冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 突如として起きた赤軍参謀総長の出奔。
一方、ウラジオストクでは、KGBによるチェルネンコ政権へのクーデターが起きていた。


書記長(しょきちょう)追放(ついほう)

「同志大臣からの極秘命令で、新型機をサハリンのオハ空港に送り届けることになっている」

 参謀総長の口から出た命令は、通常の作戦時であれば一笑に付される案件だった。

滑走路の長さが1500メートルもない、小型機専用の空港に大型機を着陸させるという馬鹿げたものだった。 

 普通なら伝達の途中で消えてしまう命令ではあったが、極東での特別軍事演習中という事で誰も不審に思わず、順調に事が運んだ。

 ウスチノフ国防相直筆サインが入った一通の命令書をみせられ、現場の空気は変わった。

国防相から参謀総長の手を経て、基地司令に下るという指揮系統の手順に沿ったものであったからだ。

 基地司令は、作戦命令にサインした後、アントノフ124の操縦士の名前を名簿に書き込む。

だがその段階で、機体は既にチュグエフカ基地を去った後だった。

 

【挿絵表示】

 

 アントノフ124を送り出した後、基地司令は国防省に連絡を入れた。

「同志大臣、ご命令の通り、サハリンへの特別任務を果たしました」

 受話器の向こうから帰ってきたのは、怒りの声だった。

「誰もそのような命令は、出しておらん」

 たしか、参謀総長が差し出した命令書には、たしかに国防大臣のサインがしてあった。

 あれは偽造だったのか。

これは、一杯食わされた。

 ウスチノフは男が疑問に思うよりも早く、けしかけるように命令を下す。

「飛ばせるものは飛ばせ!

あの裏切り者を打ち落とすのだ!」

 

 アントノフ124は、ソ連が開発した大型長距離輸送機で、量産飛行機では世界最大を誇る機体だ。

全高20.78メートル、全幅73.30メートル、全長68.96メートルというサイズは、米軍が誇るロッキードC-5"ギャラクシー"をも上回る。

 史実では1982年に初飛行を行ったが、この異界ではすでに試作機が完成をしていた。

BETA戦争での速やかな物資輸送のために、ソ連当局が並々ならぬ心血を注いだ結果、完成が早まったのだ。

 恐らく自分の逃避行は、時間を置かずに露見するであろう。

参謀総長の懸念は、現実のものとなった。

 突如として、アッパーデッキにある操縦席内に、航空機接近の警報が鳴り響いた。

四つの機影――おそらくMIG21バラライカだろう――

 匍匐飛行しながら接近を試みるMIG21の衛士は、慢心しきっていた。

護衛のない輸送機なぞ、遅るるに足らぬ。

 MIG21は突撃砲での警告射撃を行う。

だがアントノフのパイロットはそれに動じなかった。

「逃げるぞ」

 機長は操縦桿を強く握り、エンジンスロットルを全開まで開いた。

両翼に装備するイーフチェンコ=プログレースD-18T3軸式高バイパスターボファンエンジンが咆哮をあげ、機体が加速される。

 ほぼ同時に、アッパーデッキの右側面を機銃弾がかすめる。

「MIG21、発砲」

 20000重量キログラムの推力を誇る4機のエンジンが、空気抵抗を減らす試みを考えられた機体を引っ張り、MIG21との距離を開いていく。

 戦術機は、あくまで対BETA戦用の機体である。

とくに第一世代のMIG21は、航空機の急加速や急降下には対応できなかった。

 機体を反時計回りに旋回しながら、5000メートルから4000メートル、3000メートルへと高度を下げる。

高度計の針が大きく揺れ、眼下の日本海が迫って来る。

 高度を2500メートルまで下げたところで、事態は急変した。

突如として、迎撃部隊は去っていったのだ。

 参謀総長は安堵したが、それは別な問題の始まりでしかなかった。

既に機体は、ソ連領空を超え、日本の防空識別圏に入っていた。

 

 

