冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
マサキは美久を通じて、絶好の機会を利用するのであった
その頃、ラングレーにあるCIA本部では。
CIA長官他、幹部たちが日本での武力事態の対応に追われていた。
「木原博士の行方はつかめんのか!」
在京の米大使館では、マサキの行方がつかめなくなって、既に20時間が経とうとしていた。
想定外の出来事に、CIA長官も冷静さを失っていた。
「帝都城襲撃という緊急事態なのに、ゼオライマーのパイロットが行方不明なんてどういう事なのだ」
暖房のきいた室内にいる分析官たちは、みなヴェスト姿だった。
CIAでは、フーバー長官時代のFBIのように三つ揃えの背広という不文律はなかった。
だが、ワシントン界隈に出入りする都合上、スーツの常用が推奨されていた。
「木原博士の行方がつかめました」
シャツにスラックス姿の情報員が入って来る。
彼は、日本担当の分析官だった。
「どこだ」
長官の机の上に、京都市内の地図が広げられる。
「京都御所です。
ゼオライマーは京都御所に行っています」
「!」
CIA長官は驚いた様子で、分析官を見た。
「木原博士と皇帝との接点は」
「そこまでは判りませんが、考えられるのは皇帝の身柄を確保したという事でしょう」
「そう判断して間違いないだろう。
他の理由で考えられるのは……」
二人の分析官が一斉に答えた。
「木原博士は反ソ反共に執念を燃やしておりましたから……」
「その方面で、何らかの情報が入って、出かけて行ったとも」
「それに関して分かっていることは」
CIA長官は椅子から立ち上がった。
「あの方は、単独行動をすることが多いので、情報も一人で握っていて、政府はおろか、我々にも漏らすことはありません」
「インテリゲンチャの天才学者によくある仕事の仕方だな。
手柄は独り占めしたいという……」
分析官たちは、思わずお互いの顔を見つめ合った。
「日本の政財界で、ソ連とつながっているのは」
CIA長官は言葉を切ると、愛用する紙巻煙草のセーラムを取り出して、火を点けた。
セーラムに含まれるハッカとバージニア葉の匂いが部屋中に広がる。
「政財界は大なり小なり、ソ連とつながっていますが、最大のルートは近畿商事とソ連共産党国際部でしょう」
CIA長官は煙の輪を吐き出しながら、答えた。
「近畿商事とソ連共産党国際部の人間で、この数か月間、日本に出入国している人物がいる事を調べてみろ」
「はい」
分析官たちは一斉に、執務室を後にする。
CIA長官は、執務室の窓から外を眺めながら、呟いた。
「それにしても……月面ハイヴの攻略を準備しているときに、日本でクーデター事件なんって……」
場面は変わって、京都市
そこにある五摂家の一つ、
「ずいぶんと派手にやったな、
だがこれで、政権は我らのものだ」
斉御司の老当主は、壹岐に声をかけた。
「そうなるでしょうね。
これであとは陸海軍を掌握するだけです」
「CIAの監視のせいで、行動が難しくなったご
これを機に、次の政権では行政改革担当の顧問として推してやろう」
「行改担当の顧問ですか」
「何だ不服か」
老当主は、壹岐の態度を
「別に……」
「何だ。
何が不満か、言って見ろ」
壹岐はレイバンのサングラスをかけた顔を、老当主の方に向けた。
「私が欲しいのは……閣下のお座りになっている椅子ですよ」
その場を冷え冷えとした空気につつまれた。
会議に参加したメンバーたちは、戸惑いの色を浮かべる。
「い、壹岐」
壹岐は、高らかに哄笑する。
「フハハハハ、冗談ですよ。
心配はいりませんよ。
閣下が後を継がせたいのは
壹岐は愛用のパーラメントを取り出した。
気障ったらしく、ダンヒルのライターの蓋を開けると、煙草に火を点けた。
「軍を除隊した後の私は、閣下に拾われた身。
今日あるのは閣下のおかげと思っております」
壹岐は語尾に力をこめて、改めてこう言った。
「
そう自分に言い聞かせていますから」
壹岐は、話の流れから部屋を後にする頃合いかと思い、椅子から立ち上がる。
「話はそれだけですか。帰らさせてもらいますよ」
斉御司の老当主は、顔色一つ変えずに訊ねた。
「壹岐、一つだけ聞きたい事がある」
「何ですか」
壹岐の方へ眼を向けて、訊ねた。
「どうやってこれほどまでの武器と人員を手配した」
壹岐は不敵の笑みを浮かべる。
「私には強い味方が居りますから。
私に投資してくれる心強い存在が!」
それだけ言うと壹岐は部屋を後にした。
他の幹部たちは、そんな壹岐へ不審な眼差しを向けているだけではなかった。
「閣下、
壹岐は本気で、閣下の立場を……」
壹岐への強い不信感は部下だけではなかった。
老当主もまた、壹岐を信じていなかったのだ。
「分かっておる。
あの小僧、少しばかり仕事ができると思っておったが……」
老当主はわずかな戸惑いの色を浮かべた後、部下たちへはっきりと告げた。
「経盛を呼べ!
