冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 冷たい雨が降りしきる首都ベルリン。
ソ連の不穏な動きに対応が迫られている参謀本部への、予期せぬ来客。
ハイム少将の前に現れた、ベアトリクスの真意とは……


特別攻撃隊 前編(旧題: ミンスクハイヴ攻略)

「ミンスクハイヴ攻略の為……、特別攻撃隊を組織したい」

赤軍参謀総長の一言に、騒然となる、ソ連赤軍参謀本部の一室。

「貴重な戦力を無駄死にさせろと仰るのですか」

一人の赤軍中佐が憤然と、その非をあげて(いさ)めた。

参謀総長は、憤懣やる方無い中佐の方を向き、

「オルタネイティヴ3計画が水泡に帰した今、手段は限定すべきではない」と声をからして、

「既に、シベリア、極東、ザバイカル*1の各軍管区、蒙古駐留軍*2より招集を掛けている……。

だが、新兵の大部分は18歳未満……、とても役に立つとは思えない。

このまま続けば、大祖国戦争の二の舞だ」と反論する。

「最悪の事態を避けるために、東ドイツの連中に頭を下げ、我等の側に引き込まさせる。

何もやらぬよりはマシであろう」

 ソ連赤軍の持てる英知をを結集した一大作品、ESP発現体。

ゼオライマーの『メイオウ攻撃』で、ノボシビルスクの研究所諸共に、全て灰燼に帰した。

その事を、彼等は知らなかったのは何という皮肉であろうか……

 

「無論、日本野郎(ヤポーシキ)に、ゼオライマーを借りる。危険な賭けかもしれないが、これしかない。

既に、手段を選んでいる時ではないのだ」

まるで物に憑かれたように、ゼオライマーへの渇望を吐露する参謀総長の姿を、周囲の者たちは呆れ顔をしながら、見ていた。

 

 今日までに実施した赤軍主導の軍事作戦は(ことごと)く失敗に終わった。

この状況下で、7251万人の人口が失われた結果に、ソ連指導部は焦っていた。

しかし、BETAの勢いは留まる所を知らず、絶望的な状況に追い込まれていた。

 そんな矢先、現れたスーパーロボット、天のゼオライマー。

地の底より幾千万と湧いて来るBETAの血煙を浴びながら、一人勝ち誇る姿を見せつける。

必殺の『メイオウ攻撃』で、鬼神の如く戦う様に、ソ連指導部が心を奪われるのも無理からぬ話ではあった。

 

 

 

 

 

東ドイツ・東ベルリン

 

 シュトラハヴィッツ少将は、赤軍参謀総長からの密書を受けて、何事かとひらいてみると、

KGBはひそかに兵を(もよお)し、貴国に攻め入らんと企んでいる。防備怠るな

という忠言だった。

参謀総長の密書は、即座に、政治局会議に持ち込まれた。

赤軍がKGBとの内訌しているなどとは知らないので、シュトラハヴィッツから話を聞いた議長は、大いに驚いて、群臣と共に、どうしたものかと、評議にかけた。

 

 男は、困惑する政治局員たちを前に、憤然と、

「何、KGBの連中が我々を襲撃するだと……この期に及んで、どう言う積りかね。

BETAの侵略でシベリアに逃げて置きながら、話の他ではないか」と演説した。

ソ連への怒りは甚しく、

「あの野蛮人共め」と口を極めて(ののし)った。

落ち着いた様子のシュトラハヴィッツは、灰色がかった髪と綺麗に整えられた口髭の顔を動かし、

「同志議長、小官も同意見です」と立ったまま男の意見に(うなづ)く。

議長は、シュトラハヴィッツの顔を見て、初めてわれにかえった。

「我々は今、西側に入ろうと努力している矢先に、水を掛けるような真似をするとは……」

 

 

