冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
操縦席から出て来た、赤い強化装備を着た男。
謎の男の正体とは……
同基地に置かれている第11師団司令部の作戦室に通信が入ったのは、15分後の午後2時だった
「
敵の正体は、おそらくソ連軍のコマンド部隊と推定される。
我が方の損害は、
空港も著しく破壊され、空港前派出所とターミナルビルは倒壊。
航空機10機とヘリコプター8機が大破。その他民間機にも多数損害有り。
通信参謀の報告が報告を読み上げると、会議室は沈黙に包まれた。
基地司令を兼任する副師団長も、師団参謀長も身じろぎをしない。
他の参謀や幕僚も、何を発していいかわからない様子で、視線を宙に回している。
最悪の事態を前に、誰もが戸惑いを隠せなかった様子だ。
「ソ連政府部内で何かがあった可能性は?」
沈黙を破って、師団長が口を開いた。
「ソ連での政変ですか」
「そうだ」
基地司令の問いに、師団長は答えた。
「現状のソ連赤軍では
いわんや、渡海作戦をしてまで、飛行機一台を奪還する価値があるとは思えない。
とすると、彼らの目的は新型の輸送機ではなく、亡命した参謀総長と彼の副官の抹殺だろう」
師団長は言葉を切ると、タバコに火をつけた。
「56年のハンガリア事件、68年のチェコ事件、69年の中ソ対立にしても外交的な前兆があった。
共産党同士のイデオロギー論争と外交方針を巡ってのものだ。
1920年代のアフガン介入*1の時もそうだった。
だが、今回はそのような前兆は見られない」
函館空港での爆発があったとの報告を受けた時、ソ連軍の攻撃を考え、オートバイによる偵察隊を出すという結論を出したばかりだった。
たった今の報告は、それを裏付けるものだ。
苦笑した参謀本部に、参謀長が問いただした。
「政府や元帥府が、どういう結論を出すのでしょうか」
「元帥府には既に情報が伝わっているはずだ。
函館中央警察署からの情報は、内務省経由で入手しているだろう」
師団長は頷いた。
「政府については、大臣経由で、ありのままの事実を伝えるつもりだ。
一軍人が、殿下の大政に物を申すのは避けるべきではあるが、事はあまりにも重大だ。
ソ連との戦いが避けられぬのであれば、一刻も早く体制を整えねばならぬ」
師団長がそこまで行ったとき、第11通信大隊長が入ってきた。
通信電文を見た参謀長は、顔色を変える。
「どうした」
「
師団長の問いに、参謀長は緊張した面持ちで答えた。
「読み上げます。
『函館上空にて敵機と交戦中。
国籍標識からソ連機と推定、機首は不明。
「そろそろ、
GRUの
函館まで、およそ10キロ。
編隊は、高度150メートルから200メートル辺りに展開している。
300メートル以下を飛ぶのは、奥尻島にあるレーダーを警戒しての事だった。
日本海軍に艦載されているOPS-11レーダーや、最新鋭のAN/SPS-39でも対空網に引っかかることはないだろう。
男は操縦席にあるステアリングを左に切った。
イリューシン Il-76の巨体が傾き、左に旋回した。
編隊は指揮官機と副官機の司令部の他に、その後に4機からなる飛行小隊3体が続く。
みな、生還を望まぬ決死の部隊であった。
「後続機、どうか」
「第一小隊、順次左に旋回します」
函館市街に入ったが、対空砲火はない。
日本側は昨今の反戦感情が邪魔をして、防空システムの配備が遅れているのかもしれない。
――飛行場の周りに集中しているのかもしれんな――
飛行隊長は考えを巡らせた。
恐らく対空砲は、重要度の高い空港や基地に集中配備されているのだろう。
その内に、函館空港の2000メートル弱の滑走路が目に入ってきた。
「各部隊、空挺降下準備!」
「左前方、敵機」
男の指示と重なるように、後方を飛ぶ友軍機より連絡が入る。
男は左前方に目を向けた。
2から3機前後の機影が見える。
既にこちらに狙いを定めているのだろう。
男は空挺降下の準備をしながら、敵機を凝視した。
「ファントム?フリーダムファイター?」
敵機の名称を叫んだ。
「何だ、あいつは!」
後方の友軍機の叫びが、レシーバーを通じて耳に響く。
敵機がまじかに迫り、手に持つ突撃砲から青白い閃光がほとばしる。
男は目を見張った。
過去に前線で見たF-4ファントムやMiG-21バラライカが放つ20ミリ弾とは明らかに違う。
まるで棍棒のように太い砲火だ。
敵弾は、後方に消えていく。
「ボリス1、被弾。落伍していきます」
ボリスとは、操縦者の名前ではなく、2番隊の意味だ。
ソ連軍ではNATO同様にフォネティックコード*2が決まっていた。
だがキリル文字を使用し、ロシア語の人名に由来したもので、使いづらいものだった。
46.59メートルを誇るIl-76の巨体が火を噴き、墜落していく。
