冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 逢瀬の帰路、ユルゲンとベアトリクスは奇妙な東洋人に声を掛けられる。
男は、ゼオライマーのパイロットを名乗り接触してきた。
不気味な男の狙いとは……


華燭(かしょく)(てん) 後編

 

「待っていたぞ」

逢瀬からの帰路、ベルリンのパンコウ区にある官衙(かんが)を通り抜けている時、暗闇の中から声が掛かる。

ユルゲンの脇に居たベアトリクスは、咄嗟の出来事に身構え、彼の腕に両腕を巻き付ける。

声の主と思われる、上下黒色の服を着た男は、不敵の笑みを浮かべ、此方に歩み寄ってくる。

 

「何時ぞや、ソ連の攻撃ヘリから助けてやったのを忘れたか」

所々訛りの強いドイツ語を話しながら近寄ってくる男の姿が、街灯の下に浮かび上がって来る。

黒髪に黒い瞳で、肌の色や顔つきから東洋人。上下一揃いの詰襟服を着ていた

上に着ている黒地の詰襟は腰ほどの着丈で、胸元が鳩尾迄開けられ、即座に暗器でも取り出せる状態。

連射可能なモーゼル・M712*1やスチェッキンAPS*2などを出されたら、対人格闘術に優れる自分とは言え、ひとたまりも無い。

そう考えて、抱き着くベアトリクスを護衛する様にゆっくりと後退していたユルゲンの腕を、男は右手で掴む。

 

「何をする」

ユルゲンは、強い口調で男に言い放った。

東洋人の男は、口元に不敵の笑みを湛えながら、英語訛りのあるドイツ語で返して来た。

「何、良い男だから少し借りることにしたのさ」

 

 東洋人の薄気味悪さに恐怖を感じたベアトリクスは、自分の手を掴もうとした男の左手を払いのけようとする。

開いている反対側の手で、ユルゲンとの会話で油断している男の頬を、力強く平手打ちした。

180センチ近くある*3ベアトリクスの体格から繰り出された一撃で、不気味な東洋人は弾き飛ばされた。

 

「走って、ユルゲン」

彼女は、唖然とする彼の手を引いて、勢いよく走りだそうとする。

男は弾き飛ばされるも、よろけながら立ち上がり、右腕を黒色のスラックスの切りポケットに入れる。

何やらポケットの中にあるものを弄ぶそぶりを見せた直後に、二人は勢いよく弾き飛ばされる。

 

 

 二人は地面にぶつかりそうになったが、寸での所で回避。

まるで空中に浮いたような感じを味わっていたベアトリクスは、周囲を確認する。

脇を振り返るとユルゲンが浮いていた。改めて周囲を確認すると、自分も浮いている。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   

どういう事であろうか……

 

 

 彼女が疑問に思っていると、件の東洋人が話し掛けて来た。

「どうだ、素晴らしかろう。今日は少しばかり気分が良い……。

俺が作った次元連結システムをたっぷり聞かせてやろう」

 

 ベアトリクスがもう一度振り返ると、ユルゲンは一言も発せず男を睨んでいる。

彼の古代ギリシアの白い大理石彫像の様に整った顔は、薄く赤色に変わって来ていた。

「何者なの、目的は」

段々と焦燥感を覚えた彼女は、たまらず彼に尋ねた。

「奴は、日本軍の……」

ユルゲンの説明する声を遮るようにして、東洋人の男の声が割り込んでくる。

若干訛りはあるが、徹る声で件の東洋人は言った。

「俺の名前は、木原マサキ。ベルンハルトと知り合いの詰まらぬ科学者だよ」

そう言い放つと、哄笑する。

 

木原と名乗る男は、左手で襟を開けると、ズボンの右ポケットに入れていた右手を懐に移す。

身体を押さえつけられるような感覚が収まると同時に、二人は地面に投げ出された。

ユルゲンは、体勢を立て直して視線をマサキの方に向ける。

視線を動かさないまま、上着の第二ボタンと第三ボタンを開け、すっと左手の脇の下に右手を入れる。

内ポケットに、隠し持っていたPPK拳銃に手を掛ける。

小型で威力の低い.32ACP弾だが、牽制するには十分だろう。

そう考えて、親指で遊底にある安全装置を解除し、撃鉄を下げる。

 

 ユルゲンがピストルを出すより早く、マサキは懐中より小ぶりな箱を取り出した。

黒色のベルベットであしらわれた宝石箱の様な物を、彼等の眼前に差し出す。

ユルゲンがほぼ同時に拳銃を取り出すも、マサキの左手には銀色のポケット拳銃が握られていた。

ベアトリクスに万が一の被害が及ぶことを考えたユルゲンは、拳銃から弾倉を抜いて32口径の弾薬を地面にばら撒く。

マサキは彼の観念した様を見た後、満足そうに笑みを浮かべる。

 

