冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
そこでは3名の黒幕たちが、それぞれの想いで動いていた。
マサキは白銀の運転する車に乗り込むと、土浦から石岡に向かった。
車を飛ばして、夜の6号国道を30分ほどで石岡市内に入った。
市内にあるホテル橋本楼の一室では、既に百里基地の将校たちが待っていた。
「俺が土浦に行ってるうちに、基地司令の藤堂が中心となって幹部連中が皆で話し合って、皇道派の組織を結成するという事で全員の意思の確認が取れているという事だが……
それでいいんだな」
藤堂以下、将校たちが一斉に返事を返す。
「はい」
基地司令の藤堂が、まずマサキに現状を伝えた。
「幹部それぞれが自分の部隊に戻って確認したところ、大半の物がその合意に従うとの確認が取れています」
「うむ。
……となると、次に決めねばならないのは、組織のリーダーの選出だ」
マサキの言に、藤堂と彼の副官が驚きを色を表した。
「それはここに居る全員が、木原先生がなるものだと」
藤堂の副官は、マサキの言にうろたえたのだろうか。
真剣な眼差しで、見つめ返してきた。
「俺はリーダーにはならん」
「どうしてですか」
マサキは微笑を浮かべ、そっと言った。
「俺のような独断専行型のタイプはリーダーには向かない。
俺は策士とか相談役という影の存在でこそ、力を発揮できるんだ」
マサキは、言葉を切るとタバコに火を点けた。
「組織の長とは皆をまとめていく器が必要だが、俺のような自分の都合で勝手に動く人間にはふさわしくない」
一瞬の沈黙の後、マサキが口を開いた。
「俺が考えるに、組織のリーダーは藤堂がふさわしい」
一瞬の間があった。
藤堂が、覚悟したかのように答える。
「私ですか」
マサキは微笑を湛えたまま頷くと、話を続けた。
「藤堂は海軍短期現役士官の出身とはいえ、先の大戦からの生え抜きだ。
これまでも海軍将校として、大政を影から支え、立派に軍人としての務めを果たしてきた。
そして、ここに居る幹部連中の信任も厚い」
マサキが言い終わると同時に、藤堂の副官と副官付がそれぞれ答えた。
「木原先生がそういうのなら……異論はありません」
「私も賛成です」
「それで結構です」
「藤堂司令ならば、末端の下士官兵まで納得してくれるでしょう」
自分の意見が通ったことに、マサキは満足げな笑みを浮かべる。
「藤堂、引き受けてくれるな」
ほんの一瞬だけ、百里の借家にいる妻子の顔を思い浮かべた藤堂は、複雑な気持ちを抱きながら答えた。
「この大任、精一杯務めさせてもらいます。
諸君、よろしく頼む!」
「次に、俺たちがするべきことは、静かに深く政財界の中に潜り込んで影響力を広める事だ」
マサキは、手短に自分の計画を話した。
聞き終えた藤堂は、目を丸くした。
「木原博士、貴方の真意を聞かせてくれないか。
なんで、ゼオライマーという超マシーンがありながら、我々を頼ったのだ。」
「俺はお前たちを頼ったのには理由がある。
ズバリ、日本社会の再編だ。
それを行うには五摂家や武家のような古い連中ではダメだ。
出来上がった権力にしがみついている様では、新しい秩序を築くことは出来ん」
藤堂はマサキの話を聞きながら、ゴロワーズに火を点けた。
この学者の考えがどこにあるか、突っ込んで知りたくなったのだ。
「戦後35年、長きにわたる高度経済成長の中で、日本人は経済中心主義になってしまった。
だがこれからの国際化の時代、経済だけでは勝ち残れない。
今のように、五摂家だの、武家だの、与野党などと別れて、日本人同士が争えば、外国勢力の上陸を容易にさせることにつながる。
確かに今だけ、金だけ、自分だけのどうしようもない政治家と国民にあふれた国となった。
だが、俺はこの国の人間である以上、せめて政界だけでも意思統一を図り、外圧をはねのける必要があると考えた」
一瞬の間があった。
マサキは一呼吸置いた後、話を続ける。
「そのためには何をすべきか……
日本開闢以来、超然と存在している帝室の影響力を使う事としたのだ」
藤堂は、感に堪えない面持ちで尋ねた。
「それが木原マサキの本音というのか。
全てはこの国を守るためと」
「ああそうだ。
今までのやり方だと、10年、20年かかる。
