冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
彼等が次に狙うは、日本国皇帝だった。
ソ連軍の襲撃の際、帝都城*1の次に激しい戦闘が起こったのは、
この地は、かつて戦国の
築50年ほどになる鉄筋コンクリート造の庁舎の屋上数ヵ所から聞いたこともない轟音が火を吐いた。
FIM-43"レッドアイ"*2から放たれた
この赤外線誘導の弾は、飛来しつつあったソ連製のMi-24"ハインド"武装ヘリの一台に向かう。
ヘリの操縦士はスロットルを前回にし、迫りくる火箭を避けようとした。
同時にマグネシウム製の
ミサイルはエンジン部分に正確に直撃し、近接信管を作動させる。
火焔と同時に、Mi-24"ハインド"は粉砕された。
とにかく攻撃隊は、よほどFIM-43"レッドアイ"の威力に驚いたとみえ、それ以来、攻撃手段を変えることにした。
屋上への強行着陸から、ヘリによる爆撃にである。
十数機のMi-24"ハインド"が胴体にある4基のUB-32A-24 32連装ポッドから57ミリS-5ロケット弾を降り注がせる。
焼き尽くされた屋上に降り立った兵士たちは、階段から室内に侵入した。
怪しい影を見つけ次第、発砲をしながら進んだが、階下にはスペツナズ隊員以外の人物はいなかった。
「もぬけの殻か」
「はい」
目標とした大臣はおろか、幹部職員らの影も形もない。
公文書の類や通信機器もなく、残されたのは、
「急いで、全館の捜索に当たれ。
20分後には、撤退だ」
まだ片づけられないまま、屋上に横たわっている屍は、スペツナズ隊員だけでも30名ほどある。
事と次第は、コバレンコ少将に連絡をせねばならないだろう。
襲撃部隊の隊長は一部の精鋭を引き連れて、1階へ降りた。
ソ連側が何故、京都御所を後回しにしてまで、情報省を襲ったのか。
それは情報省が、内閣調査室や公安調査庁のような調査機関というより、むしろ秘密警察という性質の機関であったからだ。
帝国情報省*3は、1942年にミッドウェー海戦後の戦時体制強化と情報集約を表向きの理由に設立された省庁である。
他の省庁とは違い、城内省同様に将軍直轄とされ、秘密会議メンバーの覚えの良い人材がスカウトされた。
情報省の設置は、ミッドウェー海戦の二日後に行われた将軍直属の秘密会議に参加するメンバーの提案により設置された。
その真の目的は、日本国全土を支配下に置くクーデターと密接に関係したものであった
情報省の新設からわずか2か月の間に、政財官各界の要職にある人物の逮捕と、軍内部に送り込んだ工作員によるクーデターを行った。
1942年8月18日未明に、全国各地の海軍青年将校が決起し、4大鎮守府の制圧の他に、京都と東京の放送局や新聞社の占領、連合艦隊の艦艇の8割を支配下に置いた。
そのため、一時的に日本国は継戦能力を失い、対米戦の継続が危ぶまれる事態となった。
だが将軍の裁定により、クーデター部隊の首領、小渕喜十郎大佐は部下とともに投降した。
クーデター後、政府の方針は米国との早期講和となり、南太平洋から早々に部隊を引き上げるほどだった。
その結果、1944年10月22日に対米講和が成立し、それと同時に三国同盟の一方的破棄と対独宣戦布告を実施した。
この8月18日のクーデターにより、ソ連の戦争計画は混乱を極めた。
青年将校団による新政権が、ソ連に対してどんな対応を取るか、不明瞭だったからである。
クーデターから1か月後の9月30日に、関東軍はソ連国境沿いの
ソ連側は、軍事演習をソ連への攻撃準備ととらえ、
それはモスクワ防衛のために
結果として、スターリングラード*4防衛戦を代表とする反抗作戦に深刻な遅滞が生じ、攻勢に転じたのは1943年3月となった。
その3か月間は。同盟国軍兵士にとって脱出する十分な時間であり、ドイツ軍は取り残された第6軍の9万人の救出に成功した。
パウルス元帥と共に降参したと24人の将軍を含む、生き残りの6000人は、過酷で知られるシベリアのグラーグに送られ、その多くが飢餓と寒さの中、落命した。
