冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 ついに姿を現す米国の新兵器。
一方のソ連も、手をこまねいているばかりではなかった。


(あか)衝撃(しょうげき) 中編

 ソ連が1957年に人工衛星「スプートニク1号」を打ち上げて以降、それから70年近くたった。

今では、宇宙のインフラなしに世界は回らなくなっている。

 カーナビゲーションシステムの位置情報を補完する全地球測位システム(GPS)

携帯電話の位置情報、天気予報、果ては、現金自動受払機(ATM)に至るまで。

 軍事の世界も同様である。

部隊間連絡や、精密誘導弾、弾道ミサイルの発射と探知、潜水艦の警戒などにも人工衛星は不可欠だ。 

 米ソ両国は、1960年代から、衛星攻撃兵器(ASAT)の開発に(しのぎ)を削った。

ただし67年に発効した宇宙条約は、核兵器など大量破壊兵器の配備を禁止し、それに類する兵器開発は現実では様々な事情があり実現しなかった。

 

 だが木原マサキが流れ着いた異界は、違っていた。

 宇宙開発が史実より早い1950年から始まった異界では、月面着陸はおろか、火星探査、地球衛星軌道上での宇宙船建設がなされているほど技術が進んでいたのだ。 

 そういう世界でも衛星軌道上からの爆撃や核攻撃を恐れ、宇宙条約が結ばれた。 

67年から始まったサクロボスコクレーターでの宇宙怪獣BETAとの戦争は、その考えを改めさせることになった。

米軍は宇宙条約からの離脱を早々に宣告すると、月軌道上に向けて資材を積んだロケットを送り込んだ。

 月軌道上で巨大衛星の建設が始まった矢先、BETAの地球侵攻がなされ、この衛星の存在は忘れ去られていた。

 敵対するソ連はアフガン、中央アジアと拡大する戦線のためにロケットやシャトルを送れず、人工衛星の望遠レンズを通じて、月軌道上を観察するしかなかった。

 撮影された写真の衛星は、望遠レンズのある地球軌道上からはるかに遠く、それが人工衛星であるかも判然としなかった。

したがって、とてつもなく巨大な建造物があるとは認識しなかったのである。

 

 音のない闇の中で無数のパネルが自動機械の手によって広げられていく。

作業開始から、1万時間*1が過ぎた頃、ついにその全てが完成した。

 それを地上から見ていたエリア51の施設内では、歓声が上がる。

「稼働率97パーセント、転換率54パーセント。

共に目標を超えました。」

 エリア51とは、米国ネバダ州レイチェル近郊に位置する米空軍ネリス試験訓練場の一部である。

同基地は現役の米軍基地であるが、1970年代以降はどのような目的で使われてきたかは極秘となっている。

 そのため、CIA上層部とリバモア研究所は、ここに新兵器研究を進める秘密基地を設置したのであった。

「おめでとう、テラー博士」

 フランク・チャールズ・カールッチ3世CIA副長官は、エドワード・テラー博士の手を握る。

「よくやってくれた。合衆国にとっては歴史的な1日だ。

10年の大計画だ。

技術の進歩を考えれば、エジプトのピラミッドや始皇帝陵に勝るとも劣らない物だ」

 テラー博士は、置いてあるコップにドクターペッパーを注いだ。

「では乾杯しましょう。

ロバート・W・バザード博士の功績に!」

 満場の拍手と共にロバート・バザード*2博士が立つ。

「偉大なる科学の発展に乾杯!」

 水以外の何かを注いだグラスを持った者たちが、一斉に立ち上がる。

「レーザー衛星に栄光あれ!」

 一斉にグラスに入った液体を呷った。

 


 

 場面は変わって、サンフランシスコ郊外のセント・フランシス・ウッド。 

 そこにある閑静な高級住宅地に立つ、一軒の白い二階建ての家。

呼び鈴を鳴らす音がしたので、その家に住む夫人はドアを急いで明けた。

 その瞬間、防弾使用のBMW・7シリーズから降りてきた人物の姿恰好に夫人は肝を冷やした。

ソ連軍の1969年型勤務服に長靴を履いた人物が目の前に立っていたからである。

車から降りた男たちは、驚く家人を後目にずかずかと家の中に入っていった。 

間もなく、屋敷の主人と妻は、ソ連の将校たちを応接間に通した。

 