彼等の眼前に見せつけた化粧箱の蓋を開け、中にある二個の指輪を見せつける。

「これは俺からの贈り物だ」

指輪は銀色で、幅が6ミリメートルの太さで、水晶と思しき小ぶりな宝石が象嵌してある。

 

 マサキは、咄嗟にユルゲンの右腕をつかむと薬指に指輪を嵌めた。

その際、ユルゲンからの強烈な肘鉄砲を右頬に喰らった。

余りの事態に困惑するベアトリクスの右手を掴むと、彼女にも同様に嵌める。

無論唯では済まず、再度左の頬に平手打ちを喰らわせられる。

その際、彼女の長い爪でマサキの頬が幾分か切り裂かれ、うっすらと血が滲む。 

 

マサキは、左の頬を撫でながら、身体をふら付かせて、後ろに引き下がる。

「この俺に手を挙げるとは、益々気に入った。今よりソ連上空へ遠乗りに連れて行ってやるよ」

そう言うと、マサキの体から眩しい光が放たれると同時に、二人の意識が遠のいた。

 

 

 

 

 ユルゲンとベアトリクスは気が付くと、見慣れぬ乗り物の操縦席に居た。

一人掛けの椅子の周囲が画面で覆われた狭い操縦席。その左右に振り分けられ、立った状態で乗っている事に気が付く。

両腕を前に縛られたユルゲンとは違い、ベアトリクスは体は暴れないように太さ1センチ程の紐で後ろ手に縛られていた。

彼女は、両胸に紐が通してない不思議な縛り方をされた紐を動かそうとして藻掻く。

紐が抜けぬ事に諦めたベアトリクスは、段々と冷静になって改めて自分の置かれた立場を鑑みる。

彼女は、自身の豊かな胸を締め付けることなく太い紐で捕縛した男の術に、サッと血の気が引くのを感じた。

 

「大丈夫だ。俺はお前たちに危害を与えるつもりはない。

無事帰って、俺の力がどれ程の物であるかを広めて欲しいのよ」

マサキのその言葉に、彼女は顔を背けた。

「なあベルンハルトよ、人形細工のように美しい女を娶る。羨ましい限りよ……」

男は、そう言って哄笑した。

 

「ふざけるな。俺たちを解放しろ」

マサキは、抗議の声を上げるユルゲンを無視して、飛行を続けた。

「何、後悔はさせんよ。

ほんの2時間ほど飛んでウラリスク*4ハイヴを綺麗に焼く様を間近で見せてやるというだけさ。

こんな特別サービスは滅多にお目にかかれぬぞ」

不敵の笑みを浮かべた後、右の食指で、操作卓のボタンを押す。

「現在地は」

そしてユルゲンたちに分かる様、わざとらしくドイツ語で美久に訊ねた。

美久は、いつも通り日本語で返答した。

「現在地は、カザフスタン領にほど近いサラトフの東方100キロです」

怫然としたマサキの表情を読み取ると、慌ててドイツ語で返答をする。

「現在地は……、ウラリスクの西方100キロです」

顔を見合わせるユルゲンたちの様子を見て、マサキはほくそ笑んだ。

 

ユルゲンは顔を動かし、操縦を続けるマサキの脇からモニターを盗み見た。

視覚よりできる限りの情報を得ようと努力した

「安心しろ。光線を出す化け物の心配は要らん。この機体には全身にバリア体が張られている」

嘗てウクライナの戦場で、初陣に出た際に、一瞬にして仲間たちの半分を消し去った禍々しい光線(レーザー)級……

かなりの高度で飛行しているのを確認した彼は、気が気でなかったのだ。

航空機操縦士としての訓練を受けていたことがこんな形で役に立つとは……

一度はソ連のインターコスモス計画*5での宇宙飛行士になる夢を、BETAの地球侵略の為に諦めざるを得なかった。

ユルゲンは、こうして光線級の妨害を気にせず、数年ぶりに自由に空を飛んだことに複雑な気持ちになる。

 

 

 

 

「ハイヴを焼くまでに少しばかり俺の話をしてやろう」

マサキはそう切り出すと、滔々(とうとう)と語り始めた。

「俺は科学者で、このマシンを作った……。

望まぬ形で戦いに放り込まれたのだが、この際、それを利用してこの世界を俺の遊び場にすることにした」

マサキは、自身の言を信じられぬのかの様に、驚いた顔をするユルゲンたちを見回す。

「ベルンハルトよ。貴様と会うのは三度目だが、俺はお前の反抗的な態度が(いた)く気に入った。

だから、簡単に死なぬように、俺が作った特別な仕掛け道具を貴様ら二人にくれてやる事にした」

彼は、思わず失笑する。

「その指輪は只の指輪ではない。外見は白銀(プラチナ)で作ってあり、埋め込まれた宝玉は特殊偏光加工をした水晶……。

内部は、次元連結システムとの通信が可能な細工がして在り、同じ次元に居るのならば、常にこちらから影響力を行使できる。

無論、そちらからこちらにも相互の呼びかけは可能だ……」

 