 冷静さを取り戻した議長は、シュトラハヴィッツ以外の人間を払い出す。

ふと思い出したように、

「話は変わるが、嬢ちゃん、来年の正月で12歳になるんだろう」

「御存じでしたか……」。

呆然とするシュトラハヴィッツに、議長は不敵の笑みを浮かべ、

「君は、対ソ軍事協力に関して責任を感じている様だが……死に急ぐ必要はあるまい。

嬢ちゃんの花嫁姿を一目見てから、泉下(せんか)の待ち人の元へ行っても遅くはなかろう」

そう言うと、紫煙を燻らせ、

「内々で決まった事だが、今年の9月にブル選と住民投票をやる。恐らくSEDは、大敗する。

所詮この民主共和国は、占領政策の忌み子だ。ひっそりと役割を終えられれば良いと思っている」

男はそう漏らすと、再び部屋の中を歩き始め、

「遠からぬ内に、総辞職。俺は政治局から降りることに、成るであろう」

窓辺で立ち止まると、屋外に視線を移し、窓外の景色を見た侭、

「任期中に、壁を取り払う手続きだけはしておいてやるよ……」と振り返らず応じる。

その言葉を聞いた後、彼は、敬礼して部屋を後にした。

 

 

 ポツダムの参謀本部への帰路、愛娘ウルスラの事を、ふと一人悩む。

この数年来、彼女は妻の実家にほぼ預けたままで暮らしていた。

軍務で昼夜を問わず働いているのも大きかったが、国家保安省の目から守るために隠していたのも事実。

自分を執拗につけ狙ったクレムリンの茶坊主こと、モスクワ派の首魁シュミット。

彼の死を持っても、未だシュタージへの恐怖心が(ぬぐ)えない。

 今回のパレオロゴス作戦は、是が非でも成功させねばなるまい。

地上に残る最後のハイヴとはいえ、白ロシアの首都ミンスクは、東欧の最前線ポーランドの目と鼻の先なのだ。

唇亡歯寒(しんぼうしかん)の間柄である、東欧諸国へのBETA侵略。

 今、まさに(いにしえ)のドイツ騎士団の姿と自身の立場を重ねる。

蒙古の侵略軍にワールシュタットの戦場で打ち破られた後、その災禍に苦しめられた。

 遠い極東の日本では、勇敢な戦士達によって水際で侵略を防ぎ切ったと聞く。

10万の軍勢を一度の海戦で消滅させた猛者(もさ)

国力盛んなロシア帝国と相対しても、(ひる)まず打ち破った。

 その彼等が、先次大戦の時と同じように我等に力添えをしてくれているのだ。

あの頼もしいゼオライマーという、超大型兵器(スーパーロボット)に、木原という青年が欧州に来なければどうであったろうか……

 美しい山河や、満々(まんまん)(たた)えるバルト海、今暮れようとしている夕日も拝む事すら出来なかったであろう。

 

 

 (しば)し、感傷に浸っていると、車はポツダムに着く。

公用車から降りて、歩いていると声を掛けられ、振り向くとハイム少将であった。

盟友の滂沱の涙に、不安を感じ驚いた顔をして、此方の顔を伺い、

「どうした、アルフレート」と訊ねて来る。

ハイムからの問いに、シュトラハヴィッツは、

「ふと、古の戦士たちを思い起こしていただけさ」と応じる。

彼は懐中より、官給品のハンカチを取り出し、涙の溜まった目頭を、静かに押さえる。

「貴様らしくないな……」

「否定はしない……」

再び、ハンカチを懐中に入れた。

 

 茶色い紙箱のタバコをシュトラハヴィッツの面前に差し出す。

赤い線に白抜きの文字で『CASINO』と書かれた東ドイツ製の口付きタバコ。

「気分転換に、一本吸うか」

タバコを抜き出し、吸い口を潰すと、胸ポケットより取り出した紙マッチで、火を点ける。

目を瞑り、深く吸い込む

「作戦まで2か月を切ったのに、今更ソ連側から書簡とは……」

「呆れて、ものも言えんだろう」

ハイムは、紫煙を燻らせながら答える。

「出征する兵士どころか、その父兄や妻迄心配しているほどだ」

シュトラハヴィッツは、苦笑するハイムの横顔を見る。

「急にどうしたのだ」

「ベルンハルトの妻が、参謀本部に来たのだ」

「あ、あのブレーメ次官の娘御がか……」

思わず唖然とするシュトラハヴィッツを尻目に、ハイムは、

「いや、驚いたよ……。

士官学校の制服の侭、参謀総長に直談判(じかだんぱん)しようと来たのだからな」と続けた。

シュトラハヴィッツは、右の親指と食指で、紫煙の立ち昇る煙草を唇より遠ざけ、ゆっくりと吐き出しながら、深く呼吸をする。

「詳しく聞かせてくれないか」

「良かろう」

そう言うと、男は数時間前の出来事を語り始めた。

 

