室内で、男たちは酒を酌み交わしながら、九條の件に関して話を進めていた。

「いかが、思われますか」

 薄い茶色の軍服姿の男は、上座に居る単仕立ての小袖を着た男に問いかけた。

軍服姿の男は大伴中尉で、小袖姿の男は斉御司(さいおんじ)の当主だった。

「木原の事か」 

 大伴の言葉に、斉御司は失笑を漏らした。

 斉御司は何か企み事があると、笑みを浮かべる癖がある。

大伴も、斉御司に倣い、わずかに笑みを浮かべた。

「先ほどの間者の報告からすると、このままではもはや勝負あったも同然……」

 斉御司は、大伴の言葉に失笑を漏らす。

「いやいや、ソ連にも知恵者は多い。

まだまだ、国内は大揺れに揺れる」

 斉御司は笑みを消して答えた。

大伴も彼に合わせて、真剣な表情になった。

「揺れなければ、どうしても揺らさねばなりません」

 斉御司は言葉を切ると、タバコに火をつけた。

「その時こそ、将軍ご親政の好機でございます」

 

 斉御司たちの狙いは、元帥府による将軍親政。

つまりは、現代日本に幕府体制を復活させることが狙いだった。

 長い時間をかけて築き上げてきた議会制民主主義を壊し、一部の武家や公家による専制政治を望んでいたのだ。

 そのためには、外国勢力の力を借りるのもやむなしというのが、斉御司の本心だった。

だから反米反ソの精神で、冷戦下の日本を独立させようとする御剣とは相いれなかったのだ。

 

「その時まで、我らは道化になりましょう。

ある時は米国に、ある時はソ連に……」

 斉御司は顔を歪めて、不敵の笑みを浮かべた。

壁にかかった振り子時計の方を見ながら、こう続けた。

「あの時計の振り子のように、首を振りましょう

 斉御司は煙草をもみ消しながら、大伴の方を向く。

大伴は、自分の右側にある軍刀を握って、無言で立ち上がった。

 勢いよく鞘から抜くと、虚空に向かって剣を一閃する。

部屋の中の灯りを求めて入ってきた蛾を、鈍い光が両断した。

「おのれ、木原め。

いずれや、血祭りにあげてやる」

*1
the International Armament Corporation.米国の拳銃職人サミュエル・カミングスが設立し、1998年まで存在した米国の拳銃メーカー




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  • 核不使用の軍隊
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