冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 函館で動く怪しい影。
それはマサキ達を付け狙う日本人スパイであった。


暗雲(あんうん)函館(はこだて) 後編(旧題:スペツナズ)

 マサキが函館入りした日の昼過ぎ、日本海から、ソ連海軍の艦艇10隻が津軽(つがる)海峡に入った。

第2航空群所属のロックウイード*1P-2Jは、その姿を遠くから撮影を兼ねて確認する。

 ソ連艦隊の中で、ひときわ目を引くのは、艦隊中央部にいるスターリングラード級重巡洋艦「モスクワ」だ。

 ビルマの仏塔(パゴダ)を思わせる様な船体中央部に存在する艦橋構造物に、後部には巨大なレーダーが2基見える。

前後には30.5センチ3連装砲と13センチ連装砲をそれぞれ3基装備し、巨躯を誇るソ連太平洋艦隊の主力艦だ。

設計当初から不安視された防空面は、С(エス)-75*2の改良型であるM-2 ヴォールホフMを16機ほど装備する近代改修を受けている。

その為か、ソ連海軍ではスターリングラード級は、防空巡洋艦とも呼ばれている存在だった。

 旗艦のモスクワを追うようにして、クロンシュタット級巡洋艦の「クロンシュタット」と「セヴァストポリ」が続く。

その他、キンダ級ミサイル巡洋艦2隻、スヴェルドロフ級巡洋艦4隻、情報収集艦1隻と共に、津軽海峡を最微速(さいびそく)*3で航行していた。

 

 ソ連太平洋艦隊は、BETA戦争で唯一無傷のまま残ったソ連の水上戦力である。

史実と同様に、キンダ級巡洋艦やスヴェルドロフ級巡洋艦などのミサイル巡洋艦。

そして、最新鋭の軽空母であるキエフ級航空巡洋艦「ミンスク」だ。

 その他にはクロンシュタット級重巡洋艦やスターリングラード級重巡洋艦がそれぞれ、3隻ずつ配備されている。

クロンシュタット級とスターリングラード級は、我々の世界では未建造艦として終わったが、この世界では完成していた。

 理由は、この異界において、大規模な航空母艦による水上戦闘が行われなかったからだ。

 1941年の12月8日の真珠湾は、日米両軍の艦隊戦に終わった。

後にこの日米の初衝突は、ハワイ沖海戦と呼ばれることとなり、戦史に記録された。

 ミッドウェー海戦も同様だった。

ミッドウェー*4では、日米両軍は砲撃戦を主体とし、空母機動部隊同士の対決は実現しなかった。

両軍の空母機動部隊は、天候不順によって活躍できず、艦砲射撃により、その多くを失う結果になった。

 その為に、この世界では航空機による戦艦の損失は起きなかった。

代わりにロケット弾による損害が増えることとなり、両軍ともに電子探信儀(レーダー)と対空能力を重視する結果になった。

 

 突如としての、ソ連太平洋艦隊の主力艦の登場に、函館市民は恐怖し、函館駐屯地ではもしもの事を備え、防空ミサイルが準備されるほどだった。

 その様な状況の中、暮夜密かに函館市内に入る車があった。

黒塗りのBMW 320Iは、町はずれの廃屋に止まると、周囲を警戒しながらトランクにある段ボールを二箱降ろした。

 運転手の男は廃屋の中に入ると、既に中に待っている者たちに段ボールから手の切れそうな新札の束を配る。

「ここに5000円札で、1000万ほどある。

明日までに、ルンペンや金に困った学生を200人ほど集めてこい」

 男から金を受け取った青年は、理由を問いただした。

「反戦平和デモをやるおつもりですか」

「ああ、そういうところかな」

 

 函館市内には、すでに少なからずのソ連の協力者である日本人スパイが潜入していた。

彼等の多くは、極左暴力集団のシンパサイザーで、ベトナム反戦運動から左翼運動に入ったものだった。

 なぜ過激派の青年がKGBの工作に協力をしたのだろうか。

それはベトナム反戦運動を始めとする日本の極左団体に秘密資金を送っていた*5からである。

 史実の世界でも、KGBは日本人エージェントを通じて、べ平連の代表に対し資金提供*6を行っていた。

アンドロポフは、彼らの事を高く評価し、ソ連の為に反米活動を行う組織として優遇していた。

 KGBはべ平連から受け取った脱走米兵を、日本国内からレポ船を通じてソ連に密航させ、北欧のスエーデンに連れて行った。

 ソ連の援助は、米軍に露見した為、1年ほどで無くなると、欧州方面に連れ出すのが難しくなり、方針を転換するほどであった。

この一例を見ても、べ平連はソ連ありきの、KGBありきの団体であった。

 

