冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

190 / 210
 同時進行で進む二つのクーデター計画。
その背後からは怪しい影が見え隠れするのであった。


前兆(ぜんちょう)

 マサキ達が百里基地に移動した夜、京都では、何やら不穏な動きがあった。

一連の亡命事件にマサキが関与しているとの疑いから、急遽、斉御司(さいおんじ)邸で会合が持たれた。

 参加者は、容共親ソ派の青年将校や革新官僚。

日ソ関係の悪化を恐れた彼らは、密議を開くことにしたのだ。

 斉御司(さいおんじ)のもとには連日のように親ソ派をはじめ各派の議員が押しかけ、口々に現政権の政治手法への違和感を訴えた。

それは暗に「斉御司の裏工作は誤りだったのではないか」というニュアンスが込められていた。

そうした声がますます斉御司を政権批判に駆り立て、両者の関係は冷却化の一途をたどった。

 

「閣下、わざわざのご足労ありがとうございます。

本当に痛み入ります」

 斉御司(さいおんじ)邸の別室に声が響き渡る。

15人ほどの青年たちが、座卓に座る男に深々と頭を下げた。

「諸君、挨拶は良い」

 男は、取り付く島も与えず続ける。

 けばけばしいアロハシャツに、ゴルフ用の白いスラックス。

雰囲気からして、堅気の人間には見えなかった。

「問題は、木原をどう排除するべきかだ」

 男の言葉が終わると同時に、一人の人物が立ち上がった。

「お喜びをください。

綿密に連絡を取り合っている間者からの、ご報告がございます。

すでに富士の教導団は、我らが手中(しゅちゅう)に収めてあります」

 声をあげたのは、戦車教導隊の連隊長で、吉岡大佐だった。

今日は他の軍人たちと同じくサマースーツを着込んで、この場を訪れていた。

「それに払った代償は、大野と穂積の死か。

ずいぶんと高くついたものだ」

 吉岡の短く刈り揃えた頭と、鋭い眼光が男の方を向く。

「あの者どもは、好色過ぎることが裏目に出ただけです。

あの時、ハイネマン博士にこだわらず、ベルンハルト嬢を(さら)っておれば成功したでしょう!

木原は古いタイプの人間ですから、関わった女の事を優先して、九條家までは累を及ぼさなかったでしょう」

 鋭い視線が、上座から注がれる。

「貴様はこう言いたいのか!

ハイネマンをソ連に連れ出す風に、九條を動かした(わし)が悪いと!」

 この目の前の亡者(もうじゃ)は、己の欲が失敗の原因だと、自覚しているのだな。

吉岡大佐は、そう確信しながらも、平謝りに詫びいった。

滅相(めっそう)もございません」

 男は酒杯を飲み干すと、吉岡大佐に向かっていつになく鋭い言い放った。

「ならばよい」

 男は、下座にいる別な人物の方を向く。

首尾(しゅび)は」

 答えた人物は、吉岡とは別な陸軍将校だった。

上々(じょうじょう)です」 

「して、御剣の方はどうなった。

こちらに引き込めそうかね……」 

「いえ。

御剣も斑鳩も、それほど単純ではないでしょう」

 二人は、反米反ソで鳴らしている人物だ。

 こちらの陣営に引き込めるか、甚だ心許無い。

口調は穏やかだったが、作戦はうまく行かないという意図が見え隠れしていた。 

 再び、吉岡大佐が口を開いた。

「そこで、交渉の場をこちらで準備いたしました」

「交渉?」

 大伴中尉は、吉岡の意見に両目を(しばた)いた。

親米派の御剣が、話し合いに応じるのだろうかと。

「絶対に、こちらの条件を飲まざるを得ない交渉ですがね」

 吉岡は、偽悪的な笑みを浮かべながら言った。

「もし断れば、御剣も斑鳩、二度と我々の前に立つことはできないでしょう」

 

 

