冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
今、函館空港は燃え盛ろうとしていた。
数人の男を乗せたトヨタ・ハイエースバンは、国道278号を函館市内に向かって南下していた。
車の同乗者は全員ソ連のアルファ部隊の工作員で、一見して軍人だとは分からない服装だった。
「イワノフ、状況を報告しろ」
助手席に座る男は、モトローラ社の小型無線機"ウォーキートーキー"で、連絡を入れた。
通話相手は、部下の工作員で、函館空港近くの拠点に指示を出す。
「今のところ、変わった動きはありません。
ですが、給油用のタンクローリーが3台ほど止まっています」
「何時からだ」
「3時間ほど前です」
「何時でも攻撃できるように、準備しておけ」
「格納庫の前を遮るようにして止まっているので、監視できません」
「格納庫か。
何か、企んでいるな」
アルファ部隊の隊長は賭けに出ることにした。
作戦の予定にはない白昼の基地攻撃を準備することにした。
「戦闘準備に取り掛かれ」
危険な賭けだが、今の段階で形勢を逆転するにはこれしかなかった。
相手は手ごわいプロだ。
機会は、一度しかない。
もちろん失敗は、許されない。
車は、函館空港から1キロほど北にある、元修道院に向かった。
山の中腹にあり、既に早い時期から廃寺となっており、地元の人間は誰も近寄らない場所だ。
そこは既に、ソ連軍の特殊部隊が好んで着用した白樺迷彩服の一団が整列していた。
RPG対戦車ロケット砲や、PKM汎用機関銃。
そしてSPG-9無反動砲やZPU-2機関銃を搭載した日産・ダットサントラック。
200名以上の隊員を前に、隊長はこう訓示した。
「15分後に攻撃を開始する。
諸君!函館壊滅の様子を目に焼き付けておきたまえ」
旧式のダットサンが喘ぐようにして、濃茶色の排気煙を後方に流しながら登坂していく。
速度は精々40キロほどだろうか。
5台続くトラックの荷台には、それぞれソ連製の対空機関砲が積んである。
車列の真ん中の3台目の車両の助手席は、白樺迷彩の戦闘服に身を包んだKGB大佐が座っている。
先頭だとロケット弾や機関銃の標的になり、最後尾だと退路を断つために狙われる可能性があるからだ。
「同志大尉、滑走路を先に抑えよう」
KGB大佐は、脇にいる副官のチェチェン人の大尉に話しかけた。
「もしかすると、これは罠かもしれませんね」
チェチェン人の男は疑心暗鬼にかかっており、そんな事を言う始末である。
KGBのアルファ部隊は、木原マサキの為に既に200名近い損失を受けており、そのショックは大きかった。
「そうかもしれない。
だが、恐れていては何も始まらない」
「ええ……」
チェチェン人は、少しばかり気弱な返事をする。
「あの裏切り者の参謀総長は、既に50の大台を超えている。
そんな老いぼれとESPの女を連れては、さほどは動けまい」
「あの日本野郎は……今後、どうするつもりでしょうか」
「単純に考えれば、あの飛行機を操縦して、本土に持っていくのだろう」
トラックは滑走路まで200メートル足らずとなり、皆に緊張感が走る。
AK74の銃把を握りしめたり、示す態度は
1979年当時の函館空港は、2500メートルの国内線限定の民用空港だった。
元々は、1200メートルの小型機専用の小規模な空港だった。
だが、71年に1700メートル、78年に2500メートルと延長され、現在の形になった。
民用空港の建前なので、軍の警備隊はおらず、空港警備派出所しかなく、武装も軽微なものだった。
敵のヘリボーン奇襲を受ければ、即座に空港機能は停止し、降伏せざるを得ないだろう。
マサキは、
もし実戦経験豊富なソ連のスペツナズに襲われたら、北海道警では不安だった。
何しろ、機動隊の訓練を受けていないものが多く、頭数をそろえるのを優先したからだ。
そう思ったマサキが、喫煙所から格納庫に向かう際、鈍い爆音が聞こえた。
突然、閃光が走り、ほとんど同時に衝撃波と大音響が襲う。
ポリウレタン製の耳栓をしているのに、一瞬鼓膜が破れたかと思うほどだった。
目を眩ます閃光と耳を聾する爆音の為、マサキは強烈な頭痛を覚え、その場にへたり込んだ。
顔をあげて視線を投げると、滑走路に留まっている旅客機やヘリが、断続的に攻撃されている。
82ミリ榴弾が滑走路の近くに落下するが、密生した下草の為に本来の威力を発揮できなかった。
ただし小規模な火災は生じさせている。