 マサキは、左翼界隈から憎悪を向けられていた。

超法規的措置で出獄した120名の左翼テロリストをテルアビブ空港で射殺する作戦に関与していたからである。

 120名の首は、東京の晴海(はるみ)埠頭(ふとう)(さら)された。

特にテロ事件の首謀者とみなされたものは、眉間に八寸の鉄釘を打ち付けて柱に打ちかける形を取られた。

これは平安時代の前九年(ぜんくねん)(えき)故実(こじつ)にならったもので、残忍な刑罰だった。

 

「じゃあ、ゲバ棒やヘルメットも用意しましょう」

「ああ、助かる」

 男は言葉を切ると、外国タバコのキャメルに火をつける。

トルコ葉の何とも言えない香りが立ち上り、周囲に広がる。

「その前に、文屋の香山(かやま)定吉(さだきち)を呼んでくれないか。

俺の名前を出せば、あの男は来る」

 男が言った香山定吉は、東京の一ツ橋に移転したばかりの新聞社に所属する記者だ。

6年ほど前に、米軍からの技術協力の元、沖縄に核ミサイル基地を作る政府密約をすっぱ抜いたことで一躍有名になった人物である。

 だが機密を入手する際、外務省事務官の女性に近づき、密かに情を通じ、政府文書を得るという非合法すれすれの行動をとった事が問題視された。

 事務官の女性は、職場と夫を裏切ったことを苦に、外務省の屋上より飛び降りをはかった。

だが奇跡的に助かった後、大審院(だいしんいん)*7通謀(つうぼう)利敵(りてき)未遂(みすい)とされ、無期懲役を言い渡された。

 世論は、スパイ事件というよりも、男女関係に注目を置き、夫婦関係が15年来冷めきっていることを報道した。

その報道により、周囲から好奇(こうき)の目を向けられた女性事務官の夫は、東京の晴海埠頭で割腹自殺を遂げるという結末を迎えた。

 新聞社は、結果的に罰金刑のみとなり、手切れ金として1500万円を払って、事態の収拾を図った。

香山はしばらく謹慎していたが、2年ほど前に素知らぬ顔で元の職場に戻り、のうのうと記者を続けていた。

 

「赤軍参謀総長にインタビューをさせるのだ。

いや、インタビューに失敗してもよい。奴の居場所さえわかればこっちのものよ」

 ほくそ笑む男に、青年は再び問いかけた。

「木原の件は、どうしますか」

「君たちに任せるよ。

もし失敗した際は、私の方でレポ船を用意しておく」

 レポ船とは、ソ連相手にスパイ活動を協力する日本人の漁業関係者の事である。

北洋漁業を行う小舟に通信機を載せ、日ソ国境沿いである樺太周辺で活躍する工作船であった。

 ソ連の違法工作船が摘発された1950年代ごろから活躍し、北海道の軍の状況や、潜入工作員の送迎を行っていた。

 また、1960年代のベトナム反戦運動の際には、日本の米軍基地から脱走した米兵を乗せ、日本海やオホーツク海で待つソ連の艦艇とランデブーし、脱走兵を引き渡す見返りに多額の資金を得ていた。

 1970年代には、密貿易が主体となり、ソ連国内で不足する婦人用下着やラジカセ、FAXなどを渡す代わりに、ソ連領海での自由な漁業活動を行っていた。

ソ連の指定する海域では、漁獲量は10倍になり、巨額の資金を元手にキャバレーやクラブを経営する者も出始めるほどだった。

 ソ連の国境警備隊は、他国の様に警察や軍隊ではなく、KGBの国境警備総局の下に置かれた機関である。

工作の指示やその資金は全て、ソ連共産党最高指導部の指示の元、KGBが指揮をし、行った対日有害活動であった。

 

【挿絵表示】

 

 

