冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
反乱未遂の混乱に乗じて、シュタージ本部を急襲する。
一方、ソ連共産党はシュミットを見捨てる決断をしていた。
命辛々、共和国宮殿を後にしたシュミット。彼は、その足で保安省本部へと向かった。
僅かな手勢を引き連れ、庁舎に乗り込む。
先程あった、宮殿での混乱。その事情を知らない職員達は、一様に驚く。
深夜に為ろうともする時間に、現れた高級将校。
将官礼装の姿を見て、不審に思う。
シュミットは、周囲を一瞥した後、こう告げる。
「責任者の連絡会議をする。関係者を集めてほしい」
省内に居る下僚達が、駆けずり回り、10分もしないうちに会議場に招集をかける。
主だった関係者が集まったことを確認すると、彼は外から鍵を閉めさせた。
「諸君、ご苦労であった」
そう言い放つと、懐中より何かを取り出す。
宮殿で投げ捨てた物と同型の大型拳銃を構えた。
木製のストックを取り付けると、安全装置を解除し、遊底を力強く引く。
右の親指を鳴らすと、何処からかソ連軍の軍服を着た複数の人物が現れる。
個人装備を身に着けた男達は突撃銃を構えると、彼等に向ける。
シュミットが右手を振り下ろすと、混乱する職員達へ向けて、一斉に銃口から火を噴いた。
電気鋸の様な音が響き、薬莢が散乱する。
その場は、一瞬にして
幾名かは、懐中より拳銃を取り出すが間に合わなかった。
自動小銃の
彼は横たわる遺体を見つめながら、独り言ちる。
「これで、この国の頭脳さえ抹殺すれば、全て終わる」
どうせ、
ソ連へ献上しようかと考えたが、この際、反逆的なドイツ人を全て焼き尽くしてやろう。
KGBの秘密作戦は失敗したのだ……、自分と共に社会主義統一党は地獄に落ちてもらうまでだ。
シュミットの心の中に、どす黒い妄念が渦巻く。
怒声と足音が近づいて来るのが聞こえると、脇に立つ兵士に窓を蹴破る様に命じる。
割れた窓から、あらかじめ用意した落下傘の紐を室外に垂らす。
建物の外壁を蹴りながら、地上へと向かう。
手勢の物たちが脱出したのを確認した後、栓を抜いた手投げ弾を勢い良く放る
元居た場所に、ぶつかる音が聞こえる。それと同時に、閃光と爆風が広がる。
その姿を背にして、用意した乗用車で脱出した。
シュミットの襲撃から逃れた東ドイツの首脳は、その夜の内にポツダムに避難した。
人民軍参謀本部を臨時指揮所とした
市街地での混乱によって政府機能が停止する事態は避けなくてはならない……
その様に考え、行動に移す。
今回の反乱の規模は不明、しかも、国家保安省本部との連絡網は遮断されている。
反乱軍への対応に追われている首脳陣に、驚くべきことが伝えられた。
「保安省が襲撃されただと!」
内務大臣が立ち上がる。
「被害は……」
「省内の状況はいまだ不明です。負傷者多数との報告を受けました……。
ただ、襲撃事件が発生する直前に何者かによってソ連・東欧関係の資料、党の秘密資金関連がごっそり持ち出された模様です」
崩れ落ちる内相を、シュトラハヴィッツ少将が後ろから支えた。
「同志大臣、気を確かに為さってください」
彼を椅子に座らせ、落ち着かせた後、議長が再度尋ねた。
「資料の管理は、俺がアスクマンに任せた。まさか……」
己が失態を暗に認める発言をする。
額に、右手を当てながら思案した。
襲撃事件の首謀者は、アスクマン少佐の一派……
シュミットの反乱に乗じて、資料を持ち出す事など、名うての工作員であれば、
万が一の事を考え、アスクマン少佐の対応を念頭に置いた発言をする。
「奴の子飼いの部下共が、欲に目が眩んで、外に持ち出した。有り得ぬとも言えぬな」