壹岐の件は、経盛に任せる」
壹岐が退出して間もなく、奥座敷に経盛が呼ばれた。
経盛は、急な呼び出しにいささか戸惑っている様子だった。
「おやじ、話ってのは何だい」
老当主は精悍な顔つきになるとこう命じた。
「壹岐を
経盛は、余りの提案に戸惑った。
「相談役の壹岐を殺せって……」
「ああ、お前に消してほしい」
壹岐は、斉御司家にとって、譜代の家臣以上の存在だった。
それは経盛にとっても同じで、壹岐からビジネスのイロハは勿論の事、仏語・露語などを教わっていたからだ。
「しかし、壹岐は親父にとっての片腕みたいな存在じゃないか。
こうやって斉御司の家が事業を広げたのも、壹岐の存在があるって、日頃から言ってたじゃないか」
「確かにな。
20年前、軍隊を
老人は、壹岐をここまでにしたのは自分だと当然のように答えた。
だがすでにその時、壹岐はKGBの協力者となって、日本の政財界への浸透工作の最中だった。
「なぜその壹岐を……」
「奴は図に乗り過ぎている。権力の座を欲しがっている。
クーデター軍の結束を図る上でも、壹岐の存在は邪魔なのだ。消せ」
老人は、さらに言った。
「クーデター中の今であれば、壹岐を殺しても、御剣のせいに出来る。
犯人は、御剣と通じた人物と思うはずだ」
経盛は覚悟を決めた。
こうなったら、
「事件が手打ちとなったら、壹岐を殺すチャンスは消える。
クーデター中の今に殺すのだ」
老人は残虐な陰謀を思い浮かべながら、凄惨な笑みをたたえる。
「壹岐が消えれば、近畿商事の富はそっくりそのまま、斉御司家のものとなる」
屋敷を後にした壹岐は、自分が置かれた立場を知る由もなかった。
何食わぬ顔で用意されたBMWに乗り込むと、京都ステーションホテル*1に向かった。
「いいんですか、斉御司の
斉御司の報復を恐れた秘書は、思わず壹岐の言動をたしなめた。
だが壹岐は、一向に気にしている様子はなかった。
「構うものか。
あの方は昔はともかく、今はただのご隠居様だ。
既得権益を守ることと自分の長寿を考える、ただの年寄りさ」
車窓から外を眺めながら、壹岐は続けた。
現状に憤りを込めて、強い調子で言う。
「みな、自分の老後の事しか考えていない老いぼればかりさ。
年寄りの時代は終わらせなくてはなるまい」
視線を車内に戻すと、秘書に訊ねた。
「この後は
「はい。既にステーションホテルで同志の皆様方がお待ちです」
その背後を付けるようにして、黒装束姿の人物が運転する
そのバイクの形状は、川崎重工業オートバイ製造事業部が製造販売していたオンロードタイプのオートバイカワサキ マッハ750SSそのものである。
750CCのオートバイに、黒塗りのフルフェイスヘルメットに黒革製のライダースーツを着た謎の人物。
その正体は、ゼオライマーのサブパイロットである氷室美久だった。
彼女は暗殺というマサキの命を受けて、単身オートバイで壹岐を追跡していたのだ。
京都ステーションホテルでは、
そこには野党の党首から、マスコミ関係者、左右の思想活動家、市民団体の代表等々、政財界の大物。
新興宗教の教祖に、はては
そこに参加している彼等は、だれしもソ連とのつながりで恩恵を受けた人物だった。
壹岐が入ってくるなり、一斉に男たちは、酒を注ぐなどの歓待を始めた。
暗殺隊を手配した常盛は、何食わぬ顔で壹岐の隣に座った。
壹岐は、酒杯を傾けながら、常盛に話しかける。
「近頃はみんな大人しくなって戦争をしなくなったから欲求不満だった。
久しぶりに木原マサキという男が騒ぎを起こしてくれて、ワクワクしたぜ」
「その木原も、急なクーデターで身動きが出来ない。
ゼオライマーのいない御剣一派なぞ、クリープを入れないコーヒーみたいなものですよ」
クリープとは、昭和36年に
俳優、
「御剣は負けたも同然です。
もう日本は、壹岐さんの自由ですよ」
「まあな」
「ここは、斉御司の手の物が張ってますから、心置きなく酔ってくださいよ」
酒杯を傾ける壹岐は、満足げに答える。
「ああ、そうさせてもらうよ。
ところで、女の方は好きにしていいんだろう」
常盛は、笑みを湛えながら答えた。
「ええ、
気に入った娘が居たら、自由に為さってください。
私の方で、茶屋やホテルは予約して、部屋は抑えてありますので」
ホテルのボーイが、常盛に声をかける。
「常盛様、お電話です」
「ちょっと失礼しますよ」
常盛は、一瞬席を外した。
ホテルの奥にある電話ボックスから、暗殺隊に指示を出した。
