冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
一方、ゲルツィン大佐は、秘密裏に新型機を持ち込んで、待ち構えていた。
ユルゲンたち一行は、正午ごろ宮殿から、国防省に移動した。
庁舎の中に入るなり、向こうから歩いてきた一人の婦人兵と、ばったり会う。
それは、夏季勤務服を着たマライ・ハイゼンベルク少尉で、偶々所用で本省に来ていたのだ。
彼女から敬礼を受けた際、ユルゲンは、返礼も終わらぬ内に、笑顔で呼びかけ、
「丁度良い。ハイム将軍の所に連れて行ってくれないか」と、マライの右肩に手を置く。
彼女は、ハイム将軍の秘書官の様な立場ゆえに、頼る事にしたのだ。
ユルゲンは、誘われる形で、マライに声を掛けられ、知り合い、何時しか恋心に似た物を
久しぶりに見るマライは、何時に増しても美しく感じられる。
ユルゲンは、サファイヤ色の瞳で、彼女の
彼の視線に気づいたマライは、頬を染めながら、薄い
「ハイム将軍ですか……」と、どこか、媚びを含んだ艶かしい声で、返すと、
「これから騒がしくなる。参謀本部にも話を通しておくのが筋だろう」と、答えて。
ユルゲンは、彼女の右手を、両手で優しく包み込み、じと左目の下にある泣き
そんな様を見た副官のヤウクは、困惑の色を隠すかのように、
「参謀本部に自分から乗り込んでいくのか……」と話を元に戻した。
ユルゲンは、戸惑う副官を振り返り、
「恐らく参謀総長も俺に会いたがってるはずだ……」と、呟いた。
照れを隠すように笑みを浮かべたマライは、ユルゲンの右手を掴んだ儘、
「さあ、行きましょう。恐らく同志将軍達も待っておられる筈です」と、導くように歩き出す。
後ろからついてきたカッツェは、笑って、
「ユルゲンにもそんな一面があったとは、ガキの頃から付き合いのある俺でも、知らなかった。
じゃじゃ馬娘一筋かと思ってたが、間違いだったな。いや、ユルゲンを見直したわ」
ソ連留学組の同輩達は、不愉快に取る所でなく、彼の
さて、ユルゲン一行は、ベルリンから近郊のポツダムに向かった。
サンスーシ宮殿の脇を通り抜け、ゲルトウの参謀本部に、乗り付けた車が止まると、勢いよく飛び出す。
マライに案内されながら、ユルゲンは、物思いに耽っていると、参謀総長がいる会議室の前に着く。
彼女の傍から離れて、室内に入り、ドアを閉めると、掛け声がかかる。
「総員傾注!」
姿勢を正すと、全員で参謀総長に敬礼をする。
その場には、国防大臣、情報部長、ハイム少将、その他数人の将校が顔を揃えていた。
彼等の姿を認めるなり、ユルゲンは軍帽を脱ぐと脇の下に挟み、
「同志大臣、同志大将……、小官の独断専行をまず謝罪いたします」
と、深々頭を下げると、会議場に、ざわめきが広がった。
椅子に腰かけていた国防大臣は立ち上がるなり、右手をかかげ、
「諸君、同志ベルンハルトの話を聞こうではないか」と、頭を上げるように指示を出し、
「同志ベルンハルトよ……、面を挙げ給え。過ぎたのことは、まず良い。
今回の騒擾事件は……、間違いなくソ連指導部に何かがあった兆候だ」
近寄ると、彼の周囲を歩く。
「ゲルツィンが仕掛けてきたと言う事は、極東に動きがあったのかもしれない。
我等は、そう考えている」
ユルゲンは、国防大臣の言葉に、ハッとさせられた。
確かにロシアは東西に長い国だ。一度に二正面作戦など無理……
だとすれば、彼等の狙いは、駐留ソ連軍の極東への大規模な移動。
三十数年前の戦争の時も、ソ連はモスクワ防衛の為に、モンゴルから十数個師団を引き抜いた。