その弾雨の中で、炎上している旅客機が、何かの拍子で後方に下がっていく。
駐機している際に攻撃を受け、ギアを後方に入れたまま、操縦士が脱出した為である。
そして止めてある別な旅客機と衝突した際に、燃料に引火して、大爆発を起こす。
旅客機の大爆発で、函館空港は危険な状態に陥ってしまった。
「敵が速い速度で基地への奇襲をかけています。
5分ほどでそこから救援を……」
函館中央署の所長の所へ、函館空港交番から連絡が入った。
早くも
「まさかソ連が特殊部隊を……」
「いきなり対戦車ロケット砲で」
「滑走路をか」
「そうです」
「敵はどの程度か」
「皆目、見当が付きません」
「反撃できなかったのか」
「派出所を一撃で破壊され、それ以外にもターミナルビルに一発砲弾を食らいました」
第二航空団の団司令に掛け合って、航空戦力を呼び込んでもらうか……
署長は、それまで蔑んでいた北海道の各師団に電話を入れることにした。
空港に警報が鳴り渡った。
短く鋭いサイレンの音が、滔々と響いていく。
遠目にもわかる赤い線が一直線に進み、ターミナルビルの管制塔の部分に直撃する。
一瞬赤い火焔が上がり、凄まじい爆音を生じさせる。
砲弾の一部が落下し、何か所かで燃え始める。
戦端は、突然として開かれた。
白樺迷彩を着たソ連兵、およそ200名が、空港を制する勢いで駆け寄ってくる。
しかし鎧衣たちは、無為無策ではなかった。
既に密かにクレイモア地雷を設置し、迎撃する自信はあった。
鎧衣は、M57起爆スイッチの蓋を開けると、プラスチック製の黒いボタンを操作した。
それと同時に、函館空港の北側にすさまじい爆音が響き渡る。
スペツナズの隊長は、鋭い爆発に視線を送った。
ソ連兵の相当数が爆風に巻き込まれ、空中に飛ばされている。
同時に滑走路の方から、閃光と共に白煙が上がった。
ソ連兵のいる北側の区画へ、鎧衣の手により、89mmロケット発射筒が撃ち込まれたのだ。
二秒ほど経過して、爆発が起こり、衝撃波と破片が飛び散る。
爆風が立っている者を、ことごとくなぎ倒した。
鎧衣は、M20A1 スーパー・バズーカの次弾の装填準備に入る。
点火する電気系統に、ロケット弾を装填し、発射の準備を完了した。
爆風を受けて無事だった者が、よろよろと立ち上がる。
その近くには、彼らを乗せて来たダットサンが見える。
それを狙って、鎧衣は二発目を発射した。
だが標的が小さいため外れ、手前で爆発する。
襲撃してきた兵士は、その破片を浴びて、五体がバラバラになる。
「再びロケット砲を撃ってくる可能性もある。
警戒しろ」
ロシア語では、火箭や飛翔物をまとめて
それゆえにミサイル発射の号令は、ロケット発射というのが一般的だった。
「同志大佐、それは考え過ぎでは?
あのRPGは、既に弾切れのはず。
奴らに攻撃手段は残されていません」
チェチェン人の副官は、少し気色ばんで言う。
「いや、念の為だ」
KGB大佐は、トラックが滑走路に到達するまで油断はしなかった。
だが、その心配も杞憂に終わった。
トラックが滑走路に進入したにも関わらず、対戦車砲の射程に入っても、沈黙を守っていたからだ。
滑走路の脇の草むらは乾燥していて、土煙が僅かに立つ程度である。
トラックのタイヤが路面を噛み砕いても、不快音は一切しなかった。
AK74を身構えるアルファ部隊の面々から、安堵感が伝わってくる。
「同志大佐、大丈夫です」
副官のチェチェン人が胸を撫で下ろしながら言う。
「よし」
チェチェン人の言に、KGB大佐は不敵の笑みを漏らす。
「あのロケット砲の弾は切れている。もう動かないだろう」
「ええ、そのようです」
反撃に転じたアルファ部隊の隊員達は、AK74を構えて、一斉に荷台から飛び降りた。
格納庫に銃口を向けるが、撃ち返して来る様子もない。
「突撃!」
大佐が声をかけるよりも早く、チェチェン人大尉は運転席から飛び降りた。
「
KGB大佐が叫ぶのと同時に、トラックの荷台に積まれていた対空機関砲が一斉に火を噴いた。
函館中央署から応援に来た機動隊の隊員達は、一斉に盾を構える。
対空機関砲の弾丸は、ジュラルミン製の楯を貫き、彼らの五体を粉砕し、骨を砕いた。
一面が朱に染まり、凄惨な地獄絵図が広がる。
だがKGB大佐は、安心できなかった。
木原マサキの死体を見るまで、この戦いは勝ちではない……
考え終えるか考え終えないうちに、格納庫の入り口付近にガス弾が直撃した。
機動隊員の生き残りが放ったガス発射機から弾だった。
着弾と同時に、白い煙が周囲に拡散する。
