冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 米国によるG元素の独占を恐れたソ連は、次なる策謀に動き出す。
それは、ゼオライマーに、バーナード星の爆破させるという陰謀だった。


(しん)元素(げんそ)争奪(そうだつ)(せん)
譎詭(けっき) 前編(旧題:バーナード星爆破指令)


 ウラジオストックにあるソ連共産党本部へ、秘密裏に一人の老紳士が呼び出されていた。

彼の名前は、アンドレイ・サハロフ博士。

ソ連水爆の父とされる人物であった。

 サハロフ博士は、ソ連での水爆実験成功後、社会主義英雄を三度受賞した人物である。

だが同時に、ソ連における反核運動の旗手の一人でもあった。

 1968年、「進歩・平和共存および知的自由」*1地下出版(サミズダート)し、その名を広く西側に知られている人物でもある。

 1975年にノーベル平和賞を受賞したこの人物は、何故、反核運動の旗手となったのか。

それは、ソ連各地の放射能汚染を目の当たりにし、核の被害に衝撃を受けたためである。

 また米国沿岸に大型水爆であるツァーリボンバーを投下し、人工津波を発生させる計画を発案したことがあった。

だが、ピョートル・フォミン*2海軍少将に非人道的ととがめられたことも関係しているのかもしれない。

ともかく核戦力の拡充を進めるソ連にとって、同博士は厄介(やっかい)ものであった。

 サハロフ博士とKGBの関係は、最初から不仲ではなかった。

ソ連初の水爆実験成功の裏には、KGBの諜報活動が大いに関係しているからだ。

 FDR*3政権のナンバー2、ハリー・ホプキンスは、ソ連に原爆開発キットというべき一連の材料と制作方程式を空輸していた。

この事は、「ジョーダン少佐日記」*4に克明に記されている。

 日記を記したジョージ・レーシー・ジョーダン*5大佐は、世界大戦中、陸軍少佐としてソ連向けのレンドリースに関わっており、その中には米国からソ連へ運び込まれた放射性物質があった。

1940年代初頭の段階では、ソ連国内でウラニウムが未発見だったためである。

 当時の米人の多くは、放射性物質の危険性を知らず、素手でウラニウムを触れていた。

その様子を見たソ連将校は大童(おおわらわ)となり、彼等を(しか)り飛ばしたという。

 また日記には、大量のソ連軍人が米国内に出入りしていた事が判明している。

カウンターパートナーである、ソ連軍のコチコフ*6少佐との交流が克明に描かれている。

 

 

 ソ連では1920年代以降、核開発はKGBの独占化にあった。

なぜ赤軍の中の研究班に置かれなかったのかというと、核開発のイニシアチブを取ったのがべリヤだったからだ。

そういった関係もあり、べリヤ*7の息子であるセルゴ・べリヤ*8はロケット技術者として核開発に携わっていた。

 ソ連赤軍は革命当初から党よりその存在を警戒され、とりわけ核の管理に関しても同様だった。

KGB第三総局、つまりは特別部が核の運搬や管理に人員を割いていた。

フルシチョフ失脚以降、核弾頭の物理的な管理は戦略ロケット軍や陸海軍が個別に行ったが、核関連施設の運営や計画は特別部が引き続き行った。

軍から独立した指揮系統で、核使用に対し、統制を()かせていた面がある。

 KGBはソ連の核科学者を早い段階から育成し、またそれに見合う報酬(ほうしゅう)や社会的地位を与えていた。

だが、サハロフ博士のように自由を求める人物に関しては、徹底的(てっていてき)妨害(ぼうがい)した。

 サハロフ博士のノーベル賞受賞以後、彼はアンドロポフ長官から徹底的にマークされ、最終的にゴーリキー市*9に無期限の流刑(るけい)を命ぜられた。

恩赦(おんしゃ)が認めらえたのは、アンドロポフが亡くなって2年後の事であった。

 

 宇宙怪獣の侵略を受けた異界では、結果的にサハロフ博士は流刑を(まぬが)れていた。

マサキによるブレジネフとアンドロポフの暗殺の為である。

 知人を通して他国との交流を続けている核物理学者に、ソ連政府はG弾の実情を問いただすべく、呼び寄せたのであった。

 

「米国では、代替え案として、G元素爆弾の連続投下を行った後、バーナード星系に移住する計画がある。

その様に、ロスアラモスの知人から聞き及んでおります」

 KGB長官の(げん)を聞いて、ウスチノフ国防相がつないだ。

「確かに米国にはエドワード・テラー*10の様なハンガリー野郎がいるからな。

あやつのごとき、水爆気違(きちが)いの似非(えせ)学者が出てもおかしくはあるまい」

 テラーは、米国水爆の父だった。

赤化しつつあったロスアラモスと距離を置き、軍と共に水爆実験成功を導いた人物である。

またサハロフ博士とは違い、2003年に95歳で天寿(てんじゅ)(まっと)うするまで、水爆の所有が相互確証破壊を維持させ、ソ連の核攻撃を防いだと公言してやまない人物だった。

