冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 GRUの作戦計画を知った米国は、対策会議を開いた。
一方、KGBは、マサキとゼオライマーを追い詰めるために組織改編を行うのであった。


GRUの焦燥(しょうそう) 後編

 米国ワシントンD.C。

ホワイトハウスの地下一階にある戦況指令室(シチュエーションルーム)では、緊急の秘密会合が行われていた。

 参加者は、正副大統領、サイラス・ヴァンス国務長官、ハロルド・ブラウン国防長官。

軍の制服組は、デイヴィッド・C・ジョーンズ統合参謀本部議長、ルー・アレン空軍参謀長、カーチス・E・ルメイ大将などである。

 会議が行われているところに、一葉の航空写真が届けられた。

スヴォボードヌイ宇宙基地の様子が写った全紙大の写真を見ると、大統領は呟いた。

「なるほど、大分(だいぶ)機材と人員が運び込まれているな」

 デイヴィッド・C・ジョーンズ統合参謀本部議長は、説明を補足する。

「まだロケット発射の兆候は表れていませんが……」

ハロルド・ブラウン国防長官が懸念を示した。

「しかし、この調子で再度の核飽和攻撃がやられるようなことになれば……」

 カーチス・E・ルメイは、言下に一喝した。

 空軍タカ派として知られるルメイにとって、ソ連の核戦略は認めたくなかった。

一方的に米国の国際的地位を、核恫喝で蹂躙された事実そのものが許せなかった。

一刻も早く米国の軍事力で、ソ連を黙らせたいという気持ちが誰よりも強かった。

「そんなことになったら……米国の制空権は破滅的な損失を(こうむ)る。

そんな事は、絶対に許さん!」

 ルー・アレン空軍参謀長は、ルメイの意見を補足した。

「ソ連の奴等、ブレジネフがいなくなってからの方が悪辣だ」

 CIA長官は吐き捨てた。

「恐るべき執念だな……」

 ジョーンズ統合参謀本部議長は、一転して表情を曇らせた。

「再び、月を火の海にするのか!」

 ヴァンス国務長官が、言をつないだ。

「立て続けに、核攻撃をすれば……。

奴ら自身、自分の国際的立場が危ないことは判ってるはずさ」

 激昂したルメイは、机を書類挟みで叩いた。

「甘いぞ。

ソ連政府は、いまや復讐の鬼になっているのだ」

 会議が強硬派のルメイに引っ張られていると感じた大統領は、無理やり話をまとめようとした。 

「引き続き、国家安全保障局(NSA)とCIAには情報収集に努めてもらいたい」

 ルメイは、大統領に先をうながした。

「手緩いですよ。

先手必勝、乗り込みましょう!」

 ジョーンズは、憤懣(ふんまん)あらかたな老将を宥めた。

二兎(にと)を追う者は一兎(いっと)をも得ずとの(ことわざ)があります。

まずは月面ハイヴの奪還に全力を注ぎます。

ソ連への総攻撃は改めて行うよう計画しております」

 ルメイは満足げな笑みを浮かべると着席した。

 大統領は数秒間逡巡(しゅんじゅん)した後、決断した。

「よかろう……」

 米国単独でのハイヴ攻略は、危険はある。

ここまでも想定外と思われることは何度もあった。

 できれば木原マサキと天のゼオライマーの支援を受けたいところではある。

だがそれを待つのもかえって危険という予測もある。

 時間という要素も関係している今、迷いは許されなかった。

大統領ハリー・オラックリンは覚悟を決めたのであった。

 

 

 ラングレーでの密議やワシントンでの閣議は、すぐさまソ連政府の知るところとなった。

それはKGB、GRU双方が米国政府機関内部にスパイを送り込んでいた為である。

 KGBが送り込んだ工作員は、逮捕されただけで数十名に及ぶ。

主だった人物は、既に全員が物故者であるが、彼等の実名を挙げておこう。

以下は『スパイ大事典』*1に典拠した情報によるものである。

 

 ロバート・フィリップ・ハンセン

(1944年4月18日 – 2023年6月5日)

 20年以上、KGBのためにスパイ活動を続けたFBI職員。

防諜の専門家である彼は、KGB自身からもFBI捜査官であることを隠し、米国内の監査もすり抜けていた。

 1979年から2001年まで断続的にスパイ活動に参加していた。

ラモン、或いはラモン・ガルシアの変名で、米国がKGBに送ったスパイをソ連側に通報していた。

 