「コーシャ、君の一声で、みんな平穏に終わるんだ。

どうか、ここで年金生活者になると言ってくれないか」

 コーシャとはコンスタンチンの愛称で、それはチェルネンコ議長の名前だった。

ロシアでは、近しい間柄では愛称で呼ぶ文化がある。

 チェルネンコは、目の前にいる骸骨のような老人の方に目を向けた。

時代遅れの英国風の背広は、皴だらけの首に痩せて小柄な体には合っておらず、借り物を着ているかのようにぶかぶかだった。

「ええ、理解しています。同志……

ですがミーシャに、この時局を乗り切る手腕があるとは思えませんが……」

 ミーシャとは、先ごろから政治局に売り出し中の新人、ミハイル・ゴルバチョフ*1の事である。

党中央委員会書記に去年選出された後、政治局入りが噂されている期待の星だ。

「西側のブルジョア社会に寄生する三流新聞に、それらしい提灯記事を書かせればよい。

KGBの方では、すでに改革派として、米国に売り出す準備が整っている」

「そのようなことをすれば、チェコの二の舞になりますぞ!」

 老人はせせら笑いを浮かべて、チェルネンコのいう事を相手にしなかった。

「チェコとこことは違う。

なんなら、月面に行って、G元素の一つでも拾ってきなさい。

君の追いかけている日本野郎のマシンなんざ、ここでは3コペイカ*2の価値もない」

 こう出られては、一言半句も出るもんじゃない。

誰が、まもなく卒寿を迎える老人に操られてたまるものか。

 チェルネンコは、そう思うが、ソ連の政権は彼の所有物ではない。

彼以外の5人の政治局員の共有物なのだ。

 スースロフ、ウスチノフ、グロムイコ、チーホノフ*3、グリシン*4

この5人の意志によって、決定されることなのだ。

 この時、見かねた様に、ヘイダル・アリエフ*5が助け舟を出した。

彼はKGB出身で、生前のアンドロポフが自身の後継候補の一人として、アゼルバイジャンから見出した人物だった。

「そんな因業(いんごう)なことを仰らずに……」

 老人は古い型の四角い眼鏡をはずし、レンズの汚れをふき取っている。

「じゃあ、軍事演習が終わったと同時に隠居なさい。

どうせ、あの黄色猿(マカーキ)に君たちは勝てぬのだから……」

 老人は明らかに不快の色を示した。

眼鏡をかけ直すと、話にはならんと部屋を後にした。 

 

 チェルネンコが、老人の提案の諾否を迷ったのには理由があった。

それは、KGBのアルファ部隊による邸宅の取り囲みが行われたためである。

頼りにするソ連赤軍が軍事演習で出払ったのを見計らった、軍勢の取り囲みによる辞任要求。

 日本風に言えば、この御所巻きを受けて、スースロフは早くも辞任を認めた。

ウスチノフとグロムイコは最後まで抵抗したが、威嚇射撃の後、しぶしぶ受け入れた。

 何事をするにもスースロフのお伺いを立てる事。

この秘密協定は、彼自身の提案であり、それによって6人の政治局員による秘密の集団指導体制が出来た。

 彼は今回の事件を受けて、胸に込み上げてくる屈辱感で、しばらく口もきけないほどであった。

だが一人黙って煮えたぎる怒りをかみしめている内に、生き延びたいという事実にぶち当たった。

「では、私も彼らの道に行くべきだろうか」

 チェルネンコはそう決めると、何か気が進まないような感じがした。

「おい、どうするんだ。

辞めるか、辞めないのか」

 ヘイダル・アリエフが、()れて来た。

いつの間にか、サマースーツからKGB将官用の夏季勤務服(キーチェリ)に着替えていた。

「この分だと、今辞任をすれば、身の安全は保障するそうだ」

 チェルネンコは破れかぶれの気持ちで、叫ぶように言った。

「じゃあ、辞めよう。

私も、長生きしたいからな」  

 


 

 その日の正午過ぎ、函館に飛来したアントノフ124を巡って、日本は混乱していた。

北部航空方面隊がアントノフ124を発見できなかった事ばかりではない。

 亡命者を巡って、警察と憲兵の間で、その法的な扱いが問題視されたからである。

最終的に1937年のゲンリフ・リュシコフ大将の例を基にして、警察が彼らの身柄を預かることで決着を見た。

事件の30分後には、急遽ソ連への対応を巡って、帝都城で臨時閣議が行われることとなった。

 