スパイ工作*1を実施して、日本軍の関心を満洲から南方に移させ、後方の安全を確保したほどだ。
仮に日米対策で、BETA戦争で手薄になったシベリアやカムチャツカ半島。
そこに兵力を補充させるのなら、決してありえない話ではない。
世界有数の大艦艇を誇る日米両国に対抗するには、現状のソ連太平洋艦隊では厳しい。
国防大臣は、俯き加減のユルゲンに声を掛け、
「同志ベルンハルト、ゲルツィン大佐との一戦。もし失態を演ずれば……」
立ち竦む彼の前を、腕を組みながら通り過ぎる。
「今、議長が目指している自主への道は根底から崩れることになり、ソ連の思うがままにされるであろう」
後ろに立っていたヤウクは、右手を差し出すと、食指で天井を指差す。
「ユルゲン。こんな大事な時に臆するなんて、君らしくないじゃないか……」
こぶしを握り締めて、力強く励ました。
「ここは、一思いにケリを付けるべきだ」
相槌を打つかのように、大臣は振り返った。
「是非とも、君の力の限りを尽くしてくれ」
奥で立っている参謀総長から、大臣へ縦長の箱の様な物が手渡される。
大臣は、それを高く掲げて、ユルゲンの前に差し出す。
「これは議長からお預かりした剣だ。
これを奉じて、ゲルツィン大佐の暴走を抑え、駐留ソ連軍を牽制して欲しい」
ユルゲンが受け取った、紫のベルベットに包まれた物。
それは、指揮官の証である、軍刀と拳銃の一式であった。
ユルゲンは、
「軍人たるもの一旦引き受けた以上、死を賭して使命を果たす所存です」
と、威儀を正し、国防大臣に返答した。
太くごつごつとした男の両手が、ユルゲンの掌を包む様に触れた。
「
必ず、必ず、我等の元に戻ってきて、吉報を告げて欲しい」
ユルゲンは、大臣の差し出した手を握りしめ、感激に胸を震わせた。
目を瞑ると、深々と頭を下げ、
「お言葉、胸に畳んでおきます……」と、その場にいる重臣達に一礼をし、会議場を後にした。
ユルゲンは自宅に帰らず、基地に泊まって明日の準備をすることにした。
強化装備から戦術機の不具合個所の確認と、追加装甲の装備をする為である。
追加装甲とはいっても、人間に相当すると手持ちの
特殊な耐熱対弾複合装甲材で形成され、対レーザー蒸散塗膜加工が施されている。
速度を上げて敵中を突破する
重く、嵩張る盾は、高い機動力を活かしての攻撃回避を主とする戦術機の運用に影響するとして忌避される傾向にあったのも事実。
刀折れ矢尽きた時、最後の方策として、打撃用の武具にはなったが、それに頼るときは既に戦場で孤立した時が多かった。
「これの縁に、鋼鉄製の装甲板を追加してくれ」
「今から人をかければ、明日の正午までならば……」
「いや、明日の早朝までに……」
ユルゲンが、整備兵相手に熱弁を振るっていると、年老いた男が奥から出て来る。
男は白い整備服に、眼帯姿で頭を丸坊主にし、胸まで届くような白いあごひげを蓄えていた。
その人物は、整備主任である、オットー・シュトラウス*2技術中尉。
第二次大戦以来、航空機や戦術機の整備をして来た
「縁を鉄枠で囲むって、聞いた事がねえぜ」
蓄えた顎髭を撫でるシュトラウス技術中尉に、ユルゲンは深々と頭を下げ、
「同志シュトラウス、無理を承知でお願いいたします」
「おめえさんは、戦術機の頭に
俺もこれくらいの事じゃあ、驚かなくなったぜ」
喜色をめぐらせたシュトラウス技術中尉は、彼に背を向け、
「おめえ等、聞いたか!グズグズしてるじゃねえぞ、一晩で仕上げる」
と、整備中の技師たちに向かって声を上げ、技師達は力強い声で返事をした。
