冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
他方、ソ連は新たな謀略を仕掛ける準備をしていた。
マサキの知らないところで動く国際的謀略の顛末とは……
ソ連赤軍参謀総長の、突如とした日本亡命。
この報道を聞いて、驚いたのは、なにも日本政府ばかりではない。
また、米国も同じだった。
ワシントン時間の午前5時の早朝から、ホワイトハウスで臨時
危機管理室の中は、各省の次官と軍の将官でいっぱいになり、彼らは壁際に立たされた。
定例の挨拶が終わると、
会議の冒頭、口を開いたのは副大統領だった。
「ソ連極東では
「はい。
昨日、入ったの偵察衛星情報によりますと。
現在、ザバイカル軍管区*1のチタから太平洋艦隊のあるウラジオストックに向けて大規模な兵力の移動が確認されております」
副大統領は、愛用するオランダ製のシガーに火をつける。
ジャワ葉を使ったヘンリー・ウィンターマンズの濃厚な煙が、ゆっくりと立ち上っていく。
「極東ソ連軍の戦力は……」
NSA長官に代わって、
「一昨年までのデーターから類推するに、38個師団およそ40万人。
作戦機は戦術機320機、爆撃機70機とされております」
副大統領はコーラで唇を濡らした。
周囲の官僚は、身構える。
一連の行為は、副大統領が不満を抱えているサインだったからだ。
「つまり、ソ連の都合によっては日本本土への急襲は可能という事かね」
デイヴィッド・C・ジョーンズ*2統合参謀本部議長が、言をつないだ。
彼は空軍出身3代目の議長で、陸軍出身の戦闘機乗りだった。
「現在、
そして北サハリンには、強力な装甲師団が2個ほど駐留しています」
一斉に視線が、ジョンーズの方に向く。
「何も攻撃目標を北海道に限定した、今の日本政府の防衛計画では極めて危険です。
莫大な犠牲を伴う北海道侵攻より、
大統領は、この後、中国からの特使と会う予定があり、その事で頭がいっぱいだったからだ。
「先の東ドイツへのKGBの破壊工作を鑑みれば……
首都への空挺降下などの特殊作戦は、米国に対する
ハロルド・ブラウン国防長官が、助け舟を出した。
こうしなければ、意見が通らないとのみての行為だった。
米政府内では、月面攻略作戦が最優先であり、続いて対中政策が外交課題になっていた。
比較的安定していた日米関係は後回しにされ、ソ連情勢は静観を決め込むつもりだったからだ。
「そうすると迎撃のために、第七艦隊を新潟にでも配備しろというのかね」
CIA長官は納得した様に、頷いた。
ブラウン国防長官は様子を一瞥しながら、質問を続ける。
「たしかに
FBI長官が、突然口をはさんできた。
「ソビエトの動きが見えぬうちに行動するのは、危険すぎませんかな。
わがFBIでは、合衆国内に居るKGBもGRUの動きを追っておりますが、これといった変化は見られません」
CIA長官が突如として立ち上がった。
「つい先ほどですが、ウラジオストックにいる我らの
なんでもチェルネンコ議長を始めとする党長老が引退を表明し、後継候補が書記長を継いだそうです」
その場にいる何人かは、信じがたい顔をする。
CIA長官はいつも通りの不敵の笑みを浮かべ、続ける。
「確実なお話なのですかね」
FBI長官は顔を紅潮させ、訊ねた。
CIAに出し抜かれたことに激怒しているのが、ありありとわかるほどであった。
「KGBの無血クーデターと思われます」
「その情報源はどういう立場の人物なのだ?」
「KGB大佐とだけ申しておきましょう」
大統領はCIA長官に目を向けていった。
「ソ連国内に居る資産を使って、混乱を起こさせることは無理か」
CIA長官は頭を振った。
「無理です。
ソ連国内に居る我らの資産は、直ぐに動ける立場の人間は数が多くなく、失われれば再建に十数年を要する存在です。
南米と違い、成功する保証はなく、得るものはほとんどないでしょう」
大統領は、腕時計を一瞥すると、席を立ちあがった。
時計は7時を指しており、あと15分もすれば中国政府の特使である
「では諸君、一時会議は中断する。
次の閣議は、17時の予定だ」
一斉に閣僚が、立礼の姿勢を取る。
「分かりました、大統領閣下!」
