冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
午前4時のドイツから、マサキはゼオライマーが格納されている
往復時間が緩和されているだけで、時差はそのままだったので、日本ではすでに12時を回っていた。
この時期のドイツ*1は、夏時間*2の為、一時間ほど時計の針を速く回しているので、マサキがミュンヘンを発った時には5時を過ぎていた。
美久の運転する車で、岐阜基地*3に入った。
遠くから
後部座席にいるマサキは、タブロイド紙のビルトを、放り投げた。
そこには、近々行われる西独の総選挙の様子が子細に記されていた。
タバコに火を付けながら、ラインハルト・ゲーレンから聞いた昨日の話を思い出していた。
ゲーレンの説明によれば以下の通りだった。
米国はBETA戦争がうまく行かなかった場合、ユーラシア大陸に新型爆弾を連続投下する案を考えていた。
まずバビロン作戦という物である。
ユーラシア大陸に存在する全てのハイヴに対して新型爆弾を一斉投下し、その後に空挺部隊を送り込む。
ソ連のG元素確保を防ぐ目的と、BETA
次にトライデント作戦である。
人類の繁栄の為に、バーナード星系――あるであろう地球と同じ惑星――へ向けて、少数の優良種を宇宙に脱出させる案だ。
計画では、優れた10万人を選別し、大型宇宙船に乗せて、その後、地球全土を新型爆弾の飽和攻撃で焼き払うものである。
どちらの計画も、陽動としてユーラシア各国にある軍の主力部隊をおとりに使い、隙を見て、飽和攻撃をするものだった。
味方を犠牲にしてまで、自国を守る計画を聞いて、マサキはかつての世界での西ドイツの核共有計画を思い起こしていた。
1950年代後半の西独では、米軍から貸与された核爆弾を航空機で投下する案が検討された。
超音速戦闘機、F-104スターファイターを用いて、進行するソ連軍および東独軍を核攻撃する作戦だった。
東西冷戦は、米国が持つ核開発技術がソ連に漏れたことにより、発生した平和であることは間違いなかった。
核保有をした超大国同士が、その威力を畏れ、核戦力の均衡により出現した。
一時間もしないうちに、ゼオライマーとグレートゼオライマーの2機は、岐阜基地よりバーナード星系に向かって出撃した。
2パーセク*4先にある恒星へ、異次元を通じて転移する。
四つある惑星の内、バーナード星bに突入する。
大気圏を超えて、地表10000メートルに近づくと猛烈なレーザー照射を浴びた。
光線級による激烈な攻撃を受けたマサキは、驚いていた。
木星や土星、その先にある冥王星の天体でも光線級が存在しなかったからである。
マサキ自身は、何かあるに違いないという確信を
ゼオライマーに搭載された
イランやカザフスタンでもほとんど見なかった重光線級が10万単位で移動し、その周囲を突撃級が守っている。
数の上では、BETAが圧倒的に優位だ。
2機のゼオライマーのバリア体を破るのは、時間の問題かに見えた。
レーザーの一斉砲火で周囲の戦域空間ごと殲滅に掛かる。
だがゼオライマー全機は、瞬時に惑星軌道に転移し、地表面に向かってメイオウ攻撃を照射する。
戦闘開始から、360秒。
バーナード星b、c、dは、惑星ごと殲滅された。
同時刻、一発の
ほぼ同時にハイヴを構成する岩盤が、
その下にいた敵は、悲鳴すら上げる暇もなく、一瞬に圧し潰がれてしまう。
そしてたちまち、主縦抗の口は、
しかし、その程度はまだ小部分の変事でしかない。
ミサイルポッドから多数の
四方から飛んできたミサイルは、いつのまにか、ハイヴを火の海となした。
グレートゼオライマーは指にある機銃を撃ちっ放しにしながら、速度を緩めず、火におわれて逃げまわるBETAの頭上を通過する。
指だけではなく、両足に搭載したミサイルコンテナから多数の火箭がほとばしり、BETAを打ち倒す。
ハイヴを管理する頭脳級の目には、迫りくる真っ赤な炎が、あたかも暴風雨のように仲間を飲みこんでいくように映った。
無数のビームと核ミサイルの雨を浴びたBETAの大半は、焼け死んだ。
