冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

217 / 217
 ルーマニアの独裁者ニコラエ・チャウシェスクは、木原マサキに近づこうと画策する。
チャウシェスクの意図とは……


(あか)衝撃(しょうげき) 前編

 ルーマニアの首都ブカレスト。

「バルカンの小パリ」と呼ばれたその街も、社会主義政権の一党独裁下では華やかな外見とは裏腹に、重苦しい空気に覆われていた。

 そのブカレストに中央委員会本部で、ルーマニア大統領ニコラエ・チャウシェスクは、急遽、幹部を集めた会合を開いた。

 

「国外で、我らの計画を極秘で推進している同志の情報によると」

 チャウシェスク、一同を見渡した。

「ソ連は月面で、何か大規模な軍事計画を進めているらしい」

「月面と申しますと」  

 エレナが聞き返す。

「そうだ。目的は分からん。だが、新型の電磁投射砲を使うらしい」

「電磁投射砲ですか……」

 チューダー・ポステルニク情報部(セクリターテ)長官が呟いた。

「砲弾を火薬ではなく、電気の力で撃ち出す兵器だそうだ」

「それほど重要な兵器なのですか?」

「通常兵器なら、恐れるに足りん」  

 チャウシェスクは淡々と答えた。

「問題は、電磁投射砲計画がKGBの協力で進められている点だ」

 室内の空気が変わった。

「軍だけの計画ではない。ならば、単なる新兵器の開発とは考えない方がいい」

 チャウシェスクは椅子から立ち上がった。

そして、冷徹且つ、厳しく伝えた。

「試作兵装の完成まで、何らかの手を打つのだ」

「承知しました」

 チャウシェスクの言を受けて、政治局員と幹部たちは一斉に応じる。

それだけを告げると、彼は執務室を後にした。

 扉が閉まる。

冷え切った沈黙が、しばらく室内を支配した。

 

 ポステルニク長官とエレナ夫人は、セクリターテの幹部を伴って、2階のテラスへ出た。

「よいか」

 やがてポステルニク長官が口を開いた。

「必ず、この計画の詳細を掴むのだ」

「はい」

 幹部たちは、長官の言葉に最敬礼の姿勢をとった。

そして、セレクターテ長官に重ねる様にエレナ夫人が言った。

「その為には、木原を狙う」

「木原……」

 幹部がその名を反芻する。

「ソ連の計画を潰すために、木原マサキを我々の側へ引き寄せる」

 セクリターテ長官が補足した。

「木原マサキの関心を我らの方に向ける。

ソ連の電磁投射砲を叩き潰すためにな」

 エレナ夫人は凄味のある笑みを浮かべた。

「同志大統領のたってのご命令。我々で必ず成功させるのです」

「はい」

 セクリターテの幹部は直立不動の姿勢で応じた。

 

 チャウシェスクが木原マサキに接近を考えたのは、マサキの東欧への姿勢からだった。

マサキは1979年10月1日の内閣顧問就任以来、東独を除く,中欧3か国に出かけ、それぞれ1億ドル相当の経済援助を提案したからである。

 正確に言えば、マサキが提案して即決まったのではなく、与党内と霞が関で2週間の議論をして決めた物であった。

緊急性の高いポーランドへの円借款1億ドルは、日本政府の外貨準備高を用いたものであった。

つまりは国内で使えない金を外国に回しただけである。

 マサキは、東欧の政権が困れば金を配る打ち出の小づちである。

チャウシェスクがそう誤解するのも無理からぬ話だった。

既に東独などはトラバントと、大手自動車メーカーの日進自動車*1が、BMWとの合弁事業を開始していたからだ。  

それらをマサキ単独の力と勘違いし、チャウシェスクはマサキへの急接近を図ったのだ。

 

「木原とコンタクトを取ろうとは、さすが同志大統領」

「これで国際世論が我々に味方するのは間違いない」

 ポステルニクはエレナに訊ねた。

「それでどうなさるおつもりですか。同志エレナ」

「私に一計がございます」

 そういって不敵の笑みを湛えた。

「木原は大のヒッピー野郎嫌いと聞いています。

ルディ・ドゥチェケの首を切って、マルチン・ニーメラ―をドイツ警察に渡したそうじゃありませんか」

 ポステルニクは眉をひそめた。

「そのヒッピー野郎が何の関係を?」

「木原へのプレゼントとして、ドイツ赤軍幹部の首をハンブルグにつるすのです。

そして赤い旅団の幹部の首をベニスの街中に飾るのです」 

 エレナは恐ろしい地獄絵図を頭に浮かべながら、続けた。

「赤い旅団は、ユーゴの支援した団体です。

あのおいぼれ、チトーも混乱するでしょう」

 ポステルニクは阿諛(あゆ)追従(ついしょう)の言葉をかけた。

「西独だけではなく、ユーゴまで混乱させるとは、流石です。同志エレナ。

これでKGBの田舎熊どもも、慌てふためくでしょう」 

 