「それで、この耄碌(もうろく)に何の用かね?」

 五摂家、崇宰(たかつかさ)の老当主は、老獪(ろうかい)な表情で振り返った。 

訪ねて来た男を見つめながら、さも世間話をする様な気軽さで答える。

「何しろ、殿下への上申も元帥府に掣肘(せいちゅう)され、実権は政府という傀儡(かいらい)の身。

今更、こんな老骨に頼み事とは……」

 二人が揃って頭を下げると、寛いだ着流し姿の老人は、その間に黙って煙管(キセル)を取り出す。

「なればこその、お願いでございまする」

 煙管に詰めた刻み煙草に火を点けながら、男たちの想いを感じ取っていた。

「ご老公、このまま座して死を待つのは、忍びのうございます」

 

 老人は、二人の若い将校の口から、本音はどこにあるか、説明される必要はなかった。

つい100年ほど前にあった、徳川政権という例があるからだ。

 慶応4年1月3日、長州藩と薩摩藩の叛乱を受けて、京都で戦った幕府軍は数の上で優位であったが敗れ去った。

敗戦が決定的となった6日夜半、徳川慶喜(よしのぶ)は一部の近臣だけを伴って、大坂城を退出。

大坂湾に停泊中の軍艦・開陽丸に乗り込むと、そのまま江戸へと逃げ帰ってしまった。

 この事により幕府は政治的影響力を失い、反乱軍である新政府軍に正当性を与えることとなった。

 

 老人は男たちの言いたい事を即座に理解し、不敵の笑みを浮かべる。

「ともかくだ。

儂は、慶喜や松平(まつだいら)容保(かたもり)のごときの、二の舞を演じる気はない

さりとて、あの怠け者どもに阿諛追従するつもりはない」 

 

 函館への赤軍参謀総長亡命事件を受けて、日本政府は動かなかった。

それは、なぜか。

 日本政界は、混乱の極みにあったからだ。

 BETA戦争勃発を受けて行われた解散総選挙の結果、与党過半数割れの惨敗。

 その結果、成立した現政権の基盤は、極めて脆弱だった。

特に対米問題で党内最大勢力を敵に回し、倒閣運動に発展する事態にまでなっていた。

 そして決定的になったのは、ソ連スパイ団事件に対する対応だった。

 事件の徹底究明を貫く首相に対して、他の主要派閥を含む与党議員の約3分の2が、特別党協議会を結成して、公然と「首相おろし」を開始するほどであった。

 与党立憲政友会の最大派閥は、スパイ団の対応を巡って首相との対立が決定的となった。

事件に関与した大野の祖父が、最大派閥の領袖ということも関係していた為、事態は複雑化した。

 国会内は解散総選挙をちらつかせる政権側と、党分裂の危機に直面するのを恐れて退陣を主張する与党という構図の為、政局は空転した。

 政界工作を行った五摂家側は、新聞世論や野党を味方にして事を進めようとする現政権の政治手法に批判を強め、突き放すようになった。

 

