冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
激高した彼の起こした騒ぎは、あらぬ方向へと進んでいく。
一方、ユルゲンを我が物にしたいゲルツィン大佐は、大胆な行動に出る。
マサキ達が、ハバロフスクで暴れている頃、ユルゲンたちはどうなっているのだろうか。
視点を再び、東ドイツに移してみよう。
同市近郊のヴァンペン・シュトランドにいる、第一戦車軍団の先遣隊は、混乱していた。
ソ連KGBの特殊部隊と戦闘中、謎の電波障害が発生し、戦術機の通信機器が全て機能停止。
すわ、通信妨害かという事で、現地部隊の判断で行動が進められた。
ユルゲンは
混乱し、投降したソ連兵を一か所に集め、負傷兵を担架で運ぶよう指示を出した折の事である。
「
誰かにロシア語で、声を掛けられたユルゲンが、ちらりと顔を向けると、
「だがKGBを舐めるな……例え風呂場であろうと、
地獄の底まで追いかけて行って、その首を掻き切ってやる」と、蒙古訛りで、
罵倒を発した辺りに、ユルゲンが近づくと、両腕を縛られた小太りな蒙古系のKGB工作員が、
「やい色男*4、今に見ていろ。貴様の妻や妹を、散々に可愛がってやるよ。
泣いて
と、酒の匂いを漂わせながら、悪態をついた。
その言葉で、途端に
「黙れ、
遠くより駆け寄る音が聞こえるも、持ち替えた左手で掴み上げ、
「
と、拳銃嚢に右手をかけるも、後ろから腕を捕まれる。
「離せ、ヤウク。この
「ユルゲン。君が、その
と、諦めるように諫めた。
ユルゲンは、苛立ちを込めて、持っていた左手から蒙古人を突き放す。
直後、蒙古人はヤウクの顔面に目掛け、唾を吐きかけ、
「ハハハ。
「なあベルンハルト、お前が黒髪のかあちゃん*7は、気に入ったぜ。
色っぺえ体からすると、きっととんでもねえ、すべた*8
激情を隠さないユルゲンを見ながら、
「ここ最近は、すっかりご無沙汰だったから、俺が、たっぷりと
と、うそぶいて見せた。
18歳ながら、どこか
末端のKGB工作員が、
ユルゲンは、得体の知れぬ寒気とともに、全身の血が逆流するような感覚に陥る。
蒙古人の方に体を向けるが、背中から両腕を回し、同輩にしがみつかれ、
「
青白い顔色をして、
「離れろ。貴様に……」と、ユルゲンが、あわやピストルを抜こうとした矢先。
「同じ条約機構軍の兵士だからと言って容赦しない。上官への侮辱……、覚悟しておけ」
と、声と共に、蒙古兵は
ヤウクは、背後から蒙古人を殴られる様を見るや、途端に
「クリューガー曹長。君は、なんてことをしてくれたんだね」
と、悲鳴を上げ、ヴァルター・クリューガー曹長に駆け寄った。
間もなく憲兵を引き連れた、少佐の階級章を付けた男が、
「貴様等、ジュネーヴ条約*10違反*11だ。全員、
灰色の折襟勤務服姿の政治将校*12は、官帽を被った白髪の頭を向け、
「大体、同志ベルンハルト。君は問題を起こし過ぎだ。言動も志向もあまりにも反革命的すぎる」
と、銀縁眼鏡の奥にある目を、光らせながら、
「大体議長の秘蔵っ子だか、通産次官の婿だか、知らんが……。余りにも身勝手すぎる」
と、腰のベルトに通した茶革の拳銃嚢からマカロフPM*13を取り出し、彼に向け、
「状況によっては暴力をも使わざるを得ない……」と、
ユルゲンは、嚇怒する男に、不敵の笑みを浮かべ、
「説得できないからと言って拳銃を取り出して、恫喝ですか……。少佐殿」
と、煽られた男は、青筋を立てて、身震いしながら、
「今の言葉を取り消したまえ。続けるようであれば、抗命と見做す」
と言い放つも、ユルゲンは、さらに追い立てる様に、
「政治局本部も、随分と質の低い人間を昇進させたものですな」と、乾いた声で哄笑した。
ユルゲンたちが起こした騒ぎは、次第に大きくなり、その場だけでは済まなかった。
見物人は、第一戦車軍団を支援に来た第三防空師団や、近くの海軍基地の兵士たちの姿も。
いつしか、ユルゲンたちを囲んでいた憲兵は、騒ぎを収めようと持ち場を離れてしまった
