冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 マサキは東京での反乱を余所に京都に向かうことにした。
一方、北海道の部隊は、反乱軍に合流するのだった。


反乱軍(はんらんぐん)決起(けっき) 後編

 マサキ達がいる百里基地では、騒然とした雰囲気に包まれていた。

あろうことか滑走路上では、既に爆装されたF-104戦闘機とF-86戦闘機が離陸準備にかかっていた。

そして格納庫より、ロケットランチャーを装備した三菱製のF-4ファントムが発進する真っ最中だった。

 ロケットランチャーは、マサキが、ダイキン工業に製造させた補助兵器である。

マサキが書いた図面を、ミラ・ブリッジスが清書した後、然るべき筋を通して、ダイキン工業の製造部に渡った。

 特徴としては、AGM-65"マーベリック"ミサイルをそれぞれ3機づつ搭載したもので、正三角形の形状をしている。 

F‐14とは違い、肩部ではなく、機体の脛の部分に取り付けられており、発射後には排除できる仕組みだ。

 その他に、首都圏防衛用としてF-111 アードヴァーク24機が百里基地に配備されていた。

これは日米貿易摩擦解消の一環として、日本政府が臨時購入したものである。

 本来は1973年にオーストラリアに引き渡す予定であったがBETA戦争でキャンセルとなった。

ジェネラルダイナミクスの方で困っていた物を、国防総省が商務省に掛け合って実現したものである。

 1972年の段階で実は日本に売却する提案がなされたが、国務省東アジア局日本課に拒否された。

『日本の専守防衛の方針を変える圧力』と受け取られかねない懸念からだった。

 だが1977年に、その方針は一転した。

日本政府が、秘密裏に決戦兵器であるゼオライマーを所有していたことが判明したからだ。

 米政府は爾来(じらい)、各種の攻撃兵器の積極的な輸出を認めた。

後日談として、大和型戦艦を改装した際にフランス製のミサイルに代わって、トマホークミサイルを搭載することの遠因ともなった。

 

 基地司令室にいる藤堂中将は、何時もの灰色の常装第一種夏服から、橙色の飛行服に着替えていた。

部隊の数字と組織名が刺繍されたアポロキャップ型の部隊識別帽を頭にかぶる。

 そして自室のロッカーにしまってあった鍵付きの箱から、私物のワルサーPPK拳銃を取り出す。

陸軍とは違い、海軍では将校の帯剣や拳銃携帯は、非常にまれであった。

 儀礼や臨検の場合、或いは船内暴動の場合を除いて、寸鉄を帯びなかった。

理由は、磁気を多用する計器類が狂ってしまうためである。

 ただ例外はあり、それは戦闘機に登場する際と、内火艇やカッターに乗る場合である。

この場合は、もしもの事態に備えて、拳銃や小銃で武装するのが一般的だった。

「司令!」

 藤堂に声をかけたのは、副官の大尉だった。

百里に来る前は、三沢基地に勤務した事のある男で、信頼のおける部下の一人だ。

「準備は整いました」

 藤堂は素早くホルスターにピストルを仕舞った。

「では行こうか」

 

 駐機場(エプロン)では、既に指揮官が載る三菱 MU-2が2機の発進準備が整っていた。

 三菱 MU-2は、三菱重工業が製造した双発プロペラの多目的小型ビジネス飛行機である。

対米輸出を考えて、軍民両用の小型ターボプロッププロペラ機として開発された。

日本国内ではもっぱら救難捜索機として用いられ、民間ではなく政府機構に納められた。

 三菱 MU-2に搭載されたギャレット エアリサーチ TPE331-25AB ターボプロップがアイドリング音を上げ始める。

そして、それに随伴する4機のバートル KV-107IIA-51も、それぞれメインローターとテールローターを旋回させている。

 

「と、藤堂閣下」

 藤堂が機体に乗り込もうとしたとき、声をかけるものがいた。

彩峰大尉だった。

「ど、どうして戦闘機隊を……

そんなことをしたら、もし富士学校の連中と遭遇したら……」

 その瞬間、彩峰は全ての意図を理解した。

この男は、反乱軍と戦う覚悟だと。 

「な、何故」

 藤堂は、驚いた表情をする彩峰の方を振り返る。

「彩峰大尉……」

 藤堂は、真剣な表情で続けた。

「私も軍人の端くれだ。

正すべき国家の在り様は、私の中にもある」

 そう答えると藤堂は、足早に三菱 MU-2に乗り込んだ。 

彩峰はしばし唖然としながら、滑走路から飛び立つ部隊を見送るしかなかった。

 

