冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
秘策を持って、最前線のソ連への工作を画策し、準備し始めた。
彼の狙いとは……
これまでのあらすじ
天のゼオライマーのパイロット木原マサキは、鉄甲龍との最終決戦で自爆したはずだった。
だが、気が付くとそこは20年以上前の冷戦が続く異世界だった。
1977年の支那に降り立った彼は、宇宙怪獣BETAと遭遇する。
100万を超える軍勢と、激烈な戦闘の末、カシュガルハイヴを攻略する。
驚異的な性能に目を付けた日本政府や、米ソを主とした東西両陣営が彼に近づく。
そんな中、マサキは東西に分裂したベルリンを訪問する。
東ドイツ軍のエースパイロット、ユルゲン・ベルンハルト中尉との出会いが運命を変える。
ユルゲンと関わるうち、マサキは、次第に望まざる冷戦に巻き込まれていくのであった。
マサキは、自室に持ち込んだ製図版の前で、佇んでいた。
遠い記憶の中にある月のローズ・セラヴィー*1の図面を、書き起こしていた最中であった。
鉛筆を置くと、ラッキーストライクの封を開け、茶色いフィルターが付いたタバコを抜き取る。
ガスライターを胸元より取り出し、口に咥えたタバコに火を点けると、紫煙を燻らせながら思案する。
暫し、ロシアの歴史を思う。
史書『原初年代記』*2によれば、およそ1000年前、長らく無主の地であった彼の地に、地球温暖化の影響で進出してきた北方人の酋長リューリクを、王として
その後、東ローマや回教国の戦など、様々な経緯があってキエフやモスクワに都を移すも、東方より攻め上って来た蒙古人により300年の
そして地球寒冷化の影響もあって蒙古人の勢力が弱体化した後、リューリク朝が独立を取り戻した後、数度の政変の後、300年ほどロマノフ朝*4が支配した。
第一次大戦の混乱の最中、弱体化し始めたロマノフ朝から
今一度、ロシア人の立場になって考えてみる。
凄惨を極めた両大戦にしても、ナポレオン戦争にしても、ジンギスカンの存在。遠い歴史の彼方にある東ローマや回教王国も……
彼等の視点に立つと全て、悉く被害者の目線なのだ。
事あるごとに、すでに歴史の中に消えていった、ナチスや日本帝国主義を持ち出し、自分達の加害の事実を薄める。
この他虐史観は、ポーランドの指導層を
世紀の大犯罪、シベリア抑留*7の事実を、『対日戦争』*8という偽りの歴史によって、ソ連は、国民から目を背けた。
ソ連共産党が、自己の犯罪を正当化する為に、偽りの歴史を作るのは今に始まった事ではない。
だが彼等が、そうやって日夜偽情報を流すのは、無辜の民を
それ故に、どこか消えぬ心のわだかまりを収めるために、既に影も形もない「ナチス」や「日本帝国主義」を持ち出し、清涼剤にしているのであろう……
思えば、ロシアの存在と言う物は、彼等が東進して来た18世紀以降、隣国支那や朝鮮以上に、日本にとって常に悩みの種であった。
およそロマノフ朝が、満洲王朝・清の始祖の地を侵略し、黒竜江の源流を奪取し、彼等の言う沿海州に到達した時より、我が国はその禍に苦しんだ。
160年前の文化年間*9の頃より、蝦夷にロシア船籍の海賊が出入りし、沿岸を焼き払い、同地より漁民や化外の民*10を拉致、抑留した。
その事実は、光格帝*11の
無論幕府も無策ではなく、北方開発やロシアとの通商交渉の拒否などをするも、彼等の狼藉は留まる事を知らなかった。
外交問題で、
明治維新が無かったこの世界でも、恐らく維新以前は同じであろうと考えることが出来よう。
それにしても、この世界にある日本は危機が無さすぎる。
北樺太をソ連領のままにしておくのだから……
思えば樺太は、すでに13世紀には日本人が支那人や蒙古人に先んじて居住し、影響力を及ぼした地域であった。
幕末の
同年代のチェーホフ*14の旅行記*15などを見れば、彼等の認識は日本領……
樺太は流刑地の一つでしかなく、全くと言っていいほど経済的発展は無かった。
元の世界では、ロシア革命の際に保証占領したまま、全島を日本領にして置けば、終戦時の南樺太での惨劇は防ぎえたであろう……
