冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 木原マサキ、ついに動く。
G元素爆弾の話を聞いた、マサキが狙う次の一手とは……


急行(きゅうこう) 前編

英国・ロンドン・バッキンガム宮殿

英国夏時間*1・1979年10月17日 23時00分

 

 

 眩いシャンデリアの輝く大広間に、響く足音。

勲章を胸一杯に付けた完全正装の軍人や燕尾服姿の紳士、ドレス姿の貴婦人。

まるで絵画から抜け出してきたような人々は、引っ切り無しに続く軍楽隊の演奏に乗って踊る。

 その夜会(パーティー)の主人は、浮かぬ顔をしていた。

王立海軍大佐の軍服を着て、目立たぬように窓辺に立ち、深夜のロンドン市中を眺めていた。

彼は、脇に立つ黒い礼装姿の東洋人の話に耳を傾けていたのだ。

 

 晩餐会の最中、マサキの胸中にあったのは、日英親善や両帝室の深い関係の構築ではなかった。

ウィリアム・グレイ博士なる狂人が作った、新型爆弾の事である。

 様々な情報から、マサキは一度も会った事のないグレイ博士から憎悪を向けられているのを熟知していた。

だが政治的打算から、グレイ博士を排除せず、泳がせていたのだ。

 一方のグレイ博士は、マサキを米人に楯突く黄色い日本猿(イエローモンキー)と敵視し、G元素の研究成果を悪用し、マサキへの復讐を果たそうとしていた。

 無論マサキにとってみれば、逆恨みもいい所である。

面識もなければ、敵意も抱かなかった。

 もっとも幼稚な科学者として、歯牙にもかけなかったのが実情だ。

だが、緻密な策略の元に米国指導層(エスタブリッシュメント)を陰で操り、月面攻略軍団の指揮権の掌握を目論むとなれば、話は別だ。

 早急に排除を考えているところであった。

 それ故に、今回の英王室主催の公式晩餐会は渡りに船であり、この機会を通じて政治工作を狙っていたのである。

 

 マサキは、脇に立つ男の方を振り返った。

――英国王ジョン2世――

 前の世界で、無嗣断絶したウィンザー公爵ことエドワード八世の長子。

 1979年4月に即位した新国王だ。

 この世界では、エドワード八世は36年に譲位せず、79年まで43年の治世を敷いた。

ゆえに、ジョージ6世やエリザベス2世が王位に就くことなく、見たことも会ったこともない人物が国王に即位した。 

 ジョン2世は、つい半年前まで海軍大佐の地位にあった。

そのため、国王が着る海軍大将や陸軍大将の軍服ではなく、海軍大佐の礼装を身につけている。

 しかし、ジョンという名前には恐れ入った。

本朝(ほんちょう)*2でいう所の崇徳院(すとくいん)*3の追号を、近代で使うようなものか。

 マサキはふと笑みを浮かべた後、タバコに火を点けた。  

 

