冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
一方、ソ連赤軍はゼオライマー獲得の為に、虎の子のヴォールク連隊に出撃を命ずる。
ここは、早朝5時の東ベルリン。
東独の国家人民軍がソ連の対応で大童になっている一方、ソ連軍基地は静かだった。
市内にある第6独立親衛自動車化狙撃旅団本部の一室で怪しい影が
そこでは今まさに、戦術機隊幕僚であるユルゲン・ベルンハルトに関する密議が凝らされていた。
「すると、ベルンハルト中尉を我等に引き込むと仰るのですか」
「あの男は殺すに惜しい。使いをやって我が方に迎え入れたい」
KGBの秘密工作員でもある、エフゲニー・ゲルツィン赤軍大佐は、
「そこでだ。手練れを送って、ベルンハルトの私宅を訊ね、妻を
妹と一緒であれば上出来だ。さすれば奴も話し合いに応じよう」
ユルゲンたちがソ連の不審船に対応してる隙をついて、ベアトリクスの誘拐を命じたのだ。
「了解しました。同志大佐」
KGBの工作隊は、ベルリンと言う事もあって商人服*1に着替え、
「美丈夫の妻と妹を引き合わせましょうぞ」と大佐に語り、意気揚々と出掛けて行った。
まだ、6時にもならない時間だというのに、ベルンハルト邸の呼び鈴が、連打される。
士官学校に行く準備の為に、シャワーを浴びていたベアトリクスは、呼び鈴の音に慌てた。
大童で、士官学校の制服姿を着こみ、玄関に向かう。
髪も乾かぬ内に、ドアの隙間から、そっと覗く。
ドアの前に立つ男の仕度は、季節外れの分厚い冬外套に、ホンブルグ。
怪しげに思うも、慌てたせいか、ドアの内鍵をしないまま対応してしまった。
不気味な男は、いきなりドアを全開にして、
「奥方、御主人と妹さんは何方に……」と、ベアトリクスに訊ねるも、
「随分たどたどしいドイツ語ね。貴方、ソ連人でしょ」とロシア語で返した。
男は、出し抜けにアッハッハッハと大笑いし、
「へえぇ、お若いのにロシア語*2がこんなに出来るとはね」と不敵の笑みを湛えた。
その時、おり悪くアイリスディーナが現れ、
「ベアトリクス、誰か来たの」と、灰色の制服姿で声を掛けた。
咄嗟に振り向いたベアトリクスは、
「110番*3!今すぐに」と大声で、指示を出した。
指示を受けたアイリスディーナは、即座に、
「怪しい男が来て、姉と言い合ってるんです」と人民警察に電話を入れた。
そして、裏口から駆け出して、近くの車の中で護衛の任務にあたっているデュルクに声を掛け、
「デュルクさん、怪しいソ連人が……」と言い終わらないうちに、無線機で周辺の護衛に、
「緊急事態発生」と告げるや、スコーピオン機関銃*4を車のトランクから取り出し、
「アイリスディーナ様、行きましょう」と、彼女を車に乗せ、表側に回った。
ここで、ヨハン・デュルクという人物について語っておこう。
彼は、東独軍唯一の特殊部隊である、第40降下猟兵大隊の出身。
第40降下猟兵大隊は、特殊任務や落下傘降下の他に、党幹部や閣僚の護衛任務も任された。
デュルクは、軍に在籍中は狙撃手で、夜間警戒任務に優れた成績を残した。
そして、自然と『兎目のデュルク』とあだ名され、大隊の兵達から畏怖された。
身丈はそそり立つ山の様に大きく、また屈強な肉体は引き締まった痩身であった。
アベール・ブレーメのたっての願いで、ベアトリクスの身辺警護責任者の立場に就く。
10年近く、彼女の傍に仕え、全幅の信頼を得た人物でもあった。
送り込まれたKGB工作員は、そんな精鋭が護衛しているとも知らず、任務を侮っていた。
東ドイツは、昔と変わらず、今もソ連の為すがままの国家。
だから、今回の事件もKGBがシュタージを叱れば、もみ消せる。
そう思って対応した。
だが、ソ連に阿諛追従したホーネッカー*6もミルケもすでに権力の座には居ない。
KGBが一から育てた対外諜報部門責任者のミーシャ*7も、
そして一番の間違いは、シュミットが鬼籍*8に入った事を忘れていた事である。