「だから、私が言わない事ではありません。

今からでも遅くないでしょう。

あくまでも、彼奴(きゃつ)らは、この国の(がん)細胞ですよ。

根こそぎ切ってしまわなければ、日が経てばすぐ芽を生やし、根を張って、増長しましょう。

再び陰謀をもって、暗躍し、手がつけられなくなるでしょう」 

 老爺は、手元にある手提げの付いた煙草盆(たばこぼん)を引き寄せる。

先ほど吸い終わった煙管を裏返して、空いた左手に叩きつけた。

雁首(がんくび)に据え付けられた火皿から、燃え尽きて黒くなった吸い殻が煙草盆の中に落ちる。

「……ふむ」

 未だ老爺は、煮え切らない顔つきである。

煙草入れの中から刻み煙草のききょう*1を取り出し、手で丸める。

煙管の火皿に、刻み煙草を詰めながら、ふと漏らした。

衙門(がもん)を血で染めるのは、不憫(ふびん)でならん。

残念な話じゃよ」

 やれやれといわぬばかりに、老翁は眉を降りしきる雨に上げて考えていた。

だが、先方の思惑(おもわく)をはばかって、ためらう様子だった。 

「閣下、何卒(なにとぞ)、御助力の程を……」

 陸軍大佐の制服を着た男が、頭を下げた。

「どうか我々のために、かの宿敵を打ち破る機会を……

かくの通り、頭を()れておねがいします」

 背広姿のもう一人の男は、平身低頭こそしていたが、命令するがごとき口調で強要する。

男が言い終わると陸軍大佐は、老爺の疑問に答えた。

「今回の計画、確かに五摂家恩顧(おんこ)の武家は壊滅する事でしょう」

 五摂家は、その微妙な政治的バランスで、近代日本を乗り越えてきた。

煌武院(こうぶいん)が親米路線を取った際、九條(くじょう)が親ソ路線を取り、斑鳩(いかるが)斉御司(さいおんじ)、崇宰が中立路線を取る。

 先次大戦の際も同様に親独と親米に分かれた際、他の三者が中立を取るという形で元帥府を運営してきた。

「米国からの軍事介入も、理論上は阻止し得ますが、白堊館(はくあかん)の住民の感情までは理論通りに参りません」

 白堊館とは、ホワイトハウスの漢語表現である。

戦前までは、新聞紙上で度々(たびたび)用いられた表現だ。

「そこで、ご老公様のお力を頂きたく……」

 老爺は、身の生活を考えるよりも、もっと大きな意味で、暗澹(あんたん)となった。

「この老骨めに、道化になれと言うのだな。 

前に出て、米国市民の不満を()らしてくれと……」

 軍事クーデターは、いずれ易々とは成功しまい。

最悪な場合までを、老爺は考えていたのである。

「左様でございまする」

「是非に」

 5分ほど煙管(キセル)を燻らせたが、やがて諦めたかのようにため息を漏らした。

「よろしい」

「では、お許し下さりまするか」

「願ってもないことだ」

 それを聞いて、男は、この老爺の胸を問うなど愚であることを知った。

陸軍大佐の師岡(もろおか)*2も共に頭を下げて、心服した。

「必ず逆臣を殺して、御政道(ごせいどう)(ただ)します」

 


 

 場面は変わって、視点は再びマサキ達の元に戻る。

 (よい)(くち)、マサキたちは、石岡(いしおか)市内から土浦(つちうら)市に向かった。

市内にある料亭「霞月楼(かげつろう)」で、ある人物と待ち合わせをしていた。

 ここは海軍将校の社交の場として知られ、「KG(ケージー)」の暗号で呼ばれていた。

それゆえに盗聴の危険も低い場所という事で、客室は坪庭を見渡す全8室の個室という手狭さなのに、政界の要人の間でも人気の場所だった。 

「夜分遅くに、すいません。

突然、押しかけてしまって」

「いや、いいんだ」

 料亭の一室で待っていたのは、御剣(みつるぎ)雷電(らいでん)だった。

瀧元(たきもと)君、君に至急(しきゅう)の用があるそうだ」

 奥から警保局長の瀧元が現れた。

白銀と鎧衣が、慇懃に頭を下げる。

「瀧元さん、頼んでおいた調査結果、現段階で結構です。

分かる範囲でお教えください」

「どうしてもお願いします」

 瀧元は御剣の横に座ると、抱ええていたカバンを脇に置いた。

「分かりました」

 鞄の中から、プラスチック製のファイルを取り出す。

「まず大伴(おおとも)師岡(もろおか)、両名の2週間の範囲ですが……

ちょっと意外な人物との交際が、確認されています」

 瀧元は、右手に持っている分厚いファイルを、机の上に広げた。

「意外な?」

 マサキは、その写真を見て驚いた。

オート型のフレームをした眼鏡をかけているが、ある人物に似ていたからだ。

「商社マンの龍崎(りゅうざき)一征(いっせい)こと、帝国陸軍の元中佐である壹岐(いき)(ただし)です」

 白銀と鎧衣は、驚きの目をみはった。 

「壹岐正……」

「元中佐!」

 