 セクリターテ本部の休憩室に、ポステルニク長官とエレナ夫人が入ってきた。

 室内にいた幹部たちは一斉に立ち上がった。

「同志長官、同志エレナ!」

「諸君らに、嬉しい知らせがある」

 ポステルニクが口を開いた。

「新しい作戦が動き出したのよ」

 エレナが満足そうに続ける。

「ドイツ赤軍幹部抹殺の至上命令?」

「そうです」

 エレナの口調から、先ほどまでの慈愛に満ちた国母(こくも)の面影が消えた。

「これから大きな計画を実行する。

その前に、邪魔になる憎い目の上の瘤を完全に取り除いておく必要があります」

「その計画とは……」

「時が来れば分かります」

 エレナは短く答えた。

「ただし、4人を一度に狙ってはいけません」

「1人ずつ、でありますか?」

「そう。1人ずつ切り離すのです。

仲間が救援に入れない状況を作り、孤立させる」

「つまりほかの仲間が手出しできない謀略を……」

 幹部の一人が黙って頷いた。

ポステルニクは長官としての命令を下した。

「手段は任せる」

 そして、ポステルニクに代わり、エレナが命じた。

「第一の作戦場所はハンブルクです。行きなさい」

「はい」

 作戦を命ぜられた幹部は、最敬礼に当たる直立の姿勢で応じた。

 


 

 翌朝、マサキ達はロンドンにある日本大使館内で密議を凝らしていた。

「先生、単独行動は絶対控えてくださいね。

どこに過激派がいるかわかりませんから」  

 1970年代の大都市は、テロリストなどの個人を埋没させるに十分だった。

西ドイツで猛威を振るったバーダー・マインホフというドイツ赤軍派の集団は、シュタージからの支援を受け、テロ活動を盛んに行った。

マサキのいるロンドンでも、外国諜報機関による暗殺事件は記憶に新しい。

ブルガリアの亡命者ゲオルギー・マルコフが、蝙蝠傘を装った特殊銃で暗殺されたばかりである。  

 犯人はKGBとブルガリアの秘密警察とされ、凶器はリシンという自然界由来の猛毒だ。

リシンの特性は、遅効性があり、数日の間で脳障害を起こして死ぬ点である。

 現状では解毒剤は存在せず、故にKGB機関がこの毒をブルガリア情報機関と共に乱用したのであった。

「それで鎧衣、例の工作はどうなった」  

 マサキが話を切り替えると、鎧衣はいつもの如く不敵の笑みを湛える。

「私の情報網によれば、ロスアラモスはノースロップの作った宇宙用クルーザーを月面に持ち込む様だ。

ただし、リバモアに関しては、別なアプローチをしていたという記録しか出てこない」

「別なアプローチ?」

「BETA戦争で人類が負けた際にどうするかということだ」

 マサキは真剣な顔で答えた。

「星間飛行の宇宙船建造か」

 白銀が怪訝な顔で尋ねる。

「僕が言うのもなんですが、ずいぶん発想が飛躍していますね」

 マサキは煙草の灰を落とした。

「荒唐無稽な話ではあるまい。米ソの科学者はそれぐらいの事は考えていると思った方がいい。

恐らく米国はハイヴ攻略を可能にする技術と併せて、星間航行可能なロケットでも作ったのであろう」

 安っぽいSF小説に出てくる展開に驚く物はなかった。

この世界ではすでに、核パルスエンジンが実用化していたからである。

「ソ連も米国への対抗上、対BETA戦の決定打になるG元素を欲していた……」  

 マサキはどこか楽しげに答えた。

「だがそんなものは、中ソの手に渡る前に俺が地球上からすべて消し去ってやった。

次元連結システムのちょっとした応用でな」  

 白銀は確認の意味も込めて、鎧衣に再度訊ねた。

「ソ連の指導部も、G元素を得るためにつきにむかうことになったと」

「ああ、連中からしてみれば、喉から手が出るほど欲しいものだからな」  

 マサキの顔は既に科学者のそれではなく、冷酷非道な悪党のそれを思わせるものになっていた。

「露助どものすぐに血が上るところは、野蛮さそのものだが、俺にとっては励みにもなる。

能力の差はあり過ぎるが……フハハハハ」

 