 日本政府の意見は二つに割れていた。

 機体を含む乗組員全員の、ソ連への即時返還。

もう一方は、亡命者の受け入れと国際法に基づいた軍用機立入分解調査の実施である。

 数時間に及ぶ閣議が終了しようとしたとき、老中首座の真壁(まかべ)虚壱郎(こいちろう)*6が将軍に上伸した。

真壁家は、五摂家・斑鳩(いかるが)の家臣で、家老格の家柄だった。

「実は、ラングレーの友人より機密写真が届いておりまして」

 そういうと、机の上に、100枚以上の写真がばらまかれた。

CIA経由で入った、シベリアにある軍事基地の全紙大の航空写真である。

「これがすべて、戦車だというのか」

 帝国陸軍参謀本部第一部長を務める少将は厳しい表情で尋ねた。

彼が拾い上げたのは、米軍の高高度戦略偵察機SR-71が撮影した写真だ。

 沿海州に展開している、ソ連赤軍機甲師団を捉えている。

 ウラジオストックにも、ナホトカにも、3000両を超える装甲車両が配備され、軍団規模の兵力が存在することが分かる。

 作戦部を統括する第二課長が、両切りたばこのピースを弄びながら答えた。

「写真の解析から航空班は、その様に答えています。

現地からの諜報員の報告を照らし合わせますと、1000両単位の戦車が配備されていると判断いたしております」

 軍事演習にしては、明らかに数が多すぎる。

恐らく東欧撤退で不要になった戦車や自走砲が転用され、極東の防衛力が強化されていることは明白だった。

「BETA戦争でのカザフ防衛が失敗した現在、中央アジアとカフカスの連絡が絶たれた。

その事によってモスクワを放棄し、東欧の、東ドイツの重要性が薄れた。

そこで、極東方面にT-72を持って来たのか」

「シベリアだけではありません。

北樺太でもT-72戦車を始めとする最新型の戦車や自走砲の存在が確認されています」

 真壁虚壱郎が、深い溜息をついた。 

「現状では、どうにもならぬな」

「木原と、ゼオライマーの存在とその力だけでは如何ともしがたいでしょう。

ですが、有力な同盟国が、わが日本帝国に参戦協力をしない限りは……」

 

 真壁は婉曲的な表現で、米国の提案を受け入れろと暗示したのであった。

彼がそこまでして、日本政府の首脳を説得したのは理由があった。

 日本政府の基本方針は、1922年のソ連成立以来、対ソ静謐(せいひつ)である。

ソ連との間に波風を立てずに、穏便に物事を済ませようとする方針だった。

つまりは、事なかれ主義そのものだった。

 だが、同盟国である米国の態度は違った。

これまで一切不明だったソ連の新型戦術機の解析が徹底的にできると、狂喜乱舞するほどであった。

米国にとって、最高の軍事機密を手に入れる絶好のチャンスであると考えたのだ。

 

 筆頭老中がそうまとめたところで、御剣は何の気無しに最奥にある席の方へと視線を向けた。

 そこいる将軍は、先程までの余所行きの笑みも消え、何やら不安げな表情を浮かべて座っている。

25歳の若い君主にとって、米国との交渉は荷が勝ちすぎるのではないか。

 将軍は、重い口を開く。

(あい)分かった」

 そして、頷いたあと、続けた。

「米国からの秘密連絡の件は知らなかったので、国防省からの報告に改めて目を通すことはなかった。

誤りであった」

 それを受けて、御剣が首相に問いただした。

「政府としての意見は、どうだね」

 それまで黙っていた首相が口を開いた。

「米国の姿勢が、いつ変わるかわかりません。

今回の提案を受けれましょう」

 首相は言葉を切ると、タバコに火をつけた。

「例の亡命希望者の件は、焦る必要はありますまい。

おそらく米国が引き取ってくれるでしょうし……」

 御剣は首相の意見に頷いた。

「うむ、焦りは禁物だ」

 政府部内の焦りには、理由があった。

つい先年起きたイスラエル空軍によるウガンダのエンテベ空港で発生した人質解放作戦の再来を恐れたからである。

イリューシン76による空挺降下作戦をソ連が行うのではないかという噂が、すでに政府部内にも出始めていたのだ。

「今少し、慎重に検討しよう」

 将軍が疲れたような声で言った。

 御剣がそれを見て取り、その場にいるすべてのものに向かっていった。

「では、百里基地での分解調査の実施までを、日米合同の案件とする」

 結局、それが政府内の妥協点となった。

だが、分解調査の実施までというのは、所詮言葉遊びに過ぎない。

 函館からアントノフ124を移動し、百里まで移動するには2週間近い時間を要し、更には検査にも数日はかかる。

 如何にソ連への釈明をしても、国際問題化は到底避けられない。

いっその事、米国を巻き込んで、国際的なセンセーションを起こすべきであるというのが将軍の考えであった。

 

