冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
それは、アフリカ情勢が風雲急を告げる状況あった為である。
アフリカを混乱させたGRUの狙いとは……
日本国内での親ソクーデターに対して、なぜ西側諸国が動かなかったのか。
それは、10月に予定されている月面ハイヴ攻略が迫っていたからである。
1979年10月15日の作戦開始前の情勢を振り返ってみることにしよう。
1979年8月1日。
米国は、1日18時*1から国連安全保障理事会での緊急の公開会合を開くことを決めた。
79年6月中旬のソ連赤軍による月面攻撃失敗の報を受けて、BETAの再侵攻を憂慮しての事であった。
79年8月からの会議になったのは理由があった。
79年6月当時の議長国はソ連だった。
7月になって議長国がソ連から英国になるまで、国連安保理は動かせなかったのだ。
次月である8月の議長国は米国で、夏の間は自由主義陣営にとって有利な期間になる。
9月以降は、予定では再び共産陣営の独壇場だった。
議長国は、ザンビア、バングラディッシュ、ボリビア、中共という日程である。
BETAは、中共での緒戦で2週間程度で戦力を回復することが判明している。
一刻も早く宇宙船力を充実し、月面に部隊を送る必要が生じていた。
だが、9月以降の議長国がソ連と中共の影響下に置かれた国々になれば、安保理は機能不全に陥る。
その為、自由主義陣営に残された時間は少なかったのだ。
ソ連は地政学上の観点からアフリカ大陸の赤化を進めていた。
第三世界に置ける共産革命は、西側社会を弱体化させるものとして、ソ連は大々的に支援を続けた。
1970年代のソ連の手法は、かなり荒っぽいものだった。
1975年にポルトガルから独立したばかりの国であるアンゴラやモザンビークに対して、多額の軍事支援を行った。
史実では、1977年から1991年まで105人のソ連陸海軍の将官、7,211人の将校が軍事顧問としてアンゴラにいた。
彼等の多くは、GRUのスペツナズ要員やKGBの工作員だった。
ソ連軍の軍服ではなく、階級章のついていないキューバ製のリザード迷彩服を着て、アンゴラの左派を支援した。
これらの行為は、戦時国際法であるヘーグ条約に違反したものであったにも関わらず、公然と行われていたのだ。
ソ連は、南アフリカ*2の反アパルトヘイト政党を物心ともに支援し、南ローデシア*3にも同様の姿勢を見せた。
モザンビークにいるソ連軍事顧問団は、モザンビーク解放戦線へ対して、南アフリカとローデシアへの軍事侵攻をけしかけている最中であった。
西側諸国の懸念は、モザンビーク内戦の帰趨を巡るものばかりではなかった。
ソ連の浸透工作によって、英領であった南ローデシアや南アの黒人運動が急速に過激化し、親ソ的な動きを見せ始めている点であった。
スエズ運河がBETA戦争の影響を受けなかったとはいえ、紅海の入り口にある南イエメンやエチオピアが共産勢力の影響下にあるのは事実だった。
喜望峰まで共産勢力に制圧されれば、世界経済への影響は大きい。
南ア政府からの救援要請を受けた、英政府は、空母機動部隊の派遣を閣議決定した。
1979年9月10日。
南アとローデシアへの軍事侵攻を受け、英政府は、艦隊の派遣を決めた。
「ライオン」*4、「テメレーア」*5、「コンカラー」 *6、「サンダラー」 *7のライオン級戦艦*84隻。
そして、空母アーク・ロイヤル*9である。
南ア沖で偵察活動を実施していたソ連のトロール船団を発見すると追跡を開始した。
英艦隊がマダガスカルとモザンビークの間にあるモザンビーク海峡に入ると、状況は一変した。
モザンビーク人民共和国からの洋上測量依頼を名目に同海域に居たソ連の戦艦「ソビエツキー・ソユーズ」が発砲してきたのだ。
理由は、トロール船団に偽装したソ連海軍のプリモリエ級監視艦を守るためである。
近海に居たクレスタII型ミサイル巡洋艦8隻からなるモザンビーク派遣艦隊も砲撃を開始し、なし崩し的に海戦が始まった。
双方の戦艦は、核ミサイルを装備していたが、核戦争への懸念から短SAMと艦砲射撃に限定した戦闘を行った。
10時間の戦闘の末、ソビエツキー・ソユーズがナカラ港に入港したところで戦闘は終わった。
両海軍とも戦艦の沈没はなかった。
だが、英国は空母アークロイヤルの大破を、ソ連は貴重なモザンビーク派遣艦隊のすべてを失うという双方の痛み分けという結果で終わった。
しかし、この行動は、激しい国際社会からの非難を浴び、英ソ関係は一時的に断交状態に陥ることになった。
1979年9月18日
ニューヨークで開催された第34回国連総会において、モザンビーク問題は重大事の一つであった。
月面攻略と同列に扱われ、その為に審議中だった女子差別撤廃条約案は有耶無耶にされ、間もなく廃案となった。
この動きは、一説には米国や中近東諸国に忖度した結果とも、BETA戦争を優先した為ともいわれるが、定かではない。
「ソ連の冒険主義的外交は、許容の範囲を超えるものである」
大統領のハリー・オラックリンは、赤化しつつあるアフリカ情勢への懸念を表明した。
当時のアフリカ情勢は、日に日にソ連の影響力が増している状態だった。
だが米軍の主力部隊は、依然として地中海を中心とした欧州に置かれていた。
そして、政治的な関心は石油資源が潤沢な中近東地域に向けられていた。
結果として、米国の国家方針として、アフリカは見捨てられる形となったのだ。
マダガスカル沖の海戦は、英国のみならず、米国に飛び火した。
