冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
日本国内を混乱させた彼らの意図とは……
都内の赤坂プリンスホテルの一室に、メンバーを変えて続行された。
「どうしても、受け入れんかね」
「確かに、
だが、それはあなた方の
羽織姿の男は、
戦時中に将軍職を務め、戦後は5歳の息子に
彼に合わせて、
「御剣君」
それまで黙っていたサマースーツの壹岐が尋ねる。
「違うんです……
私は、お二人とは違うんです」
壹岐は愛用するカールトン*2の箱を取り出して、煙草に火を点けた。
「五摂家の名前でもない、力でもない……
私は日本という国家を考えて、この道を
御剣は、一瞬あいまいな笑みを浮かべた後、こう続けた。
「私は、永久にあなた方と協力関係になることはないでしょう。
今日はそれを申し上げたくて、ご招待を受けたのです」
「……」
「それに致命的な事が一つ」
御剣は、不敵に口端を吊り上げる。
「私は、あなた方が嫌いなのです」
御剣は間もなく帰っていったが、それで一件落着にはならなかった。
普段表情を見せない壹岐は、
「若造が……」
崇宰が片頬を吊り上げ、薄く笑った。
「フフフフ、心配することはない」
壹岐は煙草の火を灰皿で消すと、目の前の
「これも想定内の事よ……
奴が信ずるものを、力で揺さぶれば済むだけだ」
陸軍富士学校は、
1896年に大規模な陸軍の演習が行われて以降、この地は軍事基地としての整備が進み、1912年に富士裾野演習場として正式に開設された場所だ。
その一角にある
「少佐、到着したか」
部隊長の吉岡大佐は、目の前に立つ深緑色の戦闘服姿の男に訊ねた。
丸天帽と呼ばれる深緑色の円筒形の戦闘帽を被った頭を動かすと、男が答えた。
「準備は出来ています」
吉岡大佐は、軍帽を被り、背中に伝家の宝刀たる
そして意気揚々として営庭に行くと、既に整然と戦車や装甲車が並んでいた。
61式戦車が36台、最新式の74式戦車が25台。
その他に、戦車運搬用の73式特大型セミトレーラが50台。
随伴歩兵を運ぶ兵員輸送車である60式装甲車が20台、60式自走81mm迫撃砲が5台といった具合である。
戦車の前照灯から浮かび上がる十数名の将校。
彼等の背後には、鉄帽をかぶり、天幕を縛り付けた箱型背嚢を背負い、完全武装の兵士たちの影が見える。
その数、少なく見積もっても500人以上。
近くに並ぶ25台の73式大型トラックから考えて、優に一個大隊は居ようか。
「これより
現在時、
時刻規正とは、軍隊が作戦前に各自の時計を合わせる行為である。
旧海軍や海上自衛隊では時刻整合ともいう。
「1分後より実施」
一斉に兵士たちが腕時計の竜頭を操作する。
「30秒前」
下士官や将校の中には腕時計を二つ持つものや懐中時計を持つものがいた。
そういう人物は、二台同時に時刻規正をおこなった。
「10秒前」
作戦に参加する各員は、時計の秒針を見つめる。
「
部隊の最先任曹長は、一瞬顔をあげる。
「
最先任曹長は、部隊長の吉岡大佐に敬礼を送る。
「出動準備完了!」
吉岡は教本の様な敬礼を返すと、短く答えた。
「作戦開始は、
そして、未明の東京都中央区。
誘導用の73式小型トラックと共に、緑色回転灯を付けたトレーラーの列が突如として首都高に現れた。
台数は、およそ50台。
その殆どが74式戦車運搬車で、それとは別に大型貨物を積んだ日野 HE340セミトラクターが10台ほど続く。
機関車など長尺物運搬用のポールトレーラーの上に乗せられているのは、F-4Jファントムこと、77式戦術歩行戦闘機"
防水布をかぶせて、富士学校から都心まで運ばれてきたのだ。
「陸軍の車列が……」
「こんな時間にどこに行くのだろうか」
