冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
そのパイロットで、天才科学者の木原マサキ。
BETAの禍に悩む列強諸国は、彼の動向に注目し始める。
米国バージニア州ラングレー
同地にあるCIA本部にある人物が呼ばれていた。
金髪で、レンズの厚い牛乳瓶の底の様な眼鏡を掛け、職員に案内される白人の男。
ツイードの三つ揃えの背広を着て、右手には黒無地の兎毛で織ったテンガロンハットを持ち、左手には厚いB3の資料を抱え、茶色の編上靴を履いた足で大股に歩く
白地のシャンブレー・シャツに
その姿はまるで西部や南部の田舎紳士という支度であった。
男の名前は、フランク・ハイネマン。
彼は、航空機メーカー、グラナン社の戦術機開発部門に勤務。米国有数の若手技師として、期待の星と目されいる。
その様な事情もあってか、本人の意思とは無関係に日米合同の「曙計画」への参加を命ぜられた。
夕闇迫る室内に入ると、シャツ姿で
室内は暗く、香が焚かれ、何やら画が掛けてある。
長官は、案内役の声を聴くと立ち上がり、部屋の明かりをつけるよう指示した。
閉じた目を開くと、左手に嵌めたタイメックス*1の腕時計を流し見した後、彼の方を向いた。
「私も、今
なんでも西海岸では、BETAを神から使いと崇める狂信者*3共が出始めたと聞いている。
奴等は、
本気で、神に
左手に抱えた資料を置くと、机に座るよう指示されたハイネマンは、長官に問うた。
「私の事を、呼び立てたのは、そんな世事に関する話ではないでしょう」
長官は、床に敷いた濃紺の羊毛製絨毯の上に立ち、ストレートチップの茶革靴を履きながら、応じる。
「日本で新型戦術機が開発された話は知っていよう」
彼の顔色が
「
君も浅からぬ間柄であろう」
CIA長官は、靴を履くと屈んで絨毯を巻き上げる。
「ブリッジス君の事が、忘れられぬか。
あの貴公子に、寝取られたことを昨日の事の様に悔やんでいるのも分かる。
良い女なら、私の方で世話をしよう」
彼は、勢い良く立ち上がる。
「その様な話をしに来たのではありません。私は帰らせて頂きます」
強い
『SALEM』の文字が掛かれた白と緑の紙箱から、白色のフィルター付きタバコを取り出し、火を点ける。
紙巻きたばこを深く吸い込み、重く苦しい話から逃れるべく、バージニア種の甘みと
男は、一時の安らぎを求めた。
「待ちたまえ。君に詰まらぬ話をさせに来たのではない。
実は、大型戦術機のデータをわが方で得たのだよ。
彼等の機体は、核動力相当の新型エンジンで動いていると言う事が判明した」
「お待ちください。その話が本当であるならば、自分はこの案件には関係ありません。
それは、すでにロスアラモスの扱いです」
彼は語気を強めて、眼前の男に請う。
「お願いです。私はこの案件には関わりたくありません。確かに篁には複雑な感情は持っています。
ですが、技師としては、その様な操縦者への悪影響が計り知れない核搭載エンジンの戦術機という禁じ手は、魅力的です。
しかし、新元素の解明も途上の今、その様な怪しげなものに頼り切るのは、些か不安が拭えぬのです」
長官は、椅子に腰かけると、彼に向かって言った。
「新型機のパイロットは、自分を何と評したか、知っているか」
訝しむ彼を横目に続ける。
「《冥王》だそうだ」
思わず、目を見開く。
「……つまり地獄の主と、自分から」
右手に握ったタバコを、灰皿に押し付ける
「そうだ、冥府の王と。冥府の王の事を、日本では
日本の仏教信仰では、閻魔大王は
僧形に身を
「それがどのような関係が……」
「彼は、BETAの
ハイネマンは、椅子に腰かける長官を見つめる。
その表情は
彼は思う。長官自身が、例の戦術機に
暫しの沈黙の後、長官は口を開く。
「この件は、君の戦術機開発に役立つかもしれん。また機会があれば声を掛けよう。
よろしく頼む」
彼は立ち上がって、送り出す長官に見送られる。
職員の案内で、来訪者用の出口から退庁。
帽子を被り、日の落ちた空を見上げながら駐車場まで歩いて行った。
英国・ロンドン
午前二時、
勲章を胸一杯に付けた完全正装の軍人や燕尾服姿の紳士、ドレス姿の貴婦人。
まるで絵画から抜け出してきたような人々は、引切り無しに続く軍楽隊の演奏に乗って踊る。
その
王立空軍将校の軍服を着て、目立たぬように、窓辺に立つ。
一人、深夜のロンドン市中を眺めていた。
彼は、今夕の話を思い起こしていたのだ。
時間は数刻ほど遡る。
首相からの
「陛下、彼の国では既にハイヴ攻略を2か所単独で成したと聞き及んでおります」
「本当か」
男は、振り向かずに答える。
「では尋ねる。どれ程の損害が日本軍に生じたのか……」
「信じられぬ話ではありますが、全くの損害無しです」
男は、振り返る。
「誠か」
この男は、嘗て七つの海を制覇した大英帝国の皇帝で、今は英連邦の国王であった。
「秘密情報部長官を此処に呼び出せ」
「陛下、ただいま参内致しました」
秘密情報部*5長官は、今にも
「では、聞こう。日本の大型戦術機・ゼオライマーとはどれ程の物か」
情報部長官は、額の汗をハンカチで拭うと、答え始めた。
「まず支那の新彊、嘗ての東トルキスタンに置いて、
その後、西ドイツのハンブルグでパレオロゴス作戦の下準備の為に入った後、米軍第二機甲師団の基地に駐留しています」
「それだけかね」
眼光鋭く、彼を
「では、余が教えてやろう。
今しがた入った情報であるが、ペルシア*6のマシュハドのハイヴを同様に破壊したのだ。しかも2時間も掛からずにな。
それで良く、情報部長が務まるわ」
