冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 東独首脳に降伏勧告を示す、ゲルツィン大佐。
ユルゲンは、変わり果てた恩師の様に、衝撃を受けながらも、行動に出る。
ゲルツィン大佐は、事の決着をつけるべく、愛弟子(まなでし)ユルゲンに一騎打ちを申し出た。



膺懲(ようちょう)(けん) 後編(旧題:恩師)

 払暁(ふつぎょう)のゲルツィン大佐の暴挙は、まもなく共和国宮殿の会議室に、伝えられた。

「な、何!ゲルツィン大佐と名乗る男が……司令の首を持って現れただと!」

伝令の言葉に国防大臣は驚愕の声を上げるも、

「同志大臣、ゲルツィンだけじゃありません……ソ連軍の戦術機が参謀本部に」

困惑する国防大臣を余所に、訝しんだシュトラハヴィッツ少将が、

「ゲルツィンは、カシュガル帰りの衛士です。しかし妙ですな」

議長は、是非ない顔して、

「どういう事だね」と問いただすも、シュトラハヴィッツは、

「パレオロゴス作戦の実施延期も中止も決まってないうちに、なぜソ連赤軍が敵対的な行動をとり始めたかです。

もし、指導部への工作なら今年の3月の時点でKGBが失敗しています。

ですから、時機を逸していますし……」

また、奥に居る議長に向かって、

「今のBETA戦争は、レンドリースがあって、初めて為し得るもの。

ハンガリーを通って、兵力をソ連領内のウクライナに戻すことは可能でも、逆は無理でしょう。

既に米軍は、ポーランド駐留を決定していますし、また国際世論が許しますまい」

内相は、議長の問いに、

「人民警察でも、このところ、駐留ソ連軍の動きには目を配っていました。

ですが、今日の事件まで、その様な兆候は認められませんでした」と応じた。

上座に座る議長は、色()めた顔で、重い口を開き、

「万が一にも、ここでKGBの反乱でも起きれば……」

と言い終わらぬ内に、内相が重ねる様にして、

「14年前のフルシチョフ追放の宮廷クーデターですか。

あの時も、KGBが絡んでいますし、今回の駐留ソ連軍の件も、その線は否定できますまい」

「嘗ての改革派、コスイギン*1首相もKGBが後ろに居ることを知り、翻意したからありうる」

と告げ、立ち上がり、

「どちらにしても、ゲルツィンの狙いが判らぬことは確かだ。

早速だが、シュトラハヴィッツ君、出迎えの支度をしてくれ」

「では、後ほど」

シュトラハヴィッツは、軍帽を被って、大広間に行った。

 

 

 シュトラハヴィッツは、共和国宮殿に通されたゲルツィンの事を、先頭に立ち、案内して行く。

白い大理石に、全面をブロンズミラーガラス張りの、真新しい建物の大広間を進む。

3月のKGB部隊の襲撃の影響か、所々に鉄帽(ヘルメット)防護服(ボディーアーマー)姿の兵が居並ぶ。

議場まで通ってくると、開かれたる扉のかたわらに、黙然、出迎えている将校の姿があった。

ゲルツィンは、一人の人物を認めると、はたと足を止めた。

その人も、凝然(ぎょうぜん)と、彼を見まもった。

「もしや……」

 ゲルツィンが探し求めていた、ユルゲン・ベルンハルト、その人であった。

東欧諸国の派遣部隊と一緒に、遠くモスクワからクビンカ基地へ来た頃の、訓練時代のお互いの姿や、教導の様が、瞬間、二人の胸には込み上げる様に思い出されていたであろうか。

ゲルツィンの大きな手が、肩に乗った重さに、ユルゲンは体中がじんと熱くなった。

「ゲルツィン教官、この国へ、何時お見えになられましたか」

「ベルンハルトよ……、見ちがえる程になった」

「教官も……」

ユルゲンは、東独軍の戦術機隊長の立場に返って、うやうやしく敬礼をした後、

「ゲルツィン教官、いずれ、詳しく話しましょう」と、立ち去った。

 