 帝国陸軍参謀本部第二部長を務める少将は、乗組員の身分を聞いて焦った。

赤軍参謀総長の身柄を北海道警函館方面本部が確保し、湯の川グランドホテルで事情聴取している。

その報告を聞いて、即座に東京に身を移すことを手配した。

 北海道に置けば、在留するソ連人船員や工作員によって暗殺されてしまう。

即座に、彼の部下で信頼のおける人物を仕立て、木原マサキを呼び寄せることにしたのだ。

 

 翌日の早朝、マサキの邸宅は、白銀が来ていた。

いつもならば帝国陸軍からの依頼は、榊や彩峰を通して連絡が入るのだが、今回の件に一抹の不安を感じていた。

「先生、朝早く迷惑でしょうが……上の指示出来ました」

 マサキはその日、帝国軍内に作る予定の私的な思想集団についての準備をしていた。

めぼしい候補者を名簿から探し出し、彼らとどう接触するか、考えている最中だった。

「俺は忙しいんだ。簡単に言ってくれ」 

「それは承知しております。

先生の手を借りなくてはいけない、緊急事態が起きました」

「相手は何者だ、それだけを聞かせてくれ」

「ソ連赤軍参謀総長です。

そして、彼を奪還すべく極東ソ連軍と、スペツナズが動くと」

 マサキは懐から、おもむろにホープを取り出す。

煙草に火をつけると、白銀にメモを差し出した。

「必要な武器と道具のリストだ」

 リストの内容は以下の通りだった。

 M16小銃に使う5.56ミリNATO弾、1200発。

M79榴弾発射砲に、M72対戦車携帯ロケット砲。

 もし可能ならばという注釈が付いて、9x19ミリパラベラム弾を200発と書かれていた。

以前買っておいたCZ-75自動拳銃の為である。

 その他に、指向性地雷で知られるM18A1"クレイモア"と言ったところだ。

「アメリカ製の兵器ですか。

これだけの量を……市街地ですよ」

 そういって白銀が表情を歪ませる。

帝国軍でも保有数の少ない米国の武器をと、納得できない様子だ。

 マサキは宥めるような口調で言った。

「露助が、何もしないという保証はない。

俺は野蛮人より、M16A1の方を信じる」

「では……」

「ヘリを用意してくれ。

3時間以内に出発だ」

*1
ミハイル・セルゲーエヴィチ・ゴルバチョフ、(1931年3月2日 - 2022年8月30日)、ソ連の政治家。ソ連最後の書記長。2004年に政界から引退するまで政治活動は続けていた

*2
コペイカは、ロシア、ソ連圏の貨幣ルーブルの補助通貨である。

現在でもロシアでは存在し、非常に少額の価値しかないことを指す言葉となっている

*3
ニコライ・アレクサンドロヴィチ・チーホノフ(1905年5月14日 - 1997年6月1日)ソ連の政治家。史実では1980年から1985年まで首相を務めた後、1989年まで政治局に残留した

*4
Viktor Vasilyevich Grishin(1914年9月18日 - 1992年5月25日)ソ連の政治家。史実ではチェルネンコの病死前後から後継候補とみなされている人物だった。なお子息のアレクサンドル(1950年-2013年)は、べリヤの内縁の妻の娘をめとっている

*5
ヘイダル・アリエヴィチ・アリエフ (1923年5月10日 - 2003年12月12日)は、ソ連及びアゼルバイジャン共和国の政治家。アゼルバイジャン共和国第3代大統領。KGB職員。1941年より内務人民委員部に勤務し、1967年にはKGB少将まで昇進していた。アゼルバイジャンのKGBのトップに就任するまで、対外工作に従事したとされる

*6
マブラヴの原作キャラクター。真壁介六郎と真壁清十郎の祖父。名前と存在はマブラヴの公式同人誌が初出




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