冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 ソ連包囲網形成の為、マサキは単身、ベオグラードに乗り込んだ。
一方KGBは、チトー暗殺を計画する。


東下(とうか) 前編(旧題:バルカン半島へ)

 場面は変わって、東京赤坂プリンスホテル。

ここでは藤堂が主宰する派閥の例会が行われていた。

 藤堂は、半月ぶりに連絡してきたマサキに、今後の予定を問いただした。

マサキからの答えは、彼らを驚かせるには十分なものであった。

「バルカン半島に飛ぶ?」 

 ビデオ通信システム*1の向こうにいる、藤堂から驚きの声が上がった。

 藤堂の脇にいる彩峰は、思いがけぬマサキの言葉に、面色を変えた。

反対側にいる榊も、やや狼狽(ろうばい)の色を、眉にたたえながら、マサキを見つめる

「ああ、反ソ連合を組む第一歩だ」

 藤堂は、努めて冷静にマサキに訊ねた。

「バルカン半島と言うと……

かつてスターリンに反抗して、今も中立状態にあるユーゴスラビア連邦か」

「ああ、ユーゴスラビア連邦の大統領、ヨシップ・ブロズ・チトーと会う。

俺が留守の間、頼んだぞ」

 マサキは、あくまで簡単にいう。

「恐らくソ連は、月面攻撃の支援のために攻撃隊を派遣させるつもりだ。

だからといって、直ぐには 仕掛けてこないだろう」

 マサキは、その日のうちにウィーンからベオグラードに飛んだ。

ユーゴスラビア航空(JAT)*2を利用し、1時間半ほどで目的地に着く予定だ。 

 

 

 閑話休題。

 ユーゴスラビアという国家が崩壊してから、既に30年の月日が経っている。

ご存じではない読者の方々もいよう。

 ここでは、かつて存在したユーゴスラビアの歴史を簡単にひも解いてみたい。

 ユーゴスラビアは、現在のバルカン半島にあった連邦制国家である。

第一次世界大戦までオーストリア・ハンガリー帝国の支配下にあったバルカン半島の諸国は、戦後のベルサイユ条約によって、民族自決権がみとめられた。

 その中でもセルビア、クロアチア、スロベニアが中心となってセルブ=クロアート=スロヴェーン王国が建国された。

 1929年に国名を南スラブを意味するユーゴスラビア王国と変更してして以降、1945年の共産化を経て、ユーゴスラビア連邦になった。

 戦後再び独立したユーゴスラビアの最大の脅威は、ソ連だった。

ソ連軍の大規模な侵攻によって解放された東欧と違い、独力でチトーが政権を維持したユーゴスラビアは、この地域の権益を欲するスターリンにとって目障りだった。

ソ連の脅威を恐れたチトーは、アメリカの援助を頼り、それを基盤に独自の共産主義国家を建設したのである。 

 対立関係が幾分か緩和されるきっかけになったのは、1955年のベオグラード宣言である。

スターリンの後継者、フルシチョフは、ユーゴスラヴィアに対するソ連の内政不干渉を保証し、その存在を消極的ながら認めたのであった。

 

 