 

 今より時間は、数刻さかのぼる。

場所は、ポツダムの参謀本部。

朝より雨の降りしきる中、一人の士官候補生の制服を着たうら若い乙女が尋ねた。

婦人兵用の雨衣外套(レインコート)を着て、衛兵と言い合いになっている人物がいると、連絡が入る。

執務室で、今後の作戦計画を練っているときに、気分転換を兼ねて、彼が確認に行くことに成った。

「しかし、連絡も無しに乗り付けるとは、どの様な人物なのかね」

ハイムは、脇を歩く、困惑した面持ちの従卒に尋ねた。

「ベルンハルトと名乗っています」

「例の『戦術機マフィア』の……」

「年は、18,9の娘ですが……」

「私が会って、(さと)して来る。それと……」

 

 灰色の夏外套を羽織り、営門に近づくと、うら若い娘の話声と衛兵のやり取りが聞こえた。

そちらへ足早に進むと、カーキ色のマント型雨衣を着た衛兵の丁寧に説明している声。

「困ります、同志ベルンハルト……。正式な書類が無ければ、御通しすることは出来ません」

「何度言ったら分かってくれるのかしら、私は参謀総長に話を聞きに来ただけ」

件の婦人兵は、軍帽の縁から雨が零れ、漆黒の髪を濡らしている。

白磁の様な透き通った肌色の顔が動き、(うれ)いを帯びた宝玉のような赤い瞳で、身を震わせながら、此方を見る。

 見覚えのある娘の姿を見て、仰天したハイム少将は、

「ブレーメ嬢……、如何したのだね」と驚きの声を上げる。

その言葉を聞いた衛兵は不動の姿勢で、

「同志将軍、ご存じなのですか……」と返答した。

 幾ら雨衣を着ているからとはいっても、春先の冷たい雨……

風邪でも引いて返したら、どうした物か。彼は、一計を案じた。

「彼女は、急用で招いた。別室に通しなさい」

若い娘と話す際には、年の近い女を呼んでおいたほうが良かろうと、

「それと、同志ハイゼンベルクを呼べ。大急ぎで、熱い茶と菓子を持ってくるように伝えてな」

と、自身が秘書のように扱っているマライ・ハイゼンベルク少尉を呼び寄せた。

 

 ハイム将軍が呼び寄せた、マライ・ハイゼンベルクは、どんな人物であろうか。

左目の下にある泣き黒子(ぼくろ)が印象的な、しっとりとした感じの典雅な女性。

ウェーブの掛かった胸まで有るセミロングの茶色がかった金髪に、透ける様な色白の肌。

翡翠色の情感的な切れ長の瞳は、何処か蠱惑(こわく)的。

また婦人兵としては、下卒からの評判もよく、この人に限っては、士官にありがちな(そね)むような蔭口も聞かれなかった。

ハイム将軍は、そんな人物に、ベアトリクスへの茶の準備を頼んだのであった。

 

 そのハイゼンベルクは、紅茶を盆にのせ、ベアトリクスがいる一室に入るや否や、

「グルジア産のお茶ですが、うまくお口にあいますかしら」と持ってきた熱い茶を進める。

(せん)のお茶で、唇を濡らしたベアトリクスは、

「支那茶に似て、赤みが少ない色合いね、その割には渋みもちょうど。所で将軍*3、お話とは」

と、やっと答えて、同時に息をつめていた面々も、彼女の平静な物腰に、まず胸をなでおろした。

安心したハイムは、ゆっくりとソファーへ腰を下ろし、

「私の方が聞きたいくらいだよ」といい、それから、

「君らしくないではないか……、同志ブレーメ」と、静かに微笑して見せた。

ベアトリクスは怪訝(けげん)な表情を浮かべ、

「失礼ですが、同志将軍。既にベルンハルトに嫁いだ*4身です」と答える。

ハイムは申し訳なさそうな表情をした後、

「それは、大変失礼な事をした……、では本題とやらを聞こうではないか」

と、謝罪の言葉を口にし、ハイゼンベルクより熱い茶を茶托事、受け取る。

「既に、地上にあるハイヴはミンスクを除いて攻略済みと(うかが)っております。

ミンスクハイヴ攻略の軍事的意義、政治的意義も理解している積りです。

この期に及んで、ソ連との友好関係を続ける必要があるのでしょうか」

懐より出したシガレットケースから、煙草を取り、

「難しい問題だ……」と、紫煙を燻らせながら、応じた。

 