 新聞記者の香山定吉は、函館市内にある社会大衆党の函館支部に来ていた。

社会大衆党は、通称を社大党といい、日本政界の最大野党にして全国規模の左翼系政党である。

「尾行は……」

 社大党の事務所に案内されるなり、香山は職員に言われた。

「つけられている様子はなかったのですが、一応電車とタクシーは乗り継いできました」

「そうか」

 そのまま応接間に通されると、そこには社大党の代議士で、北海道選出の鋼鐵(こうてつ)良夫(よしお)がいた。

彼は夕張炭鉱の労働争議で名を売った人物で、本名は中田太郎という。

 ヨシフ・スターリンを崇拝するあまり、その名前をもじり、改名した経緯がある。

暴力さえもいとわない荒っぽいやり方と、大人数のデモ隊を組織できる能力は、ソ連からも目を付けられた。

「良いか、絶対に部外秘だ」

 白髪交じりの男は、中年の記者にこう言いかけた。

「身辺調査の結果、第二航空団に問題ありの人物がいることが判明した。

参謀の一人で、樽田(たるた)という男だ」

「どういう事だ?」

「要するにその人間の弱みに付け込んで、情報提供させようって訳さ」

強請(ゆす)り……か」

「そうだ。お前の十八番(おはこ)だろう」

 香山は、外務省の女事務官に近づき、酒を飲ませた上で半ば強引に関係した。

その後、頃合いを見て不義(ふぎ)を材料にし、政府機密を漏洩(ろうえい)させたことがあった。

 手に入れた情報は、直ちに野党経由で、在京のKGB工作員に報告された。

野党議員が国会で問題を追及し、与党と内閣の責任が問われる事態となり、結果として日米合同の沖縄核ミサイル基地計画を潰したことがあった。

「今更……怖気(おじけ)づいたか……香山。

だが、これは大事の前の小事にしかすぎん」

 一連の姦通(かんつう)事件で、香山が無罪を勝ち取ったのには理由があった。

判事を買収するという、KGBの裏工作で、実刑判決を免れた経緯があった。

その為、香山はKGBに借りがあり、いいなりとなっていたのだ。

「貴様は女の尻ばかりを追っかけている、ゴシップ新聞の記者……

だが、ジャーナリスト魂ぐらいは持っているだろう」 

 社大党を支援したいKGBは、在札幌ソ連総領事館のKGB工作員を通して、鋼鐵あてに45万ドル*8相当の資金を手渡しで受け渡していた。

鋼鐵は、その中の3分の1である15万ドルを、自身の懐に入れていた。

「今一度、自分がやれることを考えてみろ」

「はい」

 

 第二航空団司令部の副指令である樽田は、485万円*9の借金があった。

それは病気の妻の為に借りた金であるが、返済期限が間近に迫っていた。

 朝礼の最中、サラ(きん)業者を名乗る男女が、第二航空団司令部に現れた。

取り立てに慌てた樽田は、急いで彼等に会うことにした。

 樽田の目の前にあらわれたのは、一組の男女だった。

眼鏡をかけた背広姿の男は、名刺を差し出す。

「樽田大佐ですね。

是非お話したい事があります。

近くの喫茶店までお付き合いくださいませんか」

 眼鏡の男は、いきなり切り出した。

婦人用スーツの女は、少しだけ表情を真剣にして答える。

「お時間はとらせませんわ」

 な、なぜだ。

 サラ金業者が課業中に来ることなんてなかったのに……

午前中、樽田は仕事に手が付かなかった。

 

 話し合いは、昼食の休憩の時に基地を抜け出して、近くにある喫茶店で行なわれた。

「なんだって、借金を肩代わりしてやるから、基地の最新情報を渡せだと」

 話の内容は、軍人として、聞き捨てのならない物であった。

樽田は一瞬息を飲んでから、努めて冷静に答えた。

「とんでもない。

私たちはそんな事は一言も申していません」

 香山は言葉を切ると、タバコに火をつけた。

浮名(うきな)を流した新聞記者らしく、銘柄はパーラメントのライトを好んでいた。

「あなたは第二航空団司令部の管理する予定表を持ち帰る。

ただそれだけでいいんです」

 一緒にいる女が、香山に助け舟を出す。

女は新聞記者ではなく、鋼鉄の私設秘書の一人だった。

「それをやっていただくと、485万円の借金のご請求は、永遠に来ません。

それだけはお約束しますわ」

 女はそう言うなり、机の上にジュラルミンの鞄を広げる。

中には手の切れそうな新札で、1000万円ほどが詰め込まれていた。

「あ、貴方たちは一体、誰なんだ」

 一瞬の沈黙の後、再びゆとりのある笑みで女は答えた。

「あとは貴方の判断にお任せしますわ」

 樽田は(みじ)めな姿のまま、男の方を振り仰いだ。

全くの初対面だし、サラ金業者特有の社会の裏側で生きる人間の香りを感じさせない。

 もしこの場で抵抗しようものなら、借金の事実は露見され、将来の昇進に影響するだろう。

樽田は、喧嘩に負けた弱い犬が憐れみを乞う目で、香山を見た。

「じゃあ、私のプライバシーは守ってくれるんだな」

 香山は樽田が大人しく言いなりになったと悟って、落ち着いた口調で答えた。

 西日本の裕福な商家の息子らしく、チェスターバリーの既成スーツを着こなしている。

すさんだ雰囲気はなく、それどころか育ちの良い雰囲気に、樽田はますます男の正体がわからなかった。

「約束しましょう」

 樽田は、基地の情報をかいつまんで説明し、午後に本州から迎えが来ることを説明した。

そしてジュラルミンのカバンをひったくるようにして受け取ると、喫茶店を足早に後にした。

 