事態をつかめず混乱する頭脳級の面前に、二体の巨人が現れた。
6光年先にある地球の前線基地を壊滅させた白い機体と、ほぼ同じ大きさの赤い機体だった。
見たことのない新型機に、一瞬、頭脳級は混乱が生じた。
該当する情報を解析しようとし始めた瞬間、いきなり頭上から鉄拳を投げつけられる。
巨人の手で
頭脳級は触手を伸ばして出口を探したが、すでに彼方此方に火が回っていて、ふさがれていた。
その瞬間、白亜の巨人は両腕を胸の前に合わせる。
BETAの死骸から上がる火焔と黒煙の間を、
今や、ゼオライマーに向けて、レーザーを浴びせたり、突撃してくるBETAは一体もいない。
機体の周囲には累々とした死体が横たわり、グレートゼオライマーは逃げ惑うBETAの頭上からビームの雨を浴びせているようだ。
一体たりとも生かして逃がすまいとしている。
マサキは、宇宙服を着こみ、機外に出た。
倒れたBETAの死体と、ハイヴの内部にある残留物の
先に、自分たちを苦しめたBETAの意図を確認しようとしたが、地球に居たそれと変わりを見つけることが出来なかった。
分かったのは、地球上の生き物を連れ出して、何かしらの研究をしたという様子だけだった。
保管されていたのは、哺乳類や鳥類などの大量の恒温動物の脳とその胎児や有精卵*8が多数に上るという事だった。
詳しくは確認しなかったが、大量の脳の中には類人猿のそれとわかるものがあったので、恐らく人間も含まれているだろう。
――敵は本気で自分たちを亡ぼしにかかっている――
マサキは、BETAによって持ち出された地球上の生き物の
目を閉じて、30秒ほど合掌した。
せめてもの
大量の遺骸を焼き払う側で、マサキは、謎の
研究をしているアトリエのような場所があるのかもしれない。
そう考えた彼は、ゼオライマーに搭載された次元連結システムを使い、生命反応を探知した。
もし自分がBETAなら、生け捕りにし、解剖や生態観察に使うはずだ。
この星のどこかに保存溶液に付けた状態で、人間が置かれ生かされている可能性は否定出来なかった。
害虫を駆除するためにその生態を研究するのは、一番初歩的で基本になる方法だからだ。
米国製宇宙服―
マサキは、身を
美久が何かを発見した合図だ。
宇宙服の背にある有人操縦ユニットを操作し、120キロのスーツを動かす。
2つのハンドコントローラーを使用して操縦し、背面のタンクにある冷却高圧
この装置により、宇宙飛行士は宇宙船から離れた場所で船外活動を行うことができる様になった。
美久の報告は驚くべきものであった。
それは3000にも及ぶシリンダーの中に、人間の脳と脊髄が保存されているという話だった。
そのほとんどがすでに無反応だが、わずか20個ほどのシリンダーからは熱源が認められる。
培養液の中を次元連結システムを応用した装置で確認してみれば、かすかな生命反応が見られた。
マサキは、ここで
この脳髄だけとなった人間を、次元連結システムを応用した記憶複製装置を用いれば、どのような経緯でこうなったか、完全に解明できよう。
だが、自分が秋津マサトに対して記憶を植え付けたように、健康な予備の人間を用意するしかない欠陥が横たわっていた。
美久の様なアンドロイドを作って、そこに記憶を入れれば、機械の体であることに絶望を抱き、発狂して死ぬ可能性が高い。
もしかしたら数年、何十年もここに捕らえられている可能性がある。
皮膚や骨、内臓を除去され、脳と
BETAの手による死の世界の中を、
ならば、せめてものの
マサキは、重重しい声で言った。
「消せ!」
美久の目は驚きを持った。
すでにBETAの
「この宇宙から、星系ごとバーナード星を消すのだ!」
それは、土星の衛星ガニメデ爆破のような生やさしい物ではない。
恒星であるバーナード星と、その周囲に存在するいくつかの衛星や恒星を丸ごと消し去る命令だった。
「BETAという怪獣を作った異星人どもに、地球を分け与えてやるほど、俺の
ここで跡形もなく消し去らねば、奴らは再び来る。
美久は、瞳を澄ませた。
