冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 日本での短い滞在。
アイリスディーナにとって、この出来事は真夏の短い夢のようだった。


白昼夢(はくちゅうむ)

 マサキは、一旦アイリスディーナの事を使節団に返した後、京都市内のホテルに戻っていた。

 併設されたバーで無聊(ぶりょう)をかこつマサキの元に、御剣(みつるぎ)が護衛も引き連れずにふらりとやって来た。

酒を飲みかわすうちに自然と、マサキの人間関係に対する話になっていた。

「木原君、君は世界征服を望む科学者だった。

色々と制約されて、思うように動けないから、家族を捨て、組織を捨て、一切のしがらみを断ち切った。

そうだね」

「ああ」

 言葉を切ると、マサキはタバコに火をつけた。

「そんな事は人間社会では許されない。

自分一人の都合で他人に迷惑をかけるのは許されることではないが……

それは凡人に言えることであって、非凡なる才能を持った君には許されるとしよう」

 マサキは煙草をふかしながら聞いていたが、終始不満顔だった。

「では一切のしがらみを断ち切って、世界征服に専念して、それが出来るか。

出来るわけがない」

 マサキは、驚きで声が出なかった。

御剣は、そんなマサキの様子をお構いなしに続ける。

「木原君。

君は、他人妻(ひとづま)のベアトリクスさんを見て、欲情し、アイリスディーナ嬢を見て心奪われた。

その結果、東ドイツの人間に付き居られるスキを与え、彼らに利用される羽目になり……

事あるごとに集中力を欠いて、無様な醜態をさらしてしまった!」

 御剣の言葉によって、マサキは愚かしくて罪深い自分の行為を反省した。

その一方で、彼女たちに手を出さなかった自分の弱さに感謝していた。

「女と寝れば後を引く。

金で左右できる女は味気がない。

しがらみを持たずに女と遊ぶにはどうしたらいいものか」

 マサキ自身は、すでに冷静とは言えなかった。

内心では、他者に知られたくない感情が渦巻いている。

「木原君、この異界に来てから、自分から女を求めたことは」

 かなり突っ込んだことを聞いて来る御剣の事を、マサキは蔑むような目で見る。

「1年以上も女の柔肌に触れていないのか。フハハハハ」

 御剣は笑ってみせた。

しかし内心では、マサキが古風な考えを持つ男であることに感心していた。

 自分が関心を持った女に対して、最後まで責任を持つという姿勢がある。

この男は口とは違い、志操堅固で、誠実な人物ではないのかと。

「しがらみを捨てたことがしがらみを呼び込む原因になったのではないか?」

 マサキは、考え込むような態度になった。

「抱きたい女を抱けばいい。

しがらみを持つのは悪いことではない。

人生は上り下りの起伏のあるものなのだ」

 時計は既に午前3時を回っている。

マサキの予定は、休みだったはずだ。

どうせ、昼間ごろまでにホテルから退去させればいい。

「いいかね、木原君。

人間のしがらみを避けて通ろうとするものに、世界征服など出来るものか!

逆に自分から人生のしがらみに飛び込んでいくようでなければ、いかんのだ。

幾多のしがらみ、修羅場(しゅらば)を乗り越えてこそ、ゆるぎない自信が出来る。

それが政治の世界のプレッシャーに勝つ精神力なのだ」

 マサキは感心したように、身を乗り出してくる。

御剣は、頼んでおいた冷えたビールを飲みながら続けた。

「ベアトリクスさんを見て、欲情し、悶々とするものが数兆円もする核ミサイルを撃てるか。

そりゃ、ドイツ美人の若妻とロケット弾を同列に扱う事は出来ん。

だが、私はそういう物だと思っている」

 マサキは煙草をもみ消すと、温くなった紅茶を飲む。

「力のある若者が何をしり込みする!人生の何を恐れるというのだ!