 JATのボーイング727の機内で、マサキはユーゴスラビアに関する簡単な資料を読み返していた。

――しかし、これから会おうとしているユーゴスラビア共産党のチトーとは、どんな人物なのだろうか。

巷の噂では、ソ連のスターリンや支那の毛沢東に劣らぬ人物と聞く。

 かつてユーゴスラビアにドイツが進行したとき、チトーはパルチザンを組織して徹底的に抵抗したという。

 ユーゴスラビアの事は、ユーゴスラビア人で治める。

他者の支配は一切受けないというチトーの姿勢が、他のユーゴ人を決起させたのは間違いない。

 そして、戦後にユーゴスラビア連邦が結成され、スターリンのソ連と対峙することになった。

さしものソ連もスターリン死後に軟化し、ユーゴスラビア自身もこのままでは利益がないと手打ちをした。

それが、1956年のベオグラード宣言だ。

 ベオグラード宣言は、あくまでも表面上の和解だ。

裏ではソ連は、ハンガリー動乱に際して侵攻し、チェコスロバキアのプラハの春を弾圧した。

チトーの抗議を、フルシチョフもブレジネフも、歯牙に掛けなかった。

 ユーゴスラビアは、切り崩されている。

ベオグラード宣言の際、内政不干渉という約束をソ連に反故にされているのにされるがままだ。

 なぜユーゴスラビアは動かないのだ。

チトーはもう老いて、牙を無くしたのか。

 それとも休火山の如く内部に憤懣をため込んでいるのか。

もし休火山であれば、俺が火を点けて爆発させてやろう!

 

 ベオグラードは、ユーゴスラビア連邦の首都で、人口200万を(よう)する最大都市だ。

「白い街」を意味し、紀元前4世紀という古くから交通・軍事の拠点として栄えてきた。 

 ベオグラード空港に着くなり、マサキの所にすぐ迎えの車が来た。

黒服の男たちに連れて行かれた先は、新市街とそれを取り囲む旧市街を通り越した郊外の東屋だった。

 程なくマサキの面前には、みすぼらしい猟師が、護衛たちに取り囲まれて現れてきた。

だが、さすがに一廉(ひとかど)の者と、端然と階下に座をとり、すこしも周囲の威圧に動じるふうも見えなかった。

 老人は、流暢なドイツ語で話しかけてきた。

「遠路はるばるご苦労様でした。木原博士」

 この老人こそが、チトーか。

あの伝説の反独遊撃隊(パルチザン)、チトー元帥なのか。

 

 チトーの力説するところは、平常の彼の持論たるソ連からの自立と非同盟運動であった。

ソ連の干渉を排除し、各国の共産党が独自に国情や文化に合った社会主義を構築すべきだと、チトーは説くのであった。 

「それが、ユーゴ人が、ユーゴスラビアを治めようという事か」

 マサキが訊くと、チトーは頷首(がんしゅ)して答えた。

「我々ユーゴスラビア人は、誰の支配を受けるつもりはありません。

もちろん、我々がユーゴスラビアの外に出ていく気も」

「しかし現実に、ユーゴスラビアはソ連の侵略を受けている」

「木原先生が、私に会いに来たのは反ソ連合を築くためでしょう」

「そうだ」

「東京から電話を受けた時に、その意図は判っていました」

 マサキは懐からホープを取り出した。

「知っての通り、日本では先ごろ政権中枢にいる五摂家の一部がクーデターを起こした。

しかし、これはソ連が日本に侵攻する足掛かりとして起こした事件だ」

 マサキは、言葉を切るとタバコに火を点けた。

「他の国なら、ソ連の核の脅威に震えあがって、すぐに白旗を上げる所だが……

俺の国ではそういう根性なしはいなかった。

国を挙げて、総力戦をする構えだ」

 無論、油断もしないが、騒ぎもしない。

チトーは、じっと、奇怪な東洋人を見つめていた。

「とは言っても、常備兵力300万のソ連に、25万の帝国陸軍ではひとたまりもない」

 東洋人は、煙草をくゆらしている。

枯淡(こたん)だが、憎いくらい落ちつき払った態度だ。

「それで、ソ連の力を分散させるために、このバルカン半島でも反ソののろしを上げようというのですか」

「そういうことだ」

 

「俺は、KGBと対決しようと、逃げようと、いつかは害されることを予期していた。

奴らは、BETA戦争勝利の為、俺からゼオライマーを奪いたかったのだ。

だから俺は、あるいくつもの布石を打った!

東独のシュトラハヴィッツ、ポーランドのヤルゼルスキだ」

 チトーは、ありありと驚愕の色をあらわして、慨然(がいぜん)とこういった。

「東独のシュトラハヴィッツ!