マサキがそこで大きく頷いたのをみる眼だった。
瞬間、ゼオライマーの黄色い目が
次元連結システムが、音も無く莫大なエネルギーを胸にある宝玉に集め始める。
ゼオライマーの最大の武器は、異次元のエネルギーを利用した次元連結システムがもたらす無限の動力源である。
次元連結砲を初めとする弾薬制限の無い各種兵装に、空間転移能力と高高度へ急上昇可能な推進装置。
そして、なんといっても、必殺技のメイオウ攻撃である。
それは1機ですら、惑星はおろか、星系一つを滅ぼすに足る。
「消え失せろ」
直後、爆発光がほとばしり、へびつかい座周辺の空が真紅に染まった。
砲声が操縦席を包み、480トンの機体が震えた。
この直前まで、
再び、ゼオライマー各機から第二射が放たれる。
闇の彼方に浮かぶS字状暗黒星雲に閃光が走り、砲声が雷鳴の様に
ゼオライマーとグレートゼオライマーの放ったメイオウ攻撃がへびつかい座を飲みこみ、主な天体全てを焼き尽くす。
モニター越しに移る視界全てが真紅に染まる中、マサキは満足感を覚え、微笑を浮かべるのだった。
地球に帰還した翌日、マサキは
飛行場に隣接する様に、小牧陸軍飛行場*10。
そして
そこで宇宙空間で運用したゼオライマーのデータを、F-4ファントムにフィードバックする作業に立ち会ってた。
膨大なデータをIBM System/370に移しながら、胸ポケットにあるホープの箱を取り出す。
口にくわえた煙草に火を付けながら、一昨日の夜に行われたミュンヘンでの密会を思い起こしていた。
「博士、貸金庫に預けたはずの貴金属や宝飾品が消えていたら、どうなさる」
戸籍役場での式が終わった後、内々での宴席の際に、ゲーレンは深いしわが刻まれた顔を巡らせてそういった。
その場には、マサキを除けば、ココットの親族のみだけで、ゲーレンにとって最も信の置ける人物しかいなかった。
「内部犯の場合だったら、そのまま警察に持ち込むだけだ。
恐らく貴金属類は換金されている可能性があるからな」
結婚式という状況で、何故銀行の貸金庫にある貴金属の話をするのか。
マサキは、一瞬
「西ドイツは、どれくらい外国に金を預けてるんだ?」
経済について、不勉強な事をマサキは隠さなかった。
これはマサキ自身が学者として、誠実であろうとする態度の一つだった。
「金保有量の6割強よ」
ココットがぶっきらぼうに答えた。
「この国が生き延びるためにはそうするしかなかったの……」
この時代の西ドイツは、常にソ連と東欧諸国の軍事侵攻を恐れていた。
かつてベルリン陥落で起きたプリアモスの財宝の強奪事件の再来を
3400トンに及ぶ西ドイツの金塊の内、45パーセントにあたる1500トンが米国内にある。
細かく言えば、ニューヨーク連邦準備銀行の地下室とケンタッキー州にあるフォートノックス基地内の米連邦政府金庫に預けている。
そして、英国のイングランド銀行には、13パーセントに当たる450トンを。
仏の中央銀行に、11パーセントに当たる374トンを、それぞれ分散して保管してある。
西ドイツ財務省主計局の審議官であるコッホ財務審議官が、能面の様な顔を歪ませていった。
彼は、シュミット内閣のハンス・アーペル*12蔵相の時に、対米交渉に参加した経験の持ち主だった。
外交上の配慮から、金の買い増しを断念した経緯を詳しく説明してくれた。
「実は西ドイツ政府も無策ではないのです。
もしものことに備えて、外貨準備高の一部をドル建てから金にかえようと、ひそかに金の買い増しに動いたことがありました。
その事を聞きつけた米国の財務次官が、ボンにまで乗り込んできたのです」
挙式後に知った事だが、クリステル・ココットという名前はBNDから貰った偽名で、クリストル・コッホというのが本名だ。
今話しているコッホ財務審議官は、ココットの父だった。
ドイツ人の姓は、基本的に父方の姓を名乗るのが一般的。
なので、祖父とされるゲーレンと姓が違うのは、何か複雑な事情があるのだろう。
マサキは金準備高の話が終わった後に聞こうと、疑問を後回しにした。