「すっかり、アメリカ人らしくなったな」

 KGB大佐の男は、部屋の中を見回した後、笑みを浮かべながら答えた。

屋敷の主人は、申し訳なさそうに応じる。

「25年もアメリカ人をやっておりますと……」

 夫人がコーヒーを出した。

粗茶(そちゃ)にございます」

 KGB大佐の男は、コーヒーの香りをかぎながら、続けた。

「お前たち夫婦は、ロスアラモスでの研究職をついているそうではないか」

「はい」

 KGBの潜入工作員であるヴァルガ夫妻は、ハンガリーからの亡命者を装っていた。

1956年のハンガリー動乱の際、反政府の活動に参加して、亡命したとCIAを騙し、ロスアラモスに潜り込んでいたのだ。 

「お願いがございます」

 屋敷の主人とその妻は、KGB大佐に平伏した。

「うん」

(せがれ)たちは、自分がソ連人だと知りません。

カリフォルニア生まれのアメリカ人だとばかり……」

 別な将校が憤りの声を上げた。

「なんだと」

 KGB大佐は右手でその将校を遮ると、宥めた。

「まあ、良かろう。

アメリカでソ連人であることを隠して生活していくには、仕方なかったのかもしれん」

 大佐は、ソ連製の口付きたばこ「白海運河」の封を切った。

「だが、お前たちまでがソ連人であることを忘れたわけではあるまい」

 大佐は、言葉を切るとタバコに火を点けた。

「KGBにとって、正面の敵は、天のゼオライマー。

とりわけ、パイロットの木原マサキは最大の敵」

 PM自動拳銃を工作員夫妻に向ける。

「ゼオライマー打倒の為、戦略航空機動要塞のスパイ計画に協力せよ」

 拳銃を向けられたヴァルガ夫妻は、再び平伏する。 

大佐は、氷のように冷たく言い放った。

「ロサンゼルスに別荘を手配してある。

工作隊を組織して、戦略航空機動要塞の情報を奪取するのだ」 

 

 その頃、KGB本部では。

長官執務室に入る人影が、認められた。

「やあチェブリコフ」

「同志ピトブラーノフ、お元気そうで」

 ピトブラーノフはドアの方を向いた。

「外に待たせてあります」

「入り給え」

 まもなく立派な体格で、書類挟みをわきに抱えた金髪のスラブ人が入ってきた。

チェブリコフは、大佐の階級章を付けた軍服姿の男に感謝の声をかける。

「苦労を掛けたな」

 軍服姿の男は、KGB第一総局の大佐だった。

大使館では黒いスーツに身を包み、大使館付の運転手に身をやつしているが、KGB北米支部の支部長だった。

「同志長官、お目にかかれて光栄です。

直接、報告書を渡したくて」 

 大佐は書類挟みから書類を出すと、机の上に広げた。 

チェブリコフは、眼鏡を上下しながら書類を確認した。

「うむ。

政治局に提出するとは、約束しよう。

ただし私は、この報告書に触れることはできない」

 大佐は、チェブリコフに訊ねた。

「長官、ロスアラモスのモグラどもは答えを望んでいます」

 チェブリコフはピトブラーノフの方を振り返った。

「よく準備されたものですね。同志ピトブラーノフ」

 ピトブラーノフは、笑いながら答える。

「私ではない。

ユーリ・ウラジーミロヴィチが、準備されたものだ。

イムレ・ナジが起こしたハンガリー動乱の際、米国に亡命した物をKGBが拾って、この日の為に準備なされたのだ」

 ユーリ・ウラジーミロヴィチとは、木原マサキの手によって暗殺されたアンドロポフKGB長官のことである。

ロシアでは、名前と父称を組み合わせて呼ぶことが一般的であり、ここでは故人への敬意を込めた呼び方だった。

 チェブリコフは、待ちわびている大佐を振り返った。

「マリク外相を除いて、この私と同等に、米国のシナリオに関心を持つ者はいない。

正確に言えば、政府内での組織的対応は、現状では無理だ。

ただし、極秘の調査を継続する必要がある」

 一瞬、言葉が途切れる。

大佐は身じろぎ一つしなかった。

「分かるな」

「はい。同志長官」

 チェブリコフは、再びピトブラーノフの方を向いた。

「同志ピトブラーノフ、私のレベルで語る話ではないのだが」

 チェブリコフは、タバコに火を点ける。

「近々、同志書記長は、肥大化した政府組織の改革を断行されることになる。

抵抗を排除するには、外交成果を基にした実績が、最も有効なのだ」

 ピトブラーノフは静かに答えた。

「米大統領の選挙前後に起こると、見ているのだな」

 チェブリコフは、奇麗な煙の輪を吐いた。

「劇的な変化には、果断な対応を迫られることがある」

 