まさか、東独政変も、木原先生が!」

 マサキは、吸いつけたその煙草を斜めに持って、チトーの表情を見つめている風であった。

「シュトラハヴィッツの幕僚の一人は、俺の兄弟だ。

ともにソ連KGBを倒そうと誓い合い、盃を交わした兄弟だ」

 ふと、チトーは唇をむすんで、何か考えこむような眼で、じっとマサキを見直していた。

「そうだったのですか。

俄に起こった東独政変には、そういう絵図があったのですね」

 ――木原マサキ。

天才科学者だとか、切れ者という話は、このユーゴにも聞こえていたが。

これほどの策士だったとは――

「木原先生の言おうとすることは、判りました。

でも私は、何をもって信じればよいのですか」

「え!」

 さすがにチトーは、鵜呑(うのみ)にマサキの話を信じなかった。

むしろ疑惑の眼をもって、一言一句を聞いていたのだ。

「私は策士という人間が昔から嫌いです。

己の手を汚さず、裏で暗躍する人間は信用できないのです」

 その言葉を聞いたマサキは、一瞬、顔の色を失った。

「傍から見れば、俺はそういう人間なのだろうな。

だが、貴様らが動くために、俺が導火線の役目を果たしてやろう」

 チトーは、なお幾らかの不安を残していたが、内心では、マサキの智謀を認めないわけにはゆかなかった。

 

 翌日、チトーは緊急会合をベオグラードで開いた。

そこにはユーゴスラビアに加盟する6カ国の首脳と幹部たちが一堂に(かい)していた。

「チトー元帥、儂らを集めて何を話そうというんですか」

「5日後に政治局の例会があるというのに、招集をかけたという事は何かあるのですな」

 チトーは静かに言った。

「昨日、日本の木原マサキがあいに来た」

 議長のヴェセリン・ジュラノヴィッチを先に立て、一同(いちどう)気色(けしき)ばんで、チトーの前へ出た。

チトーも、来たなという顔を示した。

「木原マサキ、今売り出し中のブルジョア学者」

 ジュラノヴィッチのあとについて、副議長のペーター・スタンボリッチも諫めた。

「わずか2,3年でBETA戦争で名を挙げた男じゃろう」

「その木原がなんと」

 

「日本は今、正面からソ連と戦争をしようとしておる。

そのソ連の力を分散させるために、我らユーゴスラビアもソ連と戦ってくれと」

 ほかの諸大臣、将軍も極言した。

「木原は、自分の戦争に我らを巻き込もうっていうのか」 

「ふざけた野郎だ。バルカン人も舐められたものだ」

「元帥は、当然断ったのでしょうな」

 チトーは、諸員のごうごうたる諫言に、責めたてられた。

「即答はしなかった」

「どうしてですか」

「木原は、我らユーゴスラビア人がソ連に対して怯えてると言いおった」

 別な老幹部の一人は、面に激色をあらわして、マサキの事をなじった。

「なんだと!」

「東洋人が、セルビア人を舐めおって!」

「話は最後まで聞いてください!」

 チトーは努めて冷静に答えた。

「たしかに、我がユーゴスラビアはソ連との紛争を避けてきたのは事実だ。

我らの及び腰に乗じてソ連が影響力を伸ばしているのもな」

 何せよ、議論紛々だった。

一部の将官と全閣僚は、ソ連と事を構えるのに反対であり、一部の少壮軍人には、主戦論が支持された。

それを数の上から見れば、ちょうど反対論が7割、賛成論が3割にわかれていた。

「戦争のきっかけは、木原が作ると言って来た」

「奴は何をしようっていうんですかね」

「それは……」

 チトーは答えもなく、口をつぐんだ。

その面を末席にいたスロボダン・ミロシェヴィッチは、「()(がた)き老元帥」と(さげ)すむようにみつけていた。

 


 