 百里基地の第7航空団は、自発的に爆装し、出撃した。

ただしそれは東京ではなく、首都の京都方面であった。

 マサキが藤堂の事を説得して京都に変更させたからだ。

 その理由は、以下のような物であった。

 今京都には、首都防衛の任務にある近衛軍第16大隊と二条城警護の第19独立警備小隊のみで、大部分は東京に向けて出発している。

ソ連のスペツナズは、この警備の手薄な絶好の機会を逃さず、京都の政府首脳と将軍を襲うであろう。

 前の世界で1979年にあったアフガン首脳暗殺事件である、嵐333号事件の再来をマサキは恐れたのであった。

 バートル KV-107IIA-51の座席に腰かけたマサキは、気分を落ち着かせるためにホープを取り出した。

煙草に火を点けながら、今回の事件に思いを巡らせていた。

 もし、最悪の事態として、皇帝が拉致されるようなことがあってはならない。

 かつての靖康の変という故事を思い起こした。

 北方の騎馬民族王朝の金が、開封にせめこんだ際、欽宗と徽宗の二人の皇帝を誘拐した事件だ。

そして皇女や皇后、妃や嬪にいたる官女、宦官や職人の類もすべて奪われ、北宋は滅亡した。

 いや、上古の支那ばかりではない。

14世紀の南北朝時代の我が中朝(ちゅうちょう)*1でも、同様の事件が起きたではないか! 

 別な戦のために京都を留守にした足利政権の中枢に敵が攻め込み、北朝の2人の上皇と1人の天皇が敵方の南朝に誘拐された事実を思い起こす。

これにより北朝とそれを擁する室町幕府は非常な不安定におちいったではないか。 

 漠然とした不安が、静かな湖に巨石を投げ込んだときに生じる波紋の如く、マサキの胸に広がった。

 他国の事ならば、何時か目をつぶってるうちに、終わるだろう。

しかし、拠点を置く日本で、同じことをやられらた困るのだ。

 御剣たち武家の連中が、内訌(ないこう)の末に滅ぶのは構わない。

だが、万世(ばんせい)大君(おおきみ)に、同じような目には合わせるわけにはいくまい。

それが、一国民としてのマサキの偽らざる気持ちだった。

 


 

 東京でクーデター軍が決起したのを見計らったように、北海道で動きがあった。

千歳(ちとせ)市にある千歳基地の第二航空団本部に、数台の73式中型トラックが乗り付けていた。

 自動小銃で武装した数名の将校と30人の兵士たちは、夜陰に乗じて、司令部を占拠したのだ。

「お前たちは何をしたのか、分かっているのか」

 副指令の樽田大佐は、腰のベルトの右側に下げた布製の拳銃嚢からピストルを取り出す。

司令官の目の前に差し出されたのは、樽田の私物拳銃であるベレッタM1951だった。

「問答無用!」

 親指で、安全装置を解除すると喚く司令官の胸に対して、9x19ミリパラベラム弾を送り込んだ。

弾煙のうちに、司令官が倒れたのを見て、樽田は布製のホルスターへと短銃を戻した。

「ほかに死にたい奴はいるか!」

 

 天幕に包まれた死体は手早く片づけられると、入れ替わるように3名の男たちが入ってきた。

社会大衆党の幹部、鋼鉄良夫と、作業服姿の白人の大男だった。

「例の物は」

 ほどなくしてポロシャツにスラックス姿という比較的ラフな格好をした男と、陸軍第三種夏服を着た若い将校がやってきた。

肩に少佐の階級章と、胸にはウイングマークと挺進(ていしん)部隊降下者用特別胸章*2を付けている。 

「これに持参いたしました」

 肩からおろした具足櫃(ぐそくびつ)*3を眼で示すと、鋼鉄は篤と見て、機嫌よく頷いた。

蓋を開けて覗いてみると、中にはソ連赤軍の官帽と夏季野戦服(キーチェリ)がそれぞれ3組入っていた。

 

 エプロンを見下ろす形でそびえたつ管制塔より、指示が響き渡る。

「飛行長よりネクロマンサー小隊へ、発進を許可する。送れ」

 ネクロマンサーとは、千歳基地に所属する戦術機部隊のコードネームである。

「ネクロマンサー小隊了解。隊長機より発進を開始する。送れ」

「了解。小隊全機の武運長久を願う。終わり」

 滑走路上には既にイヤーマフと蛍光塗料が塗られた反射板の付いたベストを着た誘導員が待機している。

両手には赤色の誘導灯を持ち、次々と駐機場から出てくる機体を滑走路に案内している。

 誘導員の指示に従い、強化装備をまとった男たちは機体を操作し、次々に離陸していった。

耳を弄するジェットの音が響き渡り、目を眩ます様なアフターバーナーの炎が夜天を赤く染めていく。

 