 

 

 MI6本部を離れたマサキたちは、ロンドン中心部から少し離れたサリー州近郊の鬱蒼とした森の中にある、丸太小屋(ログハウス)にいた。

この建物は表向き、鎧衣の三菱商事時代の友人である軍高官が所有する狩猟小屋であったが、実際は軍事情報部(DIS)の隠れ家の一つだった。   

 マサキは軍事情報部部長から手渡された資料を何度も読み返していた。

そこには米軍の人工衛星兵器に対応するために、ソ連が高出力マイクロ(HPM)を発生させる人工衛星を2基建設している問うものだった。 

 

 マサキは、ホープの封を開けながら考えていた。

日本の歴史が史実と違うだけと思っていたが、世界の歴史もこれほどまでに違うとは。   

 マサキは、この世界に来て元の世界との差にいくつか驚いていた。

 だが、とりわけ違和感を感じたのはウォリス・シンプソンのことである。

 この世界の英国王は、1936年末に退位したはずのエドワード8世で、しかも存在しないはずの子女までいた。

そして王冠を捨ててまで結婚したウォリス・シンプソンが、二度目の夫であるアーネスト・シンプソンと共にロンドン橋のたもとで自決したという事実だった。

 記録によれば、その最後は異様なものだった。

1935年11月10日、2リットルのガソリンを飲んだ後、ガソリンを含ませた綿入りのコートか、布団にくるまった後、自らに火をかけたというのである。

 デイリーテレグラフに遺書を送った後、自決は深更に行われ、翌日の朝早く見つかった時には既に身元が分からないほど焼け落ちていた。

ただ口内に含んだアルミ製の認識票に打刻された名前から、遺体はアーネスト・シンプソンとウォリス・シンプソンであることが判明した。

 遺書にかかれた希望に沿う形で、航空機により北海洋上へ投下され、遺体は手厚く葬られた。

 これは、エドワード8世を傀儡の王として扱うために用意されたものだな……  

 マサキはこの一連の流れを見て、醜悪な暗殺であることを察知していた。

 だがこの異界では、シンプソン夫妻の行動は、英王室への敬愛からの行為として受け止められた。

 王冠を捨てて、離婚歴のある民間人女性と結婚を考えている国王を死を持っていさめた。

美談として、社会一般に広まっており、ニューヨークのブロードウェイでは「ザ・マダム・シンプソン」の題材でミュージカル化されるほどだった。

 英王室へ敬愛の情を抱く女性が、英国王子から結婚を迫られるも、その歴史と自分の存在を天秤にかけ、夫ともに自決し、エドワード8世をいさめた悲劇の恋というストーリーである。

ハリウッドで4回映画化されたという話を、ヘラルド・トリビューンの没後40年の記事を見た時にたまげたのは忘れられない話だった。  

大英博物館には、当時チベットを統治していた摂政からダライ・ラマ13世名義で贈られた慰霊用の仏像と卒塔婆が、今もホータン・ギャラリーのど真ん中に飾られているという。

 何度思い出しても後味の悪い話である。

マサキは静かに紫煙を燻らせながら、ブリタニカ国際大百科事典を閉じた。  

 

 エドワード8世王妃、正式名称はバッキンガム公爵夫人…… これも前の歴史にはいない人物だ。

 1916年生まれで、結婚は1937年。  

前の世界では弟のヨーク公が「ジョージ6世」として即位した日に婚約が発表され、ジョージ6世の戴冠式の日が大婚(たいこん)*2の日だった。

約100年ぶりの国王大婚は、戦争の暗い影を落としつつあった英国社会にとって、ことほぐ一大イベントであったようだ。  

 ただこの結婚に際して、嫁いだ公爵令嬢は、貴賤結婚であることを理由に、王妃を名乗ることを辞退し、新たに設けられたバッキンガム公爵夫人と名乗ることになった。

 この事件は、英国王室で王妃ではない国王の配偶者から生まれた子が王位継承権を持つ先例と言える。

だが、議会や国民はバッキンガム公爵夫人というのは新しい王妃の敬称であると捉えている様子だった。

 マサキは、何とも言えない気持ちになりながら、写真週刊誌「ライフ」の1967年号のページをめくる。

結婚20年特集の記事によれば、戦時中生まれの王子2人と王女1人、戦後生まれの王子1人が居る様だ。

 19世紀の絵画から抜け出してきた壮麗な軍服の御真影があるかと思えば、1960年代の上層社会を反映する様な家族団らんの一コマや、自動車を運転するバッキンガム公爵夫人の写真もある。