レーニンの甘言に騙されて、ソ連に返還してしまった事を、過ぎた事とは言え、彼は悔いた。
その様な事を、一人
聞けば、ロンネフェルト*16というメーカーの紅茶で、甘い柑橘系の香りが、鼻腔を
青磁の茶碗を受け取り、熱い茶を一口含んだ後、茶器をテーブルに置くと、ふと漏らす。
「良い茶葉だ、気に入った……。また買っておけ」
椅子に腰かけ、ショカコーラ*17という青い缶詰*18に入ったチョコを頬張った。
風味は、チョコにしては固めで、程よく甘い……
どことなく米・マース*19社の名品、スニッカーズ*20に似た印象を受ける。
彼女は、机を隔てて
そして彼の姿を静かに見届けながら、右手に持つ青磁の急須の蓋を、左手で添えながら、空になった椀に熱い茶を注いだ。
「俺の機嫌でも取りに来たのか……、まあ良い」
そう言うと、タバコを取り出し、火を点ける。
「なぜ、次元連結システムの話をしたのか……、俺自身が、奴等の中に不破を招く足掛かりとして、仕掛けた」
放たれた言葉に、彼女は目を見開いて、絶句する。
その様を見た彼は、ふと失笑を漏らす。
「勿論、奴等のために働くつもりはさらさら無い。俺は、ある意味賭けて見ることにした。
連中が欲しがっているゼオライマーを餌にして、東欧諸国とソ連の間を引き裂く……」
湯気の立つ紅茶を、口に含む。
「東ドイツは、ソ連以上の情報統制社会、2千万人も満たない人口に対して、20万人の
ベルンハルトとその妻と会った事は、すぐに露見しよう。
恐らく伝えた話も、彼等の口を通して指導部に漏れ伝わろう……」
灰皿に、灰をゆっくりと捨てる。
「と、するならば、シュタージと関係の深いとされるKGBが黙っては居るまい。
先頃の失点を取り返そうとするはずだ……」
急須から茶を注ぎながら、美久は尋ねる。
「どうして、その様な考えになられたのですか……」
マサキは、目を閉じて、タバコを握ったままの右手を額に置くと、苦笑し始めた。
「ソ連は、ゼオライマーを欲しがっているからさ」
額から手を離すと、彼女の顔をまじまじと眺める。
「この際だ、詳しくかみ砕いて説明してやろう。
ソ連では第二次大戦以上の被害を出しながら、BETA戦争を行っている。
深刻な核汚染により疲弊した国土、成年男子の大多数が死滅するほどの敗走……。
加えて、遠隔地への運搬さえ、
自慢の鉄道網も戦争で寸断されたとなれば、収穫物も、産出地の倉庫で腐るばかりであろう。
従前から経済破綻に加え、住民には塗炭の苦しみを与えて、暴動が続発していると聞く」
不意に立ち上がると、開いている左手で、美久の右腕を掴む。
彼女は、驚いて後ずさりするが、其の儘、右脇まで引っ張った。
「天下にソ連共産党の健在ぶりと、その威信を見せつける方策とは何か。
そこで一気呵成にハイヴを攻略。しかも無傷に近い形で行わねば、軍は維持できない……」
持っているタバコを、左手に持ち替える。
「その様な事を出来る存在……」
右手で、美久の上着の前合わせを掴むと、驚く間もなく、胸を
薄い桃色の肌着越しに、乳房を掌で包むように触れた。
彼女の満面朱を注いだような表情を見て、マサキは一人
「この世界に在って、為し得る人物とは、誰か」
彼女は、右手を除けると、後ずさりし、胸を両腕で覆って、
マサキはその様を眺めながら、
「次元連結システムから繰り出す、無限のエネルギーを持つ天のゼオライマー。
そして操縦パイロットの木原マサキ」と続けた。
ふいに顔を、美久の左耳の方に近づけ、囁く。
「この俺を置いて他にはおるまい」
美久の紅潮させた頬を食指でなぞり
机の上に置かれたホープの箱より、新しいタバコを取り出して、火を点け、
「この賭け勝負……、どの様な結末に為ろうとも俺は負けぬようには考えてはある。
久々にスリルを味わおうではないか」
そう述べると、くつくつと不気味な笑みを浮かべ、ゆっくりと腰かけた。
ソ連・ハバロフスク
ハバロフスク時間、早朝4時。
モスクワから退避してきた同地で、ソ連政府の臨時庁舎が居並ぶ大通り。早暁の官衙に、車が乗りつける。
車を降りた男は、KGB臨時本部がある建物の中に速足で入り込む。
彼は、『ウラリスクハイヴ消滅』の一報を、この建屋の主に届ける為に急いだ。