 齢40にもならない新国王は、マサキに対して上品な英語で説明した。 

「と言ったところが、これまでの経緯です」  

 マサキは、脇に立つ君主に対して、さも長年の知人に会った老人のような態度で応じた。

「呆れた話だ。

つまり、貴様たちはロスアラモスの力を過小評価した結果、墓穴を掘ったと」 

 マサキの答えを聞いて、国王は大きくうなずきながら、言った。

「我が国のMI6が、ワシントンから情報を得た時点では、新兵器は未完成でしたから」

 国王は、容易に話の中心に触れなかった。

だが、聴き手であるマサキの心をつかんでいた。

「それにある事情で一刻も早く、新兵器の配備を進める必要があったのです。

今回の作戦で米国に任せきりにしたのも、財政難に苦しむ政府の思惑があってのものでして」

 国王は、黙然と首を垂れていた。

父母にぬかずく以外には、まだ他人へ膝をかがめたことを知らない身分である。

マサキは、じっとその様子を見つめていた。

「フハハハハハ。

貴様たちの言い方だと、対ソ抑止のために英国に新兵器を配備してほしかった風に聞こえるが……」

 ここで、マサキは軽く笑った。

 国王の問いは、軽く躱された形である。

若い国王は気がついたもののごとく、急に慇懃の辞をかさねた。

「木原博士、我々の失態のためにお手数をおかけしましたが……

どうかもう一度、ゼオライマー建造の科学者である、あなたの力をぜひ貸していただきたい」

 マサキは眼をかがやかして、龍顔(りょうがん)を見まもった。

「分かった。よかろう」

 国王は、心のうちで「わが事成れり」と思ったが、色には見せず、マサキに訊ねた。

「では失礼ですが、準備はいつ頃に」

 一方のマサキ自身も、同じような心持だった。

 これで、月面作戦介入の政治的口実は手に入れた。

そう考えて、内心、北叟(ほくそ)笑んでいたのである。

「1日もあれば、十分さ」

「1日!」

 そう聞いて、国王は初めて作戦全体の成功に確信を抱いた。

しかし、マサキのその科学力の高さには、ひそかに後日の恐怖さえ覚えた。

 マサキは密室を去るついでに、こう言い残した。

「それから、何かあったら、ハンブルクの領事館にいる参事官の珠瀬(たませ)に言いつけてくれ。

あの男は、俺のメッセンジャーボーイの一人だからな」 

 英国王と別れて、部屋を出ると、マサキはすぐにバッキンガム宮の正門に向かった。

 進むこと20メートルほど、彼方に一群の人影が認められた。

近づいて見れば、自分の安否を気づかって迎えにきた美久と、鎧衣や白銀などの諜報員たちだった。

 

 マサキからの連絡で、G元素爆弾が完成したことを知った鎧衣たちは、驚きの色を表した。

「何、G元素爆弾だって!」

 白銀は、色を失って、茫然、マサキの顔をしばらく眺めていた。

一拍子空いて、鎧衣が尋ねる。

「木原君。それで、G元素爆弾って、どういう代物なんだ?」

 マサキは大礼服の胸ポケットから、ホープの箱とライターを取り出した。 

「G元素爆弾は、軽く見積もって広島型の核弾頭の数倍……

いや、数百倍の威力かもしれん。

大いに、利用価値のある兵器だ」

 恐ろしい話題なのに、マサキは普段よりも、しごくのどかな顔つきに見える。

「ただし、重大な副作用付きでな」

 白銀は、しきりに知りたがって訊ねた。

「どういう事ですか」

 マサキは、まるで大学生に科学を教え諭す教授の態度で応じた。

「俺が様々なデータから試算したところによれば、深刻な電磁パルス、重力異常が予想される。

地球上で使えば、潮汐変形が起きてもおかしくないと、俺は踏んでいる」

 鎧衣と白銀は、マサキの神算鬼謀(しんさんきぼう)に、ただただ舌を巻いて心服するのみだった。

「次元を歪めるという事は、半永久的にその地域の植生や生態系まで、影響が出ることが予想される。

恐らく発生したエネルギー波に触れれば、急激な重力偏重に巻き込まれ、原子を構成する中性子と陽子のバランスを崩し、放射性崩壊を引き起すだろう」

 マサキは、言葉を切るとタバコに火を点けた。

「つまり、良くてミンチ状になるか、最悪の場合、その場で目に見えない原子単位で分解してしまう」

 白銀たちは、マサキの話が、にわかに信じられず、しきりに考えこんでいた。

マサキは、すぐ明らかな判断を彼らに与えた。

「話は変わるが、接近中の台風対策に注視するよう、藤堂に伝えてくれ。

俺は俺で、行動をするとな」

 マサキが心配したのは、ちょうど日本列島に接近中の台風20号であった。

史実では、この1979年*410月の台風は、各地に甚大な被害を及ぼしたからである。

 マサキは異世界から来たこともあって、過去の悲劇を最小限にするべく動いた。

それは、マサキ自身に残った、僅かばかりの愛国心の発露でもあったのだ。

「あと、横須賀の護衛艦隊司令部に連絡を入れろ。

第1護衛隊群を、横須賀から沖縄へ動かす。

名目は、定期対潜哨戒訓練としてもいいだろう」

 白銀は、訝しがった。

「ミサイル巡洋艦の天津風*5と、その艦隊ですか?

少し仰々しすぎませんか、先生」

 マサキは、ひるみなく答えた。

「それでいい。

巨象が歩けば、誰も足元の蟻には気付かん。

ソ連の原潜も、KGBの耳目も、あの巨艦に釘付けになるさ」 

 白銀は、微笑した。

マサキの話を聞いて、白銀の顔色も全身の構えも、平常の磊落(らいらく)な姿にかえっていた。

「ああ、さすがは木原先生」 

 その後、マサキは、迎えに来た美久と共に車で宮殿を出た。

間もなく、入れ替わるように御剣雷電が車で入ってきた。

 御剣は、この公式晩餐会に、日本側の貴人として急遽参加したのであった。

「どうした」

 御剣の問いに、白銀が答える。

 白銀は、マサキの言う通りに御剣へ告げた。

余りにも、マサキの言い分が奇怪でたまらない。

なので、いったいどういう考えだろうかを、御剣に意見を訊ねてみたいからである。

「分からんなあ?」

 御剣も首を傾けて、考えこんだきりであった。

こうなるとマサキが何を考えて、そんな不可思議な準備を頼むのか。

マサキが言うようにやらせてみたい気が、しないでもない。

「どうしましょう」

「まあ、やるだけのことを、やらせて、見ていたらどうだ。

充分、警戒は要するが」

「では、ともかく。

総理府に連絡してみましょうか」

「うむ。

……なるほど」

 御剣は、重々しくうなずいた。

そして、一瞬考えた後、白銀たちに指示を出した。

「ここは私に任せて、諸君らは木原に協力しろ」

「分かりました」

 