 

 まあ、ここは俺のいた世界じゃないしな。

なんといっても宇宙怪獣BETAが地球侵略を行う世界なのだ。  

それ故に俺は、天のゼオライマーで好き勝手にあばれらる。

英国王や米大統領が、歴史と違ってもおかしくはあるまい。

 現に俺自身が、すでに、中共、ソ連、東欧の歴史を変えたのだからな……  

どのようなバタフライエフェクトが起こっても驚きはせぬ。

 

 マサキは内心の不安をかき消そうとして、明けたばかりのペプシを呷った。  

マサキが現実に意識を戻そうとしたとき、声が聞こえた。

「そりゃ、私と君の間柄だ。オープンに行こう」  

 電話の主はMI6長官で、その相手が会話の内容からすると、日本政府関係者らしいことを察した。

「5人の身の安全は保障する。

君自身は英国に来れんか。

分かった……じゃあな」  

 立ち上がったMI6長官は、手に持つ書類を一瞥しながら、独り言のように叫んだ。

「こいつをどうするかだな」  

 長官は、紫煙を燻らせるマサキの方を向いていった。

「信じがたい報告書でしょう。博士」  

 マサキは淡々と答えた。

「日本政府の内閣顧問としてではなく、学者として言えば興味深い内容だ。

証拠はどこから手に入れた」  

 長官は、ほっとした様子で答えた。

「ルーマニアの外交関係者が持ってきたものです。

彼らにあいますか」

「しかしルーマニア人は、何を考えているのか。

先のベオグラードの会議と言い、俺の計画は台無しかと思ったぞ」

「西ドイツへの援助表明の意図は判りませんが、いいタイミングでした」

「正式な外交官資格を持つ人間か。

並の諜報員なら使い捨てだが、外交官の対外活動は外交危機をはるかにはらんでいる」

 マサキは、煙草を灰皿に押しつけた。

「もしかしたら、知り過ぎた人間を容易に消すことを考えての行動かと」

「よし、俺が会ってやる」

 

 夕刻、セーフハウスに東欧系の白人が二人尋ねて来た。

彼らはルーマニア外務省の職員で、スミノフとルィドコフと名乗った。

「セクリターテの幹部が、本名を名乗るはずがないか」

 マサキはあざ笑うような表情で返した。

「まあ、お手柔らかに……」

「本題に入りましょう」

「GRUと科学アカデミーが開発したものでね。

ふとしたきっかけで我々が手に入れたのですが、それを木原博士、貴方に伝えたくてね」

 その内容はこうだった。 ソ連は米国の戦略航空要塞に対抗すべく、二つの兵器を完成させた。

高出力マイクロ(HPM)発生装置と電磁投射砲である。  

 電磁投射砲とは、火薬を使わずに電磁力の原理で弾を高速で撃つ装置の事である。

通電素材で作ったレールの間に弾を置き、電流と磁界を発生させて、弾丸を発射させる。

磁場のなかで電気を流すと力が発生する「フレミングの法則」で弾を動かす仕組みだ。

モーターや発電機など身近に使われる技術が基礎になっている。

 しかし、実用化には大きな問題がある。

 発射には莫大な電力が必要となる。

強力な電源を短時間に放出するための蓄電設備が必要であり、同時に、繰り返しの発射に耐えられる高強度・高導電性の材料も求められる。

より少ない電力で弾丸を飛ばすための工夫が必要となり、電気を通しやすく頑丈な素材の開発も必要となってくる。  

2024年現在、米国は開発を中断し、実用化試験を行っているのは日本だけというのが現実の世界だ。

「露助にとっては、最終回満塁逆転ホームランってことか」

*1
現実の日産

*2
国王即位後の結婚




 ご意見、ご感想お待ちしております。

主要オリキャラの名前に関して。

  • 役職だと史実人物と混乱するから命名しろ
  • 史実と混同するからそのままでいい
  • 作者に一任する
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。