 満面に紅潮をみなぎらせたマサキは、流暢なドイツ語で捲し立てる様に説明する。

「俺が持っている次元連結システムの子機には劣るが、100分の1のエネルギーを扱えるようにはなっている。

もっとも、この俺とゼオライマーにはそのような物は効かぬがな……」

ユルゲンの反対側に居る、ベアトリクスの方を一瞬振り向く。

だが、再びユルゲンの方を向くと、説明を続けた。

「副次的な効能として人体の活性化も出るかもしれない……。

生命徴候(バイタル)にどのような影響をもたらすかは、俺自身も確かめていない。

推論ではあるが、老化を促す可能性もあるから、調整はしておいた。

例えば、血流や内分泌腺、性ホルモンなどの通常の倍に活性化させ、加齢に対抗出来る様にしてある」

 

 

 

 ベアトリクスは困惑した。目の前の男の目的や行動が、あまりにも荒唐無稽な事に……

マサキの横顔を見ていると、ふいに振り返り、彼女の憂いを湛えた赤い瞳を凝視した後、

「おい娘御、日光の下に居る際はサングラスを掛ける事だな。赤い目が台無しになるぞ」

と諧謔を弄し、呵々と声を上げて笑った。

 

 マサキは、ベアトリクスの眼が赤いのはアルビノの一種と考えて、僅かばかりの仏心*6で彼女にそう答えた。

しかし、ここは元の世界とは異なる世界。

遠く銀河の彼方から飛来した化け物に攻撃を受けつつある世界である事を意識するのを忘れていた。

同じ人の形をしていても、元の世界とは微妙に異なる事を考慮しなかった。

彼の対応は危うかった。

一番の秘密である『異世界の住人』である事を、隠すべき対象である外国人のユルゲンやベアトリクスに匂わせてしまった……

 

 

 

「少々、無駄話が過ぎてしまったが、如何やら着いたようだ……」

彼等は、モニターに映る景色を見た。

天に届くような勢いでそそり立つ構造物は、BETAが来て地上に構築したハイヴという存在。

ユルゲンは話には聞いていたが、改めてその姿を見るとそら恐ろしくなった。

こんな構造物に潜ってデーターを得ようとするのは、並大抵の努力では出来ない……

 

時折、光線が飛んでくるかと思ったが全く来ず、要塞級や蟻のように群れる戦車級の姿も疎らだ。

矢張り、カシュガルハイヴを根本から破壊した影響であろうか。

ユルゲンは一人考えていると、男が声を掛ける。

「おい、今から特別ショーを見せてやる。ハイヴを根元から消し去る様を特等席で観覧できる栄誉……」

マサキは、首を斜めに傾け、ユルゲン達を見据える。

「今逃せば、金輪際味わえまい」

彼の方を向くなり、不敵の笑みを浮かべた。

 

 そう言うと、操作卓に並ぶ鍵盤(キーボード)を連打する。

ウラリスクハイヴの上空を浮遊するゼオライマーは、機体の両腕を胸に近づけたかと思うと、胸と両方の前腕部に嵌め込まれた黄色い球体が煌々と輝き始めた。

漆黒の闇の中を、日輪のごとき眩い光が周囲を照らし始める。

ゼオライマーは何処からか、地を震わす様な恐ろしい鳴き声を上げると、一気に光線を放った。

光は地表まで広がるとBETAを包み込み、化け物共の住む尺地も余さなかった。勢いよく構造物を破壊し、周囲数キロにあるものを跡形もなく消し去って見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二週間後、ベアトリクスとユルゲンの婚儀を祝って、大宴会が開かれた。

招きの主は、新婦ベアトリクスの父であるアーベル・ブレーメ。

東ドイツ通産官僚の頂点たる、次官の地位にある彼は、若い時分から党中央や政治局に自在に出入りし、現在の議長と昵懇でもある。

またソ連留学経験もあった為か、KGBの後ろ盾で権勢を振るった国家保安省(シュタージ)とはただならぬ間柄であることは(つと)に有名。

東ドイツ経済界を先導する各業界の人士は、その威を怖れて欠席した者はほとんどなかったと言っても過言ではない。

 