「了解!」
こうして、夜は更けていった。
気分転換に屋外の喫煙所に来ていたユルゲンは、脇に居るヤウクに問うた。
「今日は
薄暗い屋外のベンチに腰かけながら、悠々と紫煙を燻らせるヤウクは、立ち竦むユルゲンの方を向く。
「米軍の連中、新型爆薬を使って高高度から爆撃するんだろ……カシュガルの時みたいに変な新型が出てきて全滅、何てならなければ良いが……」
彼は努めて、明るい声で言った。
「今回は多分、日本軍のゼオライマーが支援に回ってくれるさ」
「でも僕の聞いた話だと極東に居るんだろう……どうやって9000キロの距離を移動するんだい。
そんな魔法みたいにパッと消えて、パッと現れるならいいけど」
ふとユルゲンは、右の薬指*4に嵌められた
それは、木原マサキより送られた、次元連結システムを応用した特殊な指輪であった。
「何とかなるさ。あの男は、二時間でBETAの巣穴を消し飛ばした魔法使いみたいな物だから」
深夜の格納庫に、二人の男の笑い声が、木霊した。
翌日の
駐留ソ連軍の工兵部隊が、数台のタンクローリーで乗り付けると作業が始まる。
車は、チェコスロバキア製のタトラC111で、ホースを伸ばして、地面に向かって何かを撒いていた。
「油を撒いて、ドロドロにするんだ。たっぷり燃える様にな」
ホースより轟々と流れるのは、可燃性の高い航空機燃料であった。
ガスマスク姿の工兵達は必死に金てこで、地面に埋まった岩や土塊を掘り起こす。
「対戦車地雷もたっぷりくれてやれ。あの小生意気な餓鬼を吹き飛ばす位にな!」
深さ1メートルほどの穴に直径50センチほどの対戦車地雷を埋め込むと、上からスコップで土をかける。
もう50個ほど埋めた事を確認すると、ソ連軍の将校は合図する。
「細工は上々だ。急げ」
「了解」
兵達は道具を持ったまま、幌の掛かったGAZ-66トラックの荷台に乗り込む。
前照灯を煌々と焚いて、その場から走り去っていった。
兵達に強化装備を付けさせながら、秘密報告を聞いていたゲルツィン大佐は、
「そうか、例の新型機は準備したか。
まさか東独軍の連中に気付かれるようなへまをしていないだろうな」
各種装置を収納したハードプロテクター類の密着を確認しながら、眼前の男に尋ね、
「でえじょうぶですさ。この最新型で、然しもの美丈夫も一瞬にして昇天しまさあ」
蒙古訛りの強いロシア語で話す軍曹は、下卑た笑みを浮かべる。
ゲルツィン大佐は、ミコヤム・グルビッチ設計局*5が開発中の新型機を秘密ルートで持ち込んでいた。
それは『チュボラシカ』という開発コードで、F‐4Rファントムを再設計した機体。
ソ連製では初となる純国産の戦術機で、最先端情報を元に作り上げていた。
可変翼を装備していたが、燃費や整備性は、すこぶる悪かった。
それはBETA戦争前まで、ソ連が潤沢な石油資源のお陰である。
ほぼ無料に近い値段でとれる天然資源は、航空機エンジンの燃費を気にする必要がなく、整備性や静粛性などは軽視された。
技術的な事が原因ではなく、欧米のエンジンに出力さえ劣らなければ、他の事は些細な事として無視する設計思想が根底にある為であった。
「より慎重に待機して置け」
ヘッドセットを付けるために、顎を上向きにする。
「体が鈍ってしまいますんで、同志大佐、早えこと頼みますぜ」
「分かって居る」
仁王立ちしていた、ゲルツィン大佐は気合を入れて、声を上げる。
全身に力を入れ、両腕の上腕の筋肉を盛り上げて、健在ぶりを兵達に見せつける。
「よおしっ!」
周囲を見回した後、号令を下す。