だがソ連をはじめとして、BETAもだが、敵は待ってくれない……」
マサキは、それまで吸っていたホープを灰皿に押し付ける。
煙草をもみ消しながら、藤堂の疑問に答えた。
「外国とくっ付いている長老連中を政界から消せばいい。
俺とのパイプのある新世代に政権を取らせればいい。
嵐を引き起こして、政界にいるソ連の間者共の息の根を止めてやることにしたのだ」
藤堂達と別れたマサキは、白銀の運転する車で石岡市内へ向かった。
ホテルに戻る際中、ハンドルを握る白銀が尋ねて来た。
「藤堂司令官。なかなか立派な方ですね」
マサキは白銀の話を聞きながら、煙草に火を点ける。
「日本経済の安全のためには、海軍の連中と手を組む必要があった。
外国との取引の多くは、海運によって支えられている部分があるからな」
深くタバコを吸うと、煙を吐き出しながら続ける。
「それに帝国海軍は、露助どもと一戦交えて勝ったことのある組織だ。
敵に回すと怖いから味方につけた」
それまで黙っていた美久が初めて口を開いた。
夕方まで制服姿だった彼女は、今はベージュ色のブラウスにグレーのスカートという普通のいでたちになっている。
「藤堂さんへの接近は計算づくという事ですか」
スカート丈が膝下なのは、流行りのプレッピースタイルを真似したのだな。
今更ながらアンドロイドとはいえ、美久も一人の女なのだなと感じさせられる。
マサキは一瞬他愛のないことを考えた後、笑みを浮かべながら答えた。
「最初はな……
だが今は、あの男の器量の大きさに惚れた」
ハンドルを握っている白銀は、不安げな表情で尋ねた。
「先生、本当に大丈夫でしょうか。
陸軍の一部がクーデターを計画しているって話は」
タバコをもみ消しながら、マサキは答えた。
「何とかするさ。
何とかしなきゃ、日本がヤバいからな」
場面は変わって、東京西新宿の高層ビル。
そこの最上階にある会員制の高級バニークラブに、数名の紳士が集まっていた。
兎の耳を模した飾りが付いたカチューシャに、ビスチェのような肩出しのボディスーツ。
バニーガールの衣装を着たウェイトレスが、テーブルにドリンクを運んでいく。
男たちはテーブルに置かれたグラスを取ると、乾杯の音頭を取った。
「とりあえずの再会に!」
ガラスの奏でる音を聞いた後、一気に酒を呷る。
「元気そうで、何よりです」
「貴方も変わりませんな」
壹岐がそう声をかけると、スラブ人の男は表情を変えずに答える。
「我が国と日本、そして私とあなた方にも国家体制という大きな障害がある」
右手で持っていたグラスを置きながら、続けた。
「互いに協力を惜しまないなら、真の
スラブ人の男の名前は、イワン・コバレンコ。
ソ連赤軍在籍中にNKVDにリクルートされた古参のチェキストで、戦時中はワシレフスキー元帥の副官を務めた。
赤軍を1951年に除隊した後は、ソ連科学アカデミーに移った。
モスクワの東洋学研究所の職員をへて、中央政界に進出し、共産党中央委員会へ移った。
今は、党の国際部日本課長となり、対日外交政策の第一人者だ。
「こちらも、その心積もりです」
目の前の裏切り者たちを眺め、KGB少将は思った
「そのためには、今回の作戦には、ぜひ成功して貰わないと困る」
KGBやGRUの工作要員は、このような裏切り者を建前として友好的に取り扱った。
陰で工作要員たちは、彼らの事をまとめて、
「協力できることがあったら、何でも申してください」
だが最も嫌われたのは金で国や仲間を撃った輩ではなく、思想的に共鳴した左派の学者や友好団体だった。
「
ソ連市民にとって、西側の平和友好団体や左派の学者の言動は理解の範疇を超えるものだったからだ。
コカ・コーラを自由に飲み、ジレット社*2の使い捨てカミソリなどの文明の繁栄を享受し、ソニーのラジカセを持つ。
自由に店に行き、いつでもバナナやオレンジを手に取り、好きな色のナイロンストッキングを選べる*3生活を送る。
そんな夢のような生活を送りながら、ソ連を賛美し、モスクワの指針を
KGBやGRUに勤める情報機関員にとって、それは気違い以外の何物でもないからである。
「
男は、不敵の笑みを満面に湛える。
礼には及ばん。
貴様らへの援助は、ささやかな
かつての大国、蒙古帝国や帝政ロシアでも、なしえなかった夢。
この小さい南洋の島国の繁栄を、KGBの手で支配する!