「やれ」
「はい」
電話をして間もなく、5台のトヨタ・ハイエースがホテルの前に横付けされた。
後部座席のスライドドアが開くと同時に、目出し帽に迷彩服、編上靴を履いた集団が飛び出していく。
入口に立つ警備兵は、彼らを招き入れると再び元の位置に戻って、何食わぬ顔で警備を続ける。
その一部始終を、美久はバイクに乗りながら見ていた。
突如として、黒い目出し帽に迷彩服姿の集団が押し入って来る。
彼等の手には、UZI短機関銃が握られていた。
その瞬間、耳を聾する射撃音と閃光が同時に起こった。
鋭い銃の音が部屋にいる全員の鼓膜を激しく打った。
ワインボトルが割れ、ガラスが散らばる音がする。
それと同時に凄まじい物音が起きた。
大木の転がるような、また、土砂のくずれ落ちてゆくような音が続く。
それは皆、弾に当たった人のかさなり落ちてゆく響きだった。
「キャー」
部屋に居たホステスたちは、叫び声をあげ、一斉に脱出を試みる。
だが迷彩服の集団はそんなことをお構いなしに銃を連射した。
絶え間なく放たれた弾は、女を盾にして隠れる要人らを狙う。
腹部に銃弾を受けた男たちは体を折って、後ろに跳ね飛ばされた。
侵入者たちはつるべ撃ちに敵へ銃弾を浴びせかかる。
逃げ出そうとした女達は、そのまえに一斉に倒れた。
硝煙の間にも、その
迷彩服の集団に囲まれた壹岐は、己の死を覚悟していた。
自分の事を庇おうとした秘書は、ブローニング拳銃を取り出すよりも早く射殺され、側に居たホステスまで蜂の巣にする連中。
既に持っているコルト・ベスト・ポケットも弾切れだ。
まさしく大虐殺が行われている部屋の中に、一台のオートバイが乗り込んできた。
右手に持っているcz75拳銃が、連続して火を噴いた。
銃弾を浴びた暗殺隊は、踊るようにしてその場に倒れ込む。
事態の急変に対し、驚く壱岐の前に、オートバイが止まった。
「乗って!」
うながされるままに壹岐は、ライダースーツにフルフェイス姿の運転手の後ろに座る。
オートバイはホテルから脱出し、そのまま京都市街に消えていった。
場面は変わって、京都市殿田にある斉御司邸。
そこでは斉御司と子息の常盛が密議を凝らしていた。
「そうか、全ては筋書き通りに行ったという事か」
常盛は、父の問いに笑いながら答えた。
「今頃、壹岐は蜂の巣になっているはずさ」
斉御司は不敵の笑みを漏らす。
「これで気兼ねなく、お前は総帥の椅子に座れるという事だ」
その時、電話が鳴った。
常盛は、受話器を持ち上げる。
「俺だ」
常盛の表情が強張った。
「何!壹岐を逃がしただと」
斉御司は難しい顔をする愛息に声をかける。
「どうした」
常盛は、父の疑問に答えた。
「バイクにまたがったフルフェイス姿のライダーが飛び込んできやがって、壹岐を救出した」
斉御司の顔色が、途端に曇る。
「そいつは何者なんだ。
もしわし等が暗殺隊の首謀者と露見したら……」
その時、屋敷の玄関先の方で大きな音がした。
まるで雷の落ちたような音である。
「何の騒ぎだ」
斉御司は部下に確認に行くよう命じた。
斉御司邸の前の騒ぎは、一台のオートバイだった。
黒装束姿の人物が運転するバイクの後部座席にまたがっているのは、壹岐だった。
「壹岐さん、どうかしたんですか」
顔見知りの門番が750㏄のバイクに駆けよって来る。
壹岐は、暗殺者の凶弾に倒れた秘書から奪ったブローニング拳銃を発砲し、門番を射殺する。
そのままオートバイは、屋敷の中に乗り込んでいった。
2ストローク3気筒エンジンを響かせながら、畳の上を爆走すると間もなく、奥座敷に入る。
そこには事態のつかめないまま、呆然とする斉御司と子息の常盛がいた。
壹岐は拳銃を斉御司に向けると、頭部めがけて弾を叩き込んだ。
斉御司の返り血で濡れた子息の常盛に、壹岐は拳銃を向ける。
引き金を落とすも、遊底の音がむなしく響き渡る。
壹岐はむなしく舌打ちをした後、オートバイの運転手に先を行くよう促した。
「行け」
呆然とする常盛を余所に、オートバイは屋敷を脱出する。
拳銃を持った護衛たちが追いかけるも、猛スピードで駆け抜けていく。
そのまま嵐山方面に向かい、バイクは夜陰に紛れていった。
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ソ連の今後に関して
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