「ガス!」
身をかがめたKGB大佐は、鋭い声で叫んだあと、ガスマスクを装着する。
立ち込める煙から、催涙ガスの可能性を考えたからだ。
目や喉の痛みに耐えられなくなった特殊部隊員の一部が、煙の向こうに走り出した。
小銃を手にした隊員は、三方向から銃弾を浴びせられて、その場に崩れ落ちる。
大佐の傍にいた一人は立ち上がった瞬間、.30-06スプリングフィールド弾を受けた。
銃弾を食らった上半身から血しぶきが飛び、大佐のズボンを赤い墨吹をした様に濡らす。
全身を返り血で染められた大佐は、思わず苦悶の表情を浮かべた。
格納庫の入り口付近では、硝煙が次々に生み出されている。
視界は不十分だが、武器を手にしている者たちが次々に撃ち返しているからだ。
生き残った機動隊員の多くは、豊和ゴールデン・ベアを手に取り、敵に攻撃を仕掛ける。
豊和ゴールデン・ベアとは、トヨタの系列企業である豊和工業が製造する狩猟用小銃である。
装弾数5発のボルトアクション式ライフルであるが、10万円台と比較的安価な小銃だった。
1970年の瀬戸内シージャック事件の際、大阪府警の特殊銃隊が使用したことで知られている。
「内部に突入させるな!」
トンプソンサブマシンガンを持った白銀は、大声で怒鳴る。
鎧衣も、
銃声のする方に向け、引き金を落とす要領を調整し、3発から4発の弾丸を撃つ。
撃ち返した後、直ぐに身を隠した。
勢いに任せて機関銃を連射すると、そこに集弾される可能性が高いからだ。
「木原は?」
脇にいるソフィア・ペトロフスカヤは、鎧衣に訊ねた。
この亡命してきたソ連赤軍参謀総長の女秘書は、拳銃を握りしめ、反撃に加わっていない。
「
妙に平板な日本語で声をかけて来たソ連人の方を向かずに、白銀は銃撃を続ける。
恐らくGRU工作員を要請する軍事外交アカデミーの出身なのだろう、と思った。
そこでは、引退した工作員による外交官教育と高度な外国語授業が行われていたからだ。
「気を付けて」
のべつ幕無し*1に、銃声と敵弾が通り過ぎる音がする。
何時しか、白銀は恐怖を覚えなくなり、感覚が鈍くなっていた。
木原の姿が見えぬが、逃げ出したのだろうか。
大佐がそう考えた瞬間、空港の滑走路の一角にマグネシウムを炊いたような閃光が走る。
眼前に音もなく、白亜の巨人機が現れた。
全高は、およそ50メートル強。
戦術機2機を重ねたよりも、大きい。
KGB大佐は束の間、恐怖に身を震わせた。
彼の目の前には、あの憎きゼオライマーがいたからだ。
ソ連赤軍の最精鋭、第一親衛戦車師団を壊滅させた恐るべき存在……
「化け物め!」
KGB大佐は吐き捨てるように言うと、トラックの運転席に飛び乗った。
そしてアクセルを踏み込み、急発進させる。
マサキは、突っ込んでくるトラックに向けて、ゼオライマーの右腕を伸ばす。
何時でも、次元連結砲を発射できる。
トラックの加速が十分でないのを確認すると、一撃をトラックに発射した。
その瞬間、フロントガラスは割れ、エンジンは爆発した。
「何を!」
爆発と同時にトラックは大きく揺れ、車体にガソリンが降り注ぐ。
KGB大佐の全身は、燃えるたいまつになり、間もなくトラックは爆発した。
副官のKGB大尉は、直ぐに現状を認識した。
「同志諸君、逃げろ!」
チェチェン人の命令を受け、隊員の多くは蜘蛛の子を散らすように走り出した。
だが、マサキが操縦するゼオライマーが、アルファ部隊の前に立ちはだかった。
マサキは、ゼオライマーの右腕から次元連結砲を繰り出す。
チェチェン人の副官の五体は、粉砕され、赤い血しぶきが霧のように舞った。
マサキはゼオライマーの向きを、アルファ部隊が運転してきたトラックの方に向けた。
残った3台のダットサントラックを、次元連結砲で掃射する。
スペツナズの隊員を、煉獄の苦しみから解放してやるのだ。
爆発光が続けざまに煌めき、黒煙が躍り出る。
炎はたちまち燃え広がり、機関砲を搭載したトラックを焼き尽くしていく。
ゼオライマーはそれを確認すると、滑走路に向かって歩き出した。
そして滑走路の端に到着すると立ち止まり、空を見上げる。
「さて……」
マサキは呟くように言った。
「どうしたものかな」
マサキは少し思案すると、ゼオライマーのレバーを操作する。
背面のスラスターから圧縮された熱風が噴出され、機体は空に向かって跳躍した。
ゼオライマーが離脱した後、空港での戦闘はほとんど終わっていた。
間もなく到着した機動隊により、ほぼ全滅状態のアルファ部隊は一網打尽にされる。