 マサキが、五稜郭(ごりょうかく)の傍にある北海道警察函館方面本部を訪れたのは昼前だった。

本部長室に通されると、既にそこには陸軍の制服を着た男たちがいた。

それぞれ、函館駐屯地を所轄とする第28連隊長と、北海道の防空を担当する第二航空団司令である。

 彼等は、飛来したソ連機の管理が警察に一任されていることに抗議に来たところであった。

だが函館中央署長は、刑事事件という事で抗議を聞き入れない所か、一切機体に近寄るなと放言した。

 両者ともに無言のにらみ合いをしてるところに、ちょうどマサキが来たという具合だったのである。

これまでの政府方針からすると、この世界の日本政府も、前の日本政府と同様に軍事組織を軽んじる点がある様だ。

 どうやら軍を抜きにして、外務省、内務省*10、法務省で実務レベルの協議が進んでいる様子だ。

居ても立っても居られないマサキは、タバコに火をつけると、彼らに声をかけた。

「俺は木原マサキ、天のゼオライマーのパイロットだ。

なぜ、敵国の飛行機と戦術機を調べられんのだ」

 本部長の取り巻きの一人がこう言った。

「アンタは所詮、准尉官だろう。

この案件は既に殿下の決定事項だ。口をはさむ権利があるのかね」

 一警部の言った殿下のご意志という言葉は、この異界での政府職員の常套句であった。

この言葉は反対者の口をふさぎ、尚且つ上層部や自分の意見を通そうとする役人にとって非常に使い勝手が良かった。

 実際に帝都城に参内して、将軍に会える人物は限られており、尚且つ簡単に確認ができないからだ。

もしマサキ以外の人間だったならば、即座に言をひっこめたであろう。

 だが別世界から来たマサキは、将軍を武家の棟梁というただの軍事統率者としか思っておらず、なおかつ尊敬していなかった。

そしてこの世界にも、万世(ばんせい)の君が存在することを知っていたので、かつての歴史に基づいて、尊王家風の態度をとることにしていた。

「それでは、貴様らの奉戴する将軍とやらではなく、大内山(おおうちやま)へ裁可を(はか)ったら、どうだ」

 大内山とは、皇居や御座所を指す言葉である。

京都府京都市右京区にある大内山に、宇多(うだ)院が御座所を置いた故事に由来する古語だ。

 マサキの話を聞いていた、他の者たちの顔色が(かげ)った。

いよいよ危険なところに足を踏み入れてくれたな、といった感じの表情だ

「将軍に宣下(せんげ)を出せるのは、宸儀(しんぎ)のみ……」

 江戸時代、徳川幕府は豊臣政権からの簒奪(さんだつ)という形で、武力による天下統一を成し遂げた。

その為、後世になると、その正当性が問われた。

 そこで登場したのが、体制委任論である。

朝廷より武家の棟梁(とうりょう)である幕府は日本国の政治を委任されたので、正当性が揺るがないとする論だった。

この事により幕府に対する不信は一時的に収まったが、その反面、朝廷への期待が高まることとなった。

幕末の尊王攘夷運動にこの事が利用され、徳川幕府は崩壊する遠因となった思想である。

 この異界で、万世の君が一切の国事(こくじ)から遠ざけられたのは、かつての討幕運動を恐れたためである。

 鎌倉、室町、江戸の三大幕府は、政権崩壊の遠因は、帝室問題であった。

いや、日本史をさかのぼれば、帝室の権威を利用しようと、その威光の陰に近づいたものは、帝室を巡る政争に巻き込まれ、やがては滅びてしまうという流れがあった。

 日本史における一種の自浄作用であり、その影響は今日も続いている。

マサキは、現体制を憎むあまり、危険な橋を渡っている状態であった。

 警部が言葉を見つけられないうちに、本部長は立ち上がって、電話の受話器を取った。

彼は函館地裁の検事正(けんじせい)にこの一件を伺いを立てたのだ。

「木原博士、午前11時から午後2時まで機体の検証をするつもりです。

同席を認めますが、その際は地検の捜査協力に従うことが条件です」

 マサキは指示に従う事が気に入らなかったが、時間がなかったので了承した。

参謀総長の秘密空輸作戦の期限が、午後3時だったからだ。 

 