ソ連側の損害も大きく、史実の47万人ではすまず、120万近い将兵が市郊外の原野に屍を晒すこととなった。
その様な経緯から、ソ連政府とKGBは情報省へ
場面は変わって、国鉄京都駅の近くにある京都タワー*5ビル。
そこにある130メートルの塔から、二人の男が街を見下ろしていた。
「何を考えているのですか。同志コバレンコ」
部下の男は、燃え盛る二条城の方角を見続けているコバレンコに問いかけた。
「我々には、24時間体制で五摂家の監視が張り付いています。
そのなかで何をするというんですか」
「我々の対日クーデタ―は、最悪のストーリーが進んでいる。
だが、我々には最後の切り札がある」
コバレンコは、愛用する葉巻を取り出した。
それはキューバ産の最高級葉巻であるコイーバで、ソ連指導部お気に入りの品物であった。
「日本クーデター計画を成功させる、万能の切り札がな」
「ば、万能の……切り札……?」
男の問いに、コバレンコは不敵の笑みを浮かべる。
「それは、皇帝奪還だ」
皇帝の住まいである御座所が置かれた京都御苑に、数台の戦術機が着陸する。
そしてそれを追いかけるように、Mi-24ヘリ数台が着地した。
彼等は建前上、ドミトリー・ポリャンスキー*6駐日ソ連大使によるご引見*7という形を取ってはいた。
だが、その実態は皇帝奪還作戦を行うべく、コワレンコが差し向けたKGBアルファ部隊であった。
コワレンコが主導した作戦に、なぜポリャンスキー駐日大使は参加したのか。
それは、ポリャンスキー自身がソ連国内の政争で敗れて、その復帰を狙ったためである。
ブレジネフ時代の1973年、当時第一副首相だったポリャンスキーは農政畑の出身という事で農業大臣に任命された。
当時のソ連では農業政策の失敗で、米国の穀物メジャーから農産品を緊急輸入するほどの事態になっており、その解決を期待されたからだ。
だがポリャンスキーは、フルシチョフ時代から始まっていたダーチャ*8の使用拡大に反対し、農業改革を後退させるような態度を取った。
その事が遠因となって、1976年に政治局を解任され、流刑に近い形で日本に追放された経緯があった。
極東の地で悶々とするポリャンスキーにとって、今回のクーデター事件は中央政界復帰のまたとない機会であった。
日本国皇帝を捕縛し、ソ連へ連れて帰れば、自分は返り咲けると考えたのだ。
トカゲ迷彩*9の服に黒い目出し帽を被った集団が、京都御苑の中を疾走する。
彼等の手には、ソ連製のPB消音拳銃が握られている。
PB消音拳銃は、1967年にPMで知られるマカロフ自動拳銃をベースに開発され、主に暗殺等の特殊任務用途で使用された兵器である。
長らく秘密であったが、1979年のアフガン侵攻以降、西側諸国の工作員の手に渡り、広くその存在が知られることとなった。
迷彩服の部隊は、京都御所の見える場所にまで近づいた。
隊長格の男は立ち止まると、部下は、周囲を警戒しながら立ち止まった。
「人間が深い眠りにつくのは、午前3時から午前5時の頃だ。
例え見張りがいても、その頃には一番疲労のピークに達して、集中力を維持できなくなる」
男は自動拳銃を振り上げると、部下に声をかけた。
「行くぞ!」
京都御所が置かれた京都御苑は、東西約700メートル、南北約1,300メートル。
総面積は92ヘクタール*10で、およそ東京ドーム20個分*11の広さだ。
その中には、京都御所と
その他の65ヘクタールが環境省の管轄で、国民公園という扱いになっている。
明治の東京
その荒廃ぶりを悲しまれた明治大帝の命により緑化を行い住民憩いの場としたのが起源である。
以上は我々の暮らす史実の世界の話であるが、この異界では京都からの
江戸幕府崩壊以後に、倒幕に関わった薩長連合に代わって出てきたのが、新設された五大名家であった。
彼らは江戸幕府14代将軍
その影響は大きく、この異界における1867年以降の日本の歴史は、我々の世界とは一線を画すものとなったのだ。