何にでも全力でぶつかってこい!」

 そこまで御剣が話すと、マサキが真剣な顔で答えた。

「二日間、時間をくれないか」

 御剣の話を聞いたマサキは、ベアトリクスへの気持ちの表現として、あることを思いついた。

彼女の夫であるユルゲンの誕生日である7月1日に、世界的な事件を起こしてやることにした。

 ソ連の衛星国の一つである北鮮に行き、ウラン鉱山と核関連一つでも吹き飛ばしてやる。

ユルゲンへの誕生日プレゼントにもなるし、何よりもソ連への牽制になる。

 

「偉大なる首領様、お待ちしておりました」

「それで、作戦の方は進んでいるのでしょうか」

 その日、北鮮の大首領は、順川(じゅんせん)にあるウラン鉱山へ視察に赴いていた。

党中央と呼ばれていた後継者の息子と、KGB北鮮支部長などのソ連側の要人を引き連れて。

「トン当たり20グラムの良質なウラン鉱床です。

あと3つほど掘り進めれば……」

 大首領は、満足そうに笑みを浮かべる。

「ウランに限らず、貴重な資源の秘密は、1ミリグラムとも敵に渡してはなりません。

それが主体(しゅたい)思想(しそう)を強化し、ひいてはその後の勝利にもつながるのです。

よろしいですか……」

 鉱山の責任者の男は真剣な表情で答えた。

「心得ております」

 その刹那、滔々(とうとう)と基地にサイレンが鳴り響いた。

鉱山の一角にマグネシウムを炊いたような閃光が走る。

 爆発の規模はかなり大きい。

炎と黒煙が、採掘場を覆っている。

 おどろおどろしい炸裂音が、近くの鉱山でし始める。

火山の噴火に似た音だ。

採掘に使うダイナマイトの火薬庫に誘爆した音だろうか。

「首領様、早くお逃げを!」

 首領一行がその場を離れようとしたとき、煙の向こうで何かが動いた。

跳梁(ちょうりょう)する炎と黒煙の間から、白亜の巨人機が現れた。

 全高は、およそ50メートル強。

戦術機2機を重ねたよりも大きい。

 採掘基地の一角にある駐車場に、眩い黄色い光が煌めいた。

そこに止めてあったソ連製のジル114とフォードマスタングが、バラバラに飛び散った。

 防空用に備え付けられているZPU-2対空機関砲が、一斉に火を噴いた。

発射炎がほとばしり、雷鳴さながらの音が響く。

 巨人機の周囲に爆炎が躍り、大量の砂ぼこりが宙を舞う。

兵士の一人が、RPGを巨人機に向けて発射する。

 遠目にもわかる赤い線が一直線に進み、巨人機の頭部に直撃する。

一瞬赤い火焔が上がり、凄まじい爆音を生じさせる。

 SPG-9無反動砲を搭載したジープが突っ込んでいく。

無反動砲から発射された榴弾が爆発し、次々と炸裂する。

 巨人機の周囲に爆発が響き、巨大な火焔が躍る。

 その瞬間を見た兵士は、巨人機が爆砕されることを確信した。

一撃で破壊することは無理でも、頭部を破損させることは期待させた。

 黒煙が晴れ、巨人機が姿を現す。

「そんな馬鹿な!」

 何人かの兵士が叫んだ。

巨人機に目立った損傷はない。

今まで通りに両足で立ち、動き回っている。

 73ミリ砲の影響はなかったようだ。

 基地にあるT-34-85、59式戦車が、一斉に砲撃を開始する。

物陰から85ミリ砲と100ミリ砲をそれぞれ打ち込む。

巨人機の周囲に榴弾がさく裂し、頭部や脚部に直撃弾の炎が躍る。

 巨人機が動きを止めた。

その胸部から咆哮ともつかぬ不気味な音がする。

黄色い閃光がほとばしる

 一瞬大きな音が響いた直後、轟音と共に爆発炎が広がる。

意識が消失する瞬間、大首領の視界に炎の中で崩れ落ちる人物が見えた。

それが息子の党中央と、KGB北鮮支部長なのか、分からなかった。 

 翌日、朝鮮中央放送は、国民への3日間の服喪を呼び掛けた。

大首領を始めとする労働党の幹部が鉱山の落盤事故に巻き込まれて、逝去したことを伝えた。


 

