冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
その時、赤軍参謀総長は、決断を迫られていた。
その頃、ミンスクハイヴ空爆と時を同じくして、日米両国は動く。
第7艦隊旗艦*1、軽巡洋艦『オクラホマシティ』*2の元、多数の空母機動部隊を引き連れて、日本海に展開した。
帝国海軍も旧式ながら、戦艦大和を始めとして数隻の戦艦と重巡洋艦が随伴した。
1961年に相次いだベルリンの政治的緊迫と、1962年のキューバ危機。
核戦争の危機を覚えた米ソは、1963年の『部分的核兵器禁止条約』を皮切りに、対話を通じた軍縮を図った。
それが、世にいう『
本来ならば、軍縮によって帝国海軍は、大規模な戦艦の退役を行う予定であった。
建造から30年近くが経つ
大東亜戦争を生き延びた同艦は、呉や横須賀と言った
しかし、1973年のBETA地球侵略によって、運命は変わった。
カシュガルハイヴの建設と、それに伴う中ソ両国々民の3割が死ぬ事態に、世界は身構えた。
また日本も例外ではなく、再び軍事力強化に舵を切る。
永い眠りに就こうとしていた戦艦大和や武蔵、重巡洋艦
ここは、ソ連極東にあるウラジオストック要塞。
そこでは、赤軍参謀総長が、
「どうしたものか」と、狭い室内を何度も往復しながら考えた。
「前に進んで東欧に一撃を加えるか、それとも背後の
背後から迫る天のゼオライマーと、木原マサキ。
ソ連に対して積年の恨みを晴らさんとする東ドイツをはじめとする東欧諸国。
眼前の日本海上には、既に日米両軍が陣取って攻撃を伺うばかり。
この5年に及ぶBETA侵略のせいで、米ソの軍事力均衡は既に虚構の産物に成り代わっていた。
10年来の穀物輸入は、石油危機による資源価格の高騰による差額で得た外貨を失わせ、嘗ての活力は損なわれ始めていた。
脇に居る、副官が告げた。
「恐れながら……当面最大の敵はBETAです。
東ドイツには、シュトラハヴィッツの親書を受け入れたと見せかけて、一旦兵を引き、恩を売れば、あの男の事です。
後ろから我が国を襲う事はありますまい。
むしろ、今は全軍を挙げて、BETAを討つべきです……」
男は一頻り顎を撫でた後、納得したように、
「よし、その線で行こう」と、告げる。
右の食指で指し示すと、命令を出し、
「
副官は、彼に敬礼をした後、部屋を去って行った。
男は、窓を開け、要塞から望む、金角湾の方角をただ眺める。
時刻は午前4時になる頃であった。
翌朝、要塞の司令室では臨時の政治局会議が開かれていた。
ハバロフスクより落ち延びてきた政治局員や高級将校が、その場に集められる。
すると、参謀総長の口から、
「1978年12月31日をもって、東欧全土からソ連軍を引き上げる」
と、衝撃的な言葉が発せられ、どよめきが広がった。
「さ、参謀総長……、本気ですか」
動揺の声が、奥の方にあるビロード張りの肘掛椅子の方に掛けられる。
椅子の脇に立つ赤軍参謀総長は、部屋の正面を向く形で掲げられたレーニンの肖像画の前で置物の様に固まっていた。
「木原マサキと言う、一人の人間の書いた策に乗せられる、あってはならぬソ連の恥辱だ。
すべては参謀総長である、この俺の慢心と時勢の読み違えが原因よ……」
男は振り返ると、立ち竦む政治局員やソ連最高会議幹部会委員の方に振り返る。
「東欧から引けば、ミンスクハイヴ攻略を手伝った米国への筋も通る。
これ以上の折り合いはあるまい」
「ま、真ですか……」
参謀総長は天を仰ぎながら、告げた。
「正直に言えば、未練はある。
だが、BETA戦争で混乱の最中にあるソ連の現状……それを許すまい!」
ソ連は5年に及ぶBETA戦争で、恐ろしいほど疲弊した。
戦火に
4年に及ぶ大祖国戦争で失われた2700万人以上の悲劇で、成年労働人口の大部分を喪った。
成人男性ばかりでなく、
彼等は、BETAの前に肉弾突撃し、『
その結果、
シベリアでは首都機能移転をしたとは言え、ハバロフスクやウラジオストックの人口は、
ドイツ人捕虜やポーランド人捕虜を酷使*6してシベリアの天然資源を開発した30年前のような事は望めない。
第二のシベリヤ鉄道、バム鉄道*7などはソ連経済に組み込まれた
NKVD*8が、戦前*9より肝いりで進めたこの計画*10も、BETA戦争の為に、終ぞ叶わなかった。
参謀総長は一頻り思案に
右の食指と中指にハバナ製の葉巻を持ち、冷たい雨が吹き込むベランダに立ち尽くしていた。
「10年、いや20年国力を蓄えた後、忌々しい東の小島に巣食う
共産国・キューバより貢納された高級葉巻「パルタガス」を、7月の
「木原マサキよ……、ソビエトを、この私を踏み台にして世界に飛び出したツケは、何れキッチリと払ってもらう」
マサキへの怨嗟の念を吐いた男は、深い怒りに身を震わせた。
翌7月5日、ハンブルグの基地に久しぶりに戻ったマサキは、一人寛いでいた。
休憩所のベンチの上で野戦服を着崩して、大の字になって横たわっていると、美久が、
「どうですか、久しぶりに戻った気分は」
と、持ってきたグラス入りのコーラを、テーブルに置くなり、マサキの顔を見て。
「悪かろうはずが有るまい……」と、美久を見返し、満面に不敵の笑みを