東京
だが1945年の敗戦後、御所内部にあった部隊は移動させられ、わずかな文民警察官が警備業務をするだけになった。
それは江戸時代の御所警備よりも粗末であり、この世界の武家政権がいかに皇室の立場を軽んじていたという事のあわられでもあった。
そういう理由のために、ソ連のコマンド部隊は易々と京都御苑の中に戦術機部隊とMi-24"ハインド"ヘリを送り込めたのだ。
ハインドヘリから降りた50名のスペツナズ隊員は、無言のまま、京都御所に向かった。
それぞれ油性ペンで刃を黒く染めた6Kh4銃剣を挿したAKMと、RPG-7対戦車砲を担いで、足早に進む。
四方を囲むようにして建てられた
ロープを使い、内側に侵入すれば、簡単に制圧できるほどの高さだ。
周囲を警備する機動隊員に後ろから近づき、着剣したAKMで一突きにする。
持っているM1911自動拳銃を発砲してきたのだ。
「
ソ連兵の誰かが叫んだ。
弾は外れたが、銃声が御苑の中で籠ったように広がっていく。
足音が響き渡る。
もう音を気にする必要はない。
一斉に、AKMをぶっ放した。
塀の上からの優位を生かして、たちまち集まってきた隊員をなぎ倒した。
続く集団も同じように制圧する。
皇帝が不在なのだろうか。
敵は構わず攻撃を加え、建礼門付近が主戦場になった。
スペツナズ部隊と行動を共にしたドミトリー・ポリャンスキーは、おもわず頭を抱えた。
まだ皇帝を発見できていないのに、本格的な戦闘が始まったからだ。
それでも数名の選抜した部隊を
門の外では、10名以上の兵士が
木原マサキは偶然ながら、この事態に遭遇していた。
彼は帝都城での銃撃戦の末、スペツナズ隊員の追跡から脱出した。
近くに止めてあったオートバイを拝借すると、夜陰に紛れ、2キロ先にある京都御苑の方に向かった。
昼間ならば10分ほどの道ではあるが、全速力で飛ばしたので5分もかからずにで着いた。
マサキが御所の中に乗り込んだときは、偶然にもスペツナズ隊員の潜入が始まっている最中だった。
マサキが見たところ、敵の数は40人以上だった。
トカゲ迷彩の服に黒の目出し帽に、刃を黒く染めた6Kh4銃剣を挿したAKMを持っている。
――真っ先に狙われるのは御座所だ。
クーデターを成功させたい奴らは最悪、
日本の歴史上、天皇を奉った側が常に官軍ということになった。
慶応4年のクーデターの際、薩長側は明治天皇の身柄を確保した後、偽勅を出して錦の御旗を立てた。
今回のクーデター軍も同様のことをするだろう。
マサキが懸念していた最悪のパターンで話が進んでいる。
とりあえず、事態を奪回するには、皇帝を自分たちの手元に置くしかあるまい。
幸い敵は、こちらの存在を気付いていないようだな。
マサキはUZI短機関銃から、30連弾倉を装備したM16小銃に持ち替えると、先を急いだ。
強烈な閃光が走り、御常御殿の出入り口が破壊された。
吹き飛ばされた壁の破片や衝撃で、内部にいる機動隊員が30メートルほどに横たわっている。
そこに手投げ弾が放り込まれる。
閃光が何千分の一秒か、部屋を白昼のように照らし、その後何百もの破片を撒き散らす。
「敵はひるんでいる!一気に突入するぞ」
部屋の中には、余り大柄ではない男が奥の方にある机に座っていた。
海軍の白い詰襟を着た東洋人の姿を認めた兵士は、部隊長に人物確認を求めた。
「痩せているわけでもなく、割合に背が高く、海軍の制服を着ていますが……」
「条件が整っている。
目の前の男が日本国皇帝だ」
部隊長のKGB大佐は、大喜びで面通しをやった。
そしてホルスターからマカロフ拳銃を取り出すと、海軍の制服を着た男に向けた。
「抵抗せずに、ついてきてもらえますかね」
大佐は、丁寧な口調のフランス語で男に話しかけた。
なぜフランス語かというと、貴族社会や外交の場では19世紀からの慣習でフランス語が外交公用語として通用したからだ。
また敵やスペツナズ隊員以外の味方兵士に聞き取られるのを防ぐためでもあった。
兵士全員がAKMを目の前の男に突きつける。