ホワイトハウスのヘリポートに、海兵隊のVH-3”シーキング”輸送ヘリコプターが降り立った。
VH-3は、シコルスキー・エアクラフトが開発した双発
執務室には、閣僚たちと入れ替わるようにして、在米中国大使と政府の特使である
葉元帥は、毛沢東の死去に際し、
毛夫人であった
まもなく、この会談を仲介したヘンリー・キッシンジャー博士とチェースマンハッタン銀行の会長が部屋に入る
駐米中国特使と一緒に、彼等も会議に同席する。
大統領とのちょっとした雑談の後、葉剣英は何杯かの
「ともかく……我が国はいつでも北
米国にとって、1973年のパリ講和会議の記憶は苦いものだった。
1973年3月29日の「名誉ある撤退」は、200有余年の輝かしい米連邦軍の歴史に暗い影を残す結果となった。
南
南洋のジャングルから帰還した兵士たちの再派遣を、多くの国民が許さなかったからだ。
BETA侵攻の激化で、ソ連と中共からの援助が途絶えた北
ソ連は、KGBを含む全ての軍顧問団が引き上げ、中共に至っては、軍民問わず一切の支援を取りやめるという態度を示したのだ。
かろうじて南
下手をすれば、ラオスやカンボジアのように共産化するだろう
ベトナム戦争の敗戦の
チェースマンハッタン銀行の会長が大統領に訊ねた。
「ご支援なされたらどうですか、大統領閣下。
国家レベルの事は、私共の様な
これが世間の常識でしょう」
葉剣英は、しわがれた顔を向けて、癖のある
少し遅れて、国務省の通訳官が英語に翻訳する。
「大統領閣下!
貴国も我が中国も、今後の展望を見た時、両国のあらゆる分野において協力関係が必要になる……
違いますかな」
大統領は、冷めて
少しでも内心にある不安を和らげるための措置だった。
「それは、軍事的にもですか」
老元帥の目が一瞬厳しくなった。
その表情は、かつて国共内戦時に停戦交渉をやった自負から来るものであった。
「勿論です。
対ソのため、我が人民解放軍にも近代化が必要です」
葉剣英にとり、10年前の中ソ国境紛争の記憶は鮮烈であった。
その当時、核ミサイル技術を持たなかった人民解放軍は、ソ連の
核
1969年の段階では、
核搭載可能な東風3号が人民解放軍に配備されるのは1971年以降で、生産能力は当初年間4発程度だった
毛沢東が1973年のカシュガルへのソ連軍の介入を拒んだのは、ソ連の核ミサイルを恐れたからであった。
無論、葉剣英も同じ意見であった。
だが、近代化の遅れた人民解放軍の大部分が役に立たないのを知っており、いずれかは西側の援助を得る機会を
今は毛沢東も
老元帥は空になったテーカップを置きながら、キッシンジャー博士の方を向いた。
キッシンジャー博士は、終始穏やかな表情のまま、問いかけた。
この五十がらみの国際政治学者は、葉剣英の申し出を、中ソ関係のこじれを利用する良い機会と考えたのだ。
「大統領、今の貿易関係では日本が一番の相手。
……ですが、いずれや中国との関係が進めば、彼らを重視せざるを得ません。
将来の投資と言っては何ですが、両国間の関係強化が必要なのです」
キッシンジャーは、
「そして、それは
……経済の面からも、合衆国民は貴方を支持することになるでしょう」
わずかな時間、その場は沈黙した。
大統領は
「なるほど……」
腕時計を見ると、会見予定の45分を既に15分ほど過ぎている。
「わかりました」
大統領は立ち上がって、右手を葉剣英に差し出した。
老元帥は立ち上がると、かけていたサングラスを取った。
男の顔を凝視しながら、力強い手で握手をして来る。
大統領は余所行きの笑みを浮かべて、この老将に握手を返した。
「では主席閣下によろしくとお伝えください。
北
場面は変わって、ソ連極東ウラジオストック。
ソ連共産党国際部長ポノマリョフ*12の私邸を、人目を避けるようにして尋ねたものがいた。
私邸に呼ばれた男は、国際部の第一副部長の一人だった。
「
男が席に着くと、ポノマリョフ国際部長はマルボーロに火を点けた。
「
奇麗な輪の形をした紫煙を吐き出しながら、ポノマリョフは答えた。
「え!」
タバコを吸い終えた、ポノマリョフは腕を組むと目をつぶった。
「ここ一か月ほど
黎筍の持病が急速に悪化したのには、理由があった。