 

 場面は変わって、ソ連ウラジオストック。

ウラジオ要塞の中にある大臣執務室では、何やら不穏な動きがあった。

「ローレンス・リバモア研究所内にいる、GRUの細胞によりますと。

エドワード・テラーめが、人工衛星の操作を行っているそうです」

 報告をあげたのはGRU総局長、ピョートル・イワシュチンだ。

 国防大臣のヤゾフが応じる。

「それが問題の新兵器か」

 イワシュチンが続けた。

「写真分析できる時間は、ありませんか」

「君も、じっとしているわけにはいかんか。

私も米軍の第一級秘密となれば、ぜひ調べる時間は欲しいが……」

 情報が上がって来た時、すでにソ連の特別戦術機大隊は月に向かった後だった。

この情報が数日早ければ、ソ連は核ミサイルを人工衛星が存在する宇宙空間に打ち込んでいたであろう。

「連中は、全世界を好きに操れると思っているのだろうが……」

 ヤゾフは椅子から立ち上がって、逆さにひっくり返した軍帽を机の上から取る。

軍帽を両手で整えながら被ると、こう返した。

「月でも、好き勝手にできると思うのならば、後悔させてやろうと思っている」 

 

 ヤゾフはその足でソ連共産党本部となっているウラジオストク地方自治庁舎を訪れた。

書記長のゴルバチョフに会うためである。

 執務室内で待っていると、間もなくゴルバチョフが疲れ切った顔で入ってきた。

「お疲れさまでした」

「週末まで決裁する法案が16も残っているよ。

いやはや」

 席に着いたゴルバチョフは、テーカップを片手にヤゾフの方を振り返った。

「ところで国防大臣、例の朝の電話の件ですが。

情報本部はどの様な活動からあの情報を得たのですか」

 ヤゾフは、直立不動の姿勢で答えた。

「私も質問したのですが、GRUも種々の情報を分析した結果と、しか申しません」

 ゴルバチョフは、淹れたばかりのグルジア茶から出る湯気を気にせずに答えた。

「KGB経由の情報でないことは、私も聞きましたよ」

 ゴルバチョフは、ゆっくり書類に目を通した。

そして、もう一度書類を確認した。

「内容も考えられないようです。

とんだ赤恥でした」

 ヤゾフは、書類を確認するまで黙っていた。

そして、この禿頭(とくとう)の書記長の怒りが収まるのを待ってから答えた。

「GRUも勇み足を踏んでしまったのでしょう」

 ここでソ連の最高指導者は顔をあげた。

赤軍を差配する元帥は、ゴルバチョフの目から見て、縮み上がっているようにすら見えた。

「開戦事由になれば、勇み足では通りません」

 ヤゾフは、背筋に吹雪が通り抜けていく思いだった。

ゴルバチョフは、顔色を変えずに続けた。

「GRUの予算は政府への報告の義務のないものと認められてはいますが、一員たりとも政府の統帥の元にあることを忘れてはなりません。

同志大臣からも、釘を刺していただけないでしょうか」

「うけたまわりました。

ただ今回の情報に一片たりとも真実があった場合は……」

「軍には、憶測も予断も許されません。

真実を、声を先んじて上げてもらう必要があります」  

 ゴルバチョフはしばらく黙り考えた。

冷めた一盞の紅茶を飲んだ後、急に訊いた。

「同志大臣、今回の件は時が来るまで保留といたします。

噂一つ流れてもいけません。

ご指導の方をよろしくお願いします」

そういってゴルバチョフは執務室を去った。

ヤゾフは窓外の雪を見ながら、呟く。

「ふう……目を閉じて、耳を塞げか。

だが、眠ることも許されまいよ」

*1
約1年

*2
Robert W. Bussard (1928年8月11日 - 2007年10月6日)米国の核融合物理学者。史実では1960年にバサード・ラムジェットを提案するも費用と技術面で実現しなかった




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