 大会議場に差し招いた議長は、開口一番、ゲルツィンに、

「ご用向きの要旨をさきに伺おう。この度、ドイツへ忍んで来られた事の仔細は」

と問いただすも、ゲルツィンは胸を張って、

「ずばり、戦争の回避です」と、堂々と演説した。

「この期に及んで、戦わずに、しかも平穏にすむ、良い計策があるといわれるか」

「そうです」

「それは」

「降服するのです」

「降服」

「軍衣を脱ぎ、基地を捨て、国土を提供して、恭順を示す。

この国の全てを、我が党の処分にまかせる以上、同志書記長とても、そう無体な事は、なさらないでしょう」

ゲルツィンは、喜色満面に、

「KGB長官のお考えとしては、BETA戦争の完全勝利の為には、独裁体制が必要なのです。

まず、手始めとして、全世界のソビエト化をしなくてはいけません。

その際、ファシスト共や一部、世界銀行家の連中には、歴史の中に消えて貰います。

人類を救うために、多少の犠牲は必要なのです。

いかがでしょうか。そのお話、ここにて御確約を頂けませんか」と、たたみかけ、

「そして、KGB自体が、BETAに対する膺懲(ようちょう)(けん)となるのです」と、豪語した。

「伝言は確かだと信じよう。しかし、そのお求めには応じかねる」

「えっ」と、ゲルツィンはがくとしたように、胸を張って。

「お聞き届けは、いただけませんか」

「おろかな問いを」

 

議長は、しずかに、顔をゲルツィンの方に向け、

「同志ゲルツィン。こちらは私の暗殺未遂、しかも戦術機まで持ち出して。

おまけに大使館前で護衛に付いていたアスクマン少佐まで撃たれた」

手前の椅子を引っ張り出すと、それに踏ん反り返る様に腰かけ、

「こちらは、ソ連の人間を標的に掛けてないのに……」

ゲルツィンは、眼をみはって、

「これは異なことを……。

我がソ連は、一度として、ブルジョア諸国やファッショ政権に叩頭した歴史はありません」

と、言いやるも、奥に居たユルゲンは、その一言を聞くや、たまらず、

「おことばですが」と、額には玉の汗を掻きながら、彼はしずかに、

「では、その見解を改めてもらいましょう……」と、笑みを湛え、堂々と答えた。

 

 その場に衝撃が走る。

ゲルツィンの護衛は、慌てふためいた様子で、

「何だと!」と、一斉に声を上げ、発言の主である青年将校を見つめた。

ゲルツィンは、額に深い皴を刻みながら、

「となると……結末は一つか。残念だな。同志ベルンハルトよ……」

と、ユルゲンの問いに答えるも、ゲルツィン大佐の副官が立ち上がり、叫んだ。

「懲らしめてやりましょうよ、同志大佐」と顔に(あざけ)りの色を浮かべ、

「この小童どもに駐留軍30万*2の力を見せつけてやれば、寝ぼけた頭も冷めるでしょう」

と、ユルゲンをねめつけた。

 

議長の脇に居るシュトラハヴィッツが、不敵の笑みを浮かべ、

「此方には、東欧諸国が付いている事をお忘れなく……」

と暗に、東欧からの、軍事支援の準備が有る事を匂わす。

 

 はっと、色を変じながら、ゲルツィンが不意に立ち上がった。

「同志ベルンハルト!」

血走った目の浮かんだ、青白い顔を、ユルゲンの方に向け、

「何も国を挙げての戦争をする必要はない……ここで二人で決着をつけるのも方法の一つだ」

紙巻きたばこを取り出すと、火を点けた。

ユルゲンは、不敵の笑みを湛え、

「お望みならば……」と、一言告げると、ゲルツィンは、薄ら笑いを浮かべながら、

「その意気買った。サーベルだけでの一騎打ち。無論自前の戦術機でな」

と、勢いよく左手の手袋を外すと、ユルゲンに向かって、放り投げた。

それは、正しく、決闘の申し込みの合図であった。

 

 かつて、広く西欧文化圏では、神前での決闘が、裁判の一手法であった。

中世にあっては、貴族層の特権であったが、市民革命で、その意味合いは変化する。

(みずか)らの名誉をかけた物へと、変化した決闘は、王侯貴族のみならず、市井の徒に広まった。

19世紀末まで、西欧のみならず、米国やロシアでも盛んにおこなわれた。 

 古色蒼然(こしょくそうぜん)たる、一騎打ちの申し出。

それは、もうとっくの昔に、廃れ果てた物に思えた。

まるで、中世の騎士時代に、引き戻す様な、ゲルツィンの誘いに、引き込まれていくユルゲン。

神妙な面持ちで、手袋を拾い上げると、ゲルツィンに差し出した。

 先程まで平静さを保っていたカッツェは、その時ユルゲンが目を逸らした程、驚愕の色を表し、

「バカ、止めるんだ。そ、そんな事っ……」

ユルゲンは、おもむろに手を挙げ、カッツェの事を制すると、不敵の笑みを湛える。

「もし議長の名代の私が勝ったら、貴方方はベルリン……」と、するどく呼びかけ、

「否、ドイツ全土から引き揚げる覚悟を持ってもらいたい」

その言葉を聞いた、大佐は、紫煙を燻らせながら語り掛け、

「ほう、面白い。ならば決着がつくまで、ベルリンには手を出さない確約はしよう。

明日の正午、場所はロストック軍港だ。楽しみに待っているぜ」

ゲルツィンは、そう言い残すと、ソ連将校団を引き連れ、去っていった。

 