大佐はマカロフ拳銃の引き金に指を掛けた。
「伏せろ!」
突如とした日本語の
間を置かずに、海軍の制服を着た男は床に伏せる。
1丁のM16A1 自動小銃が火を噴いた。
背後に立つ男から、2丁の自動拳銃が続けざまにぶっ放される。
弾丸は部屋中を跳弾し、凄まじいうねりと埃を生じて、スペツナズ隊員を縫っていった。
一瞬の出来事である。
隊長は頭を打ち抜かれて、ほぼ即死だ。
一緒に来たポリャンスキー大使もまた、胸を5.56ミリ NATO弾に貫かれて死んでいた。
他に来ていた20名の兵士も、人事不詳の状態に陥っている。
そのまま放っておけば、出血多量で、間もなく息絶えるのは一目瞭然だ。
銃撃がひと段落した後、海軍の制服を着た男は顔を上げた。
M16を持ち、深緑の野戦服の上から、長いオーバーコートを羽織った男が近づいて来る。
その後ろから背広を着て、2丁のコルトM1903をもっている若い男が歩いて来た。
海軍大佐の服を着た男は、オーバーコート姿の男を見て安堵感を覚えた。
余り背が高くはないが、陸軍の野戦服にM16小銃を持つ男の顔に見覚えがあったからである。
記憶に間違えがなければ、目の前の人物は、天のゼオライマーのパイロット木原マサキだったからだ。
御所内での変化に、
ポリャンスキー大使との連絡が途絶して、既に10分ほど経っている。
これは何か事件に遭遇したな。
分隊長であるKGB大尉は、全員に臨戦態勢を取るよう命じた時、目の前に閃光が認められた。
「ゼオライマーです」
今回のクーデター計画が初めての実戦という若い少尉が、悲鳴じみた声で叫んだ。
KGB大尉は息を飲んだ。
全長50メートルにも達する、鋼鉄の巨人ともいうべき兵器だ。
紛れもない日本軍の最終兵器が、目の前にいる。
嵐山方面からホバーリングをして、京都御苑の方に接近してくる。
火蓋を切ったのは、スペツナズ部隊であった。
"シルカ"対空自走砲が、AZP-85 23ミリ4連装機関砲の咆哮を響かせ、随所に居る兵士のRPG-7から、火箭が、直線を書いて飛ぶ。
Mi-24ヘリからも、重重しい連射音と共に、ロケットランチャーからの火箭が吐き出される。
何発かは、ゼオライマーに直撃し、鋭い角が付いた頭部や角ばった胴体に爆炎が上がる。
ゼオライマーが、動きを止める様子はない。
たじろいだ様子を見せることはない。
ソ連が世界に誇る大戦車師団のみならず、欧州をおののかせた戦術機軍団も、数で世界を席巻してきたR-16大陸間弾道弾ミサイルも、蹂躙してきた恐るべき兵器だ。
20ミリ機関砲しか持たない戦術機や、歩兵の支援火器程度で、阻止できる道理はなかった。
京都市内をすべるように進んできたゼオライマーの動きが止まった。
「メイオー」とも聞こえる咆哮が、大気を
眩しい閃光と共に、破壊と殺戮が始まった。
藤堂は暗い表情を浮かべながら、京都御所から離れつつあるトヨタ・センチュリーの後部座席の窓から外を見た。
確保した皇帝と内廷皇族の安全を図るために、海軍の陸戦隊と共に舞鶴基地に向かう途中であった。
皇帝は海軍大佐の階級がついた白い制服を着たまま、海軍が用意した別のセンチュリーに乗っている。
万に一つの事を考えて、皇位継承者を分散させておこうという考えからである。
一か所に固まっていれば、13世紀の南北朝時代の時のように誘拐される可能性があるためである。
軍事クーデターを企んだ連中がそれをしない理由がない。
ましてや、ソ連の事である。
1920年のアフガン介入の例もある通り、他国の帝室や王室を政治の道具として扱うのは厭わないだろう。
万歳の君を守るために、自ら
藤堂は不安を隠すために、ゴロワーズに火を点けるのであった。
なんだかんだで暁での連載開始から4年、ハーメルンの連載開始から、3年が経ってしまいました。
時がたつのが早く感じる気がします。
ご意見、ご感想お待ちしております。
ソ連の今後に関して
-
核不使用の軍隊
-
体制そのままに資源50パーセントオフ
-
一億総懺悔
-
クーデター