 ジョン・アンソニー・ウォーカー・ジュニア

(1937年7月28日 – 2014年8月28日)

 1985年にスパイ活動で逮捕された米海軍下士官。

米軍の通信機の秘密をソ連に漏らし、そのことが遠因で1967年の「プロブエ号事件」が発生した。

 1967年に金欲しさでソ連大使館に駆け込み、親族を中心とするスパイ組織を作った。

 

 ロナルド・ペルトン

(1941年11月18日 - 2022年9月6日)

 金欲しさでKGBのスパイになったNSA職員。

NSAを退職後、ウィーンのソ連大使館を訪れ、ソ連を盗聴する海底ケーブル情報を漏らした。

 1985年、KGBのエイムズとハンセンを守るための捨て石として、KGB側からスパイと暴露された。

証拠は全て隠滅していたが、尋問に耐えきれなくなったペルトンは自白した。

 終身刑を課されるも、2015年に恩赦され、出獄した。

 

 オルドリッチ・ヘイゼン・エイムズ

(1941年5月26日 - 2026年1月5日)

 金欲しさでKGBのスパイになったCIA職員。

彼の情報のためにソ連国内にあったCIAの情報網は壊滅した。

CIA史上最も被害をもたらしたスパイ。

 終身刑を課され、病気による減刑嘆願が出されるも、すべて却下された。

アルコール中毒の気があり、勤務態度も(かんば)しいものではなかった。

 

 ジョージ・トロフィモフこと、ゲオルギー・ウラジーミロヴィチ・トロフィモフ

(1927年3月9日 - 2014年9月9日)

 父と祖父は帝政ロシアの軍人という白系露人の血を引く米国人。

階級は陸軍予備役大佐。

 ドイツ生まれで、戦時中徴兵逃れのため、チェコに逃亡し、その後米国に渡った経歴を持つ。

 米軍で勤務した後、1959年から軍属となり、諜報関係の仕事に就いた。

西ドイツでの活動中、義兄のイリネイ主教ことイゴール・ズーゼミールの手引きでKGB工作員になった。

当時金銭面で問題を抱えていたトロフィモフをリクルートし、イリネイは、同様の手口で複数のスパイを飼っていたとされる。

 1992年のワシリー・ミトロヒンの亡命までスパイと発覚しなかった。

 

 以上のように、KGBやGRUは米国の各機関に浸透していたのだ。

その為、ワシントンで話された内容が、その日の夕方にはモスクワのオフィスに上がっているという馬鹿げた状態が続いていた。

 

 


 

 場面は変わって、ソ連ウラジオストックのKGB本部。

長官室の中にいるチェブリコフは荒れていた。

 エドワルド・ギエレクの肖像写真を額縁ごと机に叩きつける。

鈍い音と共に、金属とガラスの破片が飛び散った。

 床には既に壊れた額縁と割れたガラスが散乱している。

「日本野郎にけしかけられるとは、バカ者どもが!

経済発展を焦りおって!」

 チェブリコフは、ギエレクの写真を勢いよく踏みつけた。

「ソ連の友邦諸国という立場を忘れた罰だ」

 床にあるギエレク以外の肖像写真を見る。

チェコスロバキアのルドビーク・スボボダ、ハンガリーのカーダール・ヤーノシュ、等である。

「それにしても、たかが小僧(こぞ)()一人……

今一度、シェバルシンにチャンスを与えてみるか」

 チェブリコフは凄惨な笑みを浮かべた。 

 

 同じころ。

別の階にある会議室では、KGBが世界各国に派遣している支部長による幹部会が行われていた。

 少し遅れて、KGB長官が入ってきた。

「ようこそ、同志諸君」 

 幹部の一人が、身を震わせながら叫んだ。

「同志長官!」

 長官はタバコに火を点けると、参加者の座る円卓の後ろを歩きながら、話し始めた。

「諸君を各地から呼び寄せたのは、他でもない。

例の黄色猿(マカーキ)、木原マサキの件だが、つい今しがたポーランドから報告が届いた」

 幹部たちから一斉に(なげ)きの声が上がる。

「結果は、ポーランド政府のコメコンからの離脱だ」

 チェブリコフが強硬な姿勢を取り続けるのには、彼の経歴が少なからず関係していた。

 チェブリコフは先の大戦で、アレクサンドル・ネフスキー勲章を授与されるほどの勇猛果敢な人物であった。

だが戦争中の4度の負傷を遠因にした視力低下により、フルンゼ陸軍大学*2の入学を拒否された経験があった。

 軍でのキャリアを断たれた彼が選んだのは、政界であった。

ドニプロペトロフスク*3の共産党組織の中で、地位を確立し、ブレジネフから中央政界に招かれた一人だった。

 そういう経歴の為、世間からはブレジネフ派の一員とみなされており、より強硬な立場を取らざるを得ない面があったのだ。

 