議長は、机に置いてある『ジダン』の封を切り、タバコを取り出す。
両切りの紙巻きタバコを机に数度叩き付けた。葉を詰め、吸い口を作ると口に挟む。
マッチで火を起こし、紫煙を燻らせると、暫し、目を瞑る。
「原本は無事か」
再び目を開き、タバコを吹かしながら、面前で立ち尽くす、保安省職員に尋ねた。
「個人票の方は……秘密の場所に移してあります。大部分が無事な状態です。
ですが、複写物は丸ごと消えました」
人差し指と中指に挟んだタバコを灰皿に置く。
灰皿より紫煙が立ち昇り、部屋中に広がる
「個人票が残ったのは、せめてもの救いだ。大方、ボンか、CIAにでも売り飛ばしたのだろう……」
タバコを掴むと、再び吹かす。
「で、お前さんは如何したいんだ……」
項垂れる内相に、顔を向ける。
彼の口から、アスクマン少佐の対応を聞き出すつもりで尋ねる。
「奴と、奴の部下を免職の上、国外追放の処分にするつもりです」
「つまり、俺に恩赦を出せと……」
内相は、ゆっくりと頷く。
「来年は建国30周年記念です。それまで形ばかりの裁判をして拘留し……」
火の付いたタバコを持つ右手を、顔から離す。
「今日、只今を持って奴を罷免。シュミット同様、反革命罪にする」
タバコを弄びながら、答える。
「これは議長命令だ。政治局会議も、その線で行く」
『反革命罪』
嘗てスターリン時代のソ連で出された罪状。
謂わば、国家反逆罪に相当する。
その内容は、『国際ブルジョワジー幇助』『労農ソビエト政権の転覆及び破壊』
死刑が条文から廃止されていた1922年のソ連刑法において、事実上の死刑判決に相当する物。
事を穏便に収めようとする内相に対して、男は敢てその言葉を選んで伝えたのだ。
内相は、恐怖で身を震わせながら、男に束になった資料を渡す。
「これが奴の監視して居た被疑者の一例です」
資料を乱雑に受け取り、その中から無選別で抜き取った。
写真入りの個人票を一瞥した男の表情が、変わる。
顔を上げた男は、内相に問うた。
「この資料にあるリィズ・ホーエンシュタインという人物……。まだ、12、3の小娘ではないか」
美男美女と見るなり、被疑者に仕立て上げ、手を出し、
ベルリンに来たソ連要人や共産党幹部、KGB関係者に貢物として収める。
噂では聞いていたが、その話が本当ならば……
自己の栄達の為に、ソ連やSEDの支配層に取り入り、守るべき国民を
何が、有能な工作員だと言うのか、『野獣』という通り名、其の儘ではないか。
あの下郎が、ここまで人非人だったとは……
怒りで、体が燃え上がる様に熱くなる。
「奴が抱えた被疑者は……」
男は、
「既決囚以外は、ボンにでも放り出せ!」
アスクマンが監視していた人間は全員恩赦の扱いにするように指示を出す。
火のついたタバコを右手で灰皿に置くと、目頭を押さえ、椅子に腰かける。
内相は恐る恐る、横から男の姿を見る。
無言ではあるが、明らかに怒りの表情が見て取れた。
彼は、静かに同意する。
「了解しました……」
深々と礼をすると、肩を落として、男の目の前から去って行った。
議長は強い苛立ちを隠すために、タバコを取り出すと火を点け、吹かしながら脇に居る国防大臣に問うた。
「士官学校に居る、アーベルの娘2人は、どうした」
男の言葉を聞いた国防相は困惑した。
通産官僚ブレーメの娘は、一人だったはず……
暫し疑問に思うも、激しい剣幕を見せる男に従う。
国防相は、たじろぐ風も見せずに、議長の問いに平然と答えた。
「同志議長、未確認です」
『
シュミットか、或いは、アスクマン。何方かが人質にとるかもしれない。
男は、二大幹部の悪あがきとして、最悪の事態を想定した。