「見かけの割には素早い機体だ」
過去に見た西側の機体とは違う。
全体的に細長く、肩アーマーの形状が長方形から台形になっている。
何よりも目立つのは、膝から太腿に向けて飛び出した膝当てだ。
同様の機体は、ソ連にも存在する。
ミグ設計局が作ったMiG-23チボラシュカだ。
だがイリューシン Il-76の目の前に現れた機体は別だった。
全体の印象も、運動性能も、搭載する機関砲も違う。
「ワシーリー、2機被弾。
火災発生!」
ワシーリーは、3番隊の事だ。
喪失機は、これで3台。
降下する空挺部隊員を含めて、300名近い人員が空中投下前に犠牲になった計算だ。
「F‐15イーグルだ。米国で試験中の戦術機だ」
操縦席に入ってきたGRUスペツナズの隊長が答えた。
米国の各企業が開発している機体にGRUも情報入手に勤めており、野戦指揮をする尉官まで知らされている。
それらの中にはマクダエル・ドグラム*3で開発中のF‐15まで含まれている。
その機体が、日本軍の機体として登場したのだ。
米国は1974年のファントムショック以降、日本への最新鋭機の引き渡しを拒んできた。
米国の大統領ハリー・オラックリンは、日本の対米独立志向を鼻持ちならないと嫌ってきた。
だが、それ以上に対ソ
最新鋭のF‐15が日本に配備されたという事は、米国政府内でその方針が変わったという事か。
これはソ連が何よりも恐れている、日本の完全な親米国家への変化の一助ではないか……
「敵機正面!」
ほぼ絶叫に近い機長の叫び声に、GRUスペツナズの隊長は顔を向ける。
視界一杯に移るF‐15の右手から閃光が煌めいた。
操縦席の風防がけたたましい音とともに割れ砕け、全身に衝撃を感じる。
連続した発射音を聞くと同時に、男の意識は消し飛んだ。
「なんだ、あの機体は……」
ゼオライマーから降りたマサキと美久は、73式小型トラック*4で迎えに来た
超低速で接近する戦術機は空中に制止した後、そのまま垂直降下を始めた。
押し寄せる熱風と轟音から避けるべく、滑走路上にいた作業員たちは一斉に退避し始める。
「美久、機種は!」
彼女に搭載された推論型AIの中にある膨大な情報の中に、目前の機体があると考えての事だった。
「該当する機種は、データに存在しません」
美久がそんな声を絞り出したとき、マサキは絶句したままだった。
銀面塗装が施された機体は、脚部を広げると難なく接地を成功させた。
すると胸部にあるハッチが跳ね上がる形で開き、管制ユニットがせり出してきた。
簡単な
単座機で、搭乗員は一名だ。
頭部をすっぽりと覆う気密装甲兜を脱ぐと、長身の美丈夫が現れた。
男とも女とも取れる、眉目秀麗な顔立ち。
体の線が出る強化装備が、比較的細身な体を、より強調している。
男装の麗人と言われれば、思わず信じてしまいそうになるほどだった。
マサキと美久を見つけた相手は、こちらに近づいて来た。
教本に描かれたような、実に見事な15度の敬礼*5をした後、こう告げてきたのだ。
「
帝都より、お迎えに参りました」
大胆かつ丁寧な物言いに、マサキは返礼した後、こう言い返した。
「貴様に訊ねたいことは山ほどある。
まず、あのロボットだ。日の丸が付いているが……」
「F‐15イーグル。
本年、米国で開発されたばかりの新型機です」
函館空港に来た新型の戦術機は、F‐15"イーグル"だった。
米国マクダエル・ドグラムの新型機で、
斯衛軍に配備され、試験運用を兼ねて
「米国から買ったのか!」
「如何にも。
但し、このF‐15シリーズは高騰する製造開発費に対応する為、輸出が大前提になっています」
すぐに鎧衣が口をはさんだ。
「確かに高そうな機体だ。
どれくらいする物なのかね」
「単体で、2,790万米国ドル。
日本円で、およそ70億円*6前後です」
再びマサキが声を張り上げた。
「戦術機1機で、74式戦車17台の価格*7か」
真壁は薄ら笑いを浮かべながら、マサキの事を上から下までじろじろ見ていた。
マサキは目の前の男を見ながら、どこまでも嫌な男に思えた。
「戦車と戦術機では、価値が違います」
マクダエル・ドグラムF‐15は、東独で発生した対人戦での戦訓を元に開発された新型機だ。
東独軍のベルンハルト大尉がもたらした、ソ連の最新鋭機の情報を前提に設計された。
まず前提として、ミグ設計局の最新鋭機MiG-23。
ツポレフ設計局のTu-95戦略爆撃機に対抗できる能力が求められてた。
こうした状況で開発されたF-15は、良好な旋回能力を兼ね備えた戦術機として完成した。
搭載されたエンジンの推力を生かしたマッハ2を超える高速性と高い加速性能。
それに加えて、自動化された火器管制システムを装備。
兵装搭載箇所には、簡単な改修によって多連装弾や空対空ミサイルを最大8発まで取り付けることができ、対BETA戦はおろか、対人戦を前提に置いた機体である。