滅びゆく国は、我が国ばかりではないのだな。
男は、キューバ製のコイーバ・クラブに火を点けながら、そう思った。
政治家が、料亭や茶屋で夜な夜な密議を凝らすことを指して、待合政治という言葉がある。
待合とは待合茶屋の事で、人との密会の為に有償で場所を貸し出す貸席業の事である。
元々は男女の密会の場所として始まったが、明治維新以降は政府要人がこのような場所を用いて密議をするのが慣行となった。
そこから、昼間の議会でなく、夜の待合で重要事項が決まることを待合政治と称した。
この待合政治は、我々の世界では、1993年の自民党大敗の時まで続き、赤坂や新橋の料亭前に黒塗りのハイヤーが、ズラリと列をなして並んでいた。
一方、マサキが転移した異界では、1970年代という時代と身分制度の影響で、まだまだ全盛を誇っていた。
政治家たちが夜な夜な待合や料亭に集って密談を交わす待合政治が、頻繁に行われていたのだ。
赤坂にある料亭「中川」*5
ここは敷地面積500
敷地の広さもさることながら、中に入ると小さな小部屋がいくつもあり、密談にはもってこいの場所だった。
密議を開きたいが、マスメディアなどに知られたくない政財界の要人は、別々に部屋を取る。
酒を飲み、
ひそひそと秘密の話をして、再び自分の部屋にもどって行く、という方法が採られた。
料亭や待合では、出入りの際、誰とも顔を合わせないように必ず配慮するのが、店のマナーだった。
外に出て、新聞記者から誰とあったか尋ねられても、酒を飲んでいたといい逃れができるからだ。
仕出し料理を取ることや芸妓を呼ぶ以外に、賭け
野党の政治家や番記者が麻雀をしていると、こっそり与党関係者が来て、
負けたことにして、多額の現金を置いて立ち去り、それを野党や番記者が持って帰るという事が慣行として出来ていた。
政界に問題があると、裏のルートから実弾*8を配り、夜のうちにうやむや化を図ることがままあった。
それ故に待合政治は、夜の国会議事堂と、心ある人士から嘆かれるほどであった。
新橋から来た芸妓がかえって、座敷に居る客が
昨今の政財界で、時代の寵児と持て囃されている龍崎こと、壹岐正だ。
「師岡君、君の父上の師岡大佐とは戦前からの知り合いでね」
「師岡から、うかがっております」
答えたのは、秋守中佐という富士教導団の戦術機教導隊隊長だ。
普段は、ソ連迷彩の施されたF-4Jファントムを駆り、近接長刀で各地の部隊と対人訓練を繰り返している人物だ。
待合に呼ばれた今日は70式勤務服を着ているが、普段は
元々は京都帝大の学生であったが、ベトナム戦争たけなわの頃、陸軍の志願率が過去最低になった時代に士官になった人物だった。
「いつかその無念を果たさねばと、考えていたら三十有余年が過ぎてしまった」
「ありがとうございます」
今回のクーデター軍決起の裏側には、師岡の個人的な恨みがあった。
師岡の父は、1954年のラストボロフ事件でスパイの嫌疑を掛けられた将校の一人だった。
戦後、北支戦線から復員した彼は、参謀本部に移り、対ソ諜報の部門に入った。
部門長として活躍している最中、国防省に呼び出された。
そこで待っていたのは、査問という名の軍法会議だった。
部下の一人であった、五摂家・九條家の嫡子、九條雅也がスパイの嫌疑をかけられた事の詰め腹を切らされたのだ。
国鉄への
その場で、愛用のブローニングハイパワーを使い、9x19ミリパラベラム弾を頭に送り込んだ。
師岡は、この日以来、復讐の機会をうかがう事を誓った。
父の悲劇を胸の中にしまい込み陸軍の門をたたいて、今、第2師団司令部付の参謀となった。
男たちは、挨拶をそこそこに重要な課題に対して意見交換を始めた。
既に掌握下にある富士学校の戦車部隊の他に、浜松基地の戦術機部隊。
東京を占拠するのは別にして、政府に衝撃を与えるには、十分な戦力だった。
彼らは、料亭から歩み去る若い将校たちを見送りながら、壹岐は言った。
「大空寺さん、若いという事は良い事だ。
純粋に物事を、国家を考えられる」
大空寺は、ジュラルミン製の杖に寄りかかりながら、小さな声で答える。
「壹岐さん、私は奇麗だが、貴方は汚れたましたな」
男二人は、無言のままに向き合う。
ともに、毒のある笑みを浮かべた。
日本語の「大いに感謝いたします」や、「どうもありがとうございます」に相当する。
ご意見、ご感想お待ちしております
ソ連の今後に関して
-
核不使用の軍隊
-
体制そのままに資源50パーセントオフ
-
一億総懺悔
-
クーデター