異様な車列が、秋葉原の中央通りを通り抜けていくとき、信号待ちをする多くの市民は何事かと見守っていた。
だが、信号が青になると平然と道を歩いていった。
戦車部隊を先導する車に乗った吉岡少佐は、その様子を横目で見た後、運転席の方に振り返る。
「進路は、東京市役所!」
車列は、千代田区丸の内方面に向かって進んだ。
この異界では、我々の世界と違って、1944年に大日本帝国は条件付き降伏をした。
早期講和の為、1945年に起きた各種の悲劇を全て回避することが出来た。
2月の
そして8月の
結果として、東京はおろか、各地方都市の街は焼け残り、我々の世界のような首都圏一極集中は避けられた。
都心の再開発は遅れることとなり、1980年代になっても、アール・ヌーボーやアール・デコ様式の高層建築物が大量に残ることとなった。
本来の歴史ならば、とうに崩れ去っていた東京市と東京府が入る合同庁舎が残り、そのまま市役所として使われ続けていたのだ。
府知事公邸前は、10両以上の74式戦車が横並びで止まっていた。
その全てに兵員が載り、
戦車部隊接近の方を受けて、公邸前には、既に
濃紺の活動服姿で
SB-8型ヘルメットの防護面を上げて、対峙する戦車部隊の兵士の顔色を
73式小型トラックから降りた吉岡少佐は、愛用する
公邸を警備する機動隊は、未だ驚きを隠せない様子だ。
その内、ワイシャツにズボン姿の府知事が駆け寄ってきた。
「ど、どういうことだね」
合同庁舎から、機動隊員を伴って府知事が現われる。
「
吉岡の返答は非常に平板だった。
「直訴……」
吉岡は、直立不動の姿勢を崩した。
「ただし……」
吉岡は革製のホルスターから、コルトガバメントの名で知られているM1911こと11.4mm拳銃を取り出す。
銃把を操作し、弾倉を取り出して、府知事の前に見せる。
「すべての火器に実弾を装備しております」
勢いよく弾倉を銃把に送り込むと、銃を虚空に振り上げた。
その瞬間、61式戦車や74式戦車の
「何……」
不敵の笑みを湛えた吉岡は、拳銃嚢にピストルを収めながら答える。
「一体だれのために……」
「殿下の為です。
青年将校たちの行動は、当人たちの言では武装直訴だった。
これは古代からある考え方で、8世紀
決して、時の天子や将軍の事を非難せず、周囲に側仕えする者を批判するのが不文律だった。
「殿下を
そして筆頭
その日、
日が明けたばかりの5時半過ぎというのに、借家の居間に上がっていた。
「ここで
マサキは、
茶飲み話をしている最中であったが、テレビの方を振り返る。
「東京から
綿入れ長着の
マサキの訪問が早すぎて、着替える余裕がなかったのだ。
「始まったな」
隣にいるマサキは、テレビ画面を数秒見た後、答えた。
確かに、その通りだ。
学者の口から飛び出した始まったという
「ああ」
藤堂は、
さっぱり見当が付かない。
いつの間にか、側に立っている妻の方を振り返る。
「これからが大変だぞ」
マサキは、ホープを口に
煙草の灰が床に落ちるが、気にする様子はない。
他人の家、ましてや将官宅ではなく、ここがまるでホテルの一室と言わんばかりの態度だった。
「貴様たちには、これから苦労を掛けることになる」
マサキは、テレビ画面に視線を向けつつ、続ける。
藤堂は、この青年科学者が、何を考えているのか、おおよそ見当がついた。
つまりは、こちらからも手を出すことを考えているのだな。
藤堂は、そう理解した。
「衝撃の事件が発生した、東京府庁前です。
未明に起きた富士学校戦車部隊による行進は、日本のみならず全世界に衝撃を与えました。
1時間が経った今になっても、その激震は、止むどころか、揺れは確実に広がっています」
「未明の陸軍特別演習に関して、未だ政府から正式な発表はございません。