同時期に新開発されたWS-16B*8突撃砲は、37ミリ*9多連装砲に変更された。
従来のWS-16突撃砲に搭載されている20ミリ多連装砲と比して、高速大火力を誇る物となった。
同時に装着式の擲弾発射器も改修を加え、105×617ミリR弾から、120×570ミリ NATO弾を発射可能な滑腔砲に変更されている。
だが、開発費の高騰と機体の大型化という、次期戦術機開発を主導したジョン・ボイドが望んだものとは違う結果になることになった。
その為、米国防総省は新たに新型機の開発を進め、軽量戦術機F-16の量産化を計画している段階である。
それから30分ほど後。
マサキ達は、函館空港にほど近い
冷房のよく効いた店内には、4人の他は客らしい客はいなかった。
マサキは煙草をふかしながら、これから真壁に聞く内容を決めかねていた。
真壁は赤を基調とした強化装備を脱いで、茶灰色の制服に袖を通していた。
帝国軍の第2種制服と形は一緒だが、生地は高級なトロピカルウールだった。
鎧衣は、真壁と名乗った奇怪な相手の顔を見る。
中佐と聞いたが、大分若く見える。
それまで黙っていた鎧衣は、神妙な面持ちで尋ねた。
「真壁君と言ったね。
ずいぶん若く見えるが、君は何歳だね?」
「1952年生まれ、今年で26歳になります」
現代の制度では、士官学校を普通に卒業しても、20代後半で中佐になるのはあり得ない。
将軍に近い有力貴族の子弟から構成される斯衛軍なら、その線もあるか。
ここは、一つ確かめてみることにするか。
マサキは息を飲んだ後、納得しかけた様子で、言葉を発した。
「つまり、
「その通りです。
本事件は、既に城内省の管理下にあります」
マサキは、純粋な恐怖心を覚えた。
怯えを察知したのか、真壁は続けた。
「警戒する必要はありません」
「とにかく説明してくれ」
マサキは言葉を切ると、タバコに火を点けた。
「本来ならば、作戦に関わる木原博士と
一言では説明できない大人の事情がありまして、としておきます」
「ほう」
鎧衣は、嘲笑したような顔色を見せた。
この男の本音がどこにあるかを知っているかのような態度だった。
普段はポーカーフェイスの諜報員が、不敵の笑みをたたえている。
その様子を見て、マサキは半ばあきれるような表情を浮かべた。
情報屋というのは、分からん存在だと。
常夜灯のおぼろげな光が照らす中、白一色の機体が開放式格納庫から出て来た。
翼端と尾端に航空灯*10を点灯させながら、轟々たる爆音をあげ、滑走路を滑り出していく。
胴体には、函館空港にふさわしくない赤い星が描かれている。
アントノフAn-124”ルスラン”。
全長68.96メートル、翼幅73.3メートル、全高20.78メートルを誇る。
帝国陸海軍が運用する中型機YS-11より、はるかに大きな機体だ。
最大離陸重量は405トン、最大積載量は150トン。
同じ高翼の4発機であるロッキードC-5"ギャラクシー”と比して貨物搭載能力は高い。
An-124の開発にあたり、前述のC-5"ギャラクシー”が参考とされたため、同じような外観をしている。
元々はソ連における軍民共用の輸送機として開発が進んでいた。
だがBETAの地球侵攻が始まり、戦術機の空輸方法が問題になると、後方基地への空輸機として開発された。
大型輸送機の開発製造を手掛けてきたアントノフ設計局が、輸送機の決定版として世に送り出した。
マクドネル・ダグラスC-17"グローブマスターIII"は、無論の事、アントノフAn-22"アンテーイ"など、従来の機体の性能を上回る。
ソ連はこの機体をBETA戦争における切り札の一つとして、極東の軍需工場で生産を開始しようとしていた。
その矢先の機体の強奪と日本への亡命が与えた衝撃は、予想以上のものだった。
未明の闇の中を、白色の大きな機体が舞い上がっていく。
アントノフAn-124は、函館空港から
今回はテオドール・エーベルバッハに続いてリクエストの多かった真壁零慈郎を出すことにしました。
ご意見、ご感想お待ちしております。
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ソ連の今後に関して
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核不使用の軍隊
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体制そのままに資源50パーセントオフ
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一億総懺悔
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クーデター