 千歳基地の部隊は、海面すれすれの状態で首都圏に近づいていった。

 戦術機は、F-4ファントムが、およそ20機。

その他に第201飛行隊と第203飛行隊が、それぞれロックウィード*4のF-104Jを約40機ほど装備している。

光菱(みつひし)重工業*5がライセンス生産をしていることから、光菱鉛筆と称される。

 サイドワインダー4発を装備可能で、固定兵装として、M61A1 20mmバルカン砲を初めて搭載した戦闘機だ。

 

 では、ロッキードF-104 "スターファイター"とは、どんな機体なのか。

我々の世界の、簡単な史実と共に振り返ってみよう。

 F-104は、1950年代の米国では要撃機として開発されたが、西独ではもっぱら制空戦闘機として運用された。

核弾頭付きの無誘導弾を搭載できることから、東独軍や駐留ソ連軍に報復核攻撃を仕掛ける計画が立てられた。

 だが要撃機として作られたため、対空戦に必要な運動性・機動性に欠ける機体となり、多くの死亡事故を引き起こした。

 その為、未亡人(ウィドウ)製造機(メーカー)という不名誉な代名詞を貰うことになった機体である。

 第三帝国空軍(ルフトヴァッフェ)のエースパイロットであるハルトマン大佐は、当初よりこの問題を指摘した。

だが、ギュンター・ラルら、かつての同僚が多くいる空軍上層部の対応は冷淡だった。

最終的に政府からの不興を買い、1970年に少将に昇進すると同時に名誉除隊させられた。

 ハルトマン大佐の名誉のために言えば、当時の軍部大臣シュトラウスがロッキード社と昵懇の仲であった為、F-104を採用したのが遠因であった。

この歴戦の勇者は、戦上手であったが、不器用な男であった為に起きた悲劇であった。

 

 さて過去の話から再び、BETA戦争で混乱する異世界の話に戻ろう。

総勢60機の飛行隊発進の情報は、府中(ふちゅう)防空指令所ではなく、横須賀(よこすか)鎮守府(ちんじゅふ)*6より、市谷に伝えられた。

 たまた茨城沖で夜間訓練中だった、ミサイル駆逐艦朝風(あさかぜ)*7の三次元レーダーに映った為である。

横須賀鎮守府から、連絡を受けた市谷は、夜間訓練の一部と考え、重大視しなかったことが事態を深刻化させる遠因となった。

 

 なぜ、このような事態に陥ったのか。

 1970年代の日本のレーダーの精度では、超低空飛行は観測できなかったからだ。

また日本は、グラマン E-2 "ホークアイ”やボーイング E-3 "セントリー"のような早期警戒管制機を所有しておらず、低空目標を補足できない弱点を抱えていた。

 そして、戦術機F-4EJのレーダーは地表面におけるレーダー波の反射による擾乱に弱く、低空探査能力(ルックダウン)が著しく低かった。

ウェスティングハウス社製のAPQ-72レーダーは、実用に供された戦術機においては史上初めての試みであり、当時の先進国で一般的に運用されていた技術的な限界であった。

 

 府中防空指令所は、直ちに入間基地と霞ケ浦駐屯地の高射砲部隊に迎撃準備を命じた。

同時に、小松基地の第303戦術機隊と、百里の第501戦術機隊へ出撃命令が下った。 

それは、夜が明け始まる5時前後だった。

*1
中朝とは、この場合、我が国の朝廷という意味である。中は禁中を指し、朝は朝廷を意味することばである。戦後は中国と朝鮮の略語として使われているが、本来はそのような意味ではない

*2
今日でいう所の空挺徽章

*3
具足櫃とは、甲冑やその付属品を、収容し、運搬や展示するための箱である

*4
現実世界のロッキード

*5
現実世界の三菱重工業

*6
現実世界の横須賀地方隊。史実では、1952年8月1日に軍事組織である保安庁が組織された際に、旧海軍の横須賀鎮守府の機能を受け継ぐ形で横須賀地方隊が再設置された

*7
あさかぜ(DDG-169)。たちかぜ型護衛艦の2番艦。1979年配備、2009年除籍。現実世界では海上自衛隊のミサイル護衛艦(DDG)。

マブラヴ世界の帝国海軍は旧連合艦隊の戦艦や重巡洋艦と同時に海上自衛隊の艦艇を保有している。その為、劇中での艦艇は史実の海上自衛隊と違って、全て漢字表記のままである。あさかぜ(DDG-169)も原作表記に倣って漢字とした。




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