 壹岐正は、1911年生まれの68歳。

 元々は帝国陸軍の軍人で、天保銭(てんぽうせん)組で知られる陸大第51期の主席卒業生だ。

恩賜(おんし)の軍刀を引っ提げて、乗り込んだ関東軍では対ソ戦のを担当する参謀の一人だった。

終戦前に、外交伝書使としてモスクワへ単身送り込まれるほど、軍上層部の信任は厚かった。

 だが、1954年に突如として軍を除隊した後は、()われて商社マンに転じた。

 龍崎一征と名乗り、嘱託として繊維商社へ入社して、1年後に航空機部の次長に。

翌年は機械第三部長、翌々年には業務部長になっているというのであった。

 繊維商社を総合商社に押し上げた辣腕ぶりは、新聞紙上では語り草だ。

今や、財界の重鎮ばかりではなく、政界での影の参謀として名をはせている。

 しかし、その一方で、非常に親ソ的な面ものぞかせているとの評も聞かれる。 

1972年のソ連での飢饉の際、壹岐は日本の商社経由で米国の穀物メジャーへの仲介をはかったという。

 

 話を聞いて、マサキは改めて確信した。

前世で、軍から財界、政界を渡り歩いた昭和の参謀と呼ばれる人物そのものだ。

 偶然とはいえ、ここまで経歴が似ているとはな……

耐えきれなくなったマサキは、右胸のポケットからホープの箱を取り出す。

「その人物とつながっている財界の大物といえば……」 

 タバコに火を点けながら、マサキは、この世界の事を思った。

偶然にして流れ着いた先は、前世の並行世界……

三途(さんず)の川を渡って、今頃地獄で閻魔庁(えんまちょう)の裁きを受けていた方がマシであることを改めて思い知らされた。

「政商、大空寺(だいくうじ)眞龍(まりゅう)

 そう白銀が答えた瞬間、鎧衣は両眼を閉じた。

「やはり、財界の怪物が後ろ盾に……」

 鎧衣は、開いた両眼に緊張の色を浮かばせた。

「大伴の背後には、壱岐正と、政商の大空寺眞龍(まりゅう)か。

厄介だな」

 ほとんど無表情に近い御剣のつぶやきだった。

「今の煌武院殿下は、30歳にもならない方。

その政権基盤は、極めてぜい弱だ。

大伴らのグループが政権を奪取するためならば、様々な圧力をかけてくるだろうね」

 

「木原先生、彼らに会ってみますか」

 マサキは、俄に面の色を変えた。

「いや……」

 白銀の一語は、ひどくマサキの(かん)を突いたらしい。

それでなくてさえ、マサキにはよくカッと色をなす性情がある。

「戦うしかあるまい」

 急に、マサキの顔が横を向く。

その面の冴えなど、美しい太刀の刃文のようだった。

「大伴が、裏表のない民族主義者なら、まだ手を取り合うことができる」

 青白くいよいよ冴えた顔を、きっと、虚空へ振り上げる。

「だが、奴等にあるのは、己の利と権力への追求だ。

民族主義の衣をまとった共産主義者に他ならない!」

 民族主義を表に掲げた統制派も、革新官僚も、日本を改造したい殺意に生きる共産主義者(テロリスト)

日本の歴史を、その皇胤を断絶したい一心で、嘘八百の言辞を流して日本人を騙し続けている。

 民族主義の衣をまとう共産主義者を野放しにしていれば、日本は、その代償として、確実に死滅を迎えるだろう。

 マサキは、まるで苦虫(にがむし)を嚙み潰したよう表情になった。

そして、(らん)たる眼をして、衆席を見まわす。

「そうだ、戦う他にない」 

*1
ききょうは、1948年から1979年まで発売されていた専売公社の刻み煙草。煙管用の刻み煙草は一時期姿を消すも、根強い愛好家の声で再版されることとなった。1985年以降は、日本たばこ産業より小粋という銘柄の刻み煙草が販売されている

*2
マブラヴ原作のキャラクター




 ご感想お待ちしております。

ソ連の今後に関して

  • 核不使用の軍隊
  • 体制そのままに資源50パーセントオフ
  • 一億総懺悔
  • クーデター
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。