シュトラハヴィッツ少将が関与した無血クーデターによって、全てが変わっていたのである。
一事が万事、スローモーな、お国柄であるソ連と違って、せっかちなドイツと言う事を忘れ、
「そんなこと言わずに、どうか一緒にソ連に行きましょうよ」と説得していたのだ。
相手が、祖父の代から、ソ連と
出来れば、無傷で連れて行き、ゲルツィン大佐の前に差し出したい。
そしてあわよくば、この小娘を褒美として我が物に出来るのではないか。
そんな
「さあ、どうぞ、我等が迎えの車で、ソ連軍基地へ」
男は、ベアトリクスの左手を両手で包んだ。
美しい瞳がカッと見開かれて、そのまま凍り付いた。
「嫌っ。私は人妻よ。見ず知らずの人に誘われて、そんな所などへは、行けません」
と、思いっきり、掴まれた手を振って、叫んだ。
「いや、放してっ」
「まあ、良いじゃないですか。
たしかに見ず知らずとおっしゃるが、私と一緒に行けば知らぬ場所ではありますまい。
それに、夫君も後からお呼びしますから」
「主人の客か何か知らないけど、さっさと帰って、帰って頂戴!」
込み上げて来る憎悪を隠そうともせず、ヒステリックに叫んだ。
「確かに誰しも、初めのうちは、嫌がりますが、一度、違う世界を知れば、驚くものですよ。
私が、本当のロシアというものを、お見せしますよ」
「馬鹿っ。変態」
憎悪にも似た恐怖が込み上げて、ベアトリクスは男の横面を激しくひっぱたいた。
「貴女のその美しい手で、私の頬を打つとは……では報いて差し上げましょう」
不敵の笑みを浮かべた男は、グッと力を入れて、ベアトリクスをドアから引き離そうとする。
「誰か!」
正に、近隣から軍の護衛が駆け付けた時、ベアトリクスは
デュルクは、サッと機関銃を取り出すと、半自動にして引き金を引いた。
爆音が、早朝のパンコウ区に響き渡る。
KGB工作員の男は、忽ち驚いて、周囲を見渡した。
警官たちが、手に手にバラライカ*9やPP拳銃*10を持ち、住宅街の周辺を通せんぼしている。
しかし、KGB工作員は、相手の群れに度胆を抜かれてしまった。
玄関から退いて、道路の奥に止めてあるソ連製のチャイカに逃げ込むも、あえなく御用となった。
この事件は、たちまち、早朝の官衙に広まった。
閣議を開いていた政治局員たちの耳に達するや、議長はアベールを通産省から呼んだ。
「なあ、アベール。お前さんの娘たちは、少し不用心過ぎたんじゃないか」
と、紫煙を燻らせながら、訊ねるも、アベールは、おもしからぬ顔をして、
「護衛はユルゲン君が、たっての願いで、減らしたのだがね……」と嫌味を言った。
議長は苦虫を嚙み潰したような顔をして、
「あの馬鹿者が……、手前の女房を危険に曝すとは。後で俺から叱っておく」
と、息子の様に思っているユルゲンの代わりに、頭を下げた。
さて、その頃、ハバロフスクでは、赤軍最高司令部の面々が密議を凝らしていた。
秘密の会議所の中に、上級大将の机を叩く音が響き渡る。
「たかが一機に、何時まで手間取っているんだ」
一向に変化のないゼオライマーへの対応に苛立った国防大臣は声を荒げ、
「この上は、ヴォールク連隊を持って対応する」と、周囲の者を叱責した。
食指を、傍らに立つ赤軍参謀総長に向け、
「一刻も早く、ゼオライマーを鹵獲しろ」
「同志大臣、御一考を……」
参謀総長は、大臣の面前に体を動かすも、大臣は、じろりと両目を動かし、
「我がソ連邦には、ブルジョワ諸国の様に精強部隊を遊ばせておく余裕はない……」
参謀総長の顔を覘き、言外に参謀総長へ、揺さぶりをかけた。
「君は、もっと物分かりの良い男だと思っていたのだがね……」
「ハイヴ攻略は……、
椅子に踏ん反り返る国防大臣は、彼の方を
「
君の意見ではそうではなかったか……」
男の言葉に、参謀総長は苦渋の色を滲ませ、
「ゼオライマーに関し、今まで君に一任してきたが何一つ成果が上がらなかったではないか。