最友好国の一つである東独が一方的に断交し、滞在していた全ての
東独の動きに、ポーランド、チェコスロバキアのみならず、ルーマニアも賛成し、一切の援助を取りやめた。
その為に、南
「
「スターリン時代の我が国と同じで、あそこも胡志明の
後継者問題が起きる可能性が高い」
「我が国もスターリン亡き後、後継者問題で内紛状態に陥りましたからね」
「
その時が支那政府にとってチャンスだ。
北
ポノマリョフは、静かに目を開いた。
「これまで北
「しかし、
ポノマリョフは、隣にいる男の意見に頷いた。
「ココム規制で締め付けられて、行き場を失った連中は生き延びるかの
第一副部長は、顔に笑みを浮かべる。
「そうなれば、極東に抗争のあらしが吹き荒れる。
同志長官は
ポノマリョフは、難しい顔をして答えた。
「そういうことだ」
「その戦国時代を生き残る為には
「ああ、それでなくとも現在我々は、東独とポーランドとの抗争を抱えていて台所が苦しくなっている」
ゼオライマーと木原マサキの登場以降、ソ連と東欧の関係は悪化の一途をたどった。
KGBによる東独への軍事介入や、ポーランドとの戦時
「石油転売のビジネスも、米国のマークが厳しくなって、その輸出総額も落ちている」
ソ連の石油は、制裁回避のため、割引価格でインドなどに輸入された後、現地にあるKGBやGRUの影響下にある企業で加工された。
ディーゼル燃料やガソリンなどの製品として再輸出し、それが巡り巡ってソ連の外貨収入の確保につながっている。
「それでな、石油転売という
第一副部長は、静かに頭を下げた。
「一発というと……やはり地下資源ですか」
「ああ。我らソビエトが大組織を維持できているのは金があるからだ」
制裁への対応として、ソ連は資源の輸出先をアジアへ転換し、ドル以外の通貨で決済するようになった。
ソ連が制裁逃れのために編成した「幽霊船団」は、西側の海上警備を避け、独自の供給網を構築していた。
「その
そしてそれは資源の供給ルートをがっちりつかんでいるからできる事なのだ」
男は、言いなれた常套句を言うかのごとく答えた。
「私が作った対日コネクションですね」
ポノマリョフは、再び煙草を取り出す。
「そこでな、貴様に日本に行ってほしい」
言葉を切ると、タバコに火を点けた。
「貴様はいずれ幹部会に入って、ソ連共産党国際部長になる人物だ。
国際部長になってからは、より強力に日本と付き合わねばならんだろう」
ソ連共産党国際部は、1919年3月2日に結成されたコミンテルンに起源をもつ組織である。
1943年6月13日にコミンテルンを発展的に解消し、ソ連共産党中央委員会国際部が結成された。
同盟諸国と非同盟諸国の共産党を管理していたが、1957年に分割され、現在の形になった。
1956年のハンガリー動乱以降、社会主義国共産党・労働党連絡担当部が従来の活動を継承した。
別名を資本主義国共産党連絡担当国際部ともいい、日本や米国の組織の支援をする団体だ。
そして当然のことながら、KGBやGRUと並行してスパイ活動や積極工作を行う機関であった。
「これからの時代は国際化だ!
ソビエト一国だけで社会主義体制を
対日スパイ網を強化するにも、貴様が
組織の引き締めのためにも日本に飛んで欲しい」
第一副部長は、真剣な表情でポノマリョフの顔を見た。
「不思議なものですね」
男の言葉に、ポノマリョフは一瞬戸惑った顔をした。
「何だ?」
「同志長官に相談があって来ました。
ポノマリョフは、顔に楽しげなものを浮かべた。
「ほう」
「それでその為の
男二人は、毒のある笑みを浮かべた。
「それは好都合だな。
向こうの連中にも、
第一副部長は、顔を引きつらせながら答えた。
「斉御司の
日本侵略の
第一副部長は、そういって不気味な笑い声をあげた。
ortus様、匿名での評価ありがとうございます。
反ソ反共小説にこの様に評価していただき、一層の励みになります。
どうか一言でも構いません。
匿名でも結構ですので、ご感想いただければ幸いです。
ご意見、ご感想、お待ちしております。
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