 チトーが、マサキの訪問を受け入れたのは理由があった。

ユーゴスラビアは、1948年のコミンフォルム追放以降、ソ連東欧圏以外から石油を輸入せざるを得なかった。

 その為、1973年の第一次オイル危機で、ユーゴスラビアの経済状態が急速に悪化したのだ。

無論石油危機以外にも、BETA戦争の影響で海外からの投資が冷え込む傾向が出てきたのも大きかった。

 そこで、マサキの提案を受け入れる形を取って、日本からの技術支援と資金提供を見返りに求めようとしていたのだ。

 国際通貨基金(IMF)に資金援助を頼む方法*3もあったが、強烈な緊縮財政が支援とセットであった為、急速に国内の経済状態が冷え込む恐れが否定できなかった。

 ユーゴスラビアとソ連の関係は、最初から不仲ではなかった。

ユーゴスラビア共産党も、チトー自身も、スターリンのソ連を範とし、徹頭徹尾その方針を模倣していた。

 それ故に、1948年のコミンフォルム追放がユーゴスラビアに与えた影響は、計り知れない。

 一説には、ユーゴスラビアのチトーとブルガリアのゲオルギー・ディミトロフ*4がソ連のスターリンと相談せずに、独自でドナウ諸国関税同盟構想を推進したのが原因だという*5

 

 だが、コミンテルン時代を通じて、ソ連はバルカン半島における国際共産主義の支援をしており、バルカン連邦構想には協力的だった。

 コミンフォルム設立当初も、ブルガリア、ユーゴスラビア、ルーマニア、アルバニアの各国は、ギリシャの赤化の暁には、バルカン連邦を建設する方針で動いてた。

 当初は、スターリン自身も乗り気であり、チトーにアルバニアの併合を認める雰囲気であった。

 だがディミトロフのチトーのマケドニアに対する方針の反発と、バルカン連邦が建設された際に全権力がベオグラードに集まることを危惧したスターリンにより、バルカン連邦構想は雲消霧散させられた。

チトーが、コミンフォルムから追放されたのは、ソ連とソ連軍最高司令官の影響力が弱まるというソ連共産党の方針のためというのが実情のようだ。

 

 東欧や、ユーゴスラビア以外のバルカン諸国の共産主義は、自力で打ち取ったものではない。

ソ連により与えられ、モスクワで書かれた筋書きの通り動くことが求められるという一種の呪縛のような物だった。

 その為、ソ連の決めた範囲から外れれば、即座に軍事侵攻を受け、知識人たちはKGBと協力関係にある秘密警察に弾圧された。

 チトーの行った自主管理労組やユーゴスラビア型の社会主義という物も、結局はソ連型の社会主義の異種でしかなかった。

ソ連や東欧諸国から人・物・金が入らなくなり、国家運営に危機的状況に陥ったので、仕方なく自由化を行ったというのが実情だ。

 この事は、チトーが国是とした非同盟外交にも言える。

1953年のスターリンの死によるソ連との緊張緩和、米国からの経済的および軍事的援助、ギリシャ・トルコとの友好相互援助条約などの国際情勢の変化である。

 非同盟諸国首脳会議を主宰し、「積極的平和共存」を掲げて東西どちらの陣営にも属さない姿勢を貫いたのは、ユーゴスラビア自身に切実な理由があった。

両陣営に対して厳格な等距離を主張しなければ、ユーゴスラビアの存立の危機に陥る恐れがあったからだ。

 

 では堅苦しい歴史の説明から物語に戻ってみよう。

 マサキのベオグラード訪問の報を受けて、KGBでは情報があつめられた。

 風のごとく、工作員が出入りした。

 場面は、変わって、ウラジオストックのKGB本部。

最上階にある長官執務室では、密議が凝らされていた。

 

「同志議長が、ベオグラードに乗り込まれるのですか」

 KGB長官のチェブリコフは、シェバルシン第一総局長の問いで、飲んでいたティーカップを置いた。

チェブリコフは笑って答えた。

「ああそうだ。マケドニアを巡って、ユーゴとブルガリアが燻っているのを知っているな」

 

 マケドニア問題は、バルカン半島での長い障害であった。

マケドニア地方は交通の要衝にあたるため,中世以来近隣諸国の争いの的となり,ギリシア、ブルガリア、セルビア、トルコと次々にその主を変えた。

だが19世紀にいたって、この紛争は南スラブ人の解放運動および列強の東方政策と結びつき,いわゆる東方問題の核心とみなされるようになった。

 今日言われているマケドニア人は、紀元前三世紀に存在したアレクサンダー大王が建国したマケドニア帝国の子孫ではなく、ブルガリア語に近いセルビア語の方言を話す人々である。 