「出撃準備」
赤軍兵士達は、
通常飛行でロストック港に向かう赤軍戦術機部隊の一群。
鎌と槌が描かれたソ連国旗を掲げながら、堂々と東ドイツの空を飛んでいた。
だが、誰も
この様に、東ドイツの置かれた状況は、一言で言えば、
KGBの
BETA戦争で、ソ連が
だからこそ、ソ連にとっては、光線級吶喊で名を挙げた二人の英雄は、目の上のたん瘤であった。
ユルゲン・ベルンハルト中尉とアルフレート・シュトラハヴィッツ少将には、死んでもらう必要がある。
そして、後ろで
彼等には、「思想的鍛え直し」が必要ではないか……
嘗ての様にシュタージ長官でさえ、KGBの許しがなければ、
その様にゲルツィン大佐は思い悩んでいると、副官の中尉から通信が入り、
「どうした同志中尉」
網膜投射越しに、浅黒い中尉の顔が映る。
「もうそろそろ付きます。ご準備を」
機内にある高度計に目を落とす。
「うむ」
地上には、すでに色も機種もバラバラな三体の戦術機が居並んでいた。
その内、深紅のバラライカPFが、川の中州で、佇んでいた。
追加装甲に左手を委ねる様にし、右手は非武装の状態で待機している。
30メートルほど離れた所に、東独軍の迷彩を施したバラライカと深緑のF-4Rファントムの姿が見える。
ユルゲンの目の前に、ゆっくりと銀面塗装のされた新型機が降りて来る。
ゲルツィン大佐は、機体の姿勢を正すと、ユルゲンに通信を入れ、
「その意気は買おう、そんな旧型機で俺に勝てると思ってるのか……」
右手を肩の位置まで上げると、兵装担架より長剣を取り出す。
ユルゲンは、網膜投射越しのゲルツィン大佐に、不敵の笑みを浮かべる。
深紅のバラライカは、前進し、僅か数メートルの距離で止まる。
同様に長剣を抜き出し、振り下ろす。
「最初からあなた方がこのように動けば、こんな無益な殺生は避けられた」
彼の言葉に、意表を突かれた様子で、暫し呆然とした後、
「どういう事だ、同志ベルンハルトよ」
「シュミットを使い、コソコソ裏から手を回して、暗殺隊をベルリンに送り込んだ」
外側に向かって下げた切っ先を、
「昔のソ連ならそんなことはしなかった。自らの力で俺達を潰しにかかったはずだ」
「何が言いたい」
ゲルツィンは、そう言うと操縦桿を動かす。
新型機・チュボラシカは、刀に左手を添えて、右肩に乗せる様に構える。
「既にソ連の社会主義は停滞した。その姿は守りに入ったのと一緒だ」
相対する深紅の機体は、盾を、管制ユニットを覆う様に構えた。
「守りの姿勢になった国家など、脅威ではない」
「ほざけ」
その瞬間、チュボラシカが踏み込む。
繰り出した一振りを、深紅のバラライカは刀の腹で払いのける。
鈍い音と共に火花が散る。
ユルゲンは機体を主脚走行で左側に移動しようとした瞬間、思わず泥濘に足元を掬われた。
網膜投射越しに見ていたヤウク少尉は、思わず声を上げる。
「あっ!」
その刹那、チュボラシカは、噴出跳躍で飛び上がると、八双の構えで切り掛かる。
バラライカは、咄嗟に盾で右肩を覆う様に、構えた。
振り下ろされた一撃は、追加装甲の縁に当たり、轟音と共に火花を散らす。
それと同時に刀の中ごろから折れ、使い物にならなくなってしまった。
ユルゲンは、追加装甲の縁を鋼鉄で覆い、爆薬を仕掛けた。
カーボン材は軽量で耐久性が高いも、耐衝撃性が鉄に劣る。
重い長剣をぶつけたら、どうなるか……
幾らカーボン製の刃が焼き付けしてあると言っても、戦術機に搭載する為、軽量化してあるはず。
恐らく中は、中空……。簡単に折れるはずである。