ちらりと、脇に目をやると、件の蒙古人は既に誰かによって、連れ出されていた。
「君が良からぬことを企んでいるのは分かっているぞ、同志ベルンハルト。
略式だが軍法……」
男がそう言いかけた直後、周囲の人垣が綺麗に分かれていく。
官帽を被り、灰色のオーバーコートを着た人物が歩いて来る。
金銀の刺繍が施された肩章に、赤地の襟章を付けた、空軍将校服を着た男が、
「同志ベルンハルトと同志ヤウクは俺が預かる。文句はあるまい」
と、烈火の如く怒る政治将校に声を掛けたのだ。
声の主は、第一戦車軍団を支援しに来た第三防空師団長であった。
将官からの言葉*14に、さしもの政治将校も席を蹴り、
「やんぬるかな」と、去り際に
さて、第三防空師団本部まで連れられたユルゲン達は、師団長室に呼ばれていた。
ユルゲンは、かつて所属した空軍の将軍に、
「有難う御座います、同志将軍」と、感謝を意を表した
男は咥え煙草のまま、
「空軍士官学校創立以来の問題児の面がどんなものか、拝んでみたくなっただけよ」
と、言って、煙草を差し出し、ヤウクは一礼すると受け取った。
ユルゲンに向かっても進めたが、左掌を見せ、
「戦場帰りってのに、タバコはやらんのか」と、断るユルゲンを、珍しがった。
ふとヤウクが、
「これで酒をやらねば、いい男なんですけどね」と漏らす。
師団長は、ユルゲンの
「高いウィスキーを持ち込んで飲むのは気を着けろ。何処でだれが見てるか分からん」
と、苦笑する。
アベールに留学記念に貰ったスコッチ・ウイスキーを、勤務中に4人組で飲んだ件。
大分前の話とは言え、知れ渡っていたとは……。ユルゲンは身の凍る思いがした。
「美人の女房に、ちょっかいを出す*15と言われれば、腹が立つのは分かる。
だが、君も15、6の少年志願兵ではあるまい。仮にも戦術機実験集団を預かる隊長」
灰皿にタバコを押し付けて、もみ消し、
「その辺の分別が出来ぬ様では、高級将校には上がれない。
岳父の期待に沿う人間になり給えとは言わんが、もう少しは士官学校卒らしく振舞い給え」
男は立ち上がると、椅子に腰かけた彼等に向かって言い放つ。
「風呂に入って着替えた後、少し休んでから帰れ。
軍団司令部には、俺から話を着けて置く。
何時までも、そんなボロボロの強化装備姿で居られては困るからな。
通信員の目の毒だ」と、言って、男は部屋を後にした。
確かに、この男の言う通りであった。
師団本部に連れてこられた時、婦人兵がユルゲンたちを一瞥すると頬を赤らめた。
その事には、彼等も気が付いてはいたのだが、敢て知らぬ振りで通したのだ。
部屋を去る男に、ユルゲンたちは深々と頭を下げた。
さて二人は、軽くシャワーを浴びた後、師団長室で昼過ぎまで仮眠した。
真新しい下着と野戦服に着替え、久しぶりに温かい食事を楽しむ。
そんな折、ドアが開くと、食事する手を止め、立ち上がり敬礼をする。
ドアを開けて入ってきたのは、野戦服姿のハンニバル大尉で、
「30分後に出発だ」
「同志大尉、今回の通信遮断の件は」と、挙手の礼をしていた右腕を下げ、
「まだ未確認ではあるが、多量のガンマ線が検出された。
参謀本部では高高度で実施される核爆発、詰り電磁パルス攻撃の可能性が示唆されている」
ハンニバル大尉は、ラッキーストライクを懐中より取り出しながら、告げる。
両切りタバコを箱から口に咥えた後、ヤウクに差し出し、
「それじゃ、部分的核実験禁止条約*16を一方的に破棄したと……」
ライターで火を点けると、紫煙を燻らせながら、ユルゲンの瞳を見た。
「ソ連からの通告も、政府発表も無い。
赤い星*17やプラウダ*18イズベスチヤ*19両紙にも、全く関連記事が無い」
脇に居るヤウクは、黙ったまま、紫煙を燻らせる。
「と言う事は、現場の暴走ですか」
ユルゲンの言葉を受け、大尉の碧眼が鋭くなり、
「考えられるのはソ連国内で政変があったのか、或いは……」
彼は、突っ込んだ質問をしてみることにし、