 マケドニア語は、文法はブルガリア語の影響を受けており、語彙はセルビア語に由来する言語だ。

その為、民主化したブルガリア政府は、今現在でさえ、マケドニア民族という物を認めていない。

 ブルガリアは、マケドニアの独立は一応認めているが、それはセルビアから分離させる為である。

独立の背景には、ブルガリアの野心が見え隠れする。

「ええ」

「ユーゴスラビアと言えば、非同盟政策を通じて、かつて中共と友好関係にあった。

中共といえば、木原とつながりの深い所だ」

 1961年の非同盟会議初開催の時、ユーゴと中共は友好関係にあった。

だが、1968年のプラハの春の対応を巡って、双方の関係は決裂した。

「今度のマケドニア問題は、ブルガリアがスコピエ*6欲しさに一方的に仕掛けたものだ。

それだけにユーゴスラビアの地元組織*7の団結が強く、我々や米国が手出しをできなかったバルカン半島に、木原がごく自然な形で介入できるチャンスとなっている。

バルカン半島の安定という形でな」

 

 かつてブルガリアは、第2次世界大戦に乗じ、マケドニアの一部を保証占領した。

だが1947年のパリ条約によって領有権を放棄した。

 そして決定打となったのはスターリンの方針だ。

チトーを抱き込むために、マケドニアを民族として認める裁定をコミンテルン本部で下し、1943年にマケドニア共産党が設立された。

 ソ連の裁定で、マケドニア問題はいったんの解決をみた。

 しかし,1977年のギリシャのアルバニア侵攻以降、別のかたちで提起された。

アルバニア共産党の崩壊とソ連によるエンヴェル・ホッジャの処刑は、アルバニアの中にあった民族問題を噴出させることとなった。

共産党の一党独裁と秘密警察、軍の弱体化といった現象は、民族自決というパンドラの箱を開ける遠因となったのだ。

 

「もし、木原にバルカン半島を取られてみろ。

極東の一角を抑えている が、ソビエトを挟み込む形になる」

 チェブリコフ長官は、着ている背広の内ポケットから、ブリキ製の煙草入れを出した。

古いドイツ製のもので、レギュラーサイズのタバコが20本入るものだった。

「やがて木原は、中近東、アジアと手を伸ばし、ソビエト包囲網を築くに違いない」

 ケースから一本ぬきだして、タバコに火を点ける。

悠々と、煙草入れを仕舞うと、長官は椅子から起ち上がった。

「その野望は、何としても阻止せねばならん。

いや、木原は……」

 KGB長官の眉が、すこし難しく変っている。

その気色に、シェバルシンは表情を改めた。

「木原は、ベオグラードで八つ裂きにする」

 KGB長官はいぶかしく思ったが、すぐに凝視の眼を、じっとすえていた。

「そして、チトーの老いぼれには死んでもらう……

ただし自然死に見せかけてな」 

 

 KGBの暗殺手法は様々なものがあるが、自然死を装った暗殺法も存在する。

 1978年9月7日、ブルガリアの反体制派作家、ゲオルギー・マルコフ*8が、亡命先のロンドンのウォータールー・ブリッジで、ふくらはぎに鋭い痛みを覚えた。

 振り返ると、男が雨傘を拾い上げていた。

その夜、マルコフは熱を出して倒れ、3日後に死亡した。

 スコットランドヤード*9は殺人を疑った。

 後日、その報道を聞いた亡命ブルガリア人のウラジミール・コストフは、何者かに傘の先端で突かれたことを思い出し、直ちに病院で検査した。

コストフの体から、

リシンが封入された約1mmの白金-イリジウム合金の弾丸が発見された。

 マルコフもコストフもブルガリアからの亡命者である。

KGBと、それに協力したブルガリアの秘密警察STBとされ、傘型の銃で暗殺を謀ったのである。

 