そう考えて、敢て重量のある鋼鉄で覆ったのだ。
「まさか、盾に仕掛けをしていたとはな……」
3分の2ほどが折れた接近戦闘長刀を遠くへ、放り投げる。
地面にぶつかると、勢い良く火柱が上がり、爆発した。
「足元に仕掛けをする、あなた方が言えた事ではないでしょう」
ゲルツィンはユルゲンの問いを無視すると、操縦桿を捻る。
左腕のナイフシースを展開し、柄を掴むと勢いよく切っ先を深紅のバラライカに向けた。
「そういう事なら、ナイフの方が攻めやすいってことさ」
「別な武器を使うなんて卑怯だぞ!ゲルツィン」
突撃砲を構えようとしたカッツェ機の右腕を、深緑のF-4Rが左手で押さえる。
「待つんだ、カッツェ……。奴等、地面に重油をまき散らしている。
これじゃあ、火器管制システムを使えば、ユルゲンまで火だるまになってしまう」
ヤウク少尉はメインカメラで、周囲を見回す。
「不自然な地面の盛り上がり方からすると、そこら中一杯に地雷が埋まってる。
攻撃ヘリや戦車が支援に来れないように、奴等が仕掛けて来たんだ」
「万事休すか……」
思わずカッツェは機体の操作盤を右手で強く叩いた。
「諦めるのはまだ早い。僕たちはユルゲンを信じよう」
「こんな目の前に居るのに何も出来ないって、それはねえだろう」
興奮したカッツェの顔が、網膜投射越しにヤウク少尉の視界に入って来る。
「兎に角、今は機会を待とうじゃないか」
「ベルンハルトよ。俺がナイフ使いであることを忘れたか」
太陽の眩しさに一瞬、目が眩んだ隙に噴出跳躍で飛び上がった。
メインカメラを潰そうとして、袈裟掛けを喰らうも済んでの所で避ける。
右側の
幸い、メインカメラも通信アンテナも影響はなく、深紅の塗装が剥げ、地金が見えただけに止まった。
再びナイフで攻寄るチュボラシカ。
勢い良く跳躍ユニットを吹かし、バラライカの管制ユニット目掛けて突っ込んで来る。
その瞬間、轟音と共に深紅の機体は跳躍した。
泥濘に立てた追加装甲を足場代わりにして、更に跳躍する。
追加装甲が倒れ込むことに、気を取られたチュボラシカ目掛けて飛び降りる。
その際、太刀の握りに左手を添えて八双の構えを取る。
右手の握力を調整し、軽く乗せるようにした後、左手で剣を支える様に持つ。
袈裟掛けで振り下ろす刹那、再び右手の圧力を調整し、強く握りしめる。
地面に着地すると同時に、刀ごと上半身を左側に捻る。
銀色の機体の左肩から、管制ユニットの前面に向かって斜めに切りつけた。
其の儘、力なく銀色の鉄人は、崩れ落ちる様に倒れて行った。
通信装置を通じて、ゲルツィンの叫び声が聞こえた瞬間、ユルゲンの戦意は失われた。
深紅の機体は立ち止まると、管制ユニットを開いて、砂地に飛び降りていった。
横倒しになった、チュボラシカの胴体に飛び移り、国際救難コードを素早く打ち込む。
管制ユニットを開き、中から、赤く染まったゲルツィンを引っ張り出そうとすると、
「馬鹿野郎。てめえの部下を見捨てて、敵を助けに来る奴があるか。
KGB工作員の俺が助かった所で、どうなる。任務を失敗し、生き残ったスパイの末路は悲惨だ。
それに、BETA共のせいで、もう帰る
操縦席から抱き上げたユルゲンに、右手で、腰の拳銃嚢を開け、紙を差し出すと、
「
そこに、
16世紀の蒙古王、アルタン・ハーン*8がダライラマ*9より下賜された由緒あるものだ。
蒙古伝来の、カルムイクの宝を、俺の形見として渡す」と、ユルゲンに紙を渡し、
「俺は、好いたお前の胸の中で死ねるのだから……幸せだ」と、言いやった。