空港襲撃は、開始から終了まで、わずか20分から30分ほどの出来事だった。
場面は、ソ連極東にあるウラジオストックに移る。
視点をソ連側に移して、彼らの動きを見てみることにしよう。
ソ連共産党臨時本部が置かれたウラジオストックでは、あわただしい動きがみられた。
現地工作員から、作戦失敗の報告を受け、次の作戦の準備に取り掛かっていたのだ。
KGBが亡命した赤軍参謀総長の奪還の機会を、執拗に狙うのには理由があった。
参謀総長が、ソ連の核弾頭を正確に使用できる数を知っているからだ。
ソ連では1973年のBETA侵攻以降、核弾頭の新造が難しい状態に陥っていた。
ウランを算出する、ウクライナ、ウズベク、カザフの各地域で、激戦を行っていたからだ。
大量の技術者は無論の事、緒戦にて鉱山と採掘設備を失い、20000トンの年間生産量が手に入らなくなった。
その為、インドのジャドグーダや北鮮の順川に技術者を派遣し、ウランの生成を急ぐほどであった。
インドにはスカッドミサイルの技術提供を、北鮮には年間7万トンの重油支援を行うことで、核ミサイル1000発に必要なウランを集める腹積もりだった。
だが今年7月に起きた順川鉱山での落盤事故を発端とする鉱山の爆破と、最高指導部の大量事故死の為、計画の全てが水泡に帰することとなった。
インドの件は、先のスリランカ事件の為と、パキスタンとの関係悪化を恐れたインド政府による遅延策の為、何一つ成果は得られていない。
核戦力が不足するという恐れに、KGBは焦りを覚えていた。
チェルネンコ以上にKGBに協力的なミハイル・ゴルバチョフを書記長に選出し、ソ連を今まで以上にKGBの専制体制に移行させるつもりだったのだ。
そういう矢先に起きた軍部のクーデター未遂と参謀総長の亡命は、それまであったソ連の慎重な対日工作を一変させる一大事件であった。
党本部についたドミトリー・ヤゾフ*2は、出迎えの将校に案内されて、執務室に入った。
ゴルバチョフは、補佐官や、その他大勢のスタッフとともに待っていた。
年は50歳ぐらい。
絨毯が敷き詰められた部屋で椅子に座っている姿からは、とてもソ連全土の支配者とは思えなかった。
「同志書記長、只今到着いたしました」
ヤゾフは頭を深く下げた。
それまで視線を落としていた書類からゴルバチョフは顔をあげ、目の前に立つ将官の服を着た男を見る。
ソ連人としてはやや小柄な170センチ弱ではあるが、精悍な風貌に厚い胸を持つ、緑色の目をした壮年の男が立っていた。
「ご苦労様でした。同志ヤゾフ大将、私から話すことはありません。
あなたから仰って下さい」
「同志書記長、まず私が言いたいのは、もはや手をこまねいている時ではないという事です。
ご存じのように、米国は既に新型のG元素爆弾の実用化に成功いたしました。
日本での諸問題を解決した後、直ちに月面にあるG元素を奪取するべきです」
ヤゾフはそう言いながら、心の中で亡命した参謀総長の姿を思い浮かべた。
国防省人事総局長の席から
「函館空港を占拠し、参謀総長を抹殺し、日本側の鼻を明かしてやるのです。
そうすれば、戦争の回避を望む日本側は、戦う理由は無くなるでしょう」
側に近侍する補佐官*4の一人である、ゲオルギー・シャフナザーロフ*5の顔色が変わった。
KGBの潜入工作員ではなく、正規軍の部隊を派遣するという事がどういう事を意味するか。
ソ連共産党国際部副部長を務めた*6彼でなくとも、理解できることだった。
ソ連が建国以来苦心して模索してきた、日本の中立化構想を根本から
「よろしい」
それまで黙っていたゴルバチョフは言った。
「これより直ちに、GRUの空挺部隊を函館に出発させなさい」
「はい、同志書記長。そう致します」
ご意見、ご感想お待ちしております。
一言いただけると嬉しいです。
アンケート実施していますので、よろしければお願いします。
ソ連の今後に関して
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核不使用の軍隊
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体制そのままに資源50パーセントオフ
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一億総懺悔
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クーデター