月面軌道

協定世界時(UTC)*6・ 1979年10月19日 0時00分

 

 

 さて、視点を月に転じてみよう。

 間もなく月面降下作戦が開始される月軌道上。

戦場とも思えぬほど、静謐に包まれていた。 

「ミシェル・ロクジョルフは何をしておる」

米軍の第82空挺師団を指揮するノーマン・シュワルツコフ・ジュニア陸軍准将は、脇に侍する副官に尋ねた。 

ミシェル・ロクジョルフ少将率いる仏軍は、英・仏・西独の三カ国の中で最大の規模を誇った。

50名の戦術機搭乗員と、300名の整備要員を派遣している。

 彼らの動向が気になったのは、、無理からぬことだった。

ノーマン・シュワルツコフ准将の問いに対して、副官の少佐が答える。

「はい。ここより東に陣取り、兵隊を集結させております」

「リバモアの連中は、まだ準備できておらんのか。

これだから、にわか仕込みのチームは、当てにならん」   

 シュワルツコフは、苛立ちを隠そうとしなかった。

「もう待てん。 第82空挺師団だけでも先行する」  

 月面降下部隊の総司令官である、トーマス・スタッフォード空軍中将が答えた。

「まあ、そう苛立つな。シュワルツコフ。

九仞(きゅうじん)の功(こう)を一簣(いっき)に虧(か)くという諺(ことわざ)にある通り、ロスアラモスとリバモアの新兵器を合わせて初めて、BETAに対等、或いは優位に立てるのだ。」  

 「仞(じん)*7」は周代の寸法の単位で、長さ約7尺、現代では140センチほどの長さを指す言葉である。

意味としては、築山を築こうとして長いこと努力してきたが、一簣(いっき)、つまり、たった一杯の「もっこ」の土がないために、完成できないことをいう。

 この故事は、周(しゅう)の武王(ぶおう)が殷(いん)を滅ぼして新しい王朝の周を開いた際、周辺国から朝貢*8をされて大喜びしている武王に対し、弟の召公(しょうこう)が「油断して政治を怠ってはならない」と戒めた逸話が由来である。

 そこから転じて、物事が完成に近づいたとき、最後の詰めを過つと失敗に終わることがある、という教訓の言葉だ。

「ここはぐっと構えて待とう。必要以上の時間は取らせん」  

 シュワルツコフは返した。

「あと1時間です。それ以上の時間は待ちませんぞ」  

 スタッフォードは笑って返した。

「ああ」

*1:
1979年の英国では、3月18日(日)02:00から10月28日(日)02:00まで夏時間が採用されていた

*2:
我が国の事。ここでは日本を指す

*3:
崇徳天皇(1119年7月7日- 1164年9月14日)第75代天皇。平安末期に起きた保元(ほげん)の乱という権力闘争に巻き込まれ、讃岐国(さぬきのくに)(現在の香川県)に流罪となった悲劇の天皇。父である鳥羽天皇との確執もあり、様々な風聞に生前から悩まされた。崩御後、崇徳上皇の霊を慰めるために院号(院を開いた太上天皇の称号)として、崇徳院(すとくいん)が贈られた。1868年(慶応4年)明治大帝は自らの即位に際して勅使(ちょくし)を讃岐国へ遣(つか)わし、崇徳上皇の御霊を京都へ帰還させ、白峯神宮(しらみねじんぐう)を創建なされた。また先帝陛下も、崇徳上皇崩御から800年目にあたる1964年(昭和39年)に崇徳天皇陵に勅使を遣わし、崩御後800年の式年祭を執り行なわれた

*4:
昭和54年

*5:
現実世界のあまつかぜ(JDS Amatsukaze, DDG-163)。海自初のミサイル護衛艦であった。1965年2月15日就役。

1995年11月29日除籍

*6:
Universal time coordinated. 1972年1月1日以降、世界で基準とされており、精度の高い原子時計と天体観測に基づいて決められた時間のこと。NASAではこの時間を基準にミッションを行っている

*7:
正確さを期すれば、周代の尺は約20センチ前後とされ、正確にはその長さは六寸(18・18センチメートル)あるいは七寸六分(23・03センチメートル)にあたるといわれる。

そこから仞は7尺なので 、1仞140センチ前後と仮定する

*8:
支那王朝などで、珍しい宝物が支配地域や外交関係にある周辺国から献上されることを指す




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