おもわずユルゲンは、彼の腕を握りしめ、
次第に、息切れをし始めたゲルツィンは、最後の力を振り絞る様に、
「違う世界で……出会っていたのならば、同じ志の為に……仲良くやれていたかもな」
と、告げると、安堵したかのように、目を閉じて、こときれた。
ユルゲンが、そうして居る合間、突然、奥に居るソ連赤軍の戦術機部隊の副長機が動く。
「ええい、血祭りに上げてやるわ」と、吐き捨て、機体の右手を挙げた。
ソ連側の戦術機十数機は、一斉に突撃砲を構え、攻撃の姿勢を見せる。
対岸に居る深緑のF-4Rと迷彩模様のバラライカも突撃砲を構える。
「この数じゃ……」
ヤウク少尉は、思わず唇を強く噛み締めた。
ソ連側の提案を真剣に守って、最低限の武装のみで来た事を今更ながら悔いた。
突撃砲は各機一門。残りの武装は自分が背負っている二振りの長刀のみ。
この距離で敵を牽制しながら攻撃しても、自分の身は守れてもユルゲンが危ない。
重油が撒かれ、地雷が多数埋まる中州に居るのだ……
そうしている内にレーダーに多数の機影が映る。
「僕の運命もここまでか……」
まもなく轟々と響き声をあげた戦術機の群れが近づいて来るのが判った。
左手で右のナイフシースを展開し、逆手に持ち替える。
これで管制ユニットを貫けば、一思いに死ねるだろう……
夢半ばで果てるのは無念だ……
そう思ってナイフを突き立てるのを躊躇って居た時、友軍の戦術機が目の前に飛び降りて来た。
同輩のヘンペル少尉で、両手に突撃砲を持ち、腰を低くして、身構える。
「大丈夫だ。味方を連れて来た」
ヤウク少尉は、機体のメインカメラを上空の方に動かす。
銀色の塗装の戦術機が20機以上。左肩には黒地の塗装に
確か、米海軍第84戦闘飛行隊の文様のはず。
米海軍の部隊が、何故ここに……
唖然とするヤウクやカッツェを尻目に、ヘンペル少尉は、勢いよく喋り出す。
「丁度、第84戦術歩行戦闘隊*10が、ドイツに表敬訪問してくれたのさ」
彼は軍事全般に詳しく、東西両陣営の兵器にも明るかった。
「元々1955年7月1日にオシアナ海軍航空基地*11に発足した米海軍第84戦闘飛行隊。
それを元に、戦術機部隊に改組して、作ったのがこの部隊さ」
機種や車種を見ただけで製造年度や年式が判る程の知識の持ち主でもあった。
「元々は放浪者*12という綽名だったけど、1959年4月15日に第61戦闘飛行隊が解体されてから
唯、欠点もあって、一度自分の持っているうんちくを話し出すと止まらない悪癖があったのだ。
「1964年にベトナム戦争に参加したのを皮切りに……」
何時までもおしゃべりを止めないヘンペルに、しびれを切らしたヤウクが、
「同志ヘンペル、いい加減にしろ。国際回線で他国の軍隊に筒抜けだぞ」と、釘をさす。
再びヤウクが、対岸に意識を戻すと、目の前にいたソ連軍は、かき消すように姿を消していた。
傷つき、斃れたゲルツィン大佐を見捨てて、尻尾を撒いて逃げ去った様に呆れた。
それと共に、血みどろの大佐の亡骸を抱き上げ、立ち竦むユルゲンの姿を遠くより見守っていた。
ご意見、ご感想、よろしくお願いします。
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各種アンケートを、よろしくお願いします。
ユルゲンの恋と、それにまつわる波乱は、18歳未満禁止の方で連載してます。
興味のある紳士淑女の皆様は、どうぞお読みください。
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