「万に一つの事があるかもしれん……。使いを出して、坊主の傍にでも呼んでやれ」
男はそう告げると、立ち上がった。
「どちらへ」
「頭を冷やした後、3時間ほど休む。何かあったら呼べ」
大臣の呼びかけに、そう言い残すと、部屋を後にした。
ソ連・ハバロフスク
ハバロフスクのソ連共産党臨時本部では、ベルリンの駐独大使館との連絡途絶の一報を受け、臨時の会議が開かれていた。
昨夕の『木原マサキ誘拐作戦』の成功を受け、安心していた彼等にとって寝耳に水。
早朝5時からの政治局会議は紛糾した。
KGBと科学アカデミーの双方は、責任の擦り付け合いに終始事態は一向に進展しなかった。
一旦、会議を休会して遅めの朝食を取っていた時、さらなる続報が伝えられる。
「何、シュミットが仕損じただと」
KGB長官は、報告を上げた職員の襟首をつかむ。
「冗談ではあるまいな……」
職員は、目を泳がせ、押し黙る。
彼の勢いに
議長は、彼の方を向いて言う。
「そのものに責任は無い。下がらせろ」
職員はその一言で、手を離されると、申し訳なさそうに部屋を後にした。
9時間の時差は大きく、ソ連の対応に遅れが出始める。
議長の口が再び開く。
「本作戦の失敗は、駐独大使館内の一部過激派分子と国際金融資本の走狗となった科学アカデミー内の米国スパイ団による物とする。
関係者は、即刻、国事犯として収容せよ」
同席していた検事総長が、彼に問うた。
「国連のオルタネイティヴ計画に参加した者の扱いに関してですが……」
参謀総長が立ち上がり、割り込む。
「軍内部の研究会は如何する……。貴様の言い分だと、粛清でもせよというのか。
情勢を見て判断しろ。この薄ノロが」
「お前たちの様に、中央アジアの反乱一つ抑え込めぬ役立たずに言われたくはない」
「五月蠅い。KGBもMVDも揃いも揃って宣撫工作をしくじったのが原因であろう」
議長が一括する。
「黙れ。弁明はもう沢山だ」
両者は、議長に
両者が着席するのを見届けた後、周囲を見回す。
彼の口から驚くべきことが言い放たれた。
「シュミット及びベルリンのKGB支部は切り捨てる」
周囲の人間は、驚愕した表情を見せる。
「米議会に工作し、G元素研究の施設に我が国の人間を噛ませる」
黙っていたKGB長官は、彼の方を向いて一言伝える。
「すると、原爆スパイ団と同じ手法で我が国にG元素の基礎研究を持ち込ませると……」
彼は、黙って頷く。
参謀総長は、椅子に座りなおすと、歴戦のチェキストの意見を否定する
「パリの宝飾品店に行ってダイヤの首飾りを買うのとは、訳が違いますぞ」
そう言い放つと、苦笑する。
「無論、成功するとは言ってはいない。
最悪、西の兵隊共を磨り潰してG元素を手に入れれば、如何様にでも出来るであろう」
参謀総長は、哄笑する。
「『
その様な絵空事を言うようであれば、貴殿も老いを隠せぬと言う事でしょうな」
「貴様は、シュトラハヴィッツ少将に手紙を送ったそうではないか」
男の言葉に、参謀総長は目を剥く。
「貴様の党への背信行為は、重々承知して居る。党内の政治バランスのみで、昇進した
暫しの間、沈黙がその場を支配する。
議長が口を開いた。
「米議会に置いて、一定の工作が成功し、アラスカ租借の目途が着きつつある。
最悪、東ドイツを失っても米本土の眼前に核ミサイルを配備出来る。
上手く行きさえすれば、北太平洋は我がソビエトの領海同然となり、あの禍々しい日本を一捻りで潰せる」
「つまり、東欧を米国にくれてやる代わりに、アラスカを取ると……」
KGB長官は笑みを浮かべる。
「ドイツ人やポーランドの狂人共を世話を連中にさせるのだ。痩せて石炭しか採れぬ片田舎など貰ってもソ連の為にはならん」