「原因は、KGBの組織の弱体化にある。

そこで、この機会に幹部会を一新したい」

 立ち止まった長官は、レイバンのサングラスをかけた老人の方に顔を向ける。

「同志ピトヴラーノフ!」

「はい!」

「従来の第一総局に代わって、君たちが対外諜報を行うのだ」

 チェブリコフの即決に、ピトヴラーノフは身を正した。

「私たちにお任せ下さるので……」

「そうだ、存分に腕を振るうが良い」

 チェブリコフの視線が、ピトヴラーノフからシェバルシン第一総局長に移った。 

「同志シェバルシン」

 シェバルシンは、自身が失脚するばかりと身を震わせていた。

「シェバルシン、答えろ!」

 チェブリコフは、言下に一喝した。

シェバルシンは、立ち上がって返事をする。

「は、はい」

 幹部たちは、侮蔑の色を隠さずにシェバルシンの方を振り返る。

「君とは別個に話し合いが必要だな。

後ほど、私の部屋に出頭せよ」

 視線を落とすシェバルシンに、チェブリコフは吐き捨てた。

「答えろ!」

「はい」

 

 会議から10分後。

 シェバルシンが長官室を尋ねた時、長官は椅子にふんぞり返って待っていた。

「米国のロスアラモス研究所に……

しかし、それは一体どんな理由で……」

「同志シェバルシン、君も出世したものだな。

この私に理由を説明させようと……」

 チェブリコフは、規則に厳格な人物として知られていた。

史実で起きた1983年のウズベク事件の陣頭指揮を執った人物である。

同事件は、十数名の幹部の銃殺とラシドフ共産党中央委員会第一書記の突然死で幕を閉じた。

「決してそんなつもりではありません」

 チェブリコフは、それまで吸っていたキューバ葉巻のコイーバを、灰皿に押し付けて、火をもみ消した。

「まあ、良い」

 ソ連製のペプシ・コーラの瓶を開けると、グラスにコーラをなみなみと注いだ。

「無論、諜報戦では、木原は我がKGBの敵ではない。

しかし……」

 そういって、チェブリコフはペプシ・コーラを(あお)る。

「しかし」

「木原には、情報以外の何者かがある」

 KGB長官は、机の上にあるコイーバの封を開けた。

それは、先週キューバから届いたばかりの新鮮な葉巻だった。

「万に一つの危険が、千に一つの危険を呼ぶ。」

 そう言いながら、シガーカッターで、葉巻の端を切り取った。

「計画は、常に100パーセントでありたいものだ。

(ただ)ちにいけ、ウィーンへ」

 ガスライターを取ると、葉巻を(あぶ)った。

「明日からでも、米軍の戦略航空機動要塞の情報収集をスケジュールのラインに組み込ませるのだ」

「で、ですが……明日というのは少々……」

 黙って聞いていたシェバルシンの顔色は、優れなかった。

顔から滝のような汗が流れだし、着ている詰襟勤務服(キーチェリ)の襟布を湿らせるほどだ。

()口上(こうじょう)無用(むよう)だよ。同志シェバルシン」

 長官は言葉を切ると、葉巻に火を点けた。

そして静かに、目の前で身震いをする学者上がりの男の顔を見た。

「命令を与えるのは、党の代理人であり、KGBの責任者である、この私だ。

貴様には、ただ服従があるのみ!」

*1
ノーマン・ポルマー、トーマス・B・アレン著、熊木信太郎訳、『スパイ大事典』‎、論創社、2017年。原著は、Norman Palmer, Thomas B. Allen,"Spy Book: The Encyclopedia of Espionage",Random House Reference,1996.

*2
M・V・フルンゼ名称軍事アカデミー。

*3
今日のウクライナ共和国ドニプロペトロフスク州




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