 

 まもなく、ゲルツィンたちが引き上げた宮殿に、一人の人物が、訊ねた。

党幹部で、経済企画委員会に名を連ねる、通産次官、アベール・ブレーメである。

議長は、一室に差し招き、そこで密議を凝らした。

 アーベルは、被っていた帽子を脱ぐや、開口一番、

「今回の件は、わざわざゼオライマーへの対策と称し、核ミサイルまで持ち出した。

核の操作権を握っているのは、議長、国防相、参謀総長。

だが、その首を挿げ替えるのは、容易ではあるまい……」

 ソ連の核ミサイル発射手順は、議長と国防相と参謀総長の3人に最終決断の権限があった。

万が一に備え、3人の内の2人が揃えば、起動出来るシステムで、核の脅威は消える事は無かった。

「とすると、KGB長官が裏で準備をし、議長までをも動かした」と、驚くようなことを口走った。

 男は、アベール・ブレーメの発言に血相を変え、

「何ぃ、ソ連書記長が、操り人形だってのか」

ソファーに、深々と腰かけるアベールが、告げる。

「ゲルツィン大佐という、怪しげな男の暴走……」と、黒縁眼鏡を、右手で押し上げる。

「シュミットの様な小物が首謀者ではない。何か、大掛かりな仕掛けがあるはずだ。

でなければ、わざわざユルゲン君のソ連時代の教官を密使に仕立て上げる必要もあるまい。

KGBの組織や細胞*3が健在だったら、あり得ない。そう考えると辻褄が合うではないか」

「じゃあ、仮に最高指導者が傀儡(かいらい)というのなら、誰がソ連を操っているのだ」

ふと彼は、冷笑を漏らす。

「考えてみ給え」

右手をスラックスの側面ポケットに入れ、中より「CAMEL」のタバコを取り出す。

「『ハンガリー動乱』の折、フルシチョフ*4を説得し、派兵を実現させたあのKGB長官か……」

縦長のオーストリー製のオイルライターで火を点け、

「しかし、ブレジネフにはスースロフが後ろについている」と、紫煙を燻らせながら答えるも、

「もしソ連指導部に影響力のあるスースロフ、その彼が裏でKGB長官と手を組んだのなら……」

アベールの発言に、男は笑いをふくんで、

「KGB長官は、そのスースロフの推薦で中央委員にまで上り詰めた男だ。そうは思えぬが」

「ブレジネフ書記長は、KGB長官に弱みを握られた。

KGBだから、スースロフの影響が及ばぬ所で、工作する機会なんて、いくらでもある」

顔色を変え、あわてる議長を横目に、なおも、

「KGB長官の狙いは、端からソ連を乗っ取る事だったかもしれん。

予め作戦を練ってから、ゲルツィンを、ドイツ国内に放った」と、いった。

「いくら何でも滅茶苦茶な話だ」

すっと立ち上がり、背広の前ボタンを止める。

 

アベールの答は、それに対して、すこぶる明確なものだった。

「或いは、首脳をゼオライマーに殺させる案を、奴がスースロフに話を持ち込んだ。

ソ連を牛耳らないかと……。

スースロフは如何すると思う。ましてや最高指導者の死は、自分の責任問題に発展する。

決してあり得ない話ではない」と、彼は断じるのである。

テーブルの上に置いてあるホンブルグのクラウンを掴み、持ち上げた。

右手で鍔を押さえて、左手で水平になる様に整えながら被る。

「確かに今回のゲルツィン大佐の行動は不自然すぎる」

「邪魔したな……」

ドアノブに手を掛けたアベールに男が声を掛ける。

「坊主には会わねえのかい」

「彼も、一人前の男だ……。今更、私が同行できる立場ではあるまい」

アベールの言葉に、男は相好を崩した。

*1
アレクセイ・ニコラエヴィチ・コスイギン(1904年2月21日 - 1980年12月18日)

*2
反乱を恐れたソ連は、東独軍総兵力9万に対し、30万人以上の兵力を東独国内において、牽制していた

*3
共産党用語で下部組織の事

*4
ニキータ・セルゲエヴィチ・フルシチョフ(1894年4月17日 - 1971年9月11日)ソ連の政治家。ソ連共産党中央委員会第一書記




 まず、作者都合で予告した連載日時より遅れた事は申し訳ないと思っています。
不徳の致すところです。

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