「それは今回の問題ではなく、注目しなければならないのはニューヨーク連銀に預けられた金の信用性なの」
ココットは小さい声で言った。
「タングステンの偽物でもすり替えられたら、分からんからな」
マサキのこの発言は、1971年のニクソンショックの時からある噂が元だった。
――ニューヨーク連銀の地下金庫にある金塊は、立入禁止を良い事にその全てがタングステンに金メッキをした贋物にすり替えられている――
実際、マンハッタン島にあるニューヨーク連銀の地下倉庫の7000トンの金は長年にわたり未調査である。
米国の民間団体、サウンドマネー防衛連盟によると、1953年以降*13フォートノックス陸軍基地に保管されている金に対する包括的な監査は、行われていないという。
「偽物かどうかの話は置いといて、ドイツの金保有量は3400トンなのは事実よ。
その気になれば、日本の様に米国債を売るような真似をしなくても、何時でも資金調達できるわ」
金の保有率が高まれば、米ドルに依存しない体制が構築できる。
この様な効果を狙って、現代でも露や中印などが金の大量購入を進めている。
「米国、ソ連に並ぶ超大国というわけね」
この時代のソ連は、2500トンの金を保有していた。
その他に東欧諸国から強制的に預かっていた金塊やスペイン内戦の混乱を通じて持ち出した500トンの金塊を保有していたとされる。
なお、ソ連崩壊後に確認したところ、1992年時点で250トンまで目減りしていた。
ロシア国民は急激な金の減少を、金でトイレットペーパーを買ったと噂するほどだった。
この時代の中国は貧しく、現在のように2000トン以上の金塊を保有することになるとは信じられていなかった。
「周辺諸国と世界から西ドイツが恐れられている理由が分かるでしょう」
マサキはふてぶてしく笑うと、吐き捨てるように言った。
「米国の経済植民地である、日本とは大違いだな」
「
マサキは、笑みを消して答えた。
「まあ所詮は、敗戦国だしな」
ゲーレンが金準備高の話をしたという事は、米国に対して西ドイツはある程度独立を保つ政策を行うという暗示ではないだろうか。
この異世界の日本は、武家という中世のシステムを残しながら、経済的には米国の半植民地状態。
まず世界征服をするにしても、ゼオライマーを安全に整備する拠点が必要だ。
今の日本ではその点も怪しい。
やはり、現政権を打倒する為には、
マサキは、光菱重工業の若い整備士や陸軍航空隊の特務将校らを見ながら、思った。
そうか、俺はこの若い連中に、俺が若いころ味わったような苦い経験をさせるしかないのか……
木原マサキという男は、そういう星の元に生まれたのだろう。
自虐的な事を考えながら、マサキはその場を遠ざかっていく。
一人歩きながら、マサキは太平洋の地図を思い浮かべていた。
今はBETAとの戦争の結果、混乱状態のソ連が横たわっている。
だが、バーク油田やシベリアでの石油採掘が再開されれば、復活するのは目に見えている。
いや、ソ連が復活する前に、米国が動き出さないとも限らない。
ソ連の弱体化を前にして、日米両国が盟邦として握手できればいい。
だがG元素を巡って、あの戦争――支那事変――の時のように互いの国益が真っ向から対立する事態になれば……
「日米同盟が、
極東で、新たな戦火が起こるのが脳裏に浮かぶ。
咥えたホープに火をつけて、マサキはつぶやいた。
「日本を
マサキは暮れていく小牧の街を、管制塔から眺めていた。
その
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ソ連の今後に関して
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核不使用の軍隊
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体制そのままに資源50パーセントオフ
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