 アイリスディーナは残りの訪日日数を、九州で過ごした。

有田焼の見学に行く議長たちとは別行動をとり、(たかむら)家の人間に混ざって、多くの事を学んだ。

 福岡や佐賀に出かけて、有名な日本の史跡や有名企業を訪問した。

とりわけ自由主義社会に関しては、有り余るほどの知識を体験で得た。

 九州での最終日は7月上旬から海開きされている志賀島(しかのしま)にマサキといた。

 志賀島は海水浴場で名の通った場所であると同時に、島全体が史跡であった。

江戸時代に出土した金印*1をはじめ、その名跡が万葉集にも歌われ、また元寇の激戦地の一つでもある。

 マサキは、アイリスディーナの他に、美久や篁家の人間と共に水着をもって海水浴場に出かけた。

ホテルからほど近い海水浴場だったので、白銀(しろがね)鎧衣(よろい)は遠くから双眼鏡で眺めているだけだった。

 平日の午前中という事もあり、海水浴場は()いていた。

 水着姿で更衣室を出てきたアイリスディーナとミラを見たマサキは、驚きを隠せなかった。

 アイリスディーナは、母親のメルツィデースや兄ユルゲンに似て背が高い。

服を着ているときは線も細く、非常にスリムに見えるのだが、水着を着ていると抜群のプロポーションだという事が分かる。

 とりわけアイリスディーナの乳房の大きさには、19歳の少女とはいえ瞠目(どうもく)すべきものがあった。

 ミラはIバック型の白のワンピース型の水着、アイリスディーナは濃紺のUバックをした競泳用水着。

少し遅れて、篁と美久がきた。 

 美久はバック・クロス・ストラップ型をした灰色のビキニ。

美久の水着は以前、イスラエルで地中海と死海を泳いだ時に現地で買ったものである。

マサキは、三者三様の姿を見て圧倒されるものがあった。

 海岸に居た人々も、三人の華やかな姿に圧倒されている。

 ミラの白い水着は、色の透けない米国製の新素材で作られたものであるが、双丘の隆起は隠せない。

初めて見た時から、吉祥天(きっしょうてん)を具現化したような存在であった。

 その輝きは、子供を産んでからも変わらない所か、ますます増したように思える。

29歳の他人妻とは、なんというものかと、内心、不思議なため息をついていた。

 マサキは、嫌でも彼女たちの扇情的な体に視線を注いでしまう。

美久やアイリスディーナに内心を悟られまいと、必死に泳いだ。

 

 篁は一足先に浜に上がっている妻のミラを探そうとした瞬間、アイリスディーナが濃紺の水着で目の前に現れた。

篁中尉(オーバーロイテンナント・タカムラ)