なお情報筋の話としては、信頼できる部隊を東京に派遣するとの事です」
普段は決して、ミラや乳児のユウヤの前では見せないキャメルのキングサイズを取り出す。
静かに煙草を口にくわえると、火を点けて、燻らせた。
「貴方も行くことになるの」
背後から聞こえる妻の声に、篁は黙ってうなずいた。
「でも研究部隊でしょう」
「ミラ、忘れてもらっては困る。
こう見えても、私は戦術機のパイロットだよ」
篁はテレビに視線を向けたまま言った。
「
議会の承認を得ず動かせるとなると、放っておくはずがない」
「嫌よ、そんなのは」
何時になく動揺する妻の声に、篁は振り返った。
「許してくれ」
ミラは涙をこらえて、ひしと抱き着いた。
沈黙があたりを支配する。
ミラは何かを言おうとした瞬間、電話が鳴った。
半ば放心した妻を置いたまま、受話器を取る。
「篁だ」
電話は、同僚の
既に老中の真壁を通して、
篁が2本目のタバコをもみ消している時、声がかかった。
「何時でも出られますわ」
篁が振り返ると、夏用の野戦服を取り出してきたミラだった。
内務省にある警保局外事課長室で、
赤軍総参謀長亡命事件に関して、特別高等警察より任意同行を求められ、外事課長室に招かれたのだ。
そこで夜通しの事情聴取を受けている最中だった。
「本日未明、富士学校所属の戦車部隊が東京市内において、無警告の夜間訓練を実施した模様です。
今のところ、政府から特段の発表はございません。
繰り返します……」
ニュースキャスターが原稿を繰り返し始めた時、外事課長は席を立ってテレビの電源を落とした。
この時代はリモコン付きのカラーテレビは出ていたが、高額だった。
その為、学校や公共機関の殆どがダイヤル式のカラーテレビか、場合によっては白黒テレビだった。
「鎧衣さん、背後に誰がいるとお考えですか」
壮年の課長は、長椅子の背もたれに寄りかかるなり、そう問いかけて来た。
「本郷課長、もし真実を知りたければ、私を自由にしていただけませんか」
鎧衣は、
「自由に……」
課長は、一瞬困惑したような表情を浮かべた。
「私の行動は、間者の100名でも取り付ければ、十分
鎧衣は、不意に立ち上がった。
戦時中の
「私の言葉よりも重い事実が現れるとは思いませんか」
脇にいる特高警察の捜査官が、鎧衣の方を振り向いた。
彼は、鎧衣と大学の同期生だった。
「鎧衣……」
東京の混乱とは別に、京都での情報は
行動を起こした部隊の真の目的も、その黒幕も分かっていないからだ。
本郷課長は、立ち上がっている鎧衣を見返した。
この男の
まさか、今回のクーデター騒ぎの原因でなければいいが。
しかし、それを確かめる時間も機会もないのは、本郷も理解していた。
京都二条にある帝都城本丸では、朝早くから対策会議が行われていた。
本丸御殿にあった御用部屋では、筆頭老中の
「真壁殿……」
首相は、机の上で考え込んでいる真壁に声をかけた。
「君の責任ではないよ。総理……」
顔をあげた真壁は努めて冷静に答えた。
「彼らは一つの意思で動いている。
そして、それは誰にも止められない」
首相たちは、一様に驚きの色を表す。
「しかし、今回の件はただの集団ではない。
帝国陸軍というれっきとした軍隊だ」
真壁は、首相たちを諭すように言った。
「たとえ一つの部隊とは言えども、歴史を動かすことは可能だ」
前の幕府である徳川政権を転覆させることになったのも、長州藩のクーデターだった。
真壁は、そのような事を考えながら続ける。
「これは時代への逆行だ」
部屋の隅で同席していた御剣雷電は、思った。
お前の国家改造計画とやらは、どこに行こうというのだ。
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