 赤軍参謀総長は、口つきタバコの白海運河(ベラモルカナール)に火をつける。

 GRUの報告から、すでに米国では約30発分のグレイイレブンと呼ばれるG元素爆弾の原材料が準備されているのを知っていた。

だが水爆よりも重量があるので、空輸は難しく、艦艇(かんてい)にも搭載(とうさい)できないことも聞き及んでいた。

 そんな使えぬ兵器よりも、ゼオライマーの秘密を知り、一刻も早くソ連で量産化を進めるべきではないかと考えていた。

一瞬にして、ハバロフスクを蒸発(じょうはつ)させたメイオウ攻撃。

500トンの巨体を、自在に移動させることのできる大出力の小型ブースター。

 そして何よりも、無限の力を誇る次元連結システム。

マサキがこの異界に登場して2年という時間の中で、男はゼオライマーの存在に魅了(みりょう)された一人だった。

 

「同志サハロフ博士。

あなたは、G元素爆弾をどう思いますか」

 サハロフは愛用する古い型の丸眼鏡をはずして、男の方を向いた。

「科学アカデミーに届いたジョンストン島での実験結果をつぶさに見ましたが……

人類には手の余る兵器です」

 サハロフの顔色が、突然変わった。

()()()せ、何かに()えている表情になり、そして無表情になった。

途方(とほう)()れているといった様子だ。

「どういうことですか。仰る意味が分かりませんが……」

 参謀総長は、不審(ふしん)に思って聞き返した。

周囲の者たちは、サハロフの豹変(ひょうへん)唖然(あぜん)としている。

 呆然(ぼうぜん)とするサハロフに代わって、KGB長官が補足した。

「重大な重力異常を発生させ、島の植生に深刻な影響を与えたと聞き及んでおります」

 突然の告白に、参謀総長は煙草を落とした。

もしソ連国内に向けて、そんなものが使われたら……

 ()せて貧しいこのロシアの地が、さらに貧しくなる。

ただでさえ、年間の気温差が100度もあるシベリアの原野に首都を移して、その命脈を伸ばしているというのに……

 友邦諸国*11も、かつての飢饉(ききん)のときの様に助けてはくれぬのだ。

ほかならぬ断交の原因を作ったのは、我が国にあると言われれば、それまでだ。

だが、ジンギスカンの様に略奪をするにしても、その兵馬の数は十分ではない。

 大祖国戦争*12の時のように、13歳の幼子(おさなご)に銃を持たせろというのか。

将来、母となるような小娘たちに、生涯苦しみ続ける様な悪夢を味わわせるのか。

健康な若者たちの手足をもいで、芋虫の様にのた打ち回って、苦しめさせるのか……

 蒙古帝国は資源が乏しいゆえに版図(はんと)を拡げ、その為に余計に確保すべき資源要件が厳しくなり、自滅したではないか。

我が国に、そのような前車(ぜんしゃ)(てつ)()*13ような真似はさせてならぬ……

 今まで苦心してきた、この俺の努力は何だったのか。

燃え(いぶ)る紙巻煙草を呆然と見ながら、男は30有余(ゆうよ)年前の悪夢の戦争を思い起こしていた。

 

「この際、偽情報を流して、バーナード星系そのものを破壊させてはどうでしょうか」

 参謀総長は言葉を切ると、タバコに火をつけた。

これは彼が新しい話題に持っていくときの常套手段である。

「どうやって……」

「木原にです」

 ウスチノフ国防相が怒鳴った。

「あの日本野郎(ヤポーシキ)にか!」

「そうです。

木星のガニメデと土星の衛星を、跡形もなく破壊した……

あの日本野郎(ヤポーシカ)なら、完璧に実行できるでしょう」

 KGB長官が尋ねた。

「6光年もの距離がある場所ですぞ。

どうやって送り込むのですか」

「14億キロメートルを瞬間移動できる存在です。

ゼオライマーならば、たやすいでしょう」

 それまで黙って聞いていたチェルネンコ議長が口を開いた。

「して、方法は……」

「BNDの中にいる我らが協力者を用いて、ゲーレンにそのことを伝えるのです。

ゲーレンの事ですから、木原に相談するはずです。

彼の孫娘は、木原に()れている節がありますから……」

 チェルネンコは、男の答えに満足し、何度も頭を振った。

「流石だ、同志参謀総長!」

 チェルネンコの(つる)一声(ひとこえ)で、大勢(たいせい)(けっ)した。

最高幹部たちは一斉に挙手し、賛同の意を示す。

「では、早速その線で行きたまえ」

 参謀総長は直立不動の姿勢になる。

それは、帝政ロシア以来の室内敬礼の態度だった。

「了解しました、同志議長!」

   


 

 