過激な黒人解放を訴える黒豹党*10によるテロ活動が、にわかにニューヨークやサンフランシスコで相次いだ。
それは誰の目から見ても、ソ連の影響によるものであることは明らかだった。
以上の状況により、米国及び英国は日本でのソ連の有害活動を黙認することとなってしまったのだ。
風雲急を告げるアフリカ情勢を前にして、GRUは密かに動いていた。
彼等は、参謀総長亡命という失点を回復すべく、新たな秘密作戦の準備に取り掛かっていたのだ。
インド・ムンバイにあるソ連領事館の内部では、密議が凝らされていた。
湿度80パーセントを超えるうだるような外気の暑さを感じさせないいくらいに、室中は冷え切っていた。
ピョートル・イワシュチン*11GRU総局長は、満足げに笑みを浮かべる。
元は赤軍の将校だったが、1939年にNKVDの
スメルシ、KGB第一副議長*12を経て、1963年以降GRUを20年近く差配していた。
「お前の報告通りだ。
期待している」
答えたのは、在ニューデリー大使館付駐在武官のドミトリー・ポリャコフ*13少将。
彼はフルンゼ大学を出た後、軍事外交アカデミーに進み、諜報畑一本で進んできたGRUの生え抜きスパイだった。
「身を粉にして働くつもりです。
ご期待を」
その時、会議室にある電話が鳴った。
イワシュチンGRU総局長は、受話器を取ると驚愕の色を浮かべる。
「日本野郎が我らの作戦領域に!」
電話の内容は、ゼオライマーが単騎、マダガスカル近海に出現したという物であった。
ソ連が頼みにするインド洋派遣艦隊は既に先の海戦で壊滅状態であった為、その焦り方は尋常ではなかった。
「ま、まさか。
私が
「こっちにとっては好都合。飛んで火にいる夏の虫よ」
GRU総局長は、インド洋上で試験を続けている新造艦であるソビエツカヤ・ウクライナに命令を下した。
全長399メートルを誇る同艦は、ソビエツキー・ソユーズの改良型である。
20インチ砲12門の他に、最新式の防空レーダーMR-710「フレガート」に、対空火器として、短SAMを54基搭載している。
「敵地で果てるとは……木原め。
哀れな奴よ」
GRU総局長は、凄惨な笑みを浮かべる。
「計画をことごとく邪魔されるより、お前が存在すること自体が許せんのだ!」
ソビエツカヤ・ウクライナは、インド近海で哨戒任務を行っていた。
スパイからの連絡で、グワーダルを出港したは、セイロンの西側を通過して南下していたことは判っている。
もう近くにまで来ているはずだ。
何時会敵になってもおかしくない緊張感は、乗組員たちを締め付けていた。
変化は突然として起きた。
閃光が闇を引き裂き、異音が闇を震わせる。
何が起きたかは明らかだった。
ゼオライマーが近海に現れたのだ。
「日本野郎の不意打ちか!」
ソビエツカヤ・ウクライナの艦長は唇をかんだ。
捜索機器に反応はないが、状況からして敵機は向かってきている。
敵は完璧にこちらを捉えたが、こちらは捉え損ねたのだ。
「ロケット攻撃で脱出する!
間髪入れず砲撃しろ!」
艦長の命を受け、54基ある短SAMが一斉に発射された。
ミサイル攻撃は、ソ連側が先手を打った。
だがそれで終わるとは艦長は思えなかった。
敵の火力は侮れない。
そして敵は撃ち返して来るだろう。
弾庫が空になるミサイル戦が続いた後、ゼオライマーの姿は消えていた。
翌朝、ムンバイ空港に数名の紳士が降り立った。
米国情報部のCIA長官とそのスパイである。
彼等は、英国資本が運営する安全なホテルに来るとある人物と会うことにした。
それは、GRUとCIA・FBIの二重スパイをする人物である。
「長官、この中に待たせてあります」
ヒッピー風の支度をした男が長官に声をかける。
彼は、CIAインド支部の副部長だった。
ドアが開くとカーテンを閉め切った薄暗い室内に、一人の禿髪の男が立っていた。
男は振り返りざまに、PM自動拳銃を向ける。
「冗談はよせ。バーボン」
副部長は、男を止めに走る。
男はマガジンを抜くと、空の拳銃を投げ捨てた。
バーボンとは、ドミトリー・ポリャコフ少将のCIAでのコードネームである。
FBIではトップハットとされ、1961年から米国の協力者となった人物である。
ポリャコフは、かつて1950年代後半米国での秘密任務中に息子を失った経験からGRUを恨んでいた。
当時ポリャコフは重病*14の息子を抱えており、その治療の許可をGRU上層部に求めた事があった。
だが当時の局長イワン・セーロフ*15に断られ、息子が亡くなるという事があった。
それ以来、ソ連への復讐心に駆られ、米国への情報を提供するようになっていった。
CIA長官は、ポリャコフの説明に驚きの色を示した。
「何、ソ連の奴らが月へ?」
「まさか核爆弾を?」
ポリャコフは淡々と続けた。
「なにやら、科学アカデミーによるBETAの学術調査とか」
「学術調査が表向きだとしたら……
基地にされては、危険だ」
長官は、下あごに手を当てながら続けた。
「放ってはおけんな」
「早速本国に連絡してきます」
そう言い残すと、インド支部副部長は、足早に部屋を後にした。
ポリャコフは視線を長官に戻すと、再び口を開く。
「それにしても、木原博士がゼオライマーでインド洋方面に来られるとは」
「想定外のハプニングだ。気にするな」
長官はそっけなく答える。
「はい。
ご無事で何よりでした」
「今後も正体を見破られぬよう、十分に注意しろ」
ポリャコフは最敬礼の姿勢になり、答えた。
「はい」
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