 アイリスディーナを認めた瞬間、篁は目を(しばた)いた。

濃紺の水着は、競泳用のシンプルなワンピースだった。

 篁は、水着に目を奪われたのではなかった。

それに包まれた19歳の少女に、目を見張ったのである。

完璧なまでに形作られようとしている肉体を平易な言葉で表現することさえ、憚られた。

アイリスディーナ・ベルンハルトを、冒涜するものでさえある。

篁はアイリスディーナから漂ってくる雰囲気にすっかりのまれ、ただ頷いた。

「楽しいかね」

 慌てて、篁は言葉をつないだ。

日本人離れした流暢なドイツ語に耳を傾けながら、アイリスディーナは若干低い声で応じる。

「とても楽しいです。とっても……」

 篁は、それ以上何も言えなかった。

 アイリスディーナの泳ぎは、元水泳の強化選手だけあって、見事だった。

20分ほど、軽くクロールで流してから、海から上がってくる。

篁は、体に密着した水着の妖しくも美しい曲線に圧倒されたままだった。

アイリスディーナは、そんな視線もお構いなしに、マサキのいるビーチパラソルの方に向かっていった。

美しいカーブを描く後姿を見ながら、篁はため息をついた。

 マサキは愛用のホープを片手に、白銀を前に熱弁を振るっている最中であった。

BETA戦争がひと段落をついたことで西ドイツの経済に陰りが見え始めた事、そして米国はニクソン以来の深刻なスタグフレーションが続いている。

このままいけば、米国はおろか、G7各国が日本への対米貿易黒字の削減と日本円への協調介入を提案してくるのではないか。

前世のプラザ合意の経験から得た知見を、熱心に説いていた。

「もうそろそろ、お昼ですね」

 アイリスディーナは、マサキの前に座った。

「そうだな」

「食事の準備は……」

「美久に買いに行かせた」

 食事の準備は、美久と鎧衣に任せっきりにしていた。

こういう時は裏方に回ってくれる彼らは、非常に助かる存在であるとマサキは思った。

「まあ、兄さんと違ってちゃんと準備しているんですね。

所で、木原さんは、義姉さんと私では、どっちのタイプが好きですか」

 マサキは、いきなりの質問にドキマギした。

「どっちのタイプも、大歓迎さ!」

 マサキは何も考えずに、軽く答えた。

アイリスディーナは笑っただけだった。

 会話が途切れた。

その時、ジュースを持って来た美久が現れる。

「コーラは俺と白銀、ミラに、ビールは篁。メロンソーダはアイリスに渡せ」

 マサキは美久の方を向くと、色々とこまごまとした指示を出している。

アイリスディーナは、マサキと対等に話できないことを悔やんでいた。

 きっと私じゃ役不足なんだわ。

氷室さんの様に、あけすけに応対してほしい。

アイリスディーナは、何とも言えない苛立ちを覚えた。

 マサキは、アイリスディーナにとって例外だった。

今まで知り合った男の中で、色々と親切にしてくれるし、家族ぐるみの付き合いもある。

それだけにアイリスディーナのマサキに対する感情は、特別だった。

 いや、かえって軍隊という男社会に籍を置いたことで、マサキにこだわりを抱くようになったと言っても過言ではない。

アイリスディーナは体育すわりをしながら、あれこれ考えるうちに、いつの間にか転寝をし始めてしまった。

 

「早く食べないと冷めるぞ」

 脇に座るマサキの声で、目が覚めた。

日本に来た疲れですっかり眠ってしまったらしい。

 誰かが買って来たらしい焼きそばやフランクフルト、イカの姿焼きが並んでいる。

「いや、しかし市販のラーメンの方がうまいな。

海辺で食うという思い出以外、評価できることはない」

 マサキはラーメンのどんぶりを持っていた。

「まあ、カップ麺でも買った方がいいですよね」

「お前もそう思うか」

 マサキと白銀の思いがけない会話に、アイリスディーナは驚いていた。 

カップ麺は東独はおろか、西独でも高級な保存食の扱いだったからだ。

 自由経済の贅沢な暮らしに慣れていないアイリスディーナの目には、日本の生活全般が洗練されたものに映る。

東西冷戦の最前線の一つである日本の発展ぶりを目の当たりにし、今まで信じた価値観が崩れ落ちていく気がした。

 アイリスディーナは海を見つめたまま、何も話そうとしない。

邪魔をしてはいけないという配慮から、誰も声をかけなかった。

 ミラは、遠くからアイリスディーナの横顔を見ながら、その孤独感を感じ取っていた。

軍の花形である戦術機部隊のパイロットでありながら、こういう一面を持ち合わせていることを今知った。

 

 アイリスディーナが日本で過ごした1週間はあっという間に終わった。

保安検査場の入口の入り口に立った五人の日本人に見送られながら、機中に向かった。

 篁をはじめとする日本人たちは、皆和やかな表情でそれぞれ別れの言葉をアイリスディーナに投げかけてきた。

そこには企みもなかったし、憎しみもなかった。

 保安検査の間、アイリスディーナは日本で体験したことが、やはり夢だと思った。

そうでなければ、淡々とわかれることができるはずもないと考えた。

 やがてイリューシン62は伊丹国際空港を離陸し、ターミナルビルは見えなくなった。

夏の空を飾る綿雲を機窓から眺めながら、アイリスディーナは19歳の東独の少女という現実へ引き戻っていった。

*1
後漢の頃、光武帝から地方豪族に送られた印綬。「漢委奴国王」と印字されている




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ソ連の今後に関して

  • 核不使用の軍隊
  • 体制そのままに資源50パーセントオフ
  • 一億総懺悔
  • クーデター
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