遠くより、男達が近づいて来る。
近寄る人物は、
珠瀬は、何時もの如く、漆黒のごとき濃紺のダブルブレストの背広を、盛夏だというのに涼し気に着て見せた。
今日の鎧衣の仕度は、珍しく、灰色がかった背広に、着古しのトレンチコート姿ではなかった。
黒いリボンの巻かれた白地の本パナマ*11の中折帽を被り、夏向けの背広。
生地は、艶がある事からブロード織のサマーウールで、薄い象牙色。
カラーバーを付けたワイシャツに、首から、黄緑色のネクタイを下げ、両手をズボンのマフポケットに突っ込んで歩いて来ていた。
珍しい夏向けの服装に、思わず美久は、本当に鎧衣左近かと、二度見してしまう程であった。
珠瀬は絵柄の掛かれた缶を差し出し、
「差し入れだ。君の口に合うかどうかは分からないが……」
渡したものはハーシーズ*12の缶入り『キスチョコ』*13で、長らくBETA戦争での物流停滞により甘味料の手に入りにくい東欧では喜ばれた品物であった。
マサキは身を起こすと、彼等に問いかけた。
「こんな所に、油を売りに来ても良いのか……」
「特別機を駆る
鎧衣は、顔を太陽の方に向けながら、そう
「ソ連に何をしたのだね」
珠瀬の問いに、薄ら笑いを浮かべるマサキ。
「別に……」
「そんなはずは、無かろう……」
珠瀬は
「ソ連赤軍参謀総長が、東欧からの完全撤退の意向を、内々に表明したのだよ」
彼の一言で、その場に衝撃が走った。
「12月31日までに完全撤退が予定されてる。近々、ソ連国民に向けて、正式発表される運びだ」
マサキは、あまりの衝撃に
『ホープ』の箱を開けると、右の親指と食指でタバコを摘まみ、口に咥えると、一言漏らした。
「ソ連が……」
衝撃を受けたマサキが、自室に帰った頃には日は暮れていた。
湯けむりの舞う浴室のうちで、体の芯まで浸み込む暖かさに、思わずため息をつくも、
「とりあえず、現状は動いた」と、これから始まる事を想像したら、空恐ろしくなった。
月面や火星に居るBETAの大群は、どれほど居るのだろうか。
この万夫不当のゼオライマーを持ってしても、化け物の本拠地に乗り込むのは危険だ。
やはり、新型機を作るしか有るまい。
そうすると、ゼオライマーの
湯舟に浸りながらマサキはうっとり思い
前の世界の日本で、散々に利用された後、裏切られ、人の愛すらも信じられなった。
全てに絶望した結果、密かに
愛した人との哀しい別れも、遥か昔の事なのに、昨日の事の様に、ふと思い出されてくる。
消し去ったはずの人の弱い部分、愛を求める心の渇き。
秋津マサトのそれと同じが、自分にもあったものか、マサキは、いま知った。
自らの精神が入魂される前に、秋津マサトが過ごした日々。
1980年代の豊かで平和な時代や、静岡県富士市*14での15年間。
養父母の愛を受け、不自由なく育った青年の肉体を乗っ取った影響であろうか。
何処か、マサトの優しい感情や、敵への甘い対応に、困惑していた。
折角忘れかけていた感情を思い起こさせるソ連の連中も罪深い。
世界征服もまだ途中なのだ。後はアメリカだけかと、気を取り直す。
風呂から上がって、逞しい青年の肉体を拭きながら、
「アメリカが俺に対して、どう出るか。見ものだな」
と、一人ほくそ笑んだ。
風呂を出た後、寝間着姿のマサキは寝台の上に倒れ込んだ。
左肩の傷は、次元連結システムの応用で常人の数倍の速さで回復するも、些か全身の
寝間着を脱いで、上下黒色のポリプロピレン製の下着姿になり、全身の筋肉を揉み解されながら、
「美久、俺は欧州旅行が終わったら、CIAの誘いに乗って、米国に乗り込むぞ」
と、声を上げ、美久を驚かせた。
「何ゆえにですか」と、マサキの体を揉むのをやめ、立ち竦む
寝台の上で身体を反転させると、上半身を起こし、
「何、ニューヨークの街中で、其処にある国連本部で、少しばかり暴れたくなったのさ」
と、脇に寄せてあった、寝巻を着こみながら、
「国連と言う米ソ冷戦の構造物が……。
いやソ連や、国際金融資本の世界調略の一機関が、この世にある限り、この世界は俺の遊び場にはならない。
国連は、ソ連が戦後世界を左右する為に国際金融資本家に資金を出させ、共産主義者たちが作り上げた工作機関。
故にロシア国家に何らかの利益を求める国際金融資本家がある限り、国連を通じて有害工作をし続けよう」
タバコとガラス製の灰皿を、ベットの脇にあるテーブルの端まで引き寄せ、
「BETAという宇宙怪獣の発見や発表も、この機関が関与した故に遅れ、混乱した。
だから、歴史の中から綺麗さっぱり、消したくなったのよ」
と、困惑する美久を余所に、タバコの箱から紙巻きたばこを取り出し、
「でも世界平和は……」と、答えた美久の質問を聞きながら、マサキは紫煙を燻らせる。
「外交は所詮国家間の暴力のバランスでしか解決できない。軍事同盟程度で十分であろう」
タバコをフィルターの間際まで吸うと、灰皿に押し付け、
「まあミンスクハイヴも片付いた事だし、後は帰る準備をするだけさ。
但し約束した通り、俺の意思を尊重する様、武家の奴等に仕向けてからな」
と、答えたマサキの目が、
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