本件は、これより私の采配で自由にさせてもらう」と、再び右手を挙げて、食指を指し示す。
「生死の如何は問わぬ。木原マサキを引っ立てて参れ!」
ゼオライマーの
参謀総長は挙手の礼で応じた後、
早速、ハバロフスク空港内にある空軍基地に命が下った。
会議室に集められた衛士達に、
「総員集合!」と、声が掛かり、強化装備姿の部隊長からの訓示がなされた。
空襲警報が鳴り響き、遮音加工の施された室内まで聞こえる
「これより
市中への着弾被害は無視しても良いと政治委員から助言があった」
一人の衛士が、
「隊長、鹵獲が困難な場合は……」と隊長に訊ねると、苦笑交じりに答え、
「操縦席ごと打ち抜いてよいとの許可は既に下っている。
相手は一機だ、存分に暴れろ」
衛士の一人は、
「この戦いに意味はあるのか」と、思い悩んだ。
管制ユニットに乗り込もうとした時、胸にある十字架が風に揺れ、思わず手で掴む。
BETA戦を戦い抜いてきた手練れの兵士、その投入に疑問を覚える者はいなかったのか……
そう自問しながら、顎につけられた通信装置を起動し、網膜投射を作動させる。
男は、視野を通じて脳に伝達される情報を確認し、駐機場より滑走路に機体を動かす。
敵の武装は未だ不明……
一説には、小型核を装備した大型戦術機との噂を聞いたほどだ。
撃破すれば、十分な解析も出来よう。
跳躍ユニットの推進装置を吹かしながら、滑走路上で匍匐飛行の準備を取る。
勢いよく離陸すると、揺れる座席の中で静かに神に祈った。
市内で立ち竦むゼオライマーの姿を一瞥すると、手に構えた突撃砲が呻らせた。
暗闇の中を標的目掛けて雨霰と砲弾が降り注ぐ。
曳光弾が、まるで一条の光が線を引くかのごとく駆け抜けていった。
市街地の大半は、既に火の手が回り、列をなして逃げ回る避難民の群れが道路を埋めていた。
乗り捨てられた乗用車やバスを気にせず突っ込んできた戦車隊は、所かまわず盲射する。
唸り声をあげながら火を噴く、重機関銃。
彼等は、ゼオライマーではなく市民に向けて発砲したのだ。
斃れた市民を踏みつける様にして、戦車隊は市中へ前進する。
東部軍管区ビルの屋上に、やっとの思いでたどり着いたマサキ達。
弾薬納より取り出したダハプリズム式*11の双眼鏡で、市街の混乱する様を、眺めていた。
思わず、ふと苦笑を漏らす。
退避する市民が居てもお構いなしに対空機関砲や突撃砲を連射するソ連軍……
前世に於いて、富士山麓でゼオライマーに乗り、八卦ロボと戦った時を思い起こす。
敵の注意を引くために避難民が居る中で戦闘*12をしたことがあった。
自分も決して他者の人命を尊重する方ではないが、この様には他人事とは言え、呆れ果てた。
飛び交う弾丸に身を屈めながら、彼は周囲を伺う。
砲声はいよいよ近くなって、時々思いもかけぬ場所で炸裂する音が響き渡る。
盲射するソ連赤軍の弾は、間近に落ちてきている。
何れは、ここにも着弾しよう……。
脇に居る鎧衣に、声を掛け、
「茶番は終わりにするか……、ここから飛ぶぞ!」
鎧衣は、その様な状況の中で顔色一つ変えず、マサキの方を伺う。
手早く双眼鏡を弾薬納に戻したマサキは、顔を上げて脇に居る鎧衣を一瞥する。
頭から粉塵を被りながらも、身動ぎすらしない……
鎧衣は、思い出したかのようにひとしきり笑った後、
「ソ連赤軍の包囲網の中央を踏破するか……、久しぶりに沸々と血が
と告げ、つられるようにしてマサキも哄笑し、
「貴様には、こんなしみったれた場所で野垂れ死にされては困る。
俺を玩具にしようとしている馬鹿共……、例えば将軍や五摂家、武家。
奴等にゼオライマーの恐ろしさを余すところなく伝える義務があるからな」
と、言うや、ズボンのベルトのバックル部分に内蔵した次元連結システムを起動する。
ベルトから広がる閃光と共に彼等の姿は一瞬にして消え去った。
第39話の
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