 マサキ達が函館中央署を後にしようとしたとき、大勢の群衆が署前の交差点に集合していた。

多くがプラカードを持ち、幾人(いくにん)かの人物は色のついたヘルメットをかぶり、顔を隠す手ぬぐいをしている。

 それは、ソ連の協力者が日当2万円で組織した学生デモ隊だった。

早くも警察署にはペンキがかけられ、ゲバ棒を振るって、パトカーを破壊している。

 マサキは、乗ってきていた車からM16A1小銃と、30連マガジンと銃剣を取り出した。

銃を組み立ててから、構えようとしたとき、道路を挟んだ分庁舎から機動隊が一斉に飛び出してきた。

 面頬(めんぼう)のついたヘルメットと紺色の出動服を着て、ジュラルミンの盾を持つ一群が隊伍(たいご)をそろえて、デモ隊に進んでいく。

 マサキ達は、その隙に裏口に用意してあった日産グロリア230のセダンに乗り込んだ。

それは一般車両をよそった覆面パトカーで、かき消すようにして署を後にした。

 

「灰色の開襟シャツに、黒のスラックス姿の男が、木原だ」

 そう一人の大学生風の男が小声でつぶやいた。

函館中央署から30メートルほど離れた五稜郭そばの駐車場にいる男たちの一人である。

 北海道観光の客をよそって、3人の若い男たちが話し込んでいた。

「ウィリスアンドガイガー*11の白いサファリジャケット*12を着た茶色い髪の長い女が、氷室(ひむろ)か」

 もう一人のアロハシャツ姿の色黒の男が尋ねた。

いちばん若い学生服姿の男は無言だ。

だがコダックの小型カメラ"インスタマチック76X”で仲間を取る振りをしながら、しっかりと覆面パトカーを撮影していた。

「ええ。

あの背広(せびろ)姿の男は鎧衣(よろい)でしょう」

 リーダーらしき男が確かめる。

「その他に護衛の兵士二人と、陸軍諜報員の白銀(しろがね)

参謀総長と秘書の女を含めて、8人か……」

「それに運転手が二人いますからね。

合計10人といったところでしょうか」

 色黒の男は、怖気(おじけ)づく。

狙っている標的が大きいと、仕損(しそん)じる可能性があるからだ。

「参謀総長と女秘書だけを確保できればいい」

「それが良いでしょう」 

 3人はそのままマサキ達を追わず、五稜郭タワーの前を去るのを見送る。

五稜郭公園を左手に函館市電の線路沿いに進むと直線距離にして1キロ先に函館競馬場があった。

そこに隣接するようにして函館駐屯地がある。

「木原の他に、あのボデーガード二人は武装していると考えた方が良い」

「手っ取り早く同時に襲わねば……」

「まさか、このまま函館から出ることはないか」

 アロハシャツ姿の男の口から漏れるようにして、指示が出た。

「親方に連絡だ」

*1
現実世界でのロッキード

*2
ソ連が、1957年に開発した高高度防空ミサイル。NATOコードネームは、sa-2"ガイドライン"

*3
3ノット:約5.6キロメートル毎時

*4
ACID編,『Muv-Luv Regenerative Vol. 01』aNCHOR,2022年,p.18~p.25.

*5
アンドレイ・イーレシュ著,滝沢一郎訳,『KGB極秘文書は語る: 暴かれた国際事件史の真相』文藝春秋,1993年、参照

*6
詳しくは、関谷滋,坂元良江編,『となりに脱走兵がいた時代: ジャテック、ある市民運動の記録』思想の科学社、1998年、参照のこと

*7
今日の最高裁判所

*8
1979年、ドル円レート、1ドル=239円

*9
1980年の貨幣価値は、物価を換算すると2020年のおよそ2倍前後である。1000万円相当と考えてもらえば、よい

*10
内務省は、現在で言うところの総務省と警視庁、国土交通省、厚生労働省を合わせたマンモス官庁

*11
Willis & Geiger Outfitters.1902年に創業したアメリカの既製服メーカー。軍に制服を収める一方、アウトドア用の服の販売を行っていた。愛用者にはアーネスト・ヘミングウェイやダグラス・マッカーサー元帥などがいる。1977年に一度廃業するも復活し、日本のダーバンなどが買収した。最終的に、1994年に米通販大手のランズエンドに買収されるも、経営陣との対立の為、1999年にブランドは廃止となった。現在でも米国でのライセンスはランズエンド社が保有している

*12
1960年代から1970年代はサファリルックが流行していた。男女問わずジャケットと共布の腰ベルトが付いた服や、サファリ風のセットアップスーツを着ることが最新モードだった




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