 クリステル・ココットは、ボン市内にある(さび)れた喫茶店に呼ばれていた。

彼女を招いたのは、ココットが卒業したアーヘン工科大学*14の先輩にあたる人物だった。

 先輩は、30代という若さで、BNDのソ連分析部の副部長に選ばれた才媛(さいえん)だった。

ココットは、生真面目(きまじめ)で男っ気の一つもない彼女の事を、こう考えていた。

何処(どこ)にでもいる、オールドミス*15と思っていた。

 何時(いつ)ものように、チューリッヒやウイーンに行った土産話でもするものだと考えていた。

当時の西ドイツ社会では、この様な独身のキャリアウーマンが一般的だったからだ。

 2人は食事をしながら、とりとめのない会話をしていた。

話すのはもっぱら副部長で、ココットが聞き役に回るといういつも通りの会合だった。

 少し違っていたのは、「イズベスチヤ」に掲載されたソ連科学アカデミー総裁の記事をキンケル長官に持っていた時の話だった。

いつもは穏やかなキンケル長官に非常に驚いた顔をされて、困ったという。 

 ソ連科学アカデミー総裁が、イズベスチヤに記事を載せるなんて……

きっと、BETAがらみのことかしら。

ゲーレンに話してから、木原に知らせねば……

 そう思ったココットは、副部長の話がひと段落した時を見計らって、公衆電話に駆け込んだ。

一刻も早く真偽を調べるためである。

 電話を終えたココットは、副部長に別れを告げた。

「先輩、そろそろ両親が心配しておりますので帰りますね」

「もう、そんな時間」

 時計は、20時を回ったばかりだった。

この時期のドイツは、21時まで陽が沈まない。

「何が起こるか、わかりませんし……

それに、私もきれいな体でお嫁さんに行きたいですから」

 そういう風にあけすけに話すココットに冷やかされても、副部長は上手くあしらった。

「あら、いい相手が見つかったの?

結婚式に呼んでもらえるかしら」

 そう言い返して、軽く流せる心の余裕はあった。

ココットは知らなかったが、彼女は先ごろ知り合ったハンサムな青年実業家と密かな関係を持っていたからだ。

 この事実を知ったのならば、ココットは即座にキンケル長官に連絡したであろう。

なぜならその青年実業家は、情報関係者から機密を抜き出す特別教育を受けた専門家(プロフェッショナル)だからだ。

 シュタージ風に言えば、ロメオ工作員。

女性と恋愛関係をもって、その人物をコントロールするという、二重スパイの獲得手段だ。 

 色仕掛けは、古代より青史に記され、神話や創作の題材にもなった使い古された手段である。

だが現実の諜報作戦は、この男女の色恋こそスパイの真骨頂(しんこっちょう)であるという陳腐(ちんぷ)なものだった。

*1
同著は、1969年に日本でも邦訳されている。アンドレイ・サハロフ著、松田道雄序、上甲太郎, 大塚寿一訳『進歩・平和共存および知的自由』みすず書房、1969年

*2
Пётр Фомич Фомин,(1904年1月5日-1976年1月15日)、ソ連海軍軍人、核技術者

*3
フランクリン・デラノ・ルーズベルト

*4
George R.Jordan,Richard L.Stokes.From Major Jordan's Diaries: The inside story of Soviet lend-lease - from Washington to Great Falls to Moscow, New York: Harcourt, Brace & Co., 1952.未邦訳。

*5
George Racey Jordan(1898年1月4日 - 1966年5月5日)、米陸軍軍人、実業家

*6
Анатолий Николаевич Котиков(1905年6月12日-没年不明)。空軍将校。雑誌『治安フォーラム』平成30年8月号の記事『「ロシアゲイト」の元祖は米民主党(7)ホプキンスと原爆(続)』によれば、著者の村木忠正氏は『ロシア側の記録にはないが、コチコフ大佐はGRUの諜報将校』(前掲著,p43)と推定している

*7
ラヴレンチィー・パヴロヴィッチ・ベリヤ(1899年3月29日 - 1953年12月23日)、ソ連の政治家、チェキスト

*8
sergo lavrentievich beria(1924年11月24日-2000年10月11日)、ソ連およびウクライナの科学者、レーダーおよびミサイルシステム分野の設計技術者。英訳された自叙伝あり

*9
今日のロシア連邦ニジニ・ノヴゴロド州ニジニ・ノヴゴロド市

*10
Edward Teller (1908年1月15日 - 2003年9月9日)、本名テッレル・エデ(ハンガリー語表記、Teller Ede)。米国の核物理学者。ローレンス・リバモア国立研究所の創設者のひとり。ハンガリー系ユダヤ人

*11
ソ連と緊密な連携関係を持つ衛星国の事。特にワルシャワ条約機構の参加国のこと

*12
第二次大戦のソ連側の呼称

*13
「轍」は、車のわだちのこと。 転倒した前の車のわだちをたどり、同じように転倒するとの意から。前の人と同じような失敗をあとの人が繰り返すこと

*14
Rheinisch-Westfälische Technische Hochschule Aachen.1870年創設の総合大学。戦前までは工科大学だったが、戦後は教養学部・人文学部・経営学部や医学部が追加されて、総合大学になった

*15
婚期を過ぎても未婚でいる女性。老嬢。和製英語で、英語だとold maid、spinsterなどという




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ソ連の今後に関して

  • 核不使用の軍隊
  • 体制そのままに資源50パーセントオフ
  • 一億総懺悔
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