男は、議長の妄言に
「お約束しましょう。KGBは、BETA戦勝利の為に労農プロレタリア独裁体制の維持を致します事を」
男達の
米国・ワシントンD.C
東ベルリンでのソ連大使館前の銃撃事件を受け、ホワイトハウスでは対応に追われる。
土曜の18時という時間に緊急会議が行われていた。
西ベルリンに被害が及んだ際の対応に徹するべきという意見が、大多数を占める。
葉巻を咥え、椅子に深く倒れ込む副大統領に、CIA長官が尋ねる。
「
反乱軍への対応は如何しますか」
彼の言葉を聞いた男は、前のめりになり、机に肘を置く。
「情勢が明らかになるまで保留せよ」
「そうは言ってられぬ事態になったのです」
人工衛星の通信を謄写印刷した物を彼に見せる。
「これは……」
口に咥えた葉巻を落としそうになり、右手で押さえる。
「例の大型戦術機で、ゼオライマーと称されるものです」
葉巻を再び咥え、吹かすと、周囲に紫煙が広がる。
「東ベルリンに日本軍の戦術機だと……、ややこしい話になるな」
男は、国防長官に話を振る。
「ペンタゴン*2の意思は……」
国防長官は、男の方を向く。
「西ベルリンにある兵は、動かすつもりは御座いません」
煙が立ち上る葉巻を、右の食指と親指で掴み、灰皿に立てる。
「日本政府は何と言っている……」
「国防省は現在調査中とだけ返答してきました」
ガラス製のコップにある水を口に含む。
「煙に巻く積りか」
黙っていた大統領が口を開く。
「良かれと思って手を出せば、最悪の事態に発展しかねない。現状維持で行く」
CIA長官は、大統領に意見した。
「同盟国の戦術機とそのパイロットを見捨てろと申されるのですか。閣下、自分は納得出来かねます。
核攻撃を恐れるなら、何のためにパーシングミサイルが西ドイツにあると言うのですか」
副大統領は、CIA長官を宥める。
「君は、そのゼオライマーとやらに心酔していると聞く。
たかがその様な高価な
CIA長官は押し黙る。
男の意見に不満があるのか、肩で息をして、落ち着かない様子であった。
葉巻を灰皿から掴むと、シガーカッターを取る。
立ち消えした葉巻の焦げた部分を切り取り、新たに火を点け、吹かす。
「君が、立ち遅れている戦略航空機動要塞開発計画を進めるためにゼオライマーの新技術を欲しているのは分かる。
だが、どの様に優れた機械であってもBETA退治だけにしか役に立たなければ、それは所詮高価な玩具でしかないのだよ」
黒ぶちの老眼鏡を右手で持ち上げる。
「シュタージの閻魔帳でも一式持ち込む事さえ叶えば、君が計画は考えてやっても良い」
「ご約束頂けるのであれば、今回は諦めましょう」
整った
「君がそれほどの覚悟であるのなら
CIA長官は事前に用意したタイプ打ちの文書を男に渡す。
麗麗しく飾り立てた字を書き記すと、CIA長官に投げ渡した。
「この件はこれで終わりだ」
原作登場主要人物、劇中時点の年齢(1978年4月1日現在)
鍵カッコ内は生年月日です。
ベア様18歳(1959年11月23日)、アイリス嬢18歳(1959年9月8日)。
ユルゲン兄さん23歳(1954年7月1日)、ヴォルター兄貴24歳(1953年11月22日)。
リィズちゃん13歳(1964年6月28日)、テオ君13歳(1964年4月13日)。
カティアこと、ウルスラちゃん11歳(1967年1月7日)。
登場予定は御座いませんが、参考までに。
范氏蘭17歳(1960年10月2日)、シルヴィア・クシャシンスカ13歳(1964年12月26日)
ご意見、ご感想、励みになります。
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