「なぜですか」

 ところがチェブリコフの答えは、シェバルシンにとって実に心外きわまるものだった。

シェバルシンはいう。

「仰る事がわかりませんが」

「もし自然死ならば、後継問題を含めて、内部分裂の種がまかれたことになるだろう。

だが、刺客によって殺されたのであれば、ユーゴスラビアは復讐のために、より結束する」

 チェブリコフは、したり顔に答える。

「一枚岩のユーゴスラビアとはいえでも、元々は血の気の多いバルカン人だからな。

これを機会に、自分がユーゴスラビアのかじを取りたいと思うものが出てきても、不思議ではない」

 

 7つの国境*10、6つの共和国*11、5つの民族*12、4つの言語*13、三大宗教*14、2つの文字*15、1つの国家と称されるユーゴスラビアは、伝説的な遊撃戦士、ヨップ・ブローズ・チトーがいて、初めて一枚岩になりえた。

 

 1980年代後半以降、コソボ自治州で暴動が起きた背景は、南部特有の搾取構造があった。

貧困率の高いユーゴスラビア南部地域は、自主管理社会主義の下で「原材料供給地」として、北部の搾取下に置かれていた。

 ユーゴスラビア政府が、外貨獲得の重工業の発展を優先するあまり、南部の産出した物資や金属などの主要産品が、社会主義特有の低く設定された公定価格――世界市場価格を無視した酷い廉価――で、工業地帯のあるクロアチアやスロベニアに売ることを強制されていた。

 これにより、南部では付加価値の高い工業化が進まず、利益が地域に還元されにくい構造が定着していき、ユーゴ内戦の起爆地となった南部*16は、売れば売るほど赤字になるか、利益がほとんど出ない状態と化し、富は加工・製造を行うスロベニア、クロアチアに吸い上げられる構造となった。

その結果、チトーが没した1980年頃の州予算は、7、8割が他の構成国からの支援金という物だった。

失業率は連邦平均の3倍である約27%超に達し、就職難に喘ぐ労働者――その大部分が若者――で溢れていた。

 

「その可能性のあるやつに近づくか、工作すれば、ユーゴスラビアは切り崩せますな」

 チェブリコフは、窓から中庭へ眼をやったままで答えた。

「イタリアのコロソフに、最新のユーゴスラビア政界の勢力図を調べさせている」

 コロソフとは、イズベスチヤ編集部にいるKGB工作員の事である。

1960年代からイタリアで暗躍し、フランコ将軍暗殺依頼やソ連中央委員会の秘密資金をイタリア共産党に送り届けるなどの任務を果たしてきた人物だ。

「これまで、一気に欧州制覇をしたくても、ユーゴスラビアとルーマニアが邪魔で、出来なかった。

しかし、これで我らに運が向いて来たという事だ」

 シェバルシンは笑って答えた。

「ソビエト悲願の欧州共産化の夢。

同志長官の題で、果たしましょう」

*1
日本でのテレビ電話は、1970年の大阪万博時に、当時の電電公社とNECが共同開発し、実用化していた

*2
今日のエア・セルビア

*3
ユーゴスラビアはIMF設立当初からの原加盟国の一つである。我が日本国は1952年(昭和27年)8月13日に加盟した

*4
1882年~1949年

*5
柴宜弘著『ユーゴスラヴィア現代史』 岩波新書,1996年. p.114

*6
マケドニアの首都

*7
ユーゴ共産主義者同盟

*8
Georgi Markov

*9
ロンドン警視庁

*10
イタリア、オーストリア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、ギリシャ、アルバニア

*11
セルビア、クロアチア、スロベニア、ボスニア=ヘルツェゴヴィナ、モンテネグロ、マケドニア

*12
セルビア、クロアチア、スロベニア、モンテネグロ、マケドニア

*13
セルビア語、クロアチア語、スロベニア語、マケドニア語

*14
東方正教会・ローマ・カトリック教会、イスラム教

*15
ローマ字・キリル文字

*16
1988年の統計によるとスロベニアとコソボの経済格差は約8倍にまで開いていた。柴宜弘著『ユーゴスラヴィア現代史 新版』 岩波新書,2021年. p.155-156




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