「皆様、お揃いでお待ちしております」

知らせを受けたユルゲンは、上質なウールサージの大社交服(ゲゼルシャフト)を纏い、胸に勲章と飾り緒という容態(ようだい)*7を繕って、刺繍が施された純白の絹のドレスを着た新婦の手を引き、隣室から姿を現す。

銀色の柄頭に白のベークライトの握りが施された、黒革鞘の短剣を()いて、堂々と席に着く。

 

 

 アベールの女婿(じょせい)*8となる新郎ユルゲンは、党・軍の憶え目出度く、身に着けたから礼装からもはっきりとわかる虎背熊腰(こぜゆうよう)*9の体付きをした、白皙(はくせき)の美丈夫。

前年のウクライナ戦線からの臨時帰国の際には、内々に盛宴を開いて、今の議長自身が出迎えをするほどの歓待を受けていたを知らぬ者はいぬほどであった。

そんなことが頭にみじんもなかったユルゲンは、来賓との間で酒杯の交歓(こうかん)をする。

軍籍に身を置き戦地を駆けた、この数年来疎遠だった昔馴染みの友たちと旧交を温めた。

 

 ふとユルゲンは、自身のたった一人の血を分けた妹、アイリスディーナの方に目をやる。

彼女は、(たお)やかに来賓と一頻り歓談を楽しんでいた。

 18歳という年齢もあろうか、腰まで有る金糸の様な髪を編み込んで纏め、細かいレースの刺繍が入ったパールホワイト色のドレスを着たアイリスディーナの佳麗な姿を見ると、言葉にならない。

何時もの灰色の軍服に長靴姿から受ける印象とは違い、美貌がより一層冴えて見えた。

己の妹ながら、(まさ)深窓(しんそう)の令嬢と言っても過言ではないと思える。

 新婦ベアトリクスの同輩や後輩であろう、呼ばれた女学生達は、華やかなドレス姿で(けん)を競っているも、今一つだ。

どれも艶やかなアイリスディーナの容姿には負けている。その様に、ユルゲンは感じた。

 

 

 するとドアが開かれると、向こうより灰色の軍服姿の男達を引き連れて、初老の男が近寄って来る。

軍人は皆、将官を示す朱色の階級章が襟に縫い込まれ、ズボンには太い赤地の側章が走り、胸一杯に勲章を着けていた。

初老の男はタキシード*10を着て居り、数時間近く続いた宴が、宵の口に入っていることを実感した。

 

 ユルゲンは姿勢を正すと、面前の男に挙手の礼を取る。

男が返礼をしたのち、ユルゲンは右手を下げた。

 

「おめでとう、ユルゲン」

「ありがとうございます……」

初老の男は、その言葉に相好(そうごう)を崩し、

「本当に良かった」

と告げるや否や、ユルゲンを不意に抱き寄せた。

 

 

 抱き寄せられた当人は知る由もなかったが、この議長の行動は様々な波紋を呼ぶ。

周囲を騒がせた男……ユルゲン・ベルンハルト。その彼は、現議長が庇護の下にある。

議長自らが手をとって、酒宴の席へ迎え入れた。

 

人々は恐れるものを知らないユルゲンの様を見ながら、更けていく宵の宴を楽しんだ。

 

 

 

 

 

*1
別名を、シュネルフォイヤー(Schnellfeuer.)。コピー品であるスペイン・アストラ社の連射可能モデルを模倣し、1932年に作られた。

*2
ソ連製の大型自動拳銃。

*3
ベアトリクスの身長は、公式設定だと175センチメートル

*4
今日のカザフスタン共和国の都市・オラル。ウラル川とチャガン川の合流点に位置する都市で、戦略上重要視された。

*5
ソ連の衛星国での有人および無人宇宙飛行を支援する為に、1967年4月にモスクワで結成された宇宙計画の事。計画にはワルシャワ条約機構及びアフガン、キューバ、蒙古、越南などの社会主義国が参加。また、インドやシリアなどの親ソ非同盟国や、英仏やオーストリアなどの国家も参加した

*6
仏が慈悲に富むように、情け深い心。

*7
外見、身なり

*8
娘の夫。娘婿の事

*9
体格がたくましいさま

*10
タキシードは燕尾服やフロックコートに準ずる礼装であるが、時間帯を問わず着る日本と違い、欧米では夜会でしか着用しない決まりになっている




 第二部はこれで終わりです。
次回以降は第三部に入ります。

率直なご批判やご不満、どの様な形で有れ、お待ちしております。
低評価でも構いません、評価して頂けたら幸いです。

第三部に関して

  • 三部の連載終了後で良い
  • 作者都合に任せる
  • 現在連載中の部分まで公開
  • 未編集でもいいから暁と同時連載
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