「東ドイツを地図上から消そうとしたと言う事ですか」
大尉は、黒革バンドの腕時計を覘いた後、顔を上げ、
「想像もしたくはないが、その線も否定はできない」と、紫煙と共に、深い溜息を吐き出す。
灰皿で、タバコをもみ消し、
「あと未確認情報だが……、ポーランド政府が米空軍の基地使用を許可したそうだ。
長距離爆撃機の中継地点という名目でな」と、告げた。
ユルゲンは、顎に左手を触れながら、
「本当ですか」と、訊ねた。
「取り敢えず、詳しい話は帰ってからだ。参謀本部から直々に訓令がある」
いよいよ、米空軍の戦略爆撃機が、白ロシアに投入されるのか。
多数の命を吸ったソ連共産党が、この地上より消え去るのも夢ではない。
そんな希望が、心の中に湧いてくるのを実感し始めていた。
今は最後の準備期間なのだと、戦いの火蓋が切られるのを待つばかり。
ユルゲンは、
ソ連襲撃事件の日は、何事もないかのように夜が更けていった。
だが、ベルリンから南方40キロのヴュンスドルフ*20では、夜陰に紛れ、怪しい人影が
数名の男達が、ドイツ駐留ソ連軍総司令部*21の執務室に、武装してなだれ込む。
執務机の椅子に座る灰色の将官服姿の総司令に、工作員から銃が付き付けられる。
機密文書を読むイワノフスキー*22総司令官は、椅子から身を乗り出し、
「ゲ、ゲルツィン!」と、老眼鏡越しに、
「き、貴様等、何のつもりだ……」と、男を
KGB特別部の工作員を引き連れたゲルツィン大佐は、挨拶代わりに軍帽を脱ぎ、
「ソ連の主人公は誰か。教えに来たのさ」と、
既に司令を取り囲む様に、KGB工作員が居並んでいる状態だった。
「我々は、党指導部の人形じゃない……」と、消音装置を銃口に付けると、遊底を強く引く。
「KGBこそが、ソ連を動かしていると……」
ゲルツィン大佐は居並ぶ兵士に、檄を飛ばし、
「諸君!
ピストルを勢いよく司令官の左の
「ど……、同志ゲルツィン……」と叫んだ。
その刹那、拳銃の遊底が前進し、9x18ミリ弾の薬莢が宙を舞う。
イワノフスキー総司令官は、衝撃で顔を歪めると、右側に崩れ落ちた。
椅子事、後頭部を叩き付ける様に倒れ込むと、床に血の海が広がった。
その様を見ながら、唖然とする周囲を余所にゲルツィンは、
「東ドイツの連中への手土産は、用意できた……」と、続けた。
彼の脇に、すっと中尉の階級章を付けた男が近寄り、
「同志大佐。無血で駐留軍を我が物にするという話は、駄目でしたな……」
男はゲルツィン大佐に、黒いゲルベゾルテ*23の箱を差し出す。
ゲルツィン大佐は、差し出された箱より、両切りタバコを取り、
「オレは、
酌婦のように火の点いたライターを差し出して来る男に、顔を近づけ、
「司令の首を持参して、シュトラハヴィッツ少将との交渉の入り口づくりをする」
一頻りタバコを吹かした後、ふうと紫煙を吹き出し、天を仰ぐ。
大佐は、左手の食指と中指でタバコを挟んだ儘、
「ベルリンのドイツ軍参謀本部に挑戦状を入れて置け……。
連絡の文面は……、次の様に書け。
『同志ユルゲン・ベルンハルト中尉へ……同志エフゲニー・ゲルツィンより』
以上」と指示を出した。
男の合図とともに、連絡要員が通信室に駆け込んだ。
「同志大佐からの命令だ、基地から戦術機部隊を回せ」
総司令部から連絡で慌ただしく出撃準備が始まる。
滑走路に数台の戦術機が居並び、跳躍ユニットのエンジンが吹かされる。
そのうちの一機の手に握られているのは、20メートル近くある二本の旗竿。
それぞれには、軍艦に掲げられる大きさのソ連国旗と白旗。
国家間の交戦規程を記した『ハーグ陸戦条約』32条に基づく措置であった。
強化装備姿の男達が駆け込んでくると、管制ユニットに滑り込む様にして乗り込む。
轟音と共に戦術機はベルリンへと向かった。
2022年12月8日以降は、毎週木曜日5時更新にさせて頂きます。
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