右の食指で、彼の胸元を指差す。
彼を追い出すように部屋から出すと、入れ替わる様に国防長官が入ってきた。
「国防情報参謀部の意見はどうか」
男に深い礼をすると、国防長官は話し始めた。
「では申し上げます。国防情報部では、例の大型機は核爆弾数百発に相当する威力であり、其れ一台でまさに一騎当千の価値があると考えて居ります。
操縦者と開発者は男女混成のペアで、その機体を動かしていると聞き及んでいます。
しかしながら、その動力源に関しては一切不明です」
男は、執務用の椅子に腰かけると、こう漏らした。
「『コロンビア』*7の統領に書状を
机の上に立掛けてある老眼鏡をかけると、万年筆で流れる様に書き上げる。
「これを、明日一番の飛行機でD.C*10に届けよ」
両手で親書を受け取ると、国防長官は最敬礼の姿勢を取る。
そして部屋を後にした。
「若かりし頃、『コロンビア』の
脇に立ち尽くす首相へ、聞こえる様に囁く
「そなた達が、自死を持って迄、
首相は、その男の顔を直視できなかった
「臣民が、王朝の
フランス・パリ
「この愚か者共が!」
深夜のエリゼ宮殿内に、怒声が響き渡る。
「大統領閣下、お怒りをお納めください」
初老の男は、彼を諫める秘書官たちを一括する
「貴様等は、揃いも揃って、英米に先を越されるとは何事か。
この栄光ある、フランス第五共和国に泥を塗りつけているのと何ら変わりはない」
彼は、椅子に腰かけ、腕を組む
「あの老人共にコケにされてるのは、
暫し瞑想をすると、目を見開き、言葉少なに答える。
「首相を呼べい!」
秘書官が、恐る恐る問いかけた。
「閣下、今は深夜一時で御座います。今から呼び立てるとは……」
「事は急を要する。そして奴の他を置いてこの工作を行える人物はいない」
秘書官が、再び問い直す。
「なぜですか。ほかにも、専従工作員や軍の
男は右手を持ち上げ、天井を指差す。
「奴には、日本国内に
その女は、武家の娘と聞く。彼女を通じて、城内省に話を付けてもらう」
一同に衝撃が走る。
「例の
机の上に有るシガレットケースを開け、フィルター付きのタバコを取り出すと、火を点ける
『ジダン』*13の青色の箱から開け、詰め替えた物であった。
「そうよのう、この『ジダン』の様な、壮麗な踊り子でも用意して、戦術機の衛士に近づけよ」
タバコを吹かし、紫煙を吐き出す。
「どの様な人物か知らぬが、男であれば、転ぶ様な絶世の美女を仕立て上げてな……」
彼は不敵の笑みを浮かべた後、こう告げた。
「『フリッツ』*14共に先を越されてはならぬ。あの負け犬共には、その地位に甘んじてもらわねば」
タバコを、右手で灰皿に押し付け、もみ消す。
「我が国の平安の為に、彼等は永遠にその立場に据え置かねばならぬのだよ」
そう答えると、再び瞑想の世界に戻った。
西ドイツ・ボン
ボンの合同庁舎では、深夜を過ぎても作業が続いていた。
三か月後に迫ったパレオロゴス作戦の補給計画の遅れを取り戻すべく毎夜残業が行われていた。
政府部内の試算では、現在の保有弾薬数や燃料備蓄量ではハイヴ攻略には不足。
各所を通じて、合わせて食料や
男はタイプライターの前から立ち上がると、眠気覚ましにコーヒーを取りに給湯室に向かった。
周囲を見ると、自宅に帰れずに机に突っ伏して仮眠している人物がそれなりに居る事に気が付く。
既に残業は常態化しており、彼は気には留めなかった。
給湯室で
季節は既に4月に近いが、肌寒くオーバーが必要なくらいの温度。
窓辺から、入り込む深夜の風は冷たく、目が冴える。
懐より両切りタバコを取り出すと、火を点け、吹かす。
噂では、日本軍の大型戦術機は、高出力で大火力。
高度1万メートルまで悠々と飛び上がり、推進剤の消耗の心配もいらないと聞く。
光線級の攻撃を物ともせず、逆にBETAの群れを一撃で灰燼に帰す。
その話が本当ならば、この様な準備計画は無駄ではなかろうか……
いつ終わるか、わからぬ残業を続けているせいであろう。
そう自分自身に言い聞かせ、心を落ち着かせる。
この作戦が終わったならば、妻と共にオーストリーのウィーンに行って
足腰の痛みは辛く、長時間のデスクワークで体も凝り固まってしまった。
35度の熱泉*15に入って、体を休めたい。
或いは、バーデン・バーデンの混浴に入って、妻と暫し語らうのも良かろう……
ふと腕時計を見ると、深夜3時……
開庁時間まで仮眠するかと、その場を後にした。
なお9月7日以降は、翌週より隔日更新にさせて頂きます。
ハーメルン版に修正しているのですが、手入れが不十分になる為です。
暁の連載の方に影響が出ないようにするためでもあります。
ご感想、ご意見、お待ちしております。
脚注やフリガナに関して
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脚注やフリガナは必要
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脚注の数が多すぎる
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脚注の数が少なすぎる
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フリガナが多すぎる
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フリガナが少なすぎる
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現状維持のままでよい