「帰ったか」
部屋に出入りした諜報員が返ったことを確認する。
「先程、送り届けました」
缶に入った両切りタバコの封を開け、アルミ箔の封印を切り、中よりタバコを抜き出す。
其の儘、口に咥えると、マッチで火を点ける。
紫煙を燻らせた後、老人は室内で立つ男に声を掛けた。
「なあ……」
起こしていた身を、革張りの椅子に預ける。
「この老人の私がその気になれば、18、9のチェコスロバキアの小僧の命でも自由に出来る……」
対面する人物は、静かに聞く。
「それが今のKGBの立場だ……」
言外に、10年前のチェコスロバキアで起きた『プラハの春』を振り返る。
『プラハの春』
1968年1月、チェコスロバキアでは、共産党第1書記に就いた新指導者*21の下、改革に乗り出す。
市場経済の一部導入等、社会主義の枠内で民主化を目指した。
同年6月には、知識人等が改革路線への支持を表明し、7万人の同意を得た『二千語宣言』を世に出す。
だが、ソ連は彼等を認めなかった。
党の
同宣言を、ソ連は危険視。自らが主導する、ワルシャワ条約機構の部隊を差し向け、同年8月20日深夜に侵攻を開始。
介入後、指導者がソ連に一時連行され、方針を変更。数百名の犠牲が出た同事件の結果、改革は断念された。
「奈落の底へ、転げ落ちたくはあるまい」
男は、老人の問いかけに応じ、
「ベルリンの反動主義者、其の事ですが……」
その老人の顔色を窺いながら、言葉を繋ぐ。
「ハンガリーやチェコの件の様に、直ぐにけりを付ける心算です」
老人の真正面に顔を向け、
「我が国との友好関係を考える一派を通じて、各国に働きかけを行い……、
長官の思う通りに動きつつあります」
一頻り、タバコを吸いこむと、ゆっくり口を開き、
「貴様も憶えておくが良い……」
腰かけた椅子より、上体を起こすと、
「東ドイツやポーランド、奴等が土台だ……。土台が動けば、ワルシャワ条約機構という基礎が傾き、ソビエト連邦共和国という屋台が崩れる」
眼光鋭く、彼を見る。
「奴等に意志を持たせてはならない」
昼下がりのハバロフスク、カール・マルクス通り。
嘗てこの周辺は、アムール開拓を進めたニコライ・ムラヴィヨフ伯爵を讃えて、ムラビヨフ・アムールスキー通りと呼ばれた。
1917年のボリシェビキの暴力革命によって、同伯爵の銅像は破壊撤去され、レーニン像が並び、名称もカール・マルクス通りに変更となった。
そのカール・マルクス通り7番地に聳え立つ、ホテル『ルーシ』。
この建物は1910年に、日本人によってウスペンスキー教会保有地を借り受けられ、「大日本帝国極東貿易会社」により、建設された。
設計はロシア人技師、建設は支那人と朝鮮人労働者によって実施。
建物の最も目立つ部分は正面玄関上部のロシア風丸屋根で、嘗ての所有者の家紋があしらわれている。
シベリア出兵に際し、帝国陸軍将校指定ホテルとして徴用された場所でもあった。
そこで、数人の男達が密議をしていた。
「木原を我が陣営に招き入れるだと……」
KGB長官は、立ったまま、右手を振り上げる。
勢い良く手を下げると、机の上に有るガラス製のコップを弾き飛ばすと、床に勢い良くぶつかり、粉々に砕け散る。
足元には、割れたグラスと共に中の液体が広がる様を見て、室内にいる男達は恐縮した。
「何を考えているのだ」
彼は先の木原マサキ誘拐事件の失敗を悔やんでいた。
科学アカデミーの企てに参加した形とはいえ、名うてのKGB工作員を失ったのは手痛い損失。
その上、シュミットをはじめとした東ドイツ国内のKGB諜報網はほぼ壊滅状態。
原因はすべて木原マサキではないかとの結論に
「その様な事は許されない。議長、貴方はソビエト連邦社会主義国の最高指導者。
赤軍参謀総長の考えなど一蹴したら良いではないか」
「木原マサキは消し去る、抹殺で良いではないか」
常日頃より、議長を庇い続ける姿勢を示していた第二書記は、反論する。
「しかし……」
「何だね」
興奮した様子で、長官は彼の方を向く。
「危ない橋を渡ることに成る……。
私は長い間、ソ連共産党中央委員会書記長の右腕をやってきた」
両手を広げる。
「議長*22は党益を優先された人物、皆も良く知っている。