「もっとも君の父君の関係もあるから知っていよう。

我が国の産業構造上、あらゆる物資をソ連圏に依存してきた。

言い出せば切りがないが……、石油、天然ガス、鉄鉱石、食料品等々。

1973年のBETA飛来以後も、根本的な問題は解決していない」

ベアトリクスは、顔を上げ、

「それに関しては私も長らく疑問には思っていました。

本当に西側社会に民主共和国を引き入れても、その構造を変えない限り、無理ではないかと……。

今のソ連圏への資源依存体制の維持、それはそれとして余りにも危殆(きたい)が高すぎますので」

ハイムは、(うれ)いを帯びた彼女の瞳を見つめながら、

「方策は無いわけではない……、例えば、最新型の原子力発電所を数基作れば電力事情は劇的に改善出来よう。

だが、それ以上は既に政治の問題だ」と答えた。

 先次大戦においてベルリンに核爆弾投下*5の事実を知る者にとっては、彼の発言は危うかった。

東西ドイツの間では、原子力は厄災(やくさい)(もたら)す物質との認識が強かった。

敗戦から33年の時を経て、強烈なまでの反核感情が二か国の間で、醸成(じょうせい)されていたのだ。

 

 

 

 そう話していると、ドアをノックする音が聞こえ、

「入り給え」と呼び掛ける。

「同志将軍、参謀総長がお呼びです」

振り返ると、勤務服姿で直立する軍曹がいた。

ハイムは、立ち上がって軍帽を掴み、

「直ぐに向かう」と応じ、部屋を後にする軍曹を、見送りながら、

「同志ハイゼンベルク、着替えを用意してやったら、適当な時間で返してやりなさい」と、声を掛けた。

ベアトリクスは、他人事(ひとごと)みたいに、

「電話をお貸しいただければ、迎えの者を呼びますから、そこまでの手数は結構です」と返した。

ハイムは右手で、軍帽を被りながら、

「では、夫のユルゲン君に(よろ)しく頼む」と告げ、部屋を後にした。

 

 

 一通り室内で、話を聞いていたシュトラハヴィッツは呆れ果てていた。

愛する夫の為とは言え、参謀本部に乗り込むとは……

士官学校主席の地位を入学以来保っているとは聞くが、些か常識外れではないか。

「なあ、このじゃじゃ馬、何処の部署が面倒見るんだ……。第一戦車軍団では見切れんぞ」

ベアトリクスの天衣無縫の態度に、うんざりした顔つきのハイムは、額に右手を添え、

「下手に頭が良いからなあ、参謀本部で庶務か、通信課にでも放り込むしか有るまい」

と、紫煙を燻らせ、苦笑いを浮かべるシュトラハヴィッツの問いに答える。

「既婚者だから、正直扱いに困るだろう。一層(いっそ)の事、例のとてシャン*6に投げるか」

「ハイゼンベルクは、参謀本部で雑務をやってるが、確かにいい娘だ。皆に心底慕われてるのも分かる気がする」

シュトラハヴィッツは、いまさらみたいに、

「否定はしない」と、驚いたさまだった。

 

 その時、室内の電話がけたたましく鳴り響くと、受話器を取る。

「こんな時間に……」

シュトラハヴィッツは、黙って頷いていた後、静かに受話器を置くと、深い溜息をつく。

「情報部から連絡だ。未確認ではあるが、ソ連船籍と思われるタンカー数隻がケーニヒスベルクより出港したらしい」

「何かするつもりか。これは(あなど)れんぞ」

彼は、(かぶり)を横に振る。

「まだ分からん。そのまさかでは無い事を祈ろうではないか」

 

 

 

 

*1
バイカル湖の東側の地理区分の事

*2
1936年のソ蒙相互援助議定書以降、外蒙古にはソ連軍が駐留していた

*3
東ドイツでは大将以下の将官は、まとめて将軍と呼ばれた

*4
ドイツでは伝統的に姓は一般的に夫の姓を名乗る慣習があり、社会主義下の東独でもその慣習は尊重された

*5
マブラヴ世界では4発の原子爆弾がドイツに投下された

*6
とっても美しい女性を指す言葉。シャンは独語で美人の意味




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