その益を捨てて、自分の盟友の願いを優先させる……、大変な問題だ」
じろりと、KGB長官の顔を見つめる。
「個人的名誉よりも党益を優先させるのが、ソ連共産党の大原則……」
KGB長官は、室内を歩き始め、男の対応に苛立ちを隠せない様子であった。
「何が何でも木原を抹殺するんだ。そうしなければ、我等は御終いだ」
護衛のように寄り添う首相が、口を開く。
「ミンスクハイヴの攻略を完了させてから、木原を殺せば……」
男の右頬に鉄拳が舞い、弾き飛ばされ、倒れ込んだ男を眺めるKGB長官。
周囲を
「木原をソ連邦に招いてみろ……」
青筋の
「奴と接触した中共や東ドイツの首脳部がどうなったか忘れたか。
社会主義を捨て、修正主義に走り、ブルジョア経済に簡単に翻意したではないか」
彼は、ソ連経済圏からの東欧諸国の離脱を恐れた。
社会主義経済の誤謬という事実を、認めたくはなかった……
「それ程の男なのだよ……」
その逃げ口として、木原マサキの言動を原因とする発言を行う。
しかし、それはまたマサキという男を、過剰に
周囲の人間がたじろぐ中、こう言い放つ。
「奴の行動を思い起こしてみよ……、全てを破壊する為に生まれて来た様な男……」
立ち上がると、右の食指で壁を指差し、
「世界に
それを自在に扱う木原マサキ……」
振り返ると、周囲の混乱を余所に窓外の景色を、二階より市街を
夕刻、レーニン広場に面したハバロフスクの臨時庁舎。
ソ連政権では、嘗ての地方政府庁舎を改装して、クレムリン宮殿の代わりに使用され、そこでは、ソ連首脳の秘密会合が始まっていた。
議題は「ゼオライマーの対応」で、
「お言葉を返すようですが、議長。
どうして木原マサキ抹殺をそんなに急ぐのですか」
赤軍参謀総長が、上座の議長に問いかける。
「ミンスクハイヴの攻略を完了させて、十分な褒賞を与える。
それから工作員を用いて殺せばよいではないでしょうか……」
議長と呼ばれた老人は、
「それが非道だと言っているのだ。参謀総長、良く聞いてくれ」
目の前の軍人に、諭すように答え、
「木原にそれだけの仕事を任せれば、我々が利益を受ける。
彼は我が党の為に、貢献したわけだ……。
その彼を今度は殺すとなると、それ相応の理由が必要であろう」
両手を掌を上にして広げ、
「私の信任厚いKGB長官の名誉のために殺すとなると、聞こえが悪い。
ソ連共産党は、KGBに
太いへの字型の眉を動かし、黒色の瞳で参謀総長を睨み、
「党員達に
そして左側の外相の方を振り向く。
言葉を振られた外相は、正面を向いて話し始める。
スターリン時代の粛清を生き延びた数少ない人物として、党内での地位も高く、20年以上外相の地位にあり、若かりし頃は駐米大使や国連安保理のソ連常任代表を務めあげた。
「議長、貴方はチェコスロバキアの首相を『修正主義者』として非難して、拘束してるじゃろう」
彼は、困惑する老人の顔を覘く。
「そんな貴方が、いまさら何を惜しむのかね」
「し、しかし……」
すっと、
国家計画委員会と言えば、50年近くソ連の国家戦略を
ここの経験者は後に首相の地位に就いたものも少なくはない。
その様な人物が立ち上がって発言する。周囲の目線が、件の男に集中した。
「議長、この失政続きにろくな活躍も出来ずにいる党員たちにとっては、名よりも実です」
第一副首相が、その場を纏める。
「木原は共産党の人間ではない。使い捨てても十分ではないかな……、ここは一先ず党益を優先させよう」
彼は、その言葉を皮切りに挙手をすると、一斉に、閣僚たちが同意を示す。
彼の提灯持ちのとの評判がある第二書記は、その様に唖然とする。
参謀総長が、立ち上がる。
「直ぐに、特殊部隊と、ポーランドの大使館に連絡だ」
老人の顔を、真正面から見る。
「木原暗殺計画は中止とする」
北の大地よ様、誤字報告有難うございました。
暁の方では新章の方に入りましたので、第三部を開始しました。
ご意見、ご感想